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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第6話 出航

 リンデンマルス号のMB《主艦橋》では、現在出航作業が慌ただしく行われていた。


「全乗降ハッチ閉鎖を確認。乗降チューブ外れました」


「エア・リーク確認急げ!」


「エア・リーク認められません!」


「エネルギー供給率75%。全システム正常に作動中。問題はありません」


 出航作業は決まった手順のルーチンワーク、全自動化されている。したがって異常がないかを計器で確認するだけで済む。艦長席に座っている若い新任艦長レイナートも静かに様子を眺めているだけだった。


「牽引索の離脱を確認」


「艦体前後に障害を認めず」


 宙空ドックは艦体の上下左右を取り囲み元々前後には何もない。


「微速前進」


 リンデンマルス号がゆっくりと前に進み始める。だがこの巨大戦艦のMBには特別、音も振動も伝わっては来ない。

 またMBには窓というものが一切ない。したがって目視で艦が動いているということを知ることも出来ない。ただMB前面の大型のメインモニタに映る艦外の景色が少しずつ動くことによってかろうじてそれとわかる。


「本艦、離岸を開始しました。ドックとの距離、50……、100……、200……、300……」


 船務科の観測士が計器の数字を読み上げる。


「距離、500……」


「主エンジン出力15%上げ!」


「距離、800……、1000、1200……」


 観測士が読み上げる数値もドンドンと大きくなっていく。


「1500……、2000……、2500、3000」


 やがてリンデンマルス号は惑星ガムボスの衛星周回軌道に達した。

 そこでレイナートが命令を発した。


「本艦は第3種配備を解除、第2種配備に移行します」


「全艦、第2種配備に移行」


 船務部長が復唱した。それを聞いてレイナートが続ける。


「作戦部長、ガムボス星系離脱後、行動計画A-311を発令します。準備を進めて下さい」


「了解。ガムボス星系離脱後、行動計画A-311を発令」


 作戦部長クレリオル・ラステリア中佐が復唱する。


「通信士、艦内放送の回線を開いて下さい」


「了解しました。回線開きます、どうぞ」


「全乗組員諸君、艦長です。本艦はただ今宙空ドックを発進・離脱しました。この後、第六管内警備基地TX-352に向かう行動計画A-311を発動します。遅れていた計画を取り戻すべく、当初予定よりワープの回数が多くなりますが、落ち着いて対処するよう望みます。以上」


 まるで民間の旅客船の船長のような穏やかな上に、やたらと丁寧な言葉遣いにどうにも気勢がそがれる乗組員である。


「さて、私は一旦私室に下がらせてもらいます。作戦部長、後を頼みます」


 そう言うとレイナートは立ち上がった。MBの全スタッフが立ち上がり一斉に敬礼をする。それに敬礼を返すとレイナートはMB後方のエレベーターに向かった。


「艦長は艦長室へ!」


 エレベーター前の警備兵が捧げ銃の姿勢を取り大きな声で言う。

 レイナートの姿がエレベーター内に消えたところでスタッフは敬礼を終えた。


「何とも、どう表現していいのかわからん人物だな」


 クレリオルが小さく呟いた。まだこの程度では自分達の新しい指揮官をどう評価していいか全くわからなかった。



 シャトルからリンデンマルス号へ乗り込みMBへ向かうレイナートにコスタンティア、クローデラとエレノア、イェーシャが同行した。

 コスタンティアとクローデラは作戦部と船務部という、艦の行動を左右する最重要部門のスタッフである。しかもその部署はMBと隣り合わせ。したがってMBへ向かうことに何らおかしいところはない。一方のエレノアとイェーシャは護衛としてである。

 艦長には24時間、護衛が2名付くことになっている。今は着任したばかり、というか、誰もそれとわからず艦長が乗艦してきたので体制が全然整っていない。それで急遽その任を買って出たのであった。


 乗艦したレイナートは直ちにMBに昇った。出港準備に取り掛かっていたスタッフはもちろん驚きを隠せない。

 急遽退艦した前艦長の後任人事が難航したことは知っていた。ところが待てど暮らせど後任人事が発表されない。かと思えば急遽乗艦命令が発令された。しかも出航準備もである。

