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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第9話 一体、何者?

 リンデンマルス号艦内には第1、第2の2つの食堂があり、それぞれ160席が設けられている。乗組員の総数は3000名を超えるから、当然ながら一度に全員が食事を摂るということは不可能である。


 そこで各員の食堂利用に関しては、毎週発表される勤務シフト表と同時に「指定食堂利用時間」によって、自分がいつどこの食堂を利用出来るかがわかるのである。

 これはもちろん勤務時間内のみならず勤務時間外の食事に関しても含まれる。であるから勤務時間外のプライベートな時間の過ごし方はこの「指定食堂利用時間」に左右されることは否めない。


 もし万が一、寝過ごしたりして指定された利用時間を逃した場合、次の指定時間までは当然利用不可である。その場合、空きっ腹を抱えて我慢して耐える、ということをしないでもPX(艦内購買部)でレトルト食品も購入出来るからそれで済ませることも可能である。特に艦内食堂のメニューは3種類だけで24時間毎に変更される。したがって自分の好みに合わないメニューの場合、そちらを選択するということをしている乗組員も多い。それはコスタンティアも同様で、ピーマンが嫌いな彼女は、ピーマンが使われている料理の場合はPX《艦内購買部》のレトルト食品で済ませている。


 この日は普通に食堂を利用していたコスタンティアである。1人あたり1回の利用可能時間は30分。それまでまだ少し時間はあったが席を立とうとした。

 誰かと一緒で会話がはずめば30分など直ぐ経ってしまうが、基本的に1人で食事をするし、食事が済めば直ぐに食堂を後にすることにしている。限られたスペースを皆で共有しているのである。時間ぎりぎりまで粘るのは気がひけるのである。


 その時、目の前にトレーが置かれた。


「ここ、いい?」


 顔を上げるとそこには橙色のスカーフに肩章には銀の三日月をふたつ付けた女性士官が立っていた。コスタンティアの顔見知り、管理部人事科の少尉だった。


「いいわよ、私はもう済んだし」


「そう。美人1人で食事させるなんて、男どもは何をしてるのかしら」


 女性士官はそう言いながらコスタンティアの向かい側に腰掛けた。


「やめてよ。そういうのはお断りだわ」


「あら、そう。相変わらず固いのね」


「そんなんじゃないわ」


 コスタンティアは真面目な顔で言った。



 食堂内は士官用の25席と下士官以下用の135席に分けられている。とは言っても観葉植物の鉢植えやプランターなどで区切られているだけである。そうして二人は当然士官用に座っている。


 コスタンティアが1人で食事をしていると、確かに多くの士官が同席を求めてくる。中には浮ついたナンパ目的の男もいない訳ではないが、多くの場合仕事上の話をしたいがためである。


 作戦部は艦全体の行動を左右する行動計画を立案する。そうしてそれを各部に発令するが、「この計画に沿って行動せよ!」と一方的に命じる訳ではない。方面司令部からの支援要請の内容から計画案策定に至るまでのプロセスまで概略説明して理解を求めている。それでも時には各部に質問や疑問が起こることは当然ある。だがそれを各部から作戦部に正式に問い合わせるということになると角が立つことも多い。狭い(というのは言葉の綾。全長1kmもあればその内部は決して狭くはない)艦内で揉めるのは面白く無い。

 そこで食事の時間を利用して、個人的な雑談を装って話を聞きに来る士官が多いのである。

 そういう時はもちろん笑顔で応対するが、ナンパ野郎は願い下げである。



 さてその女性士官、席に着いたはいいがフォークで料理を突くばかりでちっとも食べようという気配がない。小さくため息もついている。


「どうしたの、元気ないわね」


 コスタンティアが尋ねた。

 実は二人は士官学校の同期。階級が違うにも関わらず親しげに会話しているのはそのためである。もっともコスタンティアは第四士官学校本科専修科戦術作戦科、この女性は第五士官学校本科一般科出身である。それにコスタンティアは大学を2年で卒業しているから実際には2歳歳下である。

 毎年、7つの士官学校の7つの科に入学出来るのは4900人だけ。だが実際に育成過程を終了して任官するのは4000人ほど。毎年1000人近くが脱落する。

 その厳しい過程を共に通り抜け、そうして広大な宇宙の任地で同期生と一緒になるということは非常に稀である。それもあって士官学校出身者は同期との横のつながりを非常に大切にしている。但し専修科と一般科はあまり良い関係ではないので、このように親しくしている方が珍しい。


