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遥かなる星々の彼方で  作者: ざるchin
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第25話 初日の出来事

 軍の規則により、イステラ連邦宇宙軍所属の艦艇は戦闘用・非戦闘用にかかわらず、平時におけるワープは1回の跳躍距離にかかわらず前回から少なくとも6時間以上開けることとされている。しかしながら可能な限り8時間以上とすることが推奨されている。

 これは艦体そのものはもちろん艦内緒設備及び乗組員への負担軽減が目的である。したがって作戦部の立案する行動計画もこれを遵守することを基本としている。


 通常時のリンデンマルス号の艦内体制は第1種配備でこれは3交代制である。シフトの交代時刻は艦内時計による〇〇〇〇《マルマルマルマル》(0時)、〇八〇〇《マルハチマルマル》(8時)、一六〇〇《ヒトロクマルマル》(16時)である。

 そうしてリンデンマルス号はこの時にワープを行うことにしている。ワープの前後30分は艦内に第3種配備が発令されるので、したがって乗組員の一日の実働時間は10時間となる。これは人事監督院の定める公務員の基本労働時間を大きく逸脱するが、宇宙艦艇勤務という特殊事情を鑑み認められているものである。

 そうしてエメネリアとネイリの乗艦という突発的な出来事もあったもののスケジュールの変更はなく、この日の最後のワープは一六〇〇に実施されることとなっていた。



 とりあえずの艦内視察を終えたエメネリアとネイリはあてがわれた部屋に戻ってきた。ワープ終了後まで待機するようアリュスラに言われたのである。


「艦内時計一八〇〇に艦長主催の食事会が催されます。これはお二人の歓迎会という意味の他に各部の長をお二人に紹介するというものでもあります」


「わかりました。礼服は着るべきかしら?」


 エメネリアの問にアリュスラは首を振った。


「いいえ、そこまでの必要はありません。通常服のままで結構です」


「わかりました」


 とは言うもののイステラ軍の宇宙艦艇内は24時間の軍服着用が基本である。つまり通常服とは常時身に着けている軍服であって私服ではない。


「あと20分ほどで艦内はワープ準備の第3種配備が発令されます。その際は宇宙服を着用して下さい」


 情報端末で時間を確認してからアリュスラはそう言った。常に情報端末を持ち歩くため、艦艇勤務者はいわゆる腕時計といったものは身に着けていないのが普通である。


「了解です」


「なおワープ前後は居住区への電力供給が止まるので室内照明が非常灯に変わります。ですが異常事態ではありませんのでご安心下さい」


「わかりました」


「では少佐殿、ネイリさん、改めてお二人を歓迎いたします」


 アリュスラはそう言って敬礼した。それに敬礼を返し、アリュスラが退室したことでエメネリアは小さく溜息を吐いた。


「やっぱり少し疲れたわね」


 椅子に腰掛けそう漏らす。アレルトメイア艦隊でランデヴー・ポイントまでやって来て直ぐにイステラ艦に乗艦、検査やらなにやらで気の休まる暇がなかったのだから当然だろう。


「お茶を召し上がりますか?」


 ネイリがエメネリアに尋ねた。


「あら、だってお湯がないんじゃない?」


「いえ、私の部屋の方には電気ポットとミネラルウォーターが用意してありました。既にスイッチを入れてあります」


「あらまあ、相変わらず用意周到ね」


 ニッコリと微笑むエメネリアに、背筋を伸ばしたネイリが当然だと言わんばかりの表情で言った。


「それが私の役目ですから」


「ではお茶をいただこうかしら。荷解きするには少し時間が足りないだろうし……」


 第3種配備はワープ30分前。ということはワープまであと1時間近くある訳だが、宇宙服を着ての細かい作業というのはやりにくい。機密パックから荷を取り出して片付けている途中で宇宙服着用になると、中途で放置ということが予想出来る。