 宙空ドック内の艦艇、特にリンデンマルス号の場合、ドックに係留されたままメインシステムを稼働させるのは艦の状態が不安定になって危険である。もちろんそうしたからといって直ぐに地上に墜落することはないが、それでも最大72時間以内の出航が望ましいとされている。全乗組員の乗艦は30時間もあれば終了するが、まさか艦長不在で出航する訳はないだろう。

 と思っている矢先に新任艦長が姿を表し、中央総司令部と超光速度亜空間通信を始めたのである。驚かない方がおかしい。



 中央総司令部との通信の内容は着任報告の遅れの叱責であった。


「まったく、ガムボスに到着したら先ずは第七方面司令部へ出頭し、報告するのが筋だろうに、レイナート・フォージュ大佐」


 メインモニタに映る特務戦艦リンデンマルス号の実質的な監督官で運用責任者のロムロシウス・シュピトゥルス少将は渋い顔である。


「お言葉ですが、本官は到着後直ぐ、一三一八ヒトサンヒトハチ (13時18分)に方面司令部本部に出頭致ししました。

 ですが、アチラコチラたらい回しにされた挙句、気がついたら直ぐに乗艦して出航させろというお達しでしたから、それに従ったのですが……」


 レイナートはポリポリと頭を掻いている。

 レイナートはたらい回しと言うが、実際にはもっとひどい扱いだった。確かに最初はたらい回しだったが、最終的にはなんと第七方面司令部監察部に拘束されていたのである。



 実のところレイナートは、このリンデンマルス号着任の少し前に大佐になったばかりである。と言っても別にリンデンマルス号の艦長にさせるために昇進となったのではない。たまたま偶然が重なり、大佐となったレイナートが艦長に任命されたのである。


 ところでこの大佐への昇進人事は当然のごとく中央総司令部の人事部で行われたものだが、それが方面司令部まで通達される前にレナートのリンデンマルス号艦長就任が決定された。リンデンマルス号艦長の後任人事に頭を悩ましていた人事部は、新任の大佐であるレイナートをこれ幸いと生け贄にしたのである。そうして辞令を受け取った本人はさっさとガムボスまでやって来てしまったのだった。

 それ故第七方面司令部に出頭したレイナートは、記録上連邦宇宙軍には存在しない大佐ということでスパイ容疑まで掛けられてしまったのである。

 レイナートは辞令を受け取った第五方面司令部の用意した特別機でガムボスまでやって来たから、途中では自分の昇進の通達が遅れていることに全く気づかなかったのである。


 そうして監察部による執拗な取り調べの最中に、このレイナートの人事が中央総司令部人事部から各方面司令部にまで通達され、この第七方面司令部にも届いたのである。人事部からそれを聞き泡を食った監察部はレイナートを直ちに解放し、腫れ物でも触るように接した上、とにかく早い出航を促したのである。それは自分達の失態を方面司令部上層部に知られたくないという思惑からであった。


 監察部は軍隊内部の不正を調査・糾弾する組織である。それがそのような真似に走ったのだから何をか言わんやである。

 だが似たような経験、つまり組織ぐるみでの事実の隠蔽ということを既に経験していたレイナートは、何も言わずに乗艦したという次第である。

 それが着任式が行われなかったということにもつながっているのであった。


「だとしたらそれは第七方面司令部の失態だな。司令のシュラーヴィ大将にこちらから逆に文句を言ってやらなければならん」


 そう言って不敵な笑みを見せるシュピトゥルス少将である。

 二人が士官学校の先輩後輩で戦友であるということを知らなければ、将官同士の脚の引っ張り合い、権力争いと捉えられても不思議ではないような発言だった。


「それはご自由にどうぞ、としか言えませんが、こちらにとばっちりのこないようお願いします」


 穏やかな顔でシレッとそう言ったレイナートである。

 さすがにこれにはシュピトゥルス少将も鼻白んだ。


「噂には聞いていたが、確かに一筋縄ではいかん人物のようだな、貴官は……。

 まあいい、精々職務に励んでくれ。通信を終わる」


 開いた口がふさがらない、とは使い古された言い方だが、シュピトゥルス少将と自分達の新任艦長レイナート・フォージュ大佐の会話を聞いていたMBスタッフはまさにその言葉の通りに唖然としたのだった。



