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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第74話 事後処理

「赤方偏移を確認。アレルトメイア艦隊、後退し始めました!」


 観測士が叫ぶように言った。


「後退し始めた? 撤退するのか?」


 クレリオルが不審げに口にした。そうして観測士に向かって問う。


「全艦か?」


「いえ、B《戦艦》1、A《空母》2、S《補給艦》1、S《補給艦》2は高速で後退していますが、C《巡航艦》1、C《巡航艦》2 は殆ど動いていません。先に離脱したA《空母》1とC《巡航艦》3も集結しつつあります」


 MBの頭上メインモニタには暗視赤外線望遠鏡が捉えたアレルトメイア艦隊の姿が映っているが、広範囲を遠距離で見ているから、実際に艦が移動してるかどうかは目視出来ない。


「ということ奴らはC1とC2は放棄して撤退するつもりなのか?」


 2隻の巡航艦はリンデンマルス号主砲の2連荷電粒子砲による砲撃で中破している。おそらくはワープも出来なくなっているのだろう。それで放棄すると考えられた。


 宇宙空間においてワープ出来ない艦艇というのはお荷物以外の何物でもない。通常航行では1光年を移動するだけで何十年もかかってしまう。と言ってワープはその艦艇そのものが自力で時空に干渉しなければ成り立たない。外部の力で艦艇をワープさせることは出来ないのである。故にワープ出来ない艦艇は余程基地に近いところにでもいなければ放棄せざるをえないのである。


「距離3000まで後退」


 レイナートが指示を出した。

 艦艇を放棄する場合、大抵はただ置き去りにするのではなく爆破するのが普通である。したがって爆発後の破片による被害を避けるのは当然の措置である。


「艦首対艦弾道ミサイル、迎撃用炸裂ミサイル発射準備。航空隊も出撃準備」


 今のところまだ第4種配備中なのでわざわざ準備を命じる必要はないが、兵員への心構えを促すという意味では必要なことである。



 リンデンマルス号は艦首をアレルトメイア艦隊に向けたままゆっくりと後退し始める。そうして距離が2800に達したところでアレルトメイア艦隊が放棄した2隻の巡航艦が大爆発を起こした。


「C1、C2の爆発を確認。レーダーより消えました!」


「飛来物に注意。警戒を怠るな!」


 観測士の報告にレイナートが指示を出す。


 さらにその10分後、今度はアレルトメイア艦隊がワープした。


「時空震を検知。アレルトメイア艦隊消失。ワープした模様」


「周辺域の索敵を強化」


「……半径5000万km範囲内に艦影を認めず」


 そこでレイナートが静かに言った。


「副長、艦内体制を第1種配備に移行」


「了解。艦内第4種配備を解除、第1種配備に移行せよ」


 ここでようやく全乗組員が安堵の溜息を漏らした。


「ヤレヤレ、ようやく終わったな」


 アロンが呟く。


 第3種及び第4種配備中は宇宙服の着用が義務付けられている。これは身体を保護するという観点から必須である。

 そうして宇宙服着用時はトイレで用足しは不可である。したがって宇宙服に内蔵の汚物処理システムを利用するのが原則である。この汚物処理システムを利用すれば自分の排泄物から飲料水が生成される。したがって水分補給に困ることはない。

 但し宇宙服は個人専用ではないから、一々自分のモノを取りに行くなどということはない。それでも通常ワープ時はある程度専用化出来るが、したがって勤務部署、私室はともかく、ジムや食堂といった共用施設にいる時に着用命令が出されたらその場にあるものを使うしかない。

