第33話 陸戦科
「急な話で申し訳ありません」
結局アロンに勧められたまま陸戦科の視察をすることにしたエメネリアが頭を下げると、陸戦科長のナーキアス・ビスカット少佐は首を振った。
「構いませんよ。しかし、少佐の方が大変なのでは? 戦術部を一日で全て見て回るというのは」
穏やかな口調のナーキアスにエメネリアは今日一番の安堵を感じていた。
とにかくエネシエルもアロンも口が悪い事この上ない。それに比べたらナーキアスの態度は随分と紳士に見えてきたくらいだった。いや、その言い方は失礼だろう、と思い直していたエメネリアである。
「いいえ、小官は大丈夫です」
「そうですか……。
さて、本艦の陸戦科は総勢80名ほどです。本来の名称は『重装機動歩兵』というもので、パワーアシスト付き強化外装甲、いわゆるパワードスーツを着用する歩兵部隊です」
ナーキアスは中央通路を4輪電動車を走らせながら説明する。エメネリアとネイリが同乗し、その後ろを2名の陸戦兵の乗った電動車が続く。ナーキアスと同じ車ではないので安堵の表情を見せている。
「パワードスーツが基本なのですか? ロボット兵器の部隊という訳では……」
エメネリアが疑問を口にする。
「ありません。我軍にはロボット、アンドロイドのような人型兵器は存在しないんです」
ナーキアスの説明は、言葉遣いは丁寧、内容は端的だった。
「貴国ではいかがですか?」
逆にナーキアスがエメネリアに尋ねた。
「いいえ、我が国でもどちらも正面配備されていません。開発中かどうかについては小官は知りません」
知っていたとしても答えられない軍事機密だが。
「そうですか」
ナーキアスもそれ以上は突っ込んで聞かなかった。
イステラ軍の兵器の中にはいわゆる「人型」と呼ばれるものはない。すなわち人が搭乗するロボット兵器は存在しないのである。また自律型コンピュータ、人工知能を備えるアンドロイド兵も配備されていない。純粋な機械兵器に対人戦闘をさせるということを国民も政府も認めないのである。
それは要するに「戦争は人間のするもの。機械に代理でやらせない」ということであり、何時の時代になっても戦争を放棄出来ない愚かな人類史の象徴ともいうべきものである。
だがそれ以外にも、宇宙空間ではいざしらず、惑星重力下では脚部関節の強度不足で自重すら支えられず実用に至らなかった、という事実の故である。そうして宇宙空間にあっては何も人型である必要が無い。そこで早々と開発が放棄されたのだった。
しかしながら敵艦や敵重要拠点・施設へ突入する歩兵部隊は必要である。というよりも、そもそも歩兵の存在しない軍隊はあり得ない。
そこで開発されたのが強化外装甲で、文字通りパワーアシスト付きの強化スーツである。
「戦車並の装甲」で頭部や胴体、腕、脚等、全身を保護すると同時に、歩兵一個人に「大型動物も容易く倒せる力」と「戦闘車両並の重武装」、「宇宙空間や水中でも活動を可能にする環境適応力」、「戦闘ヘリ以上の機動力」(ただし大気圏内を飛行する能力はない)を持たせることを目的とし、下腿部にはイオンスラスタを、前腕部には高周波ブレード、ビームライフル、実弾小銃等を装備する。装着すると全高は2メートルをゆうに超えるというシロモノである。
通常、この陸戦兵の部隊は敵艦に突入するための強襲艦、もしくは地上に降下する揚陸艦によって運用されるから、少なくとも数百人規模の部隊構成である。
ところがリンデンマルス号の場合、戦艦であるということに加え、艦内をごっそりと改装して後方支援艦として運用されているため、陸戦兵自体が必要とは言えないところがあるのだが、諸般の事情を鑑み80名ほどが配置されている。
「諸般の事情」というのは、リンデンマルス号開発初期段階で謳われた「一隻で一個艦隊に匹敵しうる戦闘艦」という名目を、一応でも実現するために陸戦兵は載せておくべし、という高額の建造費・維持費を野党に納得させたい政府与党側の大人の事情によるのであった。
