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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第35話 名探偵

 ファビュル大尉の送別会が行われた日、コスタンティアは中々寝付けなかった。送別会での話題は最後には結婚に関するもの一辺倒になってしまった。それで色々と考えてしまって妙に目が冴えてしまったのだった。

 同室の技術部の大尉はスヤスヤと眠っている。なので部屋でゴソゴソしたら迷惑だろうと思い展望室に行くことにした。


 コスタンティアの部屋からは第4展望室の方が近いのだが第6展望室に向かった。第6展望室はMB《主艦橋》の真下で最も大きな展望スペースを持つ。従って他に誰か利用者がいても煩わされずに済むだろうという考えからである。


 第6展望室はそれこそかなりの広さがあり、まるでホテルのラウンジのような設えである。これは観艦式などが行われる際、政府のお偉いさんや高位将官がここで観閲することを想定しているからである。何せイステラ最大の戦艦であるから、他の艦艇からリンデンマルス号を眺めるとその威圧感が半端ではない。だから観艦式では誰もがリンデンマルス号に乗りたがるという事実があった。



 第6展望室の中は無人だった。そこでコスタンティアは窓からは少し離れたL型に配置されたソファに腰を掛けた。そうして情報端末を取り出し、戦闘レポートのファイルを開く。

 戦闘レポートは中央総司令部統合作戦本部記録部が発行する全イステラ軍の過去の戦闘をまとめたものである。それこそ大は数個師団、数万隻に及ぶ大艦隊での戦闘から、辺境の警備艇の遭遇戦など、その資料は膨大である。

 その全てを、何時どの部隊がどういう戦闘をしてどのような結果になったかだけでなく、その戦闘の戦略的意義や戦術的意味に至るまでの解析と論評が付与されているものである。当然ながらその幾つかは士官学校戦術作戦科において教材としても利用されている。


 だがコスタンティアは、いつもなら参謀志望の士官として興味深く読み進められるのだが、この時は直ぐに飽きてしまった。

 そこで別のファイルを開いた。それは士官学校の卒業者名簿で、どうしても気になる人物のページだった。


―― ヤッパリ理解出来ないわね……。


 第470期レイナート・フォージュ候補生の記録は何度見ても理解に苦しむものだった。


 自分と同期の一般科終了。同期最優秀の自分よりも3階級も上の人物。理解出来る方がおかしい。

 もっともその軍歴が公開されていれば、そうではないかもしれない。だがそうでないが故に何とも手掛かりがなかった。


 コスタンティアは努力の人である。

 幼少の頃から聡明で、誰もが舌を巻くほどの頭の良さを誇った。だがそこに胡座をかくことなく、常に努力を怠らなかった。

 大学時代は一族と決別するため、2年での卒業を目指し脇目もふらずに勉学に勤しんだ。それこそ寝る間を惜しみ、おしゃれからも目を背け、食事しながらでも勉強した。

 クラスメートはその姿を見て「ガリ勉」だの「勉強にしか興味のないつまらない女」などと陰口を利いていた。「そこまでやっても飛び級なんて無理」そう言って笑っていた。

 だがコスタンティアは見事2年で連邦宇宙大学の卒業を果たした。大学創設以来初の快挙を成し遂げたのである。


 そういう経歴の持ち主であるから、努力をしない人間を信用しない。もちろん努力が必ずしも報われないということも知っている。ことに大きな組織では実力だけがモノを言う訳ではない、ということを思い知らされた経験も持つ。

 だが努力もしないでただ現状に不満を漏らしたり、投げやりになる人間を好きになれない。軽蔑すらする。

 そうして他人が努力の結果勝ち得たものに対しては素直に賞賛もする。

 だがレイナート艦長の場合、その過程が一切謎に包まれている。努力したのかしなかったのか、単なる運だったのか。それがわからないから妙に反発を覚えてしまうのだった。

 したがってコスタンティアはレイナートをかなり意識しているが、それは決して恋愛感情などからではなかった。


 だがもしもそれが努力と実力の結果だったなら、異性として意識してしまうかもしれない。そんな恐れにも似た感情が心の底にあることも自覚していた。

 自慢する気は毛頭ないが誰もが賞賛する自分を打ち負かす、そんな男が現れたなら……。その時自分は一体どういう気持になるのだろう。それは想像するだけでとても恐ろしいことでもあった。


 コスタンティアは今の自分の階級とポジションに満足感を得ていた。だがもちろんこれで終わるつもりなどサラサラない。いずれは統合作戦本部の最高幕僚部 ― それは全イステラ宇宙軍の頂点に君臨する部門 ― で仕事がしてみたい。実は密かにそう思っていたのである。

