表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
52/75

第52話 説明

 アレルトメイア人民解放戦線を名乗る一団の軍事クーデターによる革命宣言の際、発言者達の背後の大型スクリーンに映っていたのはアレルトメイア皇帝の銃殺刑の映像であった。その故にエメネリアはいわば人事不省状態に陥った。

 それら一連の出来事は確かに衝撃的な事ではあったが、それでも暫くの間、リンデンマルス号は通常の作戦行動を実施し艦内には何も変化はなかった。とは言えどエメネリアの処遇について一切のアナウンスがなかったため、この主要士官を集めてのブリーフィングとなった訳である。

 そこで明かされた衝撃の事実。すなわちエメネリアが単なる貴族の一軍人ではなく、殺害されたアレルトメイア皇帝の娘 ― 皇女 ―という事実に、その場の誰もは言葉を失っていたのだった。


 ブリーフィングルームの沈黙を破ったのはレイナートだった。


「殿下、この度の皇帝陛下の件、改めて心よりお悔やみ申し上げます」


 そう言うとレイナートは静かに黙礼した。エメネリアはそれに微かに頭を下げて応えた。そうして沈痛の面持ちでレイナートに言った。


「艦長、申し訳ありませんが、現在の状況を説明して下さい」


「はい。

 アレルトメイアは人民解放戦線を名乗るクーデターグループによって皇帝陛下が殺害され、皇太子殿下の消息は不明。すなわち安否はおろか所在もわからない模様です。また第二皇女殿下は現在旧皇帝府の離宮に軟禁状態とのことです。

 クーデターグループは現在のところ国権を掌握している模様で、特に混乱は起きていないようです」


 レイナートはかいつまんで現在のアレルトメイア状況を説明した。

 本来であればこういうことは部下にさせるところであろうが、今のところエメネリアは打倒されたとはいえ旧政権の国家元首の娘、すなわちVIPである。したがって艦長自ら説明をするのは何らおかしいことではない。


「そうですか、ありがとうございます」


 エメネリアはそう言ってレイナートに再び軽く頭を下げた。そうして正面を向き静かに話し始めた。


「先ほど艦長が申された通り、わたくしは亡き皇帝陛下の娘です。わたくし自身について若干説明させていただきますと、わたくしは皇帝陛下が即位される前、まだ皇子時代に娶った女性との間に生まれました。

 皇帝陛下は8人兄弟の末子で5男でしたが、上4人の男子が即位を拒否もしくは不適格とされて即位なされました。

 母の実家は貴族で皇妃を出すに何ら問題のない家柄でしたが、陛下の即位決定後に精神を病み、自ら命を断ってしまいました。

 その後陛下は新たな皇妃をお迎えになり、わたくしはミルストラーシュ公爵家へ養女に出されました。

 アレルトメイアの皇室典範では、皇帝継承権は現皇帝と血のつながりのある全ての子供に、正系の男子、次いで妾腹の男子、それから正副にかかわらず女子は年齢順に与えられることになっています。

 そうして陛下の御子はわたくしを筆頭に、腹違いとなる皇太子殿下と第2皇女殿下の3人だけ。したがいまして、わたくしは養女に出されながらも、皇太子殿下に次いで第2位の皇帝位継承権保持者となります」


 顔色は決して良いとは言えず、明らかにやつれた顔のエメネリアの言葉に士官達はさらに絶句している。

 身分制のないイステラ人にとって、貴族という存在そのものが初めて接するものであるにも関わらず、それが皇帝位継承権を持つ皇女となったら、それこそ、言葉は悪いが珍獣でも見ているような気分になっても不思議ではない。


 だがその言葉によってコスタンティアは合点がいった。

 中央総司令部からの通信で、アレルトメイアの皇太子は現在行方不明で安否もわからないということである。ということは現状ではエメネリアが次期皇帝位に最も近い人物ということになりかねない。それであればイステラ連邦政府も、おいそれとはエメネリアを帰国させられないのはのは一目瞭然である。それであれば艦の運用責任者であるシュピトゥルス少将から、エメネリアを艦内に留めるように密命があったことも納得出来る。


 だがそうなるとレイナートとエメネリアのつながりが余計にわからなくなる。

 想像ではエメネリアが宇宙海賊に襲われているところをレイナートが助けたというのが、2人の一番最初の接点のはずだが、そもそも皇帝位継承権を持つ公爵家令嬢の乗る船を海賊が襲うだろうか? 確かに貴族の船なら金目のものは多数積んでいるかもしれないが、その時護衛の船は存在しなかったのか? それは考えにくいことではあるもののアレルトメイアの貴族の実態を知らないからなんとも言いようがない。それにしてもコスタンティアは自分を襲う違和感が拭いきれなかった。


