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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第8話 艦長のお仕事

 レイナートが着任して1ヶ月が過ぎた。その間にリンデンマルス号は2つの第2級支援要請をこなしている。第七方面司令部のあるガムボス上空の宙空ドックに予定外の長期間停泊していたため、その他の支援行動の内、ひとつはキャンセル、もうひとつは延期してもらっている。当てにしていた方からすると困った話だが、艦艇勤務の者にとって急性宇宙線症候群は人ごとではないので、特に苦情も出なかった。


 急性宇宙線症候群は宇宙空間を飛び交う宇宙線の内、特に放射線の影響によって発病するとされている。艦艇や基地の外壁は放射線を含む人体に有害な宇宙線を遮断する仕様となっているし、プロテクトスーツも着用しているが、それでも4000~5000人に1人の割合で発症するとされている。特に宇宙勤務の期間が長いほど発症し易いとされるから、連邦宇宙軍では宇宙勤務者の45歳定年制を導入しているのである。


 宇宙大航海時代と呼ばれるようになって久しい。その間医療も格段に進歩している。だが人類は全ての病気を克服したとは言いがたく、逆に宇宙線症候群のような航空時代にもなかった新しい病気も発生している。

 そうして宇宙空間で勤務している者達は、一歩外は過酷な環境であるという厳しい状況を同じくしている故に、このような宇宙勤務に特有の病気に対しては至極同情的である。したがってリンデンマルス号前艦長の罹病による作戦行動の不履行に対しても強い抗議はなされなかったのである。



 そもそも本来からすれば、辺境警備基地の支援はその区域を統括する方面司令部が遂行するべき事柄である。

 各管区には主星以外にも人が移り住んでいる惑星は数多く存在する。そこには師団規模とは言わずとも旅団規模や連隊規模の艦体が駐留しているものもある。また補給基地もあるのだから、そこから補給部隊を派遣させることも可能ではないか。それであればリンデンマルス号のような艦は必要ないのでは? 財務官僚らは予算編成の際にそう言って軍務官僚に詰め寄る。

 確かに各方面司令部に所属する宇宙艦隊は演習や訓練を兼ねて担当区域の哨戒を行う。その際には補給部隊も同行するから辺境警備基地への補給も行っている。だがこれだけではカバーしきれない。実は、リンデンマルス号による支援活動がないとより多くの予算を必要とする事態になるのである。



 100年以上も続いたディステニアとの戦争はイステラを大きく疲弊させた。もしもあと10年戦争が続いていたら、イステラは国家として崩壊していただろうとまで言われている。それがレリエル、エメスタという周辺国の仲介によって停戦に合意出来たことでイステラは息を吹き返すことが出来たのである。

 停戦によって莫大な軍事費が削減され、国家財政に余裕を持たせることが可能となったのである。特に戦時特別予算によって予算削減の憂き目にあっていた教育、文化、社会資本、福祉といった公共サービス分野は特にそれが顕著だった。


 そうして徴兵制度も停止され、徴兵されていた多くの兵士が復員することにもなった。これによって人事配置も見直す必要が発生した。そこで頭を悩ましたのが大小5000以上にも昇る辺境警備基地である。

 辺境警備基地は小さいものだと50人程度、中規模のもので130人程度。大きいものだと1000人近くもの兵士が駐在している。

 イステラ連邦は棒渦巻銀河の腕の先端部分に位置する広大な範囲を支配下に置く。そうして戦時中、銀河の外縁部外側から侵入を企てる敵艦を察知するために多数の辺境警備基地が設けられたのである。停戦に合意したからといってこれらを直ぐには放棄出来ない。


 ところで大規模基地で大型艦艇が接舷出来るものは、教育・文化・科学省から共同運用の話が持ち掛けられた。

 こういった基地は大型の観測用望遠鏡を備えている。それは光学か電波、もしくは両方であり、軍用目的であるから倍率が高く解像度も良い。したがって基地を宇宙天文台に直ぐに流用することが可能である、というのが理由である。

