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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第62話 TY-3051基地

 それは見るも無残な姿だった。


 TY型基地は基地本体よりも直径の大きいパラボラアンテナ、航空機の主翼を連想させる2枚の大きな宇宙線取り込みパネル、そうして3つの外装ユニット(居住用、生命維持用、食料貯蔵用)を持つ。

 だがメインディスプレイに映るTY-3051基地は、パラボラアンテナも2枚の宇宙線取り込みパネルも、3つの内の2つの外装ユニットも失った上、滑らかな円筒形の本体はあちらこちらが凹んでいびつに変形し、ぐるぐると回りながらアレルトメイアの方へ流されていた。

 それを見たMBスタッフは皆言葉を失っていた。「もしかしたら」とは思っていたが、まさかここまで酷い状況とは考えてもいなかったからである。


 誰もが言葉を失い、しんと静まり返っていたMB内によく通る声が響いた。


「主エンジン始動、両舷全速。TY-3051基地に急行する」


 レイナートの声に全員が振り返っていた。だが誰もが直ぐには動かなかった。否、動けなかった。それほどまでに強い衝撃を受けていたのだった。

 そこへ副長のクレリオルの怒声が響き渡った。


「何をしている! 主エンジン始動だ!」


 ようやく我に返ったスタッフ達が持ち場に戻った。


「艦首回頭、目標、TY-3051基地」


「主エンジン始動!」


 MBからの指示を受け、機関室では主エンジンである2基の核融合エンジンを作動させる。リンデンマルス号の巨体がゆっくりとTY-3051基地に向けて動き始める。


「航空科長、現在待機中の航空隊は?」


 レイナートの問に航空科長アロン・シャーキン少佐が答える。


「第1航空隊第1小隊と第4航空隊第2小隊!」


 それを受けてレイナートがさらなる命令を下した。


「本艦が最大戦速に達し慣性航行に移行したところでアルファ1、全機発進。基地との接触を試みよ」


 緊急時になるとレイナートの口調はいつもの穏やかなものから階級相応のものになる。


「了解!」


「それから、ドルフィン1も発進待機させよ」


「了解」


 アロンは続け様に航空管制室に命令を伝達する。



 やがて最大出力に達したエンジンはリンデンマルス号の巨体を最大戦速にまで加速した。

 進路上には無数の細かい隕石のかけらなどが漂っている。それをいわば蹴散らすようにリンデンマルス号は進んでいくが、その小物体によってリンデンマルス号の艦首部分の保護版には無数の傷が付き始めている。だがそんなことを気にしていたら最大戦速での航行など不可能であるし、そもそもそのために150cmもの厚みのある保護版で覆われているのである。


「最大戦速に到達!」


「慣性航行に移行!」


「CICよりACR、アルファ1、全機発進」


『ACR、了解』


 命令を受けたACRが早速命令を伝える。


「ACRよりアルファ1、全機発進せよ」


『第1航空隊第1小隊長機、了解』


 右舷側発進バレルから次々とアルファ1の各機、スクエア1-A からスクエア6-B まで12機が発進していく。


「通信士、今後CIC、ACR、アルファ1との交信はすべてオープンとせよ」


 レイナートが指示を出す。


「了解。MB内拡声器に切り替えます」



 リンデンマルス号の最大戦速から発進したアルファ1はみるみるTY-3051基地に近づいていく。こちらも空間を漂う細かな物体(隕石の欠片等)の中を突き進むが、小回りが利くから可能な限り大きめのものは躱しながら進んでいく。


 リンデンマルス号に限らず、イステラ軍の艦載機は惑星大気圏内を飛行、または滑空することが運用の前提条件に含まれている。したがってキャノピーは有視界飛行を可能とするため透明である。

 だが漆黒の闇の宇宙空間を飛行中の艦載機は、暗視視認装置も一応は搭載されているが、余程のことがない限り有視界飛行はありえない。故に、アルファ1の全機はレーダーを頼りに計器飛行を余儀なくされる。


 ところで艦載機の敵味方識別信号受信機の捉えた信号を機体のナビ・コンピュータが自律的にモニタリングして、自機と他(僚機や僚艦)との距離が異常接近しないように回避行動を取るようプログラムされており、飛行中はこのプログラムに頼るところ大である。もちろんこの自動回避プログラムは、着艦の際には着艦ルーティンの中にこれを停止させる機能が盛り込まれているため着艦は普通に可能である。