 上昇志向に凝り固まっているというつもりはなかったが、だから今は恋愛よりも仕事の方が重要だった。

 確かにイステラ軍の宇宙勤務は、仕事か結婚かの二者択一を迫るところがある。だがそれは自分にとってはどうでもいいことだった。別に異性に興味が無い訳でもないし同性愛でもないから、いずれは誰かとの結婚ということも考えないではない。だが今はまだいい。そう考えていたのである。

 そんなコスタンティアにとって、レイナートはまるで喉に刺さった小骨のように気になる存在になっていたのである。


 だからこそ異性として意識することを恐れ、それを心の奥底に押し込めているとも言えた。

 だから余計に反感を覚えている、というより、あえて反発していると言ってもいいかもしれない。

 だがそれは決して認めたくないことでもあったのだった。



 コスタンティアは情報端末をソファの上に置き(そこはテーブルのない席だったから)、結い上げていた髪を解き、2~3度頭を振った。そうして前髪を掻き上げたところで固まった。


「えっ!?」


 いつの間にか自分の前方、窓際に人が立っているのが目に入ったからだった。

 そうしてコスタンティアの声にその人物が振り返った。

 コスタンティアは急ぎ立ち上がると踵を鳴らして背筋を伸ばし敬礼した。

 相手も敬礼を返した。


 相手は苦笑しながら言った。


「大尉は勤務時間外でしょう? だったら一々敬礼する必要はないですよ。こちらも時間外ですから……」


 コスタンティアは内心の動揺を必死に抑えつつ出来る限り落ち着いた声で言った。


「ですが、艦長に敬礼しないという訳には……」


 相手は、そう、レイナートだったのである。


 確かに勤務時間外の者は上位階級の者に対しても敬礼する必要はないとされている。だが、それが出来る剛の者などはまずいない。結果、時間中だろうが外だろうが、下位の者は上位の者に敬礼をするのは普通の事である。


「まあ、そういうものなんでしょうけど……」


 レイナートもそれを認めたからそれ以上は何も言わなかった。


「ところで、読書ですか?」


 レイナートが聞いてきた。


「え、あ、はい。戦闘レポートを少々……」


 予期せぬ突然の会話なのでどうも歯切れの悪いことしか言えないコスタンティアである。


―― しっかりしなさいよ、これくらい!


 心中己を叱咤する。


 だがそんなこととは露知らず、レイナートは「納得」という表情を見せた。


「そうですか。でしょうね、大尉の場合」


 士官学校戦術作戦科卒のエリート士官なら当然のことと思ったのである。

 そこにトゲや嫌味のようなものを感じなかったコスタンティアは落ち着きを取り戻し静かに言った。


「任務遂行上参考になることも多いので、戦闘レポートはよく読んでおります」


「感心ですね。それに比べて僕は最近ではほとんど読んでないな。今だって星を見に来たくらいで……」


「星を……?」


「ええ。窓から遠くの星々を見るのが好きなんです」


 レイナートは少し恥ずかしそうに言う。


「変わっていると言われますが」


 確かにコスタンティアもそう思う。


 星もまばらな辺境では、展望室から見えるのは小さな光点だけである。したがって眼下の艦体ですら漆黒の闇に紛れ目視することが叶わない。それ故暗黒の宇宙空間に一人放り出されたような気分になるほどである。事実、展望室を利用する者ですら、窓から離れた席か窓に背を向けて座ることが多いくらいである。


「あの小さな光はなんという星だろうか。有人惑星はあるのだろうか。あるとすればどんな人が暮らしているのだろう、なんてね。

 そんなことを考えていると嫌なことも忘れて、あっという間に時間が過ぎてしまいますね」


 遠い目でそう言ったレイナートである。

 その言葉に「この人は相当な変わり者だ」としか思えなかった。


「まあ、娯楽の少ない辺境基地勤務時代の……」


 そこでレイナートは急に我に返ったようだった。


「これは申し訳なかったですね。読書の邪魔をしてしまいました」


 そう言ってその場を立ち去ろうとする。

 だがコスタンティアはその前の呟きにも似た言葉を聞き逃していなかった。


―― 辺境基地勤務時代? それって辺境基地に赴任経験があるってこと?


