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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第64話 救助作業

 辺境基地に駐在する兵士達は、緊急時にはどのようにその基地から脱出するかについては当然ながら知識を有している。そうでなかったら宇宙勤務など出来るものではない。したがってTY-3051基地の駐在兵達も、自分らの居住ユニットが脱出カプセルとなることを知っていた。

 では何故、流星雨に見舞われる前に早々と基地を放棄し逃げ出さなかったのか?

 それはやはり恐怖のためである。


 居住ユニットを含め、基地に装着される外装ユニットの大きさは、直径3m、長さ5mほどの円筒である。居住ユニットはその内部を細かく仕切ってコンパートメントとし各員のパーソナルスペースになっている。このパーソナルスペースはまさに人1人入れる程度の細長いもの。その形状から兵士達からは自虐的に「棺桶」と呼んでいる。

 とは言うものの、その内部は十分な睡眠・休息が取れるようにリラクゼーション・システムが備わっていて単なる狭い空間ではない。これは基地本体からの電力供給によって機能している。

 また居住ユニット内は基地本体の生命維持機能 ― これも結論から言えば、水と空気の浄化還元ユニットによる ― によって、宇宙服無しで過ごすことが出来る。


 ところが居住ユニットを基地から切り離して脱出すると、当然のことながら外部からの電力供給がなくなる。空気の供給も止まる。したがって真っ暗闇の狭い空間内に宇宙服の生命維持機能だけで過ごすことになる。

 辺境基地に標準装備されている宇宙服は強化型。その生命維持機能は完全充電状態で180時間、およそ7日強。後に重篤な障害が出ることを恐れずに最低限に機能を落とせば200時間は保つと言われている。

 もちろん基地から切り離された脱出カプセルは非常用電源による救難信号だけしか発しない。

 したがって兵士達はまさに棺桶に入ったような状態で、為す術もなく救助を待つことになるのである。


 だが基地に留まっていれば差し当たって水にも空気にも困らない。基地にはイオンスラスタも、4発だけとはいえ迎撃ミサイルも備わっている。だから何とか乗り越えられるかもしれない。

 しかも基地には救難信号よりも遠方に届く敵味方識別信号発信装置がある。救助を要請さえ出来れば、居住ユニットを切り離して脱出するよりも発見、救助される可能性が高い。

 ついそう思いがちになるのである。

 もしも基地から離脱して1週間以内に救助が来なかったら? 薄れていく意識の中で、色々なことを思い浮かべながら静かに息を引き取ることになる。

 その恐怖があるからどうしても簡単に脱出しようとはしないのである。


 だが、たとえ切り離しても直ぐに救助されるとなれば話は別である。

 リンデンマルス号作戦部が最終立案した救助計画の概要を聞かされた時、TY-3051基地の兵士達に異を唱える者はいなかった。


『……ということで、基地の減速や回転を遅くするというのは物理的に不可能に近い。そこで居住ユニットで脱出してもらい、そこから貴官達の回収を行うという計画だ』


 その説明に兵士達の顔に一斉に喜色が浮かんだ。要は助かればいい、ということである。


『但しタイミングが大切だ。切り離した瞬間にアレルトメイア側に向かって飛んでしまい、それでも回収地点が中立緩衝帯内ならまだいいが、アレルトメイアの領域内になると後々政治的に面白くないことになる可能性が否定出来ない』


 現在のアレルトメイアは軍事クーデターが起き政体が以前と異なっており、新たな2国間関係については現在模索中である。しかもイステラ側は士官交換派遣プログラムによって派遣されてきたアレルトメイア士官の帰還を意図的に遅らせている。これはアレルトメイアの政変が今後も予断を許さないものであるという判断からである。

 このような状況下で、アレルトメイアの領域内で揉め事が起きるのは絶対に避けたい、というのが背景にある。


『尚、脱出カプセル切り離し等については後に詳細を送る。

 以上だ』


 リンデンマルス号からの通信を受けて基地司令の少尉は部下に命じた。


「直ちに脱出準備だ。放棄プログラムに従い必要事項を完遂せよ」


「了解」


 たとえ小型の通信基地であっても軍事機密である。それを何もせずに放棄するということはありえない。したがってこのような状況の場合、基地を放棄するにまで至るプロセスが細かく定められていた。これが戦時なら外からの砲撃、基地の破壊だけで済んだが、平時である今、基地から退去する際にそれを着実に行うことが求められているのだった。それを怠れば後に査問委員会に掛けられてしまう。

