第40話 本音
集中制御室を後にしたエメネリア達は重力場形成装置の視察に向かった。甲板科による外装パネルの交換には大いに興味があるが、2日後でないと見られないという。そこでやはり興味のあったワープエンジンを見に行くことにしたのである。
リンデンマルス号は他の宇宙艦艇の2倍以上の大きさがある。質量に限れば数倍になるだろう。文字通りイステラ一、どころかこの銀河一の巨大艦かもしれない。エメネリアはアレルトメイア宇宙海軍統合参謀本部の武官として、いずれの国でもそのような巨大艦を建造、運用しているという話を聞いたことがなかった。
それが、聞くところによるとリンデンマルス号は一度に300光年のワープをするという。とてもではないが信じられない、冗談のような話である。
だが実際リンデンマルス号は予定通りに自分を迎えに来た。であればそれは冗談でも作り話でもなく真実なのだろう。ならばそれを可能とするワープエンジンは一体どのようなものなのか。話の種に見ておくだけでも無駄ではないかもしれない。
エメネリアが重力場形成装置を見に行く気になったのはそういう理由である。
グレマン少佐に命じられてエメネリアを案内するのはマリッセアという名の技術部の少尉だった。気を使って女性を配してくれているのは明白だが、それにしても女性が多い艦だと思わざるをえない。
「本艦のワープエンジンは11次元超重力理論の応用で、超強力な重力を発生させて時空に干渉しています」
2人を案内しながらマリッセアが説明する。
「これはご存知で、今更でしょうが……」
エメネリアは面食らってそれを遮った。
「申し訳ないんですけど、あまり専門的な説明をされても理解出来ません」
技術者や学者にとっては当たり前のことでも、それが誰にとってもそうだとは言えないのは当然である。どこの国の士官学校でも物理学の基礎は学ばされるが、工学系の課程でなければ、そこまで専門色の強い講義自体が行われないから、いきなり難しい話をされても手に負えなくなる。
「そうですか……」
マリッセアはエメネリアを一瞥するとそう言うに留まった。
そのまま無言で、何とも気まずい雰囲気で重力場形成装置の制御室に入ったのである。そこはやはり多くの計器、モニタが並んでいたが、集中制御室に比べれば遥かに小ぢんまりしていた。
ただその場にいるのはどう見ても兵士というよりは、学者か研究者のような人物ばかりであった。
「大尉、アレルトメイア軍のミルストラーシュ少佐をお連れしました」
マリッセアがその場の女性士官に声を掛けた。
「ああ、そう。部長から聞いてるわ」
そう返事をしたのは30代半ばの、それこそどう見ても軍人というよりも研究者のような女性であるが、それは軍服の上に白衣をまとっているからだけとはいえない気がする。
「ようこそ、少佐」
大尉はそう言ってエメネリアを出迎えた。だがどうもその態度は自分よりも高位の士官を出迎えているものではなかった。
「お忙しいところを申し訳ありません。私は……」
余程エメネリアの方が丁寧な敬礼をしようとしているが、大尉は真顔で言った。
「申し訳ないですけど、私はそういう軍隊的儀礼は面倒臭いので勘弁してもらえます? 少佐のことは情報端末で見たから改めて自己紹介してもらう必要はないし……。それで、私はセレサ。よろしく」
「!?」
早速情報端末に公開された自己紹介動画が役に立っていた。それはそれとしても、いきなりで驚きを隠せないエメネリアである。
するとマリッセアが小声で囁いた。
「大尉は、連邦宇宙大学大学院で博士号を取った本当に研究者さんなんです。重力場形成装置の研究がしたくて軍に入ったという人で……」
要するに軍人というよりは変わり者の研究者と言いたいのだろう。確かにそうとしか見えないのだが、それでいいのだろうか?
そんなことを考えていたらセレサと名乗った当の大尉が言った。
「そうなの。本当は技術研究所配属志望だったんだけど、この艦に回されちゃって……
そういうことで、軍人らしいことは勘弁して。階級的に無礼なことを言ったりやったりするかもしれないけど、それも大目に見てもらえると助かるわ」
どうもリンデンマルス号の乗組員には癖の強い人物が多くて驚かされるばかりである。これがアレルトメイア軍であったら軍法会議ものである。
この大尉もぞんざいというほどひどい態度、言葉遣いではないが、少なくとも階級が上の者に対するものではない。だが、自覚しているだけよしとすべきなのだろうか? これがイステラ軍の「普通」なのだろうか?