「ええ、もう、毎日毎日うんざりよ」


「何が?」


「艦長の経歴を教えろって」


「まあ。それは大変ね」


 同情したようにコスタンティアは言う。


「あなたは気にならない?」


「そりゃあ多少は……」


 多少どころか興味津々の事柄である。


「じゃあ、見てみた? 艦内データベース」


「ええ、一応……」


「エラーコード990が出てたでしょ?」


「そうね」


「それで皆がしつこく聞いてくるのよ。艦長の経歴が何故見られないんだって。経歴を教えろって。そりゃもう、オジサマ達まで……」


 ここで言う「オジサマ」とは、30代男性の各部長の佐官達のことである。


「そうなの?」


「ええ。もうしつこくってしつこくって、勘弁してほしいわ」


「それはご愁傷様」


 その点に関しては同情を禁じ得ない。

 実はコスタンティアもそうしようかとも思わぬでもなかったが、そこまでするのもどうかと思い留まっていたのである。


「大体、知ってる? エラーコード990って機密指定、最高ランクよ。艦艇勤務の一少尉程度がタッチ出来る訳ないじゃない」


「え!? そうなの?」


「そうよ。知らないの? 中将以上で、しかもアクセス権保持者以外閲覧禁止の最重要機密。それにアクセスしようとした時に出るのがエラーコード990。

 つまり全イステラ軍将兵の中でもほんの一握りの人だけが見られる情報。

 新任艦長ってそういう経歴の持ち主だってことよ」


「……」


 コスタンティアは言葉を失った。一体どんなことをすればそういう扱いになるのか想像もつかなかった。

 だが次の言葉は更にコスタンティアに衝撃を与えた。


「それが私達と同期だって言うんだから、とてもじゃないけど信じられない話よね」



 食事から勤務に戻ったコスタンティアだが、食事中の会話が耳から離れなかった。


―― 私達と同期だって言うんだから、とてもじゃないけど信じられない話よね……。


 現在は第1種配備中。したがってMB内も人は少なく閑散としている。

 先ほどの女性士官から聞いたことを実行しようかどうしようか悩んでいた。


―― 士官学校の卒業者名簿見てないの? それを見れば艦長の名前が出てるわよ。同姓同名の人が全くいないってことはないと思うけど、見た目だって私達と同じくらいでしょ? 別人ということはないと思うわ……。


―― もっとも、私もつい最近気づいて調べたんだけどね……。


 結局コスタンティアは誘惑に勝てず、情報端末を取り出して士官学校の卒業者名簿を開いた。

 士官学校卒業時に全士官候補生に配布されたデータを大切にとっておいたもので、リンデンマルス号に異動となってから、貸与された端末に入れておいたものである。


 久々に開いた卒業者名簿は懐かしかった。

 そうして第七士官学校の名簿に確かに「レイナート・フォージュ」の名があった。

 さらに今度は学科別、成績別の一覧表も順に開く。そうしてわかったことは確かに多くはない。


 レイナート・フォージュ、士官学校予備校から士官学校予科を経て第470期入学、第七士官学校本科一般科卒業。最終成績、4023人中1989番。


 以上である。


「何これ!」


 思わず大きな声を出してしまったコスタンティア。同じシフトの兵士がびっくりして声を掛けた。


「どうかしましたか、大尉? 何か問題でも?」


「いいえ、なんでもないわ。ごめんなさい、大きな声を出してしまって……」


 そう言って静かに微笑むと兵士は直ぐに黙った。コスタンティアは人を沈黙させるコツを知っていた。



 別に情報がそれしかないことに怒ったのではない。いや確かに初任地すら出ていないのだからおかしいといえばおかしい。士官学校の卒業者名簿であっても最初の任地は記載されているのが普通である。だが本当に問題なのはその学歴だった。

 まず第一に士官学校入学前の学歴が「士官学校予備校」となっていること。これがとても信じられないことだったのである。


 イステラ軍の士官学校は、その目的が将来の優秀な指揮官を育成するためのものとされており、4年制大学卒業資格は必須である。だが大学に進学しなかった、もしくは出来なかったからといって優秀でないとも決めつけることは出来ない。

 そこで広く人材を集めるということで、高校卒業資格を持つ者のために士官学校予備校が存在する。ここで2年間学んだ者は次に士官学校予科でさらに2年学ぶと、晴れて正式な士官学校本科の士官候補生となれるのである。

 これが4年制大学卒業資格者の場合は大学卒業後、士官学校本科にそのまま入学出来るのである。


 この予備校から予科を経て本科というのは決して珍しいものではなく毎年一定数いる。

 事実リンデンマルス号の乗組員にも何人もいるが、例えば戦術部陸戦科のエレノア・シャッセ中尉もそうである。予備校から第二士官学校予科を経て本科専修科・戦闘技術科で陸戦技術を学び、第二方面司令部のとある陸戦部隊に配属となった。