 リンデンマルス号到達までは、救助は来るのか、果たして助かるのか、と一日千秋の思いで不安だった駐在兵達も、救助が来たことで余裕が生まれ、早く脱出したいと思いながらも、焦ることなく作業を進めていた。



 TY-3051基地が記録されている重要データの取り出し ― これは日頃から外部超小型大容量記憶装置にバックアップを取っているので大した時間はかからない ― 、また機器のプログラム消去などの作業に関わっている間、リンデンマルス号では救助作業の準備が行われていた。

 基地を周回していた情報収集・哨戒機と第1航空隊第1小隊も一旦帰投した。これは作業中の燃料切れや搭乗員の疲労を回避するためであり、ドルフィン1は補給と搭乗員の交代、アルファ1はアルファ2へ任務移行となった。


 この時点で、リンデンマルス号の乗組員達の中に安堵感と余裕が生まれつつあった。

 TY-3051基地の捕捉に手間取っていた時や基地を発見しその状態を知り、さらに救助方法に思案している時は焦燥感を感じていた。

 だが船務部が情報を収集し、分析し、作戦部が実行計画を立案、どの部隊が何をするかを、それこそ秒刻みでシミュレーションを行い、それぞれ担当部門で十分な確認をした。誰もが「これで大丈夫」との確信を得たのである。

 そうして救助方法が定まりそれを実行に移すだけとなった今、いわば「やれば出来る」否「出来ないはずがない」という自信が生まれていただった。

 そう言う意味で艦全体も基地も異様な高揚感、躁状態にあった。

 そうして全ての準備が整い計画が実行されるに至った。



 実行時刻をCST《宇宙標準時》二三〇五四七(23時05分47秒)に設定、基地の駐在兵が居住ユニットへ移動し入り口のハッチを閉めてロックした。そのまま全員は各コンパートメントに入る。最後に基地司令の少尉が居住ユニット切り離し用自爆装置に爆発時刻を入力し自分のコンパートメントに入る。

 爆発時刻までおよそ10分。それはとてつもなく長い10分だった。


 宇宙服には通信機が備わっているが出力が小さく通信可能範囲は精々2km。それ以上長距離の通信は不可である。したがって基地周囲にはドルフィン1が通信を確保するために待機、周回していた。

 宇宙服の通信機にそのドルフィン1からの通信が入った。


『それでは本機は一旦離脱する。次はリンデンマルス号で会おう』


「了解」


 少尉が返信する。


 脱出カプセルとなっている居住用ユニットを切り離すため、万が一に備え、基地を周回していた艦載機がその場を離脱する。そのための時間が10分である。


 リンデンマルス号のMB内ではカウントダウンが進む。この時点では誰もが成功を信じて疑わなかった。


「カウントダウン進行中。残り30秒」


「艦載機、全機離脱完了」


「秒読み継続中、10、9、8、7……」


 MBのメインモニタに映る暗視赤外線望遠鏡による基地の姿をMBスタッフは固唾を呑んで見守っていた。


「3、2、1、0」


 自爆装置の爆発予定時刻が訪れた。だが何事も起きなかった。

 直ぐに異常に気づきMB内に緊張が走る。


「おい、どうした!」


 作戦部長のクレリオルが大声を上げた。


「確認します」


 通信士がそう言ったところでメインモニタに映る基地に変化があった。

 居住ユニットの結合部分が内側から破壊され居住ユニットが切り離された。


「なんてことだ!」


 当初予定から13秒遅れで切り離し用自爆装置が爆発したのだった。


「おい、どうしてこうなった!」


 メインモニタから顔を下ろしたあろんがIACに向かって怒鳴る。


「わかりません!」


 情報解析室《IAC》のスタッフにしても理由がわからない。わかるはずがない。


 緊急避難装置は兵士の生命の安全上、最重要機器である。これが正常に作動しないと本当に命に関わる。それでも今回は切り離しが出来れば済むだけの話だったが、これが1秒の遅れが命取りになるような状況であれば、今頃脱出カプセルである居住ユニット内には死体しか残っていなかったろう。


