第30話 航空隊
「雷撃機の対艦ミサイルはオプションで核弾頭が搭載出来る」
アロンの言葉にエメネリアの表情が険しくなった。
非人道的大量破壊兵器とみなされる核兵器の使用に関しては、多国間において基本的には明文化された取り決めはなされていないが、長期に亘るその被害の深刻さ故に戦時においても使用は控えられていた。したがってアロンの言葉にエメネリアが強い嫌悪感を抱いても不思議ではない。
「もっとも対艦ミサイル自体がこの大きさだ。当然弾頭も小さいしその威力も決して大きくはない」
艦載機に搭載される対艦ミサイルの直径はおよそ1メートル程度のものである。
だがアロンのその言葉はエメネリアにとっては気休めにもならなかった。
「どうして核を使用するのですか? もしかしたら……艦首の対艦弾道ミサイルにも!?」
食事の前に見た対艦弾道ミサイルの装填口。直径3メートルに及ぶ対艦弾道ミサイルに核弾頭が搭載されれば、その破壊力は爆心地を中心に甚大な被害を与えることが可能だろう。
「いいや」
だがアロンははっきりと首を振った。
「対艦弾道ミサイルにも、対空迎撃ミサイルにも核弾頭は用意されてない。それは本艦だけでなく全イステラ軍においてだ。
艦載機の対艦ミサイルも積めるってだけで、常時搭載するってことはない」
「でも、積めるのですね」
エメネリアは再度確認した。
「ああ。必要があれば我が軍は核を使う」
アロンもはっきりと言ったのである。
「ただし、少なくとも人類相手に使うことはないだろうな」
そこでエメネリアの表情が変わった。
「どういうことですか?」
「まあ、厳密に言えば、俺達とお嬢ちゃん達は異星人だ」
「でもそれは……」
「確かにそういう言い方はおかしい。何せ俺達は元を辿れば、同じ恒星系の同じ惑星を祖とする『ヒト』という種だ。つまり生まれた場所が違うってだけで同じ『人類』だ」
「ええ」
「そうして俺達『人類』はいまだ別種の知的生命体と遭遇したことはない。だが、宇宙進化論からすれば、それこそ天文学的な確率だが他の知的生命が存在していてもおかしくない」
「はい」
「そいつらともし遭遇した場合、うまく友好関係が築ければいいがいきなり敵対することになったら? いきなり戦うことになったら?
その可能性が否定出来ないから我軍は核武装を放棄していないのさ」
アロンは至極真面目な顔でそう言ったのである。
惑星に生命が誕生し知的生命にまで進化するためには、惑星そのもの大きさや質量、構成元素などはもちろん、水や大気の存在が不可欠である。だけでなく、その惑星が周回する恒星の大きさとそこからの距離、その恒星の寿命、さらにその同一恒星系の他の惑星の存在に、その惑星の衛星が与える影響等、実に様々な必須要因がある。
これらのどれか一つが欠けても、たとえ原始生命が発生しても知的生命にまで至らないのである。すなわち生命の誕生と進化は偶然に偶然が重なったと言ってもいいほどの低い確率によって成り立っているのである。
だが知的生命にまで至らなくとも生命 ― 例えば原始的な植物であるとか ― が発生している惑星は当然ながら存在している。人類はこれらの星々へ移住し自分達に合った環境に作り変えたのである。したがってそのまま数百万、数千万、もしくは数億年単位で放置し観察していれば、かなり興味深い進化の過程が見られたであろうが、人類はそれをいわば踏みにじる形でその勢力圏を広げたのであった。
「今のところ我々が住む『腕』の部分には他の知的生命の存在は確認されていない。だがもしかしたら別の『腕』にはいるかもしれない。
もしかしたらこの銀河にはいなくて、別の銀河には存在するかもしれん」
アロンは一旦言葉を切り、そうして格納庫内をぐるりと見回してから言ったのである。
「だがそれを確かめるのは物理学者や天文学者の仕事で俺達のものじゃない。
俺達イステラ連邦宇宙軍の任務は、このイステラ星系に住む9千億人の生命、生活、そして財産を守ることだ。そのために必要なことには一切手を抜かないし、あらゆる状況を想定してあらゆる準備をしておく。
それはお前さん達だって一緒だろ?」