 そうしてTy-3051基地が敵味方識別信号を出しているのは亜空間探査で確認済みだが、どうにもその識別信号が不安定、というか受信が途切れがちになっていた。


「スクエア1-Aよりアルファ1全機、基地の信号が途切れがちだ。おそらくブースターがやられているのかもしれん。基地との距離に留意せよ!」


『了解!』


 隊長機からの注意喚起に各機が応答した。

 識別信号を捉えられず、しかも有視界飛行が出来ない宇宙空間では以外なほど接触事故が起き易いのである。



 アルファ1はきれいな編隊を組み基地に近づいた。1-Aが基地に呼びかける。


「こちらリンデンマルス号所属のスクエア1-A、TY-3051基地応答せよ」


『……』


 だが基地からの応答はやはりなかった。


 アルファ1各機はさらに近づきつつスクエア1-A は繰り返し基地に呼びかけた。


「TY-3051、聞こえるか? こちらリンデンマルス号スクエア1-A!」


「……」


 スクエア1-Aの度重なる呼びかけにも基地からの応答はなかった。


 だがしばらくして無線機にノイズ混じりの声が聞こえた。


「こち………51基地…………えますか?」


 その瞬間、出動したアルファ1はもちろん、MB内にも歓声が上がった。


「聞こえるぞ、TY-3051。こちらスクエア1-A」


「……基地は……、………………、至急……」


 だが途切れ途切れで全く基地からの通信内容は判然としなかった。そこでスクエア1-Aはリンデンマルス号に呼びかけた。


『こちらスクエア1-A。基地からの応答あり。なれど通信状態は極めて不良。したがってドルフィン1の出動を要請する』


 MB内の拡声器でそれを聞いたレイナートは無言で頷く。それを確認して航空科長が指示を出した。


「ACR、ドルフィン1、発進だ!」


 すでにドルフィン1は飛行甲板に待機している。

 このフライトデッキは中央部分が艦内第1格納庫へのエレベータになっており、ドルフィンやスティングレイは第一格納庫に格納されている。そうしてドルフィンの離艦時はロケットエンジン噴射による熱から艦体(ハンガー入り口)を守るための排熱板が立てられカタパルトが使用される。

 ロケットエンジン点火と共にカタパルトから射出されたドルフィンは一気に速度を上げTY-3051基地へ向かう。


『こちらドルフィン1。最大速度で基地に向かう』


 ドルフィン1はコックピット後部の多目的スペースにぎっしりと観測・探査・通信機器等を積んでいる。操縦士、副操縦士は航空科所属だが、機器の操作のために船務部から2名のスペシャリストが乗り込んでおり、運用に関しての権限は船務部が優先とされている。


「ブースターがやられているとなると、基地と静止状態の相対位置固定となるように機体を旋回させてもらう必要があるな。大丈夫か?」


 ドルフィン1に乗り込んでいる船務部の士官が操縦士に問い掛けた。


「やってみるが、かなり回転が早いな。あまり近づけないかもしれない」


「そいつは困ったな」


 そういった会話もリンデンマルス号のMB内には全て伝わってきている。


 初期の計測では基地はおよそ48秒で1回転しつつ、時速870kmでアレルトメイアに向かって移動している。中立緩衝帯との距離はおよそ10,500kmである。


 ドルフィン1コックピット内の会話を聞いてモーナの頭の上に「?」が浮かんでいる。

 それを見てコスタンティアが説明した。


「ドルフィンの推進装置はロケットエンジンとイオンスラスタ。ロケットエンジンは推進力がある分速度が上がるから近づけないのよ」


 わかっている人間にはそれだけで十分にわかる説明だが、モーナは宇宙勤務は初めてで元々記録部。実機の運用や物体の運動等は士官学校で習った知識しか持ち合わせていない。したがってどういうことかが今ひとつわからないでいた。

 否、冷静になって計算すればモーナも直ぐに理由がわかったはずである。だが初めての現場での緊急事態にモーナも興奮状態だった。


「ようするにだ」


 そこで航空科長のアロンが引き継いだ。


「宇宙空間において等速円運動をする場合、常に機体は向心力を必要とする。この場合、基地が天体並みに大型で十分な質量があればそれが重力、要するに引力を発生し、そいつを利用することが出来る」


 士官学校どころかハイスクールで習う基礎物理だからモーナにも十分理解出来る。


「ところが今回のような場合、基地は小型で質量なんて高が知れてる上、回転しながら一定方向に進んでいる。だからドルフィン1は前に進みつつ基地を周回するために、常に後部と側面部のノズルから推進エネルギーを噴射しなけりゃならん。

 ここまではいいか?」


「はい」


 アロンの問にモーナが頷く。


「ところがだ。いくら多目的機とはいえ、ドルフィンのロケットエンジンは強力で出力を絞ってもかなりの速度が出てしまう。

 まあこれは当然だな。惑星地表面上から離陸して宇宙にまで飛び上がれるんだから。

 だがこれだと電波状態の一番いいところで静止衛星のように留まるには速度が早過ぎるってことだ」


 ドルフィンのロケットエンジンによる「最低」時速はおよそ28,000kmで、角速度からの計算上、ドルフィンは少なくとも基地から1kmのところでないと周回することが出来ないのである。


「だから一定以上近づくことが出来ない。それ以上近づいたら基地の回転より周回速度が早くなるからな。

 逆にあの速さで回転しているとイオンスラスタでは速度が足りない。かなり接近しなけりゃならんだろう。となると今度は遠心力が強くて側面部の噴射量が半端じゃなくなる。

 ということは……」


「ということは?」


「燃料が心配になるし、衝突の危険が極めて高くなる。

 ロケット用燃料は増槽タンクをぶら下げてるからしばらくは大丈夫だが、イオンスラスタ用は本体内のタンク分しかない。長時間強力に噴射し続けるなんて想定していないからタンク自体がさして大きくない。宙中給油機は本艦には配備されていないし、大体、回転しながらの給油なんてのがそもそも無理だ。