左右両舷にある中央通路の最も艦首側の空間が陸戦科の訓練に使われることが多い。その先は艦首レーダー、防御シールド発生装置などが格納されている空間で、常時人が立ち入ることのない所、要するに人通りがないからである。
そこの床にウレタンマットを敷き詰め格闘戦の訓練をしている兵士らがいた。その数10名、1個分隊である。
ナーキアスの姿を認めると全員が整列し敬礼した。
その一同に向かってナーキアスが告げる。
「皆も知っていると思うが、今回士官交換派遣プログラムによって本艦に乗艦した、帝政アレルトメイア公国宇宙海軍のミルストラーシュ少佐とその従卒のリューメール候補生だ。我が陸戦部隊の視察に来られた」
陸戦兵達は見慣れぬ軍服の2人を興味津々で眺めている。ことにアレルトメイア軍の制服は詰め襟型で体にフィットするタイプ。つまり体の線がはっきりと出ている。それ故男性兵士らは興味というよりはいやらしさの方がその視線にこもっている。
「エメネリア・ミルストラーシュ少佐です。皆さんよろしくお願いします」
「帝政アレルトメイア公国宇宙海軍幼年学校、ネイリ・リューメール候補生です。よろしくお願いいたします」
2人はそう言って敬礼した。陸戦兵達も敬礼を返す。
それが済むとナーキアスが言った。
「よし、訓練に戻れ」
陸戦兵達は再び訓練に戻る。
ナーキアスがエメネリアに説明する。
「今は模擬ナイフによる格闘戦の訓練中です」
「はい」
陸戦兵達は男女とも上半身はプロテクトスーツのまま、下はコンバットパンツという出で立ちである。そこにヘッドギアとゴーグルを付け、ナックルダスター状のフィンガーガードが付いた硬質ゴム製の模擬トレンチナイフで白兵戦を繰り広げている。
ナイフで突く、切り裂くなどの動きの他に殴る、蹴るなどの動きが混ざる。最後には相手を投げ飛ばし顔や心臓付近にナイフを突き付けて終了、という訓練である。
「ほらほら、どうした!」
「もっと突っ込め!」
順番待ちの兵士がヤジのような声をかけている。
その中で2人、まとわりつくような、舐め回すような視線をエメネリアに絡みつけている男が二人いた。
「よし、交代だ!」
ウレタンマットの上で訓練をしていた3組が動きを止め脇に退いた。
代わりの組がマット上に入ろうというところで、先ほどのいやらしい目つきの2人の内の1人がエメネリアに向かって言った。
「どうです? アレルトメイアの格闘術を見せちゃあくれませんか?」
その態度は明らかに下心ありというか、真面目な興味からではない。
「おい、カモンシス伍長、失礼なことを言うな」
分隊長の曹長がその男をたしなめた。
「何でです? 折角のチャンスじゃないですか」
もう一方のジョイノル軍曹も言う。
「貴様ら、いいかげんにしろ」
分隊長が改めて言う。
同じ分隊の女性兵士は明らかに白い目で2人を見ている。日頃から分隊内でも札付きと目される素行の悪い2人だったのである。
「いいじゃないですか、分隊長。せっかく来てくれたんだし、何も無しでお帰ししちゃぁ、陸戦隊の名折れですぜ?」
カモンシス伍長と呼ばれた男はしつこく食い下がった。場が白けることといったらなかった。
その時ネイリがすっと一歩前に出た。
「おじょ……、少佐殿、自分が出ます」
「ネイリ……」
「ご心配なく。アレルトメイア軍の実力を見せてやります」
ネイリは気負うでもなく淡々とそう言った。
「なんだと!」
カモンシスが怒りも顕に唸るがエメネリアの言葉にさらに顔色を変えた。
「別に心配はしていないけれど、やり過ぎはダメよ?」
小柄な13歳の少女とその主たる将校。2人はまるでカモンシスを眼中に入れていないことが明白である。