 だがレイナートはそんなMBの雰囲気を全く意に介することなく言ったのである。


「本艦は準備が整い次第直ちに出航します。乗組員の乗艦状況は?」


 問われた船務部の士官は我に返ると報告した。


「現在6割が戻っています」


「それではまだしばらく時間が掛かりますね」


 レイナートは静かに言った。そこには特別責めるとか呆れるというものは感じられないとMBのスタッフは思った。



 乗組員の乗艦、退艦は基本的にその順序が定められている。

 例えばいずれの状況であっても艦長は一番最後に退艦する。だが乗艦の場合は艦長は一番最初ではない。特にリンデンマルス号の場合はそうである。


 例えば地上に降下した艦艇の場合は降下後も全システムを停止させることはない。そんなことをすれば艦体に深刻な事態が生じる。

 宇宙艦艇はその巨大な質量を自ら支えられる脚を持っていない。したがって地上に設置された台座上に着床するが、ただ台座の上に乗っているだけなら艦底部分が自重に押しつぶされてしまうのである。故に常に反重力発生装置を作動させて艦底へ掛かる負担を軽減しているのである。

 故に艦はいわば休止状態なので艦長が一番最初に乗り込んでも、部下からは嫌がられるが、問題はない。


 ところがリンデンマルス号の場合、高度100万mの宙空ドック内では全システムを停止させる。これは本来のエネルギー供給が追いつかないからである。地上であれば外部からのエネルギー供給が可能なので問題はないが、したがって乗艦しても中は真っ暗、エレベーターも空調も動いていない。そんな状態のところへ艦長を乗り込ませる訳にはいかないのは当然である。


 リンデンマルス号の外壁パネルは宇宙線を取り込んで変換し艦のエネルギーとする。そうして宇宙空間において周囲に大きな質量を持つ物体がない場合、リンデンマルス号の質量で重力が発生し重力場が形成され時空を歪める。周囲を飛び交う宇宙線はこの歪められた重力場の中で自然とリンデンマルス号に引き寄せられていく。これによってリンデンマルス号は必要なエネルギーの確保を可能とする。


 ところで宙空ドックはやぐら状に太い鋼管を組んだ基本骨格の周囲に太陽光パネルをぎっしりと並べてある。これはドックの作業用エネルギーの確保のためである。これがリンデンマルス号に飛来する宇宙線の数を少なからず減少させる。

 それに目の前に巨大な質量を持つ天体があれば宇宙線はそちらへ向かって飛んで行く。これが宙空ドック内でリンデンマルス号が十分なエネルギー確保の出来ない理由である。但し艦内には多少なりともエネルギーの貯蔵がない訳ではないから、十分なエネルギー供給がなくともシステム稼働後100時間位は特別問題は起きないとされている。

 そうして宙空ドックが100万mという高い高度にあるのは、何らかのトラブルで地上に墜落する可能性が出た時、砲撃を加えて破壊し地上への被害を最小限に食い止める時間を稼ぐためである。



 さて完全にシステム停止した艦内に一番最初に乗り込むのは技術部機関科のスタッフである。彼らがメインシステムを機動させ、次いで同じく技術部甲板科が艦内諸設備を順次稼働させていくのである。

 それからは各セクションの内、艦の航行に直接関与する部署の者から順次乗艦していく。したがってこの場合、戦術部すなわち直接戦闘部門と福利厚生・娯楽施設などを管理・運営する管理部総務科が一番最後の方になる。

 但し尉官クラスは艦内各セクションの現場責任者ということが多いから戦術部や管理部であっても乗艦は早い方になる。アニエッタやエレノア、アリュスラがコスタンティアらと同じシャトルで乗艦したのはそういう理由だったからだが、そこに新任艦長が一緒というのは普通では絶対に有り得ないことだった。


 それがそういうことになったのは、とにかく若くて美人の女性士官と一緒にさせて、新任官長のご機嫌を少しでも良くしようという、第七方面司令部監察部の陰謀だったのである。

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