 もっとも、ドルフィン1の役目は基地との通信。連絡が済めば何時までも基地に張り付いている必要はなくなるが……」


 もっとも宇宙空間で1kmの距離を保って飛行するというのは、それでも近すぎると言えるのも反面事実であるが、救助ということになると話は別になってくる。

 事実モーナはそのことを口にした。


「それじゃあ、救出作業はどうなるんですか?」


 そこでアロンは驚いた顔をした。


「それを考えるのはお前さん達、作戦部の仕事だよ。俺達はその作戦に従って行動するのみさ」


「ええー!?」


「ええー、じゃねえよ。お前も、さっさと頭を捻ってろ!」


 口の悪いアロンに言われてモーナはスゴスゴとOC3に戻った。



 OC3ではまさに作戦部長のクレリオル、同次席のコスタンティアを始め、作戦部のスタッフが救助作戦の立案を始めていた。曲がりなりにも基地と連絡が取れ生存者がいることが確認された以上、救助を行うのは当然のことである。

 ただ基地の現状がどうなっているのかの詳細情報が入っていない以上、不確定要素が多過ぎ、さしたる案が出てきていないのものも確かである。



 基地の周回軌道に入ったドルフィン1は早速、TY-3051基地との通信を試みた。


「こちらリンデンマルス号所属ドルフィン1。TY3-51基地、聞こえるか?」


『こちらTY-3051、感度良好。助かった……』


「TY-3051、状況を報告せよ」


『TY-3051、了解。

 現時点よりおよそ85時間前、大量の流星雨に遭遇。およそ3時間余、大小の隕石群に晒され続けました。事前に第七方面司令部に救助依頼を出したが間に合いませんでした。と言うか、リンデンマルス号が来たということは、他のどれも間に合わなかったことですね。とにかく感謝します』


 小型のY型辺境基地の指令は少尉相当職で、基本は士官学校を出て精々3年未満の者。艦載機のパイロットは最低でも少尉以上の階級だから言葉遣いが丁寧になるのは当然である。


『大型のものは迎撃ミサイルとイオンスラスタによる回避行動で可能な限り避けました。だがミサイルは打ち尽くし燃料もなくなり、それで基地設備には甚大な被害を被りました。

 被害状況は、とりあえず我々駐在兵は全員無事です。多少の怪我人はいますがいずれも軽症で済んでます……』


 それを聞いてMB内の誰もが安堵の溜息を漏らしている。だが被害が明らかになると再び表情が険しくなった。


『……ですがメインアンテナ破損、機能せず。通信機は生きてますが電波増幅が出来ないようで、こちらからいくら呼び掛けてもどこからも反応はありませんでした。したがって直ぐ近くにしか電波が届いていないと判断しています。

 宇宙線取り込みパネル破損、機能せず。したがって非常用電源を持たない電気、電子機器は作動していません』


 全ての艦艇、宇宙基地は当然、非常時には救難信号を発する。これはもちろん非常用電源を持つから、宇宙線取り込みが出来ず外部からのエネルギー供給がなくとも発信機は救難信号を発し続けることが出来る。

 ところがこれは思いの外到達範囲が狭い。

 というよりも射程距離が長い荷電粒子砲が実用化されたことで、同士討ちを避けるため、敵味方識別信号の到達範囲を拡大させることが急務になり、そちらが救難信号の発信機の出力アップよりも優先されたのである。その結果、敵味方識別信号の方が救難信号よりも遠方まで届くという、おかしな事態が実は起きていた。

 ところが現実的な問題として平時である現在、もちろん宇宙艦艇や宇宙基地の所在は軍事機密ではあるが、極秘の作戦、隠密行動を行うということが表向きなくなっている。

 したがって万が一事故等によって救助が必要な事態となった場合でも、超光速度亜空間通信によって連絡を取って救助を要請すれば、救助隊は敵味方識別信号を頼りにやって来てくれる、というのが現状である。

 クローデラが新装置を使ってTY-3051基地を探す時に救難信号を利用しなかったのもそれが理由である。


『外装ユニットの内、食料貯蔵コンテナと生命維持関連コンテナが破損、殆どの食料を失ってます。外壁にも穴が空き気密性は保持出来ていません。宇宙服着用で対処しており、現在のところ食事は18時間毎に1度となっています』


 少尉の報告が続く。

 イステラ軍の宇宙服にはレトルトパックを接続する事が出来、完全フル装備状態でヘルメットを外さなくても食事が摂れる仕組みになっている。尚、自分の尿を浄化還元し飲料水とする機能ももちろん備えている。


『とにかく助かった! 大至急我々をここから救い出してくれ!』


 基地司令と思しき若い少尉はそう叫んだのだった。

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