止めるべきかどうすべきか悩んでいたナーキアスもやらせることにした。もし問題が起きそうならその場で止めても遅くないだろう。そう考えたのである。
女性兵士らはこれでもかというくらいニヤニヤしている。それは侮られたカモンシスに対する侮蔑とネイリへの興味である。「こんな小娘なのに」その表情はそう言っているにも等しいものだった。
ネイリは詰め襟の制服を脱いだ。下は黒いタンクトップ1枚である。まだプロテクトスーツの製造は始まっていないから当然だろう。背も小柄なら胸の膨らみも慎ましやか。歳相応のものだった。
「ナメやがって!」
カモンシスは目を吊り上げ、まるで悪鬼の形相でマットの上に進んでくる。
そこへ分隊長が注意した。
「カモンシス、ヘッドギアとゴーグルを着用しろ!」
「要らねえよ、そんなもの!」
「ならば許可せんぞ?」
分隊長が重ねて言った。
「これはあくまで訓練であって私闘ではないんだぞ」
分隊長の言葉にナーキアスも頷いている。
一方のネイリはといえばヘッドギアが大きすぎて頭に合わない。そこでゴーグルだけを着用している。それが余計にカモンシスのプライドを傷つけた。
結局、公平を期すため双方ゴーグルのみとされた。
「小娘の分際で!」
そう言いつつカモンシスは腰を落としナイフを前に構える。審判はおらずそのまま試合(?)が始まった。両者ゆっくりと時計回りに回る。
カモンシスはナイフを持つ手を突くようにフェイントを入れる。だがそれには乗らないネイリ、冷静にナイフの動きを見極めている。
ギリギリと歯を食いしばりネイリを睨みつけるカモンシス、鋭い突きをネイリの顔面めがけて突き入れる。だがカモンシスが力んでいるのでその動きは無駄に大きく隙が出来ているのだった。そのためネイリは全く危なげなくひらりと躱すのである。それが余計に癪に障るカモンシスは、今度はフェイントではなく連続して鋭い突きを放つ。だがネイリはそれを余裕で躱している。それが何度か繰り返された。
周囲を取り囲む陸戦兵達の表情が変わった。明らかに感心するものにである。まあ確かに、大人相手に子供が善戦している、などという生易しいものではない。明らかに手玉に取っているのだから当然だろう。
―― 勝負あったな……。
誰もがそう思った時、勝負に水をさす者があった。
ジョイノル軍曹がやはり模擬ナイフを手に脇からネイリに襲いかかろうとしたのである。
「あっ!」
と思った瞬間、いつの間にかエメネリアがそのジョイノルの前に立ちはだかり、滑らかな弧を描く腕の動きを見せた。それはまるでゆったりとスローモーションをでも見るかのようだったが、現実には目にも留まらぬような鮮やかな動きで、迫り来るジョイノルの心臓に掌底突きを入れたのである。
心臓へ突きを入れられたジョイノルは一瞬呼吸が止まり、その場で動けなくなった。エメネリアはその足を払って床に転がすと、背後をとって完全に抑え込んだのである。
他方、ネイリはといえばジョイノルをちらりと一瞥したが、直ぐに自分の顔面にまっすぐ突き入れられてきたカモンシスのナイフを躱すと、腰を落として回転、振り向きざまに右腕の肘をカモンシスの鳩尾に突き刺す。
「グッ……」
カウンターを食らったカモンシスの膝が落ちかけたところで、懐に入ったネイリは今度はその首に腕を回し、ぶら下がり気味に体重をかけてカモンシスを首投げで床に転がした。
そうして床に尻餅をついた形のカモンシスの背後に回り、その喉仏に模擬ナイフを当てたのである。
「うっ」
もしこれが実戦でナイフが本物だったなら、カモンシスは今頃喉笛から吹き出す血の海でもがき苦しんでいることだろう。
ネイリとて伊達に公爵家令嬢の高級将校の従卒を務めている訳ではない。それこそ物心つく頃から射撃や白兵戦、格闘術はきっちりと身につけさせられている。
見た目が普通の少女であるネイリを侮ったが故の完敗だった。