 本来緊急脱出装置とそのシステムも要重要メンテナンス項目の一つである。したがって定期的にユニットチェックが行われる。ところがこの基地の場合、そのスケジュールまでいくらか期日があった。その故の不具合であったのかもしれない。

 となるとこれは全イステラの宇宙基地全体の安全に関わる事柄であるので、当然ながら綿密な調査を必要とする案件である。


「直ちに調査チームを……」


 クレリオルの基地からその言葉が漏れた時レイナートが言った。


「必要なし! それよりも居住ユニットの回収の方が先だ!」


 当然のことだろう。調査を行うとなれば基地、居住ユニットの両方を精査しなければならない。だが基地は高速で回転しながら移動していて、その減速が不可能ということで今回の救助作戦となったのである。そこへ調査チームを編成して向かわせるのは不可能ではないだろうがかなりの困難が予想される。


「わかりました。

 ドルフィン3発進! ドルフィン2も続け」


 クレリオルが指示を出した。


「当初予定と大幅に方向がずれている。各部、慎重かつ迅速に対処せよ」


『了解』


 MB内の拡声器から声が響く。



 最終的な救助計画は、結局スティングレイを使う、というものだった。

 基地の外装ユニット着脱専用機のスティングレイは、専用機だけに最も外装ユニット回収作業に適した機体である。スティングレイは超電導磁石の磁力で外装ユニットを抱きかかえるようにして固定し運搬するのである。

 だが一つだけ難点があった。それは巡航速度の遅さである。

 スティングレイはユニットの着脱が主目的であるから細かい機体制御が可能でなければならない。実際、スティングレイの制御速度は最低が秒速5cm、最高が秒速100m程、つまり最大速度は時速350kmでしかない。

 ところが基地は時速870kmの速さで移動していた。この時点で既にスティングレイでは追いつけない。しかも切り離し作業で爆薬を使用しているので、それがさらなる推力となって現在居住ユニットの移動速度は時速1000kmに達していた。但し基地のように激しく回転はしておらず、至極ゆっくりと回転しながら一直線に移動している。


 ただ方向は当初予定と大幅に異なっている。

 当初の予定では居住ユニットは、アレルトメイアとの中立緩衝帯に対しほぼ垂直に、イステラの中心方向へ向かうはずが爆発が13秒遅れたことで、中立緩衝帯に対し平行線からおよそ7度の角度で近づいていたのだった。

 もっとも各機とも発進待機中だったから方角が代わってもさしたる影響はなかった。


 問題があるとすれば、それはTY-3051基地そのものの処分だった。

 乗員が退避したとはいえ基地をこのまま流れるまま放置に任せる事は出来ない。重要データの破棄が済んでいてもである。

 なので居住ユニットがある距離まで離れたところでリンデンマルス号の主砲、荷電粒子砲で砲撃・破壊されることとなっていた。

 それ故、居住ユニットが基地と正反対の方向に進めばそれだけ早く砲撃出来るが、今はほぼ90度の方角(正確には83度)に進んでいるので、両者の距離が開くのに当初よりも時間が掛かってしまう。


「仕方がない。今更どうにもならないんだ。

 とにかくユニットの回収を進めろ!」


 戦術部長のギャヌース・トァニー中佐がマイクに怒鳴る。


 巡航速度の遅いスティングレイでユニットを回収するために取られた方策、それはドルフィン3でスティングレイを曳航するというものだった。

 ドルフィン1は哨戒機なので周辺域の哨戒と通信維持の役目があるかスティングレイを曳航するのは不可。ドルフィン2は万が一の時のための病院船として待機なのでこれも不可。それでドルフィン3がスティングレイを曳くこととなったのである。

 そうしてスティングレイを居住ユニットと並行飛行させる。その後スティングレイが曳航されたままイオンスラスタを用い、時速1000kmの高速で移動しながらユニットに徐々に近づいて抱きかかえるという作戦である。