「さてと、少佐は参謀でしたっけ? だったらあまり難しい話は必要ないでしょう?」
「はい、まあ……」
確かに艦艇の基本スペックを押さえておけば作戦立案に支障はないから、あまり細かな性能的な話をされる必要はない。だがどうも色々とカルチャーショック(?)を受けて中々そこから立ち直れていないので、どうにも本調子でないエメネリアである。
「この艦のワープエンジンの能力は一度に最大300光年を跳躍するの。これはイステラ軍で最高性能、いまだにこれを上回るものはないわね」
エメネリアの困惑を全く意に介さずセレサは話を続けた。
「スゴイですね。これだけ大きな艦なのに」
そうなるとエメネリアも立ち直らざるをえない。
「そうね。まあその分、装置自体も巨大だし、エネルギーも必要とするけど……。
開発当時の研究者達は相当頑張った、と言っていいわね。20年以上も前にこれだけの能力を発揮する重力場形成装置を作ったんだから」
セレサはまるで講義でもするかのように淡々と語る。
「ただし欠点もあるのよね。
私も頑張ってるんだけど、ここじゃあ、データ取るだけで、実験は出来ないしねぇ……」
そう言って頭をボリボリと掻いている。
「はあ……」
エメネリアは何と言っていいかわからず曖昧に頷いた。
エネシエルに主砲の荷電粒子砲の説明を受けた時もそう感じたが、リンデンマルス号の能力というか性能は十全、と言うか完璧ということではないらしい。まあそうであってもらわねば、ヘタをするとイステラはこの銀河の支配者になってしまいかねない。
それはそれとして、どうしてこうも皆、本来は自分のような他国の部外者には秘匿すべきであろうことを軽々と話すのだろうか。
「差支えなければその欠点というのを……」
試しにエメネリアが尋ねるとセレサはアッサリと教えてくれた。
「この装置では短距離ワープが出来ないのよ。具体的には25光年以下は跳べないの。時空に対する干渉力があまりに強過ぎるのね。短距離を跳ぼうと出力を一定以下に下げると物凄く不安定になるのよ」
「!」
またまたとんでもない秘密を打ち明けてくれるものだと思わざるをえない。アロンやエネシエルと同様、目の前の女性をどう評価していいかわからないエメネリアである。
「いいのですか、そのような重大な秘密を私に喋ってしまって?」
「あ、そうか! これは失敗だったわ……って、だって少佐は作戦部に入るんでしょう?」
セレサは一瞬焦った風な様子を見せたが直ぐに気を取り直し真顔に戻っていた。
「ええ。そのように伺ってます」
この艦の乗組員の機密保持意識は大丈夫なのか? 大いに疑問を抱いたエメネリアであるが、この場では何も言わず質問にだけ答えたのである。
「それなら今のは絶対に外せない情報よ。このことがわかってないと作戦の立案どころか、支援要請の受託なんて出来ないはずだから」
「それはそうでしょうね」
エメネリアは頷いてみせる。
「25光年以下、正確には24.876光年だけど、ということは、本艦は十数光年程度の距離の第1級支援要請は引き受けられないということよ」
そこでエメネリアが首を傾げた。
「第1級支援要請というのは?」
「第1級っていうのは、とにかく何もかも放り出してでも最優先でやれっていう救援活動よ」
「それだけ緊急性が高いということですね?」
「そうよ」
「でも、短距離ワープが無理でも、必ずしも引き受けられないとは言えないのでは?」
「ええ、確かにね。一旦50光年くらい跳んで、それから戻ってくれば可能だわ。但し時間的に間に合えばだけど」
「どういうことでしょうか?」
「さっきのワープの時、集中制御室にいたんでしょう?」
「ええ」
「それならわかると思うけど、ワープエンジンを作動させるためには、外装パネルからのエネルギーをほとんど全て重力場形成装置につぎ込むのよ」
「そのようですね」
ここでも出てきた外装パネル。早くその交換作業を見てみたいものだと思いつつ頷く。
「その間、どうしても停止させられない主コンピュータを始め、各制御用コンピュータは非常電源、要するにバッテリ駆動みたいになるの」
「ええ、わかります」
「ワープ地点の安全確認は2箇所同時に出来る。時間はその分かかるけどね。でもワープは連続では出来ないの。一旦ワープすると、非常用電源の蓄電量が不十分で直ぐにワープ出来ないのよ。
非常用発電機を別途積んでればそういうこともないんだけど、それがあるのは艦載機の格納庫だけ。これは乗組員の緊急退避、脱出用という意味もあっての措置ね。そういう意味では片手落ちなのよこの艦は」
「!」
「とにかく、本来ならワープからの復帰後、艦内諸設備を通常稼働させながら非常用バッテリに充電していく。これを、他は全て止めて蓄電を最優先しても2時間以上、いいえ、3時間は掛かるわ。そこまで待てないからと蓄電量不足でワープして途中で主コンピュータが止まったら目も当てられないわ」
「そうなったら、どうなります?」
「そうなったら一切が制御不能になって、歪められた時空が無限ループを起こしてそこだけの閉鎖空間を作り出して内部崩壊する、と考えられているわ。
重力場形成装置を緊急停止させてもそれは同じ」
「……」
「まあこの艦の質量では大した大きさにはならないけど、それでも最終的にブラックホール化するでしょうね。実際に試したことはないからあくまで推論だけど」