エメネリアとネイリは押さえ込んでいた相手から両手を上げつつゆっくりと離れた。明らかにこれ以上の戦闘行為はしないという意思表示である。
やられたジョイノルもカモンシスも呆然としていた。そうして悔しげ、などという言葉では足りないほどの形相で睨みつけ、起き上がろうとした。
その時「ガチャリ」という、乾いた金属音が響いた。
それはイステラ軍の兵士、とくに陸戦兵なら誰もが決して聞き忘れたことのない、自動小銃のコッキングレバーを操作した音。つまり弾丸を薬室に送り込む時に聞こえる音であり、それは射撃準備が済んだことを意味する。
「以上で訓練は終了だ。全員、持ち場に還れ」
エメネリア達の護衛をしていた兵士からもぎ取るように自動小銃を手にしたナーキアスが命じた。
それはいかなる人間にも一切の口答えを許さないほど冷たく響いた声だった。
それに被さるように艦内放送が流れた。
『ワープ30分前。総員、第3種配備。繰り返す……』
ワープ終了後の艦長室には、この問題を話し合うための数名の人影があった。
艦長のレイナートはもちろん、副長のクレリオル、作戦部長のギャヌース、陸戦科長のナーキアス、そうして保安部長のサイラである。
「……それで?」
レイナートの問いかけにナーキアスが返答した。
「一応、本人らの反省を促すという意味で、軽作業を命じようかと……」
「軽作業?」
「はい。要するに便所掃除とかです」
「いわゆる罰ということですね?」
「はい」
確かに営倉入りさせるほどの問題なのかということになると、一方がアレルトメイア軍人だからということもあって判断が難しい。
そこでレイナートは腕を組んで何事か考えていた。そうして腕を解くとナーキアスに聞いた。
「ところで陸戦科長、彼ら……、カモンシス伍長とジョイノル軍曹でしたっけ、2人は実戦で役に立つんですか?」
「……それは……」
レイナートの言いたいことがある程度予測出来たためナーキアスが言葉を失う。
「こういう言い方はしたくありませんが、女子供の不意をついたにも関わらず、反撃されて無力化されたんですよね? それで陸戦兵として実戦で役に立つんですか?」
「それは、あり得ないと思います」
代わりにギャヌースが答えた。そこへレイナートが言った。
「だったら2人には艦を降りてもらいましょう」
「まさか、そんな……」
ギャヌースが絶句した。
「いくらなんでも更迭は行き過ぎではありませんか?」
サイラが表情を変えずに、だが厳しい目つきで聞いてきた。この手の案件は保安部の管轄で、その処分の相当を艦長に進言するのが本来の役目である。それからするとレイナートの言葉は過酷な処罰にしか聞こえない。
しかしながらレイナートは首を振った。
「いえ、そんな大袈裟な話にしようと言うのではありません。
ただ役に立たない兵士を乗せて置けるほど本艦に余裕はありません。したがって彼らには鍛え直してもらうことにしたらどうでしょう?」
「鍛え直す?」
「ええ。それこそ『ブルーフラッグス』に入れるくらいにまで……」
「ブルーフラッグス」というのは歩兵特殊部隊の愛称で、青い旗の部隊章からそう呼ばれている。毎年多くの志願者が訓練に参加するが、無事に訓練を終えて配属されるのは1割にも満たないという超エリート集団である。
「いくらなんでもそれは……」
あの2人には無理です、という言葉をナーキアスは飲み込んだ。
「たとえそれは無理でも、鍛え直すこと自体は有益ではないでしょうか?
それに2人を艦内に残しておくと、火種を抱えたまま、ということにもなりかねません」
確かにその虞はあるので誰にも何も言えなかった。
「幸い、作戦部のクレフトン・ファビュル大尉が来週定年で艦を降ります。その迎えの艦で一緒に行ってもらいましょう」
口調は穏やかだったが、レイナートの表情は決してそうではなく、誰にも有無を言わさぬ決定であることが理解出来たのだった。