 予算削減によって自由に研究出来なかった天文学者や理論物理学者は数多い。彼らに活動の場を与えるという意味で教育・文化・科学省はこの件に積極的だったのである。軍務省もこれを受け入れ大型基地や中型基地の一部は、軍人と民間人研究者が一緒に滞在することになったのである。そうしてそういう基地への補給については教育・文化・科学省も予算を分担する合意もなされたのであった。


 そうしてそれ以外の基地については無人化作業が順次進められることとなった。と言ってもこれも一朝一夕で進められる話ではない。

 基地のシステムそのものに改修作業が必要であり、そのためには当然予算が必要である。大幅に予算削減された現在の軍務省、イステラ連邦宇宙軍であるから、一気に作業を進めるという訳には行かないのである。


 それでも無人化が進むと、今度は残っている有人基地の補給がさらなる問題になる。

 それまでは宇宙艦隊が哨戒も兼ねて周辺を航行し、その際に補給を行うということが出来ていた。ところが停戦合意後軍縮も進められ、多くの老朽艦が退役することにもなった。これによって人員の削減も進む訳だが、そうなると戦時中のようにそこかしこ、至る所に艦隊が航行しているということにはならない。

 無人化が進む前は一度の出航で複数の基地を回り帰投するということも可能だった。ところが無人化が進んだということは、補給を必要とする基地の距離が格段に広がったということであり、一回の航行で複数を回るということが難しくなったのである。補給部隊も縮小されているから、余計に補給が追いつかなくなるという悪循環が起きてしまったのである。


 そこでディステニアとの停戦でその出番を失ったリンデンマルス号が補給支援任務に投入されることとなったのである。

 リンデンマルス号は一度のワープで300光年を跳躍する。実に通常艦艇の3~5倍の距離である。しかも艦内に多種多様な物品を生産する設備があるから、一々補給物資を補充するため補給基地へ戻る必要が無い。

 これは連邦宇宙軍にとって大きな福音となったのである。


 たとえ10人分でも何ヶ月分にもなれば、その食料は膨大な量になる。また汚水処理システム、空気清浄化システムも定期的なメンテナンスが必要である。駐在する兵士の健康状態をチェックする必要もあるし、時には休暇を与えリフレッシュさせることも必要である。

 リンデンマルス号はこれらを全て一度に実行出来る艦である。しかも輸送艦のように護衛艦を必要としない。


 戦争が集結したことで、いわゆる宇宙海賊の横行も目立ってきている。

 ほとんど兵装を持たない輸送艦1隻での補給活動は格好の餌食となる。軍艦が海賊に襲われ積み荷を奪われたということになれば軍の威信にも関わる。したがって駆逐艦か巡航艦を同行させる必要が出てくる。そうなると余計に費用が掛かる。

 ということでリンデンマルス号がもし支援任務から外されたら、各方面司令部はこの辺境警備基地の補給問題に頭を抱え、それを解決するために新たな予算を計上する必要に迫られるのである。



 但し何でもかんでも押し付けられてもその全てをこなすことは不可能である。

 そこでリンデンマルス号への支援要請は各方面司令部から中央総司令部を経由することが不可欠とされているのである。もっとも中央総司令部でその取捨選択をするのではない。あくまで取り次ぐだけである。

 そうして要請を受けたリンデンマルス号では作戦部を中心にその要請の実行可否を検討し、中央総司令部経由で返答するのである。そうなると要請を受け入れられなかった方面司令部では、自前でどうにかする必要が出てくる。

 だがわずか1隻に7つの方面司令部の要請全てに応えろという方が無理である。そこで方面司令部の側でも、本当に差し迫った第1級の支援要請でない限り、断られた場合のことを想定して支援要請を出しているのである。

 特に停戦が合意して後、今のところ戦闘が起きてはいないものの、ディステニアに接する第六管区全体がいまだ高い緊張状態にあり、したがって第六方面司令部も神経を尖らせている。それ故リンデンマルス号の支援任務も第六方面司令部管内が多くなっている。その結果第六方面司令部から遠く離れた(7000光年くらい離れている)第四方面司令部などの支援要請は受けることが出来ない。第四方面司令部側でもそれは承知していて支援要請を出すことは滅多にない。これは第六、第七を除く他の方面司令部でも同様であって、第1級支援要請以外は出すことがないのである。