 そうして使用後の宇宙服は衛生上の理由から洗浄、殺菌処理が施される。そうでないと使用に対する嫌悪感を払拭出来ない。

 いずれにせよ、宇宙服の着用解除はそれだけで喜ばしいことである。


「技術部に修理計画の立案を急がせよ。作戦部はそれに基づき行動計画を立案」


「了解」


「艦首回頭、両舷全速。帰投する」


「了解」


 リンデンマルス号がゆっくりと回転を始め主エンジンに火が入った。その巨体を強力な推進力で前へ推し進めていく。



『艦長、技術部のグレマンです。どうやら艦内備蓄の資材では修理が間に合いません。補給を要請していただけませんか』


 技術部長のグレマン少佐が艦内通信でレイナートに報告してきた。


「資材が足りませんか?」


『ええ。外装パネルだけなら何とかなりますが外部装甲にも被害が出てます。こちらをなんとかしないと外装パネルを上から張っても危なっかしくてワープなんて出来ません』


「それは困りましたね。わかりました。必要な物資の種類と量を報告して下さい。大至急中央総司令部に要請します」


『お願いします』


 ワープが出来ないのでは話にならない。艦体修理は喫緊の最重要課題であった。


 そこに急行中の第183通常艦隊、第297通常艦隊より超光速度亜空間通信が入電した。


『こちら第183通常艦隊。次のワープで貴艦と合流出来る。ランデヴーポイントの座標を送られれたし』


『こちら第297通常艦隊。こちらも次のワープで接触出来る。座標ポイントを送ってほしい』


 レイナートがクレリオルを一瞥した。クレリオルは頷いてコスタンティアに目線を送る。

 それに応じてコスタンティアが通信機に向かって喋り出す。


「こちらリンデンマルス号。本艦は現在時速4万5千kmにて航行中。1時間後の到着予定ポイントはトニエスティエよりおよそ1.3光年、ガムボスより……」


 作戦部で立案した計画に則り座標ポイントを告げる。


『了解した。では後ほど会おう。通信を終わる』



 リンデンマルス号は現在定速巡航中である。したがって修理作業は行われていない。修理用資材不足という点から中途半端に修理しないで、補給を受けてから一気に修理するという計画が立案されたのである。

 その間、艦内では様々な作業が行われている。

 補修用部材の製造はもちろん大量に消費されたレトルト食品の製造。宇宙服の洗浄。収容したTY-3051基地の駐在兵達の健康診断及び休暇付与等々。

 とは言うものの液体燃料(液体酸素、液体水素、液体窒素等)には限りがある。特に戦闘時にはミサイルの燃料として液体酸素、液体水素を大量に消費するが、これらは宇宙線取り込みでは賄えない。したがってこれらの使用には優先順位が設定される。これは作戦部の専任決定事項である。よって作戦部は第1種配備にも関わらず通常の行動計画立案以上に多忙な部署になっていた。


「わかってるが今は無理だ。そちらだけを優先出来ない!」


「……だからもうしばらく待って下さい。今は我慢してください!」


「待ってくれ! 今はとにかく待ってくれ!」


 艦内各部から「あれをさせろ、これを使わせろ」と矢継ぎ早の催促が来ている。それをなだめたりすかしたりして計画の整合性を取っている。



 そうして第183通常艦隊、第297通常艦隊とのランデヴー予定地点に到着したところで艦を停止させた。


「総員第3種配備。警戒を怠るな」


 両艦隊ともリンデンマルス号から距離3万kmのポイントに出現する予定である。だが誤差は必ず発生する。大事を取って遠く離れると合流に時間がかかる。かと言って近すぎて接触したら確実に艦は大破する。宇宙での合流はワープする側も待つ側も多大な緊張を強いられる。


「時空震を検知。ワープアウトしてきます。距離2万9千。方位……」


 第183通常艦隊が姿を表した。戦艦2、空母1、巡航艦1、駆逐艦2の部隊構成である。


『こちら第183通常艦隊。リンデンマルス号聞こえるか?』


「こちらリンデンマルス号。感度良好」


『これより本艦隊は貴艦に接近を開始する』


「第183通常艦隊、了解」


 そこでクレリオルが作戦部長席のコンソールで第183通常艦隊を調べる。


「艦隊司令はユディコン大佐。数少ない実戦経験者ですね」


「って言うことはオッサンか」


 口の悪いアロンが言う。確かにディステニアとの戦役を経験している宇宙勤務者は40大半ば。リンデンマルス号艦内にも数えるほどしかいない。

 それでクレリオルがアロンを横目で睨む。


「実戦経験者はオッサンか?」


「ヤベェ」という顔つきで首をすくめたアロン。もう余計なことを言わずにおとなしくしている。


 そこへ第297通常艦隊からも連絡が入った。


『こちら第297通常艦隊。ワープアウトした。現在、貴艦より2万7千kmの距離だ。座標ポイント……』


「第297艦隊司令はパニシオン大佐。まだ30代の優秀な士官のようですね」


 クレリオルのコメントに今度はアロンは何も言わなかった。

 レイナートはそれにクスリと笑ってから言った。


「両艦隊が接近後、補修作業を開始する。

 総員第1種配備に移行」


 最寄りの基地から補給部隊が到着するまで50時間ほどかかる。その間に艦内備蓄で進められる補修作業は行い、足りないものは補給部隊の到着を待つ、という計画である。


 本来外装パネルの交換だけなら作業中でも主砲やミサイル類の発射に支障が出ることはない。だが今回は外部装甲の修理が必要である。そうなると内部配管や配線の修理も伴うから、兵器の使用は基本出来なくなる。

