第68話 戦闘開始
「D1、D2、距離7500。ミサイル発射しました!」
観測士の絶叫とともに艦内に空襲警報が鳴り響いた。2隻のアレルトメイアの駆逐艦が攻撃してきたことを必死になって告げたのだった。
外部の様子を常にモニタリングしているMB《主艦橋》(CIC《戦闘指揮所》、IAC《情報解析室》を含む)やACR《航空管制室》の場合、艦の外側で何が起きているかはわかっているが、艦内の他部署では状況がさっぱりわからない。
したがって状況に応じて様々な警報が鳴らされるのである。
そうして空襲警報が鳴ったことで艦内全体に尚一層の緊張が走った。
第4種配備が発令されたことで「もしや」と思っていたが、実際に戦闘が始まった。誰もがそう考えたのである。
管理部のアリュスラ ― レイナートやコスタンティアと士官学校同期 ― は自動小銃を手に緊張が隠せなかった。
―― 本当に「戦争」が始まったの?
仇敵ディステニアとの停戦から20有余年。イステラ連邦宇宙軍でも宇宙勤務者には実戦経験のある者がかなり減っていた。宇宙勤務45歳定年制のためである。リンデンマルス号もそれはご多分に漏れず、なので軍人でありながら戦闘経験がない者が大半である。
したがってどれほど訓練を積んでいてもいざ実戦、戦闘ともなれば否が応でも緊張してしまう。
アリュスラは自動小銃を持つ自分の手が震えていることに気づいた。思わず銃把を握り直す。
宇宙服を着てはいるがヘルメットまでは着用していない。だから顔が剥き出しである。
そうして自分が担当する場所にいる看護師と他の兵士も顔が青ざめていることに気づいた。
―― みんな一緒なんだ……。
だからといって安心するまではいかないが、少なくとも自分一人が緊張して怯えている訳ではないとわかって少し落ち着いてきた。
そうして大切な友人 ― ただの同期ではなく本人はそう思っている ― が2人いるMBに思いを馳せた。
―― レイナート、コスタンティア、お願い……。
その2人のいるMBではまさに大騒ぎだった。
「ミサイル総数8発。本艦に向かってきます!」
誰もがエメネリアを見た。瞬間エメネリアが叫ぶように言う。
「ドラゴン・フライです!」
「本当か?」
クレリオルが聞く。それにエメネリアはしっかりと頷きつつ答えた。
「はい。通常の対艦ミサイルならこんな遠方から発射しません。迎撃されるのがオチです」
そう言っている間にも8発のミサイルの軌道が螺旋状に渦を巻くように変わってきていた。
「ほら、やっぱり!」
メインモニタに映るそれは、まさに龍が空間を切り裂いて飛んでくるかのような姿を彷彿とさせた。
「全対空ミサイル発射管に対空炸裂ミサイルを装填、発射準備!」
レイナートが命令する。
「艦長?」
クレリオルが怪訝な顔をする。
リンデンマルス号の対空ミサイルは上部に18門、両舷方向が左右10門ずつの計38門しかない。現在は艦底部分をアレルトメイア艦隊に向けているから、対空ミサイルを発射しても大きく旋回させなければならない。したがって撃墜出来るのはかなり艦体に近いところになってしまう。
第一、撃墜するなら迎撃ミサイルであって炸裂ミサイルではないだろう。
「全弾、艦体下方500km地点で破裂させよ。弾幕を張る。
スティングレイの状況は?」
エネシエルに指示を出しアロンに確認した。
「居住ユニット、スティングレイ1からスティングレイ2に移りました!」
時速240kmまで減速したスティングレイ1の下から逆さ向きのスティングレイ2が接近、相対速度がゼロとなるようスティングレイ2が調整した。そこでスティングレイ1が超電導磁石への電力供給を停め加熱する。
超伝導体は転移温度(超伝導と常伝導の境目の温度)よりも温度を下げるほど臨界磁場が高くなる。宇宙空間は3K(-270℃)なので高い臨界磁場が得られている。したがって超伝導体への電力供給を止めるだけでなく加熱することで磁力が一気に弱まる。これによって外装ユニットを切り離すのである。そうしてスティングレイ1が離脱したところで、今度はスティングレイ2が超電導磁石に電気を流し居住ユニットを抱きかかえたのである。
そうして2機のスティングレイはリンデンマルス号へ向けて飛んでいた。
リンデンマルス号は全長1km、最大幅320mの巨大な菱形している(但し艦尾側の頂点は切り落とされた形をしているが)。
直径3m、全長5m程度のユニットとそれを輸送するスティングレイはリンデンマルス号の影に隠れ、すっかりアレルトメイア艦隊の死角に入っている。したがってアレルトメイアのドラゴン・フライ(広範囲榴弾)の被害に合う可能性はかなり低い。あとは確実に着艦するのみである。
「ミサイル接近、距離3000! 早くしないと!」
観測士が絶叫する。
観測士は自分のいる艦に外敵が迫ってくる恐怖を一番最初に味わうポジションである。若い下士官でもちろん戦闘経験はないから恐怖に我を忘れかけていた。
「落ち着け!