 コスタンティアがそういったことを考えていた時にエメネリアが続けたので我に返る。


「ですから、私が本艦に乗艦していることは皆様にもイステラにも多大なご迷惑をかけることになります。ですので早急に私を本国に送還していただくよう手続きを進めてください」


 もっともな申し出であろう。

 だが事ここに至ってはそれは難しいとしか思えないコスタンティアだった。それはクローデラも同じだった。言い様によってはリンデンマルス号はもう既に高度な政治問題に巻き込まれているということである。ここで下手に動くことはかえって事態を悪化させることになりかねないのではないか?


 そう考えているところでレイナートが口を開いた。


「殿下、申し訳ございませんがそれは出来ません。

 イステラ連邦政府は、今回の貴国の政変に関して必ずや新たな動きがあると考えております。それがどういったものになるかを見届けない限り、殿下のご帰国はお待ちいただくべしとの見解です」


「ですが、それでは我が国とイステラとの関係が悪くなるのではありませんか? 最悪の場合、両国が開戦ということにも……」


「その可能性は否定出来ません」


 レイナートはキッパリと言った。


「それ故、殿下の今後に関しては小官が一任される形となっております。

 要するに殿下のご帰国が可能となる条件が整うまでは本艦に留まっていただきたいというのが政府の意思です。ですが対外的にそれを表明することは出来ません。それは我が国が貴国の政変に口を出すことにつながるからです。

 それ故本艦は、表向きは艦長の独断によって殿下の帰国命令を無視している、と振る舞うことが求められております。そうすることでイステラは貴国との軋轢を回避する所存です」


 ここに至ってブリーフィングルームがざわついてきた。


「でもそれは艦長一人が悪者になる、ということではないですか?」


「まあ、そういうことになりますね」


 レイナートは力なく笑った。


「そんな!」


「まさか!?」


「嘘でしょう!」


「ありえない!」


 それを聞いてエメネリアのみならず、コスタンティア、クローデラにモーナまでもが大きな声を上げた。だけでなくブリーフィングルームが一層騒がしくなった。

 それを手で静止しつつレイナートが続ける。


「ですが、まあ、大丈夫でしょう。最悪でも命令違反による銃殺刑にはならないようになんとかしてくれるそうですから」


 そこでクレリオルが立ち上がって口を開こうとした。それも制してレイナートが言った。


「大丈夫、もちろん乗組員諸君への処罰はとりあえずは最小限となるように、その後全て回復されるように段取りは出来ています」


 再びブリーフィングルームが静まり返った。


 軍人は政治に関わるべからず。

 強い強制力 ― 軍事力という名の暴力を自由にすることの出来るものが政治を左右することは許されない。そうして軍隊・軍事力は国民によって選ばれた政府によって統制されなければならない、というのがシビリアン・コントロールの基本である。

 それはイステラ軍人であれば誰もが承知していることである。そうして軍が時に政治に翻弄されるということも知って入る。

 だが自分達がまさにそのような状況下にあるということに驚きを隠せなかった。


 水を打ったような静寂の中、嗚咽を噛み殺す声がした。エメネリアだった。


「ごめんなさい、わたくしのせいで……。わたくしが士官交換派遣プログラムなど提唱しなければ……」


 さらなる驚愕がその場を襲った。アレルトメイアとの士官交換派遣プログラムの黒幕が目の前のエメネリアだというのか!


「あなたに会いたい一心で、あんなことを言い出さなければ……」


 堪えきれず涙を流すエメネリアだった。


 その後ブリーフィングは直ちに中止、散会となった。

 保安部長のサイラの進言によってである。このままでは秘匿されている最重要機密事項が開示されかねない、との虞からだった。



 リンデンマルス号艦内は以前にもまして重苦しい雰囲気となっていた。

 士官交換派遣プログラムで派遣されてきた人物が実はただの士官ではなく、革命によって殺害された元の国家元首の娘。しかもその人物を帰国させられないがために、表向き命令違反をしなくてはならない。なぜ自分がそんなことに巻き込まれなければならないのだ? 乗組員の誰もがそのように考えていたのである。