 そこで第183、第297両艦隊に護衛の任についてもらい作業を進める。両艦隊は作業を待つ間、退屈な時間を過ごすことになるが、それも任務で致し方ない。



 ところがこの両艦隊の司令は黙っておとなしくしている人物には程遠かった。

 なんと待機中にリンデンマルス号を視察させろと言ってきたのだった。


「視察? このクソ忙しい時に……」


 まあ、確かに気持ちはわからぬでもない。

 リンデンマルス号はイステラ一、否、銀河一の巨艦と言ってもいいだろう。実際両艦隊の旗艦であるアレンデル級戦艦の全長にして2倍強、全幅は3倍強にも上る。

 しかも艦内には他の艦艇には存在しないジムやシアターなど充実した福利厚生施設も備わっている。リンデンマルス号に勤務したいとは思わないが興味津々である。

 もっともただ視察に来るというのはどうにも理由にならないから、TY-3051基地救援からアレルトメイア艦隊との戦闘に至るまでの経緯を聞きに来る、というのが表立っての口実だった。

 だが絶対にアチラコチラに顔を出して色々と邪魔してくれるに違いない。


「どうしますか、艦長?」


「どうしますって、断れないでしょう?」


 だが艦内はようやく通常勤務に戻り始めたところである。招かざる客にやってこられて好き勝手されてはかなわない。

 ただ通常艦隊司令とは同じ階級の大佐でも年齢が全然違う。レイナートのような若造、しかも士官学校一般科卒では舐められていて当然である。

 まあ、仕方ないかとMBスタッフが諦めた時、レイナートが言った。


「第1航空隊のシュピトゥルス中尉を呼んで下さい」



 さてそのアニエッタ・シュピトゥルス中尉はいつもの飛行服ではなく、通常の軍服に身を包んで格納庫の後方、大広間に待機していた。


―― なんでアタシがこんなことしなきゃならないのよ!


―― 全く、あの艦長の人使いの荒さは何!?


 すっかりお冠だった。


 艦隊司令とその随員がシャトルでやってきた。エアロックを抜けて大広間に入ったところでアニエッタが出迎えた。


「ようこそお出で下さいました、司令官殿」


 そう言って敬礼する。


「これは随分と可愛い女性の出迎えだな」


 艦隊司令の大佐の相好が崩れる。それだけでアニエッタは腹の虫が収まらなくなる。


「これより小官がご案内します」


「ああ、頼むよ。ところで君の名は?」


「これは申し遅れました。小官は第1航空隊所属、アニエッタ・シュピトゥルス中尉であります」


「シュピトゥルス……? もしかしてご父君はあの……」


「はい。父は本艦の運用責任者、ロムロシウス・シュピトゥルス少将です」


「これはこれは、父上にはお世話になってます……」


 大佐も軽く会釈したが顔色が替わっていた。

 元々この視察など職権濫用以外の何物でもない。それを提督にチクられたら今後の出世に影響が出かねない。すっかり気勢をそがれた司令達は第6展望室でレイナートと会談を持つだけに終わり、そそくさと帰っていったのだった。


 その後レイナートに労われたアニエッタは終始ふくれっ面だった。


「こういうのは2度と御免被ります」


「申し訳ない……」


 小さくなって頭を下げたレイナートだった。



 だがその後両艦隊からはあれこれちょっかいを出されることもなく、補給部隊も無事に到着し補修作業は順調に進んだ。


「乗組員諸君、艦長です。

 本艦は一応の修理を終え、これより第三方面司令部のある惑星シュナルトワへ向かいます。そこでドック入りして本格的な修理を行う予定です。

 ですがその前に、正しくワープが出来るかどうかの確認が必要です。今後は短距離ワープから始め少しずつ跳躍距離を伸ばす予定です。またワープの間隔も通常よりは広く取ります。帰投するのに時間はかかりますが必要な措置と認識して下さい。

 今後は作戦部を始め各部の協力及びきめ細かな確認作業が必要です。それを忘れないように」


 レイナートが艦内一生放送を行った。


「総員、第3種配備。ワープ準備」


 ようやくリンデンマルス号が帰路に着くこととなったのだった。

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