エメネリアはその言葉に釈然としないものを感じながらも頷くことしか出来なかった。
その後、エメネリアとネイリは艦載機搭乗員控室を視察した。
そこでは特に女性の搭乗員が多いことに随分と驚かされたのである。
「まあ当然のことだな。コックピットのサイズには制限がある。ということは当然搭乗員にも制限があるってことだ。要するにデカすぎても小さすぎてもパイロットにはなれねえのさ」
だがアロンはこともなげに言う。
惑星大気圏内を飛行する航空機と宇宙空間を航行する機体では基本サイズが異なる。気密性の問題はもちろん、空力を利用出来ないため推進や旋回の用に複数のイオンスラスタやロケットブースターを備える必要があり、またそのためのエネルギー貯蔵・供給に多くの装置を必要とするので、宇宙用の方がどうしても大きくなってしまうのである。
ところで機体を収容する母艦にも当然制限があるから機体を闇雲に大きくは出来ない。そういう意味では大気圏内を飛行する機体よりも制約が多いのである。
そうして、一般的に女性の方が男性よりも小柄であることが多いからそれがパイロットになるには有利に働く結果の故だった。
「おい、アニエッタ」
アロンは控室で待機していたパイロットの一人を呼んだ。
「何でしょうか、少佐」
アニエッタ・シュピトゥルス中尉がアロンの前に立つ。
「アレルトメイアのお姫さんとそのお付だ。戦闘機《お前らの》部隊の説明を簡単にしてやれ」
そこでアニエッタが嫌そうな顔をする。「何でアタシが?」と。
一方エメネリア達は「お姫様とそのお付」と言われて甚だ面白くない。こちらもムスッとしている。
だがアロンはそれには全くお構いなしだった。
「おいおい、曲がりなりにもお前は第一航空隊のエースだろうが」
「エースも何も、実戦を経験してませんから……」
「それなら俺も一緒だぜ? 対ディステニア戦争が終結した時にはまだミドルスクールだったんだ。ま、お前さんと違ってオシメは取れてたけどな」
「セクハラ反対!」
アニエッタが眉を吊り上げる。
「何がセクハラだ! 単に年齢から来る事実だろうが」
そう言われて余計に不機嫌になるアニエッタである。だがアロンは直属の上官である。その命令には逆らえない。
「わかりました。説明すればいいんでしょ!」
そうアロンに言うとエメネリアに顔を向けた。
「ついて来て」
ぼそっとそう言うと空いている椅子に向かって歩き出したのである。
パイロット控室内は意外と広い。それは常時25人以上の人間がいるため、息苦しさを感じないようにスペースが少し広めに取られているのである。
エメネリアとネイリを座らせると、アニエッタも椅子に腰掛けて説明を始めた。
「アタシ達は航空科第1航空隊。本当なら第1中隊と呼ばれるところだけど、所属する小隊は2つだけで通常の半分。しかもこの艦に大隊は存在しない。だから中隊という呼び方もしないという訳」
なんともぶっきらぼうなもの言いで説明する。エメネリアが貴族令嬢ということにも実はかなり反感を抱いているところがあったアニエッタである。
「第1航空隊は別名『アルファ隊』とも呼ばれる。それはコードネームが『アルファ』だから」
「するともしかすると貴女は『アルファ1』かしら?」
そこでエメネリアが尋ねた。
「何故?」
「シャーキン少佐が貴女を『エース』と言っていたから」
アニエッタは面倒くさそうに首も振らずに否定した。
「残念ながら違う。『アルファ1』は第1航空隊第1小隊のコードネーム。ちなみにアルファ1所属の個別の機体を呼ぶときはコードネーム『スクエア』を使う。第2小隊《アルファ2》なら『サークル』」
「ええと、どういうことかしら?」
「各小隊は6チームで12機で編成される。だから2機で1チーム。
例えば第1航空隊第1小隊第1チーム1番機は『アルファ1スクエア1-A』それを略して『スクエア1-A』と呼ぶの。2番機は『スクエア1-B』よ。
それで、第2航空隊は『ブラボー』、第3は『チャーリー』、第4は『デルタ』とそれぞれ名前が付いているし、チーム名もね」
矢継ぎ早に言われてはエメネリアも直ぐに理解するのが難しい。顔をしかめているのを見てアニエッタが言った。