心配するな! 小型警備艇でミサイルに追い回されるのに比べればこの艦は安泰だ。滅多のことでは沈まない! 安心しろ!」
怒鳴りつけるような大声がMB内に響き渡った。元々よく通る声だったから余計に大きく聞こえ観測士が目を白黒させて返事をした。
「り、了解……」
レイナートの言葉にMBスタッフがレイナートの顔をまじまじと見つめた。いつもの穏やかなものとは違う厳しい顔つきだがそこに焦りや恐れは感じられない。どころか自信のようなものまで溢れている表情だった。
そうしてMBスタッフは思い出したのである。
―― 艦長には実戦経験がある!
それがどれほど心強いものであったか。だから次の言葉にも素直に従えた。
「第2波、炸裂ミサイル発射準備。距離300kmで破裂させよ。その後第3波も発射、距離100kmで破裂させ、3段構えの弾幕を張る」
「了解。全対空ミサイル発射管に炸裂ミサイル装填。距離300にて破裂セッティング」
次いでレイナートはアルファ2にも呼び掛けた。
「アルファ2は無理に攻撃するな。弾幕で対処する。
わざわざ相手の手の内で躍らされることはない」
『アルファ2 了解』
第1航空隊第2小隊隊長機からの返信も落ち着いたものだった。
「スティングレイの状況は?」
レイナートが矢継ぎ早に確認、指示を出している。
「スティングレイ1、間もなくアプローチに入ります」
リンデンマルス号が盾となるため移動したので作戦部が立案した飛行プランは居住ユニットの移行後破棄された。そうして2機のスティングレイは自力で航路を選定、リンデンマルス号に向かっていたのだった。
CICの士官が報告すると、ACRから次の報告も入ってきた。
『スティングレイ1、こちらACR。そのままハンガー内まで入り着座せよ。スティングレイ2は飛行甲板に着座』
『スティングレイ1、了解』
『スティングレイ2、了解』
スティングレイは特殊な形状をしている宇宙空間専用機である。しかも飛行速度が秒速5cmという超々低速でも機体を制御出来るという機体である。一方、その形状からいわゆる滑走路を走行するということが出来ない。 車輪を持っていないのである。あくまで専用台座にすっぽりと降りるしかない機体である。
ところがハンガー入り口の間口は外装ユニットを抱えたままでは狭すぎて中に入れない。そこでユニットを抱えていないスティングレイ1がハンガー内に進入・着座、スティングレイ2がフライトデッキに着座という段取りである。これによってわずか1分足らずで2機とも着艦するという作戦である。
「ミサイル接近、距離1000」
既に3度の炸裂ミサイルの発射・破裂で弾幕を張り終えているリンデンマルス号は、スティングレイの着艦を待つということもあって微動だにしていなかった。
ところがこれがアレルトメイア艦隊に大いなる不審感を与えていた。
「どういうことだ? こちらの撃ったミサイルがドラゴン・フライだとわかってたのか?」
そのドラゴン・フライを発射したミサイル駆逐艦の艦長は訝しんでいたのだった。
敵は迎撃ミサイルを38発も発射したと思ったら途中で爆発させた。どう考えてもこちらのミサイルの意図がわかっていたとしか思えない。
「ドラゴン・フライはどこにも知られていない、いわば秘密兵器だぞ?」
艦長のつぶやきに副官が反応した。
「もしかしてミルストラーシュ少佐が情報を漏らしたのでは?」
「まさか! だとしたら、重要軍事機密の漏洩で国家反逆罪だぞ?」
「それをやったんでしょう。