 確かに士官学校一般科卒の新任少尉なら辺境基地に配属されてもおかしくない。そこで立ち去ろうとするレイナートをつい呼び止めてしまった。


「艦長、実は折り入ってご相談したいことが……」


 コスタンティアの言葉にレイナートは驚いたように振り返り、そうして踵を戻してそのソファに近づいてきた。


「何でしょうか?」


 そう言って腰掛けたのである。

 そこでコスタンティアも再び腰掛けたが、再び内心焦っていた。


―― どうしよう……。思わず呼び止めてしまったけれど……。


 別に相談したいことなど何もない。疑問に思っていることはあるが、それを質問したところで素直に答えてくれるとも思えなかった。


 ところで2人が着席したところで警護の陸戦兵2人はそのソファから離れていった。

 何せコスタンティアは作戦部長次席。作戦部のナンバー2 ― 実際は先任のファビュル大尉が上席だが、士官学校出のコスタンティアの方を上位と見做す者は多かった ― である。そのコスタンティアが艦長に「折り入って相談がある」と言ったのである。これは艦の行動計画に関する重要な話題かもしれない。だとすると部外者である自分達がそれを聞くことは憚られる。陸戦兵達はそうのように判断したのである。


「何か気になることでも?」


 レイナートがコスタンティアに問う。

 だがコスタンティアには何も話題がないが、呼び止めた以上何か言わなければならない。

 そこでつい誤魔化すように聞いていた。


「……その……、戦闘レポートの中に、いくつか無記名の物があるんですが、艦長は理由をご存知ですか?」


 言うに事欠いてなんという質問だ! コスタンティアは内心冷や汗をかいていた。


「無記名のもの……ですか。確かにいくつかありますね」


 レイナートが言う。


「ただ……、確かにその無記名のレポートの内、幾つかのものに関しては理由を知ってますが、申し訳ないけれどそれにはお答え出来ません」


 心底申し訳無さそうに言うレイナートである。

 だがそこで勘のいいコスタンティアは気づいた。


―― もしかして、艦長が書いた? もしくは関わった戦闘?


―― そういえば艦長は地上勤務の経験があるって言っていたし、それは中央総司令部だったはず。もしそれが記録部だったら?


 コスタンティアはそこでついに普段の落ち着きを完璧に取り戻すと同時に、その明晰な頭脳をフル回転させ始めた。さながら、その「灰色の脳細胞」を駆使する名探偵のように。


「いえ、こちらこそ申し訳ありません」


「いいえ。ですがよく覚えてますね。その無記名のものはどれも戦闘としては小さいものだったはずですが」


「ええ。ですが妙に気になって何度も読み返したんです」


「なるほど……。やはり貴女は……、いえ、失礼、大尉は優秀な方ですね」


「そんなこと……。お褒めに預かり光栄です」


 そう言った双方が社交辞令ではなかった。


「まあ、大尉は士官候補生時代、とても有名でしたからね」


「そうでしょうか?」


 面と向かって言われると面映ゆいことこの上ない。


「ええ。第470期全候補生の中で最優秀の成績、しかも一度も首席の座を明け渡したことがない。毎回試験結果が発表になる度に『どんな人だろう』と思ってました」


 ちなみに定期試験結果は各士官学校ごとの成績とともに、全士官学校候補生の総合成績も併せて公開される。ただし所属科と名前だけで顔までは公表されない。


「実物に会ってがっかりしました?」


 コスタンティアはいたずらっぽく聞いた。


「そんなことはないですよ。それに新兵募集の公告も見てましたから」


「あれを見たんですか? 恥ずかしいのでそのことは勘弁して下さい」


 コスタンティアは目を見開いた。そうして本当に照れた。と同時に、自分のキャリアにあっては汚点とすら思っていたから本当に恥ずかしい思いがする。


「そうなんですか? とても魅力的に撮られていたと思いますが。

 任官の時も、おそらくは中央総司令部だろうなとは思ったし、戦術作戦科だったから配属は統合作戦本部だと思っていたので、まさか広報部だとは思いもよりませんでしたけど……」


「いえ、お恥ずかしい限りです」


「天は二物を与えるということの最たる例だと思ったし、あれを見たら誰でも軍を志願したんじゃないでしょうか?」


 他の誰に言われても腹しか立たなかった事柄だったはずなのに、レイナートに言われて、不思議と怒りはこみ上げてこなかった。


「そうでしょうか? そこまではいくらなんでも……」


 だから落ち着いて応対が出来ている。


「でも、かなり影響力はあったんじゃないでしょうか」


「本当にそう思います?」


「ええ」


「では艦長ご自身はどうでしょう。もしあの時ハイスクールの生徒だったとして、その気になりました?」


「う~ん……」


 そこでレイナートは腕を組んで首を捻った。


「ほら、ヤッパリ」


 ちょっと拗ねたようにコスタンティアが言った。


「いえ、僕の場合状況が特殊だったから、どうかなと思っただけで……。絶対に影響を受けた人はいると思います」


 半ば焦り気味に大急ぎでそう言ったレイナートである。

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