「わからなければ情報端末で艦内組織表を見て、そうすればわかるはずから。
それで第1種配備の時は、戦闘機部隊と雷撃機部隊から各1個小隊ずつ緊急発進に備える事になってるの」
「ところで、雷撃機というのは攻撃機のことよね?」
エメネリアが尋ねると、これまたぶっきら棒に答えるアニエッタである。
「そうよ」
アニエッタのこれ以上ないという事務的で無味乾燥の説明である。そこにエメネリアが再び質問を挟んだ。
「そう……。ところで、ここには随分と人が多いけれど……」
「何で? 2つの小隊が左右の格納庫に分かれて待機しているんだから当たり前でしょう? 1個小隊6チーム12機でパイロットとナビが併せて24人ずつ、他にもスタッフが何人かいるんだし、おかしい?」
「いいえ……。そう、イステラ軍の機体は複座機なのね」
そこでエメネリアは得心がいったという表情をした。
「そうよ。アレルトメイアは違うの?」
今度はアニエッタが聞き返した。エメネリアには全く興味を覚えていなかったのだが、少し興味が出てきたようだった。
「うちは大型の攻撃機以外は全て単座機なのよね」
エメネリアが言う。
「それじゃあ、ナビは全て人工知能《AI》?」
「ええ。1機に2人ずつ乗せるのは人員がもったいないという発想ね」
エメネリアの言葉に「ふ~ん」という表情のアニエッタである。
「うちらの機体のAIはあくまで補助コンピュータでしかないけど、そっちのは余程優秀なAIなのね」
イステラ軍の艦載機は戦闘機、攻撃機ともに2人乗りの複座機である。そうして機体に搭載されるコンピュータはいわゆる自律型AIではない。
「そうかもしれないわね。私にだって飛ばせるんだから」
エメネリアがにこやかに言った。
「飛ばせるって?」
「私達、地上勤務の士官にも艦艇に乗り込んでの外宇宙航行演習と艦載機への搭乗・飛行訓練が定期的にあるのよ」
「へえ」
「もちろん模擬戦闘訓練なんてないけれど。でも、もしあったら大変ね、絶対に機体を壊すか生還出来ないもの」
エメネリアが言うとアニエッタが目を丸くして聞く。
「そんなにヒドイの?」
アニエッタは「貴女の操縦は」というつもりで聞いた。そうしてエメネリアもそうのつもりで答えた。
「いいえ、全然酷くはないわよ? だって発進から着艦まで全てコンピュータがやってくれるもの。操縦桿も握らないし、レバーやスイッチの一つにも触らないんだから。ただ音声で命令するだけ。『発進』とか『帰還』とか……」
「それって……、意味のある訓練なの?」
「全く違うと思うわ。戦闘機に乗ったという事実が作れるだけで……」
「何それ? 全然意味ないじゃない」
そこで二人は笑い出した。
アニエッタは笑いがこらえきれず目に涙まで浮かべている。
「どこの国、どこの軍隊でも似たようなことはあるのね……」
それでもアニエッタは笑いを必死にこらえつつ言ったのである。
「そりゃあ、人間だものね。
ただ、アレルトメイア《こちら》の場合、身分制度があるでしょう? 上官は部下より優秀である、ということを示す以上に、身分ある者は身分低き者より優秀であることを示すべし、という愚かな発想があるのよ」
エメネリアも笑いを抑えつつ言った。
「愚かな、なんて言っちゃっていいの?」
アニエッタの顔から一瞬で笑いが消え、目を大きく見開いて聞いた。何故なら制度を公然と批判する言葉だからだった。
「この艦の内部でならいいんじゃないかしら? だって情報は滅多に外へは漏れないんでしょう?」
だがエメネリアはいけしゃあしゃあと言ってのけたのである。
「そうだけど……、とんだお姫様ね、貴女って」と、アニエッタが言うか言わぬかの間にネイリが叫んだ。
「お嬢様! そのような危険思想……」
「ネイリ、その『お嬢様』はやめなさいと言ったでしょう?
それに、私はおかしなことを言ったつもりはないわ。今の時代に身分制度がある事の方が余程おかしいとは思わない?」
「ですが!」
今度はエメネリアとネイリが口論を始めそうな気配だった。
だがそれを打ち破るかのように緊急警報が鳴ったのである。