どうせ薄汚い、高慢な貴族の女です。臆面もなく売り渡したんでしょう。
貴族なんて元から平民の敵ですから、我々人民の命なんてなんとも思っていないのでしょう」
「許せんな」
「まったくです」
そこへアレルトメイア艦隊司令からの通信があった。
『どうも、あの売女が機密を漏らしたんだろう。ならばドラゴン・フライと通常ミサイルとで翻弄してやれ!』
「了解」
ミサイル駆逐艦の艦長は不敵な笑みを浮かべて司令に敬礼した。
一方その酷い言われ様のエメネリアは、自分が何をするかが最善かについて悩んだ。そうして結論は「リンデンマルス号を守る」であった。
アレルトメイアの軍事クーデターは当然ながらアレルトメイアの問題である。だが自分がリンデンマルス号に乗艦していたために、リンデンマルス号がとばっちりを受けることになってしまった。
レイナートが自分を切り捨て人民解放軍に引き渡すのなら素直にそれに従うつもりだったが、レイナートは命令を理由に「自分を守って」くれている。ならばそれに応えなければならない。
アレルトメイアの軍事クーデターは一見成功したように見える。だが相変わらず腹違いの弟の皇太子の所在は不明。何故か、やはり腹違いの妹の第2皇女も幽閉されているが健在。したがって今後国家体制はどう動くかわからない。このまま民主国家としていくのかそれとも帝政が復活するのか。どちらにせよ自分にはそれを見届ける義務がある。
そのためには生き抜かなければならない。こんなところでは死ねない。だからリンデンマルス号のために戦う。祖国の ― といっても今では政体が違うが ― 軍隊とも戦う。
それが良いことなのか悪いことかはわからない。いずれアレルトメイアの歴史の中で悪逆の貴族として描かれるかもしれない。だがそんなことよりも大切なのは「今」である。
まず「今」に最善を尽くす。そのためには修羅になることも厭わない。
エメネリアはすっかりと覚悟が決まっていたのだった。
だから次々とミサイル駆逐艦から発射される対艦ミサイルについて、的確にそれが通常ミサイルなのかドラゴン・フライなのかをはっきりと口にした。
そうしてアレルトメイア艦隊の第1波攻撃のミサイル、ドラゴン・フライが宙空で破裂した。その内部から押し出されるように小型爆発物がリンデンマルス号に向かって飛来する。それがリンデンマルス号によって張られた弾幕状の小型爆弾と反応し小さな無数の爆発が起きていた。
アレルトメイアの小型爆発物の幾つかは幸運にも500kmで張られた弾幕を通り抜けてリンデンマルス号に向かう。だがそれらの大半は300kmで爆発・消失し、それでも残ったものは100kmでほとんど消え去った。
だがそれをも掻い潜った残りの爆発物がリンデンマルス号に着弾する。
「艦底部被弾!」
観測士が絶叫する。
先程から報告のたびに絶叫しているせいか報告後少し咳き込んでいた。
それはさておき、着弾・爆発の衝撃はMBまでは伝わってこない。それほど小さな爆発だったが艦底部分の保護板は傷つけていく。
「集中制御室、外装パネルのエネルギー変換率を報告せよ!」
『こちら集中制御室、変換率に変化なし。問題ありません』
誰もが胸を撫で下ろす傍ら、もう一つの吉報もMBに届いた。
『スティングレイ1、スティングレイ2帰投、着艦しました!』
「よし!」
その報に思わず拳を握りしめていたレイナートである。
こうしてリンデンマルス号とアレルトメイア艦隊は戦闘に突入したのだった。