 ならば少し休憩するのもいいだろう。どうせ今日は特別何もすることがないのだから……。


「わかりました。ところでどちらになさいますか? 本国より持って参ったものとこちらに用意されているものと……。

 ちなみにイステラ側で用意しているものはティーバックです」


「では、持ってきたものを。いずれはイステラのものにも慣れないとならないけれど、今日くらいはいいでしょう」


「かしこまりました」


 ネイリは一礼すると早速茶の支度にとりかかった。

 13歳の幼年学校の生徒とは言え、エメネリアの下に配属されて1年。日常の世話に関してはまったく問題はない。

 元々ネイリの両親はミスストラーシュ公爵家に仕えていた。そうしてエメネリアが軍人の道を目指したので、ネイリもそれに呼応して幼年学校へ入学したのである。

 ネイリは日中は幼年学校で授業を受け、それ以外の時間はエメネリアの身の回りの世話をする、というのがそれまでのネイリの「任務」であった。

 今回の士官交換派遣プログラムによってエメネリアがリンデンマルス号に乗艦することになって、ネイリもそのまま従卒として付き従うこととされた。したがって幼年学校の方は特例による休学扱いである。


 第3種配備までの間にしばしのティータイムを取り、第3種配備発令とともに用足しを済ませ宇宙服を着こむ。宇宙服を着てしまうとエメネリアとネイリには他にすることがないし、これといって出来ることもない。そこで二人は時間まで情報端末をあれこれいじくっていた。使い方の習熟はそれはそれで必要なことでもあったからである。

 情報端末はディスプレイがタッチパネルとなっており、そこに表示されるアイコンをタッチペンで押せば操作出来るから、宇宙服を着ての操作でもまったく痛痒を感じることはない。


 そうしてワープ15分ほど前に室内照明が消え代わりに非常灯が点灯した。


「あら、本当に暗くなっちゃったわね」


 エメネリアが感想を漏らす。


「そんなに電気が必要なんでしょうか?」


 ネイリが尋ねた。


「電気が必要というより、発電に回すエネルギーをワープエンジンに回すのでしょう。これだけ大きな艦ですもの、ワープさせるのだって相当エネルギーを必要とするはずよ」


「そうなんですか……」


 アレルトメイア宇宙海軍幼年学校の最上級生であるネイリも軍人の卵。それもいずれは高級士官となる人材である。したがって一般の学校に通う生徒などに比べれば遥かに軍隊や戦闘、兵器・兵装には詳しいがやはり正規軍人の比ではない。それ故、知らないことわからないこともあるのは致し方ないが、エメネリアはそれを咎め立することはない。


 そもそもイステラとアレルトメイアでは軍制が異なるので一概には比較出来ないが、このアレルトメイア宇宙海軍幼年学校はイステラ連邦宇宙軍に於いては士官学校予備校及び予科に相当することになる。

 しかしながらイステラの場合ハイスクール卒業程度資格が予備校入学の必須条件であるのに対し、アレルトメイアの場合、イステラのミドルスクールと同じ年令で幼年学校に入学出来る。その後の教育・訓練過程にも相違があるのだが、基本的にはアレルトメイアの場合、イステラ軍人と比べ、2~3年ほど早く同一の過程を終了し任官することになる。

 したがってエメネリアの階級が少佐という高いものであるのも、貴族制の残るアレルトメイアの公爵家令嬢だからという理由もあるが、単に入隊年度と実績からイステラ軍の兵士よりも早くに出世したというものである。


『ワープ5分前、総員ワープに備え最終チェックを実施せよ。繰り返す……』


 室内にも注意を促す放送が流れた。それを聞いてエメネリアが言う。


「さて、私達も準備しましょうか。ネイリ、ヘルメットを」


「はい」


 ネイリはヘルメットを持ってエメネリアに近付き頭に被せた。ヘルメットを回しきちんと固定されたことを確認すると椅子に付属する安全ベルトを締めた。


「では、少佐殿、自分も準備します」


「ええ。一人で大丈夫?」


「もちろんです」


 そう言ってネイリは隣室に消えた。エメネリアの使用する部屋には随員用の椅子は設置されていないからである。


『ワープ1分前。カウントダウン進行中。総員、最終安全確認を実施せよ』


 艦内放送が告げる。


 エメネリアは手にした情報端末の艦内時計の表示を見つめている。最右端の2桁の数字がめまぐるしく変わり、16:00:00:00を通過しそのまま時刻の経過を表示している。だがその16:00時には特別何も感じることはなく、その数分後、若干の息苦しさというか重苦しさを感じたものの、目立った不快感のようなものを感じることはなかった。


「スゴイですね、本当にワープしたのかわからないくらいです!」


 ネイリがそう言いながら部屋に入ってきた。


「確かにそうね。ものすごい技術だわ」


 エメネリアも頷いた。


 ワープとは詰まるところ、強力な重力によって時空を歪め、現在地点と目的地点を重ね合わせるという技術である。したがって跳躍距離が長ければ長いほど、それは強力な重力を発生させているということになる。