セレサの言葉に身震いする。それでは確かに連続でワープなど考えるまでもなく行えないことがわかる。
「とにかくそういう訳だから、2~3時間以内で遂行しなければならない25光年以下の第1級支援要請は引き受けられないということよ。
本艦への支援要請が中央総司令部経由なのもそこに理由があると言われているわ」
「直接要請されても間に合わないから引き受けられない、ということがあるから?」
「ええ。だって目覚めが悪いでしょう? 間に合わないからと見捨てたために仲間が死んだなんて。少なくとも知らないでいればまだ落ち着いていられるわ」
「確かにそうでしょうね」
支援要請の内容が、例えば天体の衝突とか、何らかの爆発事故とかで緊急の救援が必要なのに「近すぎる」から間に合わないので救援に向かわない、では見捨てられる方はうかばれないだろう。
「作戦部は特にそれと向き合うことが多いのよ。
知ってる? 作戦部長次席のアトニエッリ大尉……。彼女私の同室なんだけど、毎日勤務時間外でも情報端末で軍の官報をチェックしているわ」
「官報を……」
「ええ。彼女、ここへ来る前は広報部だったのよ。広報部は新兵募集の広告も作るけど、基本は軍の公式発表を行うことが主任務。そうして辺境基地に何か問題が起きて被害があった時にはそれが官報に載るそうよ、物的、人的損失の双方が……」
「……」
「彼女はその時の本艦の位置がその基地の近くだった時、自分達に何か出来ることはなかったのか、本当に何も出来なかったのかって真剣に考えてたわ」
エメネリアはコスタンティアの顔を思い浮かべていた。自分を迎えに来た若い、目の覚めるような美人士官。そうして見るからに知的で聡明そうな物腰。まだ親しく話をした訳ではないからあまり良くはわからないが、かなり優秀な人材なのだろう。
軍制の違いがあるものの、彼女の大尉という階級は年齢的にかなり早い出世をしていると想像も出来る。
「それで彼女は本艦の運用最高責任者のシュピトゥルス准将に直訴したのよ。艦長も作戦部長も飛び越えてね。わずかでも可能性のあるものに関しては全て伝えて欲しいってね。
もちろん彼女は叱責されたわ。新任のくせに生意気だって。組織を乱しているって。厳重な戒告処分だったわ」
セレサはそこで一旦言葉を切った。
おそらく制御室の誰もがセレサの言葉を聞いている。だが何気ない風を装って己の業務に専念している。
「でも彼女はめげなかった。そうして本当にそういう第1級支援要請が来たのよ。もしかしたら間に合うかもしれない。でも多分無理だろうっていうのが。
そうして彼女は行動計画を立案したわ。途轍もなくタイトなスケジュールの計画をね。それは技術部や船務部だけじゃない、管理部に戦術部にまで、それこそ全艦にこれ以上はないっていうくらい無理を強いるようなものだった。
そうしてそれを成功させたのよ。基地にもそこに駐在していた兵士にも被害は全く出なかったの。
もちろんそれは彼女一人の功績じゃないわ。それこそ全艦一丸となって取り組んだ結果よ。
でもそれは、彼女が言い出さなければ、絶対に遂行することのないものだったのよ。
そうしてそれ以来、本艦にはそういう支援要請が増えることになった。でもそれで文句言う人なんて一人もいないわ。だって何百人、いえ何千人もの同胞を見殺しにすることがなくなったんだもの。
そうして彼女があの若さで大尉なのも、作戦部長次席なのも当然だと誰もが思ってるわ」
セレサは一気に喋るとそこで再び言葉を切った。だが直ぐに続けた。
「私は、私のやり方で彼女と同じように軍に、イステラに貢献したいと思ってるわ。
今の最大跳躍距離を備えたまま短距離ワープも可能にする新型ワープエンジンの開発に取り組んでるのよ。そのためにワープごとにデータを取り、それを解析して、新機構のアイデアにつなげようとしているの。
今のままじゃ、高性能だけど物凄くピーキーなレースエンジンを積んだ車で、町中へ買い物にでも出かけるようなものだから……」
そこでエメネリアが顔をしかめた。
「申し訳ありません。その喩えでは私にはよくわかりません……」
「あら、そう。
まあ、今の御時世でレシプロエンジンのことを知っている方がおかしいものね。
それはともかく……」
セレサはそこで今までで一番強い口調、厳しい目つきで言った。
「貴女がどうして本艦に派遣されてきたのかは知らないけど、お客さんのつもりでいるなら直ぐにこの艦を降りて。本艦に乗って、そうして作戦部で任務に就くというのなら、私が今言ったこと全てを踏まえた上で最善を尽くしてほしいわ。
そうでなければ私も、この艦の誰も、決して貴女を認めないわ」
この時エメネリアは初めてイステラ人の本音を知ったような気がした。
自分を好意的に出迎えてくれたが、当然興味も持たれているだろう。だがそれは本当に好意的なものだけか? 鵜の目鷹の目で粗探しをしようとしてはいないか?
自分だって遊びで来ているのではない。命令されて嫌々来ているのでもない。
自ら志願してこの艦に派遣されてきたのである。いかなる挑戦も受けて立つ覚悟は初めから出来ている。
「ご心配なく、大尉。
帝政アレルトメイア公国宇宙海軍統合参謀本部少佐の実力はいかなるものかを必ずやお目にかけますから」
そう言ってニッコリと微笑んだエメネリアである。