 さて、その支援要請も詰まるところ、作戦部で検討、行動計画が立案されるので、艦長の仕事といえばそれを承認するだけ、というと言い過ぎだが、それに近いものがあるのも事実である。

 作戦部の立案した計画の下、実際の航路は航法科が策定、運行し、ワープは機関科が実施、補給物資の製造は製造科が行う。医監部は乗組員の健康チェックを常時進めている。戦術部は周囲の警戒を怠らずいつでも緊急出動出来るように準備している。

 そうしてひとつの行動計画が実行されている間それに全力を尽くすのはもちろんだが、その実行中にも次の計画の立案・準備は進められている。したがって艦内において暇、というと言い過ぎだが、な部署というものはない。


 ところで艦長はと言えば、実行中の行動計画の進捗について定時報告を受けるのみである。日常それ以外にすることはほとんど無い。形式上艦長の命令がないと何事も実行には移されないが、事実上作戦部の策定した計画に則って行動しているから、艦長の命令がなくとも作業は順調に進む。そういう意味では艦長自体が無用の長物、お飾りみたいなところもある。

 あとは何か問題の起きた時、その責任を取って詰め腹を切らされる要員ということがリンデンマルス号艦長の存在意義である、と言っても差し支えないというところがある。



 そうして新任の艦長着任後、以外な部署が多忙を極めることとなった。それは管理部人事科である。

 人事科は文字通り艦内全乗組員の人事労務管理を司る部署である。したがって全乗組員のパーソナルデータを記録として持っている。これは生年月日、出生地から始まって学歴、軍歴、結婚・離婚歴、家族構成などまで含まれる、まさに乗組員の個人情報である。

 これらの一部は艦内ネットワークから閲覧も出来るようになっている。

 リンデンマルス号の全乗組員には縦20cm、横30cmほどの艦内専用情報端末が貸与されている。これは艦内のローカルネットワークに繋がっており、艦の行動計画、勤務シフト、指定食堂利用時間といった絶対不可欠な情報の確認はこれなしではありえない。

 また各部門の作業報告書の作成・承認にも使われているし、各種マニュアルから軍紀、イステラ連邦憲章まで読める。さらには通信教育の勉強用端末として、またジムの予約申し込み、シアターのプログラムの確認からライブラリのデジタルコンテンツを視聴・閲覧も出来るというものである。したがってこれなしでは仕事もプライベートもありえないという必須のアイテムである。


 そうしてこの1ヶ月間で最もアクセスされた艦内データは新任艦長レイナート・フォージュ大佐の経歴である。

 艦長着任・出航後、艦内が通常体制に移行したところで一斉に乗組員達がこの情報にアクセスしようとした。自分達の新しい最高責任者はどういう人物か。気にならない方がおかしいだろう。コスタンティアもその一人で私室で情報端末からアクセスした。

 艦内名簿の確認画面で「姓:フォージュ、名:レイナート、階級:大佐、所属:艦長」と入力した。普通ならここで画面が切り替わり、顔写真入りの情報ページが表示されるところである。ところが画面には「エラー:コード990」と表示されたのみである。もしかしたらアクセスが集中しすぎてサーバーエラーが起きたのか、もしくはまだ情報が更新されていないのか。そう考えて日を改めることにした。ところが1ヶ月経っても変わらない。相変わらず「エラー:コード990」と表示されるのみである。

 不審に思って自分の情報を確認するとそれは正しく表示される。さすがに3000人分全て試した訳ではないが他の乗組員についても同様である。艦長のだけが表示されないのだった。


 そこで乗組員達は管理部人事科のスタッフに尋ねたのである。


「艦長のパーソナルデータが見えないんだけど?」


「今度の艦長ってどういう経歴の人?」


 だがその答えを人事科も持っていないにも関わらずしつこく尋ねられたのだった。

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