 いかなる物体も質量があれば重力を発生する。そうしてそれは必ず時空に影響を及ぼす。だがそれでもその質量が小さければ及ぼす影響は微々たるものである。場合によっては皆無と言い切ってしまうことも出来る。少なくとも恒星クラスの質量がなければ、真の意味で時空に影響を及ぼすとまでは言えないのである。一般的に「ワープエンジン」と呼ばれるものは、したがってそれ以上の重力を発生させるのであるから、想像を超える重力を発生させる装置なのであって、搭載艦艇には少なくない影響を及ぼすものなのである。故にその乗組員にも影響が出ることは多い。いわゆる「ワープ酔」である。

 だがエメネリアもネイリもワープ時点での何とも言えない「あの」独特な不快感を感じることがなかった。それ故に驚いているのであった。


「こんなスゴイ艦が多数あると、普通の艦隊では太刀打ち出来ないですね」


 ネイリが言う。


「そうね。ただし建造費から部隊構成まで、クリアすべき問題は多そうだけど……」


 エメネリアはネイリの言葉に頷きながら考えた。

 このリンデンマルス号一隻で一体どれほどの建造費が掛かっているのか。そうして作るだけではなくメンテナンスにも費用が掛かるのは当然である。確かに比類なき跳躍距離や戦闘能力を有しているとしても、維持費だけで軍事予算に大きく食い込むようなら問題外である。


 その後室内灯が点灯した。まだ第3種配備解除までは十数分ある。


「やはり明るい方が気分は良いわね」


「そうですね」


 エメネリアの言葉にネイリも頷いたのだった。



 その日の一七五五(17:55)に迎えが来て一八〇〇(18:00)には艦長用食堂に姿を表したエメネリアとネイリはレイナートに歓待を受けた。


「ようこそ」


 入口で出迎えられた二人は敬礼をして中に入る。食卓の周りにはすでにリンデンマルス号各部長が勢揃いしていた。給仕兵に促され着席するとレイナートが改めて言葉を発した。


「ようこそミルストラーシュ少佐、リューメール候補生。本艦はお二人を心より歓迎します」


 それを受けてエメネリアも立ち上がり挨拶をした。


「ありがとうございます、艦長。

 帝政アレルトメイア宇宙海軍、エメネリア・ミルストラーシュ少佐です。皆様よろしくお願いいたします」


 ついで各部の部長が自己紹介しすぐに和やかに食事が始まった。


 この帝政アレルトメイア宇宙海軍とイステラ連邦宇宙軍の間で行われることになった「士官交換派遣プログラム」は、この年から始まったもので過去に実績はなかった。そもそもアレルトメイアとの二国間関係はこの数年間に急速に良好なものになったばかりであり、本来であればこのプログラムは「拙速」と言われかねないほどの急展開を見せたのである。したがって艦長主催の食事会は双方の情報交換としてはまたとない機会であった。


「なるほど……。そうすると貴国では……」


「ええ、私共の国では……」


 などという会話が何度となく聞かれたのである。


 エメネリアは笑顔の似合う女性で、しかも事あるごとに笑顔を見せる。とにかくコロコロとよく笑うのである。もっともイステラには身分制度がないから誰もさしてそれを気にしていないが、これがアレルトメイア本国であれば「民にも親しくして下さる公職家の姫様」としてたちどころに話題になるところである。

 いずれにせよ美人の笑顔はとにかくその場を和ませる。

 そのため男性の各部長 ― 作戦部長のクレリオル、戦術部長のギャヌース、船務部長のキャニアン、管理部長のコリトモス、技術部長のグレマン。いずれも中年の佐官である ― は終始にこやかだったが、医監部長のエーレネ、保安部長のサイラなど2人の中年女性は苦々しくその様子を眺めていたのである。そのため大人に囲まれて幾分固くなっているネイリに対し、エーレネとサイラは随分と優しい言葉をかけていたのだった。

 もっともサイラは相変わらずの無表情ではあったが……。


 ただし当のエメネリアといえば、何かにつけてチラチラとレイナートに視線を送っていた。それを知ってか知らずか、レイナートは穏やかな表情を崩さなかった。


 だがそれは妙に作り物めいて見えないこともないものであったが故に、中年のオジサン・オバサンである出席者にあれこれと邪推、というか妄想を抱かせるには十分だったのである。

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