 同じ士官学校卒でも大卒と予備校出では微妙に扱いが異なる。要するに差別されるのである。だがエレノアはそれを物ともせず、特に高周波ブレードでの戦闘に高い能力を見せ任官後2年足らずで中尉となった。だがこれが大卒士官学校出の部隊長の癇に障り、色々と理由をつけられてリンデンマルス号に「左遷」されたのであった。


 同じような経歴を同じ陸戦隊のイェーシャ・フィグレブ准尉も持っている。

 イェーシャの場合もエレノアと同じく予備校から始めている。そうして無事に本科生、正式な士官候補生になったまではいいが、一回生でつまずいた。座学の成績で赤点を取ったのである。

 士官学校は留年を認めない。したがって追試でも及第点が取れなければ落第となる。士官学校の戦闘技術科一回生は空戦、陸戦の両方を学ぶ。それは本人の適性を見るためで、空戦技術、陸戦技術の実技の他に数学や物理学も学ばなければならない。運動力学全般について学ばされるのである。空戦兵、要するに航空機乗りには必須であるし、陸戦兵もそうである。陸戦兵は重装機動歩兵というのが正式名称で、パワーアシスト付きの強化外装甲をまとい、地上のみならず敵艦内、宇宙空間でも戦闘を行うのである。

 そうしてイェーシャは追試でも及第点を取れる自信がなかった。そこで指導教官はイェーシャの高い戦闘能力の可能性を惜しみ、早期任官を薦めた。

 早期任官は専門分野での技術や知識は優れているが座学が苦手という候補生を正式に落第する前に軍に入隊させるというものである。その場合尉官での任官はありえず軍曹からである。

 イェーシャは結局早期任官し部隊に配属された。部隊では「落ちこぼれ」と自分を蔑む者達に実力で思い知らせた。模擬戦でも演習でも常に好成績をマークし他を寄せ付けなかったのである。あとはエレノアと同じ。こちらも大学出の部隊長に睨まれ「左遷」となったのである。


 いずれにせよ大卒の士官候補生から任官というのと予備校から始めるのでは昇進も昇給も同じではないという事実があった。



 そうして出身が一般科というのもコスタンティアには信じられないことだった。

 士官学校本科は専修科と一般科に分かれている。専修科は文字通りその分野のエキスパート、高級士官育成のためのものである。

 コスタンティアの出た戦術作戦科、エレノアやイェーシャの戦闘技術科を始め、艦艇の運用全般を学ぶ航法科、エンジンや兵器について学ぶ工科、軍事裁判所の判事、検事、弁護士を育成する法科、軍医育成を目的とした医科の6科からなり、各士官学校とも各科の定員はそれぞれ100名ずつである。


 他方、一般科は軍の事務武官を育成する学科である。例えば前線基地であっても、駐留する全将兵が直接戦闘に携わる訳ではない。総務や経理といった管理部門は必ず存在するし、補給部隊などの場合、主任務は後方支援である。したがって末端の一戦闘部隊はともかく、組織としては必ず事務処理を行う者が必要なのである。一般科はこの事務処理のための人員を育成する学科である。

 一般科の目的はあくまで事務武官の育成である。であるから一般科候補生は医科を除く専修科の全課程を広く浅く学ぶのである。それは将来どのようなところに赴任しても困らないようにということである。したがって座学はもちろん実技においても、当然のことながら、専修科課程のものに関しては、例えば空戦技術や図上艦隊戦演習などで、専修科候補生を成績で上回るということはないのである。


 それからするとレイナートの成績は異常である。

 単に順位だけ見れば、上から数えた方が下から数えるよりもかろうじて早いという平凡なものである。だが、専修科6科の600名と一般科の100名を併せた700名が同一士官学校の同期候補生の数である。それが全7校あるのだから同期候補生の総数は4900名。この内毎年1000名近くが落第、または早期任官するから残り4000名ほどである。一般科の候補生およそ700名はこの最下位集団を形成するのが普通である。

 それなのにひとりレイナートはほぼ中間に位置していた。すなわちレイナートより下位の専修科候補生が多数いたということである。したがってレイナートがもしも専修科の学科のどこかに入っていたら、おそらくは成績上位集団の中に入っていたかもしれないのである。


 だがコスタンティアはレイナートが予備校出、一般科卒ということに気を取られ、総合順位の異常な数値に気づかないでいたのだった。

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