 エメネリアには当初から護衛が2名付けられていた。これは艦内に慣れるまでの過渡的な措置という認識でいずれは廃止される予定だったが、現在ではそれが4名に増員されている。要するにVIPに対する通常の対応で、そのことが乗組員に与える心象に大きく影響していることは否めなかった。


 そのブリーフィングから数日を経過した後、レイナートは艦長室に作戦部長、船務部長、戦術部長、保安部長を召喚した。今後の方針について通達するためである。

 4人は艦長室に出頭するとレイナートの勧めで艦長の執務デスクの前の椅子に着席した。

 そこでレイナートが話し出した。


「エメネリア殿下のご意向で、艦内でのご自分の取扱はあくまでもアレルトメイア軍の一士官として欲しいということです」


 レイナートの言葉に作戦部長のクレリオルは否定的な顔をした。


「それはどうでしょう、仮にもあの方は国家元首の娘。確かに今は祖国は政治体制が変わっていますが、だから尚の事、丁重な扱いをするべきではないでしょうか?」


 他の3人も頷いている。


「そうですね。確かに作戦部長の言う通りでしょう。ただこれは彼女の意向とは別にそうすべきかなと考えているところもあります」


「どういうことですか?」


 今度は船務部長のキャニアン・ギャムレット中佐が尋ねた。

 それに応えてレイナートは言う。


「現在、他のアレルトメイア士官についても帰国の手配がなされているようです。具体的には第七管区主星ガムボスに派遣されている全アレルトメイア士官が集めらているそうですが、何故か最近『我が軍は官僚化が進んでいるのか事務手続きの遅れが非常に目立ち、実際の帰国作業は遅々として進んでいない』ということのようです」


 その言葉に全員が目を丸くしたが直ぐに理解した。イステラ政府はこの問題を先送りにしようとしていると。


「要するに彼らは皆『帝政アレルトメイア公国宇宙海軍』の将校で、現在の『アレルトメイア人民解放軍』の士官ではない、ということらしいですね。したがって彼らを『他所の』軍隊に帰還させるのは筋違い。と言って何もしなければアレルトメイアを徒に刺激する。そこでまあ、のらりくらりとやっているようです」


 レイナートが苦笑気味に言うとその場の全員も苦笑しつつ頷いた。


「まあ、そういうことで、彼女を一士官として当初の予定通りの扱いをすることに問題はなさそうです」


 レイナートはそこで一旦言葉を切った。そうして全員の顔を見回してから続けた。


「これはまた、彼女の帰国手続きを始めないことに対する言い訳、と言うか大義名分になるとも考えています」


「なるほど……、確かにそれは言えますな」


 作戦部長のギャヌース・トァニー中佐も納得顔で頷く。


「艦長、そこで質問ですが、これが長期化した場合、艦長は彼女を政治難民として扱うおつもりでしょうか?」


 保安部長のサイラがレイナートに尋ねた。艦内の治安維持を担当するセクションの長としては無関係では済まされない問題である。


「それが頭の痛いところですね。彼女は自由意志で国を捨てた訳ではないので、厳密な意味での政治難民ではないですからね。まあ艦内にいる間、と言うかイステラの勢力下にいる間に政治亡命すれば話は別でしょうが……。

 いずれにせよ、政体が変わったから帰国させるべきか否かの判断がつかない。それで艦内に留めている。そういうことにしておかないとこちらがとばっちりを食いかねません。

 いくら密命があるとはいえ表向きは命令違反をする訳ですからね。最後の最後に軍法会議で銃殺に決定、なんていうのは私も御免被りたいです」


 穏やかな口調でそういうことをサラリと言うレイナートである。

 これには四人が口をあんぐりと開けざるを得なかった。


「ということで、彼女はあくまでも『帝政アレルトメイア公国宇宙海軍参謀本部付き将校のミルストラーシュ少佐である』として遇するように全艦に通達するつもりです」


「わかりました」


 クレリオルが頷いた。

 最終的な責任は艦長が取る。そうしてその艦長がそう決定したのなら誰も口を挟めないし、しかもそれはまさに命がけのものである。誰もが首を縦に振るしかなかったのである。


「さて、私からは以上です。

 今度は作戦部のアトニエッリ大尉、船務部のフラコシアス中尉、それとシェルリーナ軍医中佐をここへ来るように伝えてください」


 レイナートはその会合をそのように締め括った。

 それはエメネリアの「レイナートに会いたい一心で自分が士官交換派遣プログラムを提唱した」という発言に対する質問を先回りして拒絶するものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