 スティングレイがユニットを固定したらドルフィン3は曳航索を切り離し、スティングレイがリンデンマルス号に向かい着艦する。

 但しスティングレイの燃料タンクはさして大きくはないので1機では十分な減速が難しい。そこでスティングレイ1が時速350kmまで減速、次いでスティングレイ2が交代して着艦するという手順である。



『こちらドルフィン3、目標にアプローチを開始する』


『ドルフィン3、了解』


 ドルフィン3と航空管制室《ACR》の会話がMBに流れる。


『こちらスティングレイ1。進路良し。速度もOKだ。あとはこちらで微調整する』


『スティングレイ1、了解。頼むぜ』


『任せろ!』


『こちらドルフィン1。周囲に障害となる物体の存在を認めない。何時でもガツンと行け!』


 頼もしい会話が聞こえてくる。


 曳航索で曳かれたスティングレイがじわじわと居住ユニットに近づく。ただゆっくりとはいえユニットは回転している。したがってタイミングを計らないとならない。結局、それだけで5分以上掛かっている。


『よし行くぞ! こちらスティングレイ1、決行する。超電導磁石作動』


 スティングレイ1が居住ユニットに近づきユニットを抱えるアームの内側に内蔵されている超電導コイルに電気を流す。するとその強力な磁力によってユニットがスティングレイ1に引き寄せられる。


『居住ユニット、ホールド完了』


 スティングレイ1の報告が入る。


『曳航索を離してくれ』


 ドルフィン3から伸びている曳航索が切り離され、名実ともにスティングレイ1が慣性航行に移った。


『進路変更、座標90、59、75に向かう』


 スティングレイ1が両腕先端のイオンスラスタを用い機体を旋回させる。まだこの段階で減速はしない。とにかく基地との距離を取る。そうしてリンデンマルス号による砲撃でTY-3051基地の破壊が終了したところで減速する手はずとなっていた。


「主砲発射準備」


 レイナートの声がMB内にこだまする。


 リンデンマルス号は通常空間航行時は4基の砲塔、現場到着・作戦実行時には8基の砲塔の荷電粒子砲の発射準備を整えておく。

 通常時は万が一に備えて、作戦実行時は万が一に備えるのは当然だが、より警戒を強めてということで、正八面体を押しつぶして引き伸ばしたような艦体の各面1基ずつスタンバイさせるのである。


「目標、TY-3051。距離800。方位-65、18、06」


「座標入力」


 砲塔が回転し、砲身が目標座標方向に向かって角度を上げる。


「照準合わせよし。

 左舷《Port》前方《Bow》上甲板《Top Deck》2番砲塔、発射準備良し」


 戦闘指揮所《CIC》のオペレータが報告する。


「主砲発射!」


「主砲発射!」


 レイナートの命令にCICオペレータが復唱しつつ発射ボタンを押す。

 そうして180cm2連荷電粒子砲が火を噴く。

 といってもそれはものの喩え。

 既にエネルギー充填率、加速率共に100%に達している荷電粒子砲は、その弾丸とも言うべき直径180cmもの荷電粒子の塊を光速の99.9999%の速さで発射する。すなわち秒速約30万kmで発射される弾丸にとって、800kmの距離など無に等しい。人間の知覚認識速度を遥かに凌駕する速さで着弾するのだから、発射と同時に基地は破壊・粉砕されたと言えるのである。

 したがって観測士の報告は発射の号令直後に行われる。


「TY-3051基地、消滅しました!」


 レイナートは立ち上がり、たった今までメインモニタに見えていて、今は跡形もなくなったTY-3051基地に向かって敬礼した。

 MBスタッフもそれに倣う。

 そうして居住ユニット内の駐在兵達は、宇宙服の無線機でドルフィン1を通して聞こえてきたその言葉に姿勢を正した。狭いコンパートメント内で宇宙服を着た状態で敬礼の姿勢は取れない。それ故である。


 誰もがしばし感傷に浸る、ということを許さない声がIACの観測オペレータより発せられた。


「時空震計に感応あり!」

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