第14話 同期会始まる
リンデンマルス号には6箇所の展望室が設けられている。
展望室とは文字通り艦の外の景色を楽しむための施設で、一見するとホテルのラウンジのような設えで、艦内では唯一とも言える外を見るための「窓」を持つ。
だがここをその本来の目的である「外の景色を眺める」ということで利用する乗組員はほぼ皆無である。何故なら展望室から外を見ても、そこには漆黒の闇と小さな光点に過ぎない恒星の姿しか認めることが出来ないからである。
恒星系から遠く離れた辺境の警備基地への補給活動を主任務とするリンデンマルス号である。したがって当然周囲にはほとんど何もない。
ヒトの目に物体が見えるということは、大雑把に言えば、可視光を眼という器官で捉えているということである。物体が自ら光を発し、しかもそれが可視光であればヒトの目に見える。だが光を発しないモノは他の光源となる物体からの光を反射しないと人の目には映じない。そうして天体から遠く離れた空間にあっては、展望室から眺めても自分の乗っているリンデンマルス号の艦体といえども見えることはない。それはつまり、漆黒の闇の中にただ一人いるような錯覚を呼び起こし、言いようのない恐怖を喚起するのである。
それ故、展望室でありながら最も窓に近い席はいつも空いているか、もしくは窓に背を向けて座る者しかいないのである。
年に一度の宙空ドック入りの時は、それこそ眼前に巨大な惑星の美しい姿を見ることが出来るが、入港時には第3種配備が敷かれる。すなわち総員が持ち場に付くことになっており、また展望室といった福利厚生施設は利用不可となる。したがってある意味全く用をなさない施設となっている。
それ故元々展望室はどれもそれなりの広さを有しているが利用者は決して多くない。
艦内にあっては常に身近な周囲に誰かがいる。尉官以下であれば相部屋であるから、自室にあっても一人きりになれるとは限らない。完全に一人きりになれるのはそれこそシャワールームかトイレだけである。それでは息が詰まる。
そこで多くの乗組員は一人になりたい時はライブラリを利用することが多いのである。ここは個人ブースに分かれてデジタルコンテンツを楽しめる仕様になっているからである。したがってジムの次に利用希望者の多い施設である。
そこからあぶれた者が、渋々利用するところ、それが艦内の展望室である。
ところが普段は利用客の少ない展望室、その1つである第6展望室はその日、多くの乗組員でごった返していた。
第6展望室はMBの直下にあって弧を描く大きな窓は艦首側を向いている。十分な明るさがある時はその窓から眼下に大きな二等辺3角形の飛行甲板 ― 短いながらも滑走路となっている ― が見ることが出来るがそれも今は見えない。それに他の5つの展望室は相変わらず閑散としている。したがって第6展望室のこの混み具合は異常なのである。
その一角、ソファに腰掛けた管理部人事科のアリュスラが眉をしかめてコスタンティアに尋ねた。
「コスタンティア、貴女一体どこで艦長に声を掛けたの?」
「どこでって、MBよ。勤務終了時の引き継ぎの終わった時にだわ」
コスタンティアがさも当然といった表情で答えた。
「まさか口頭で?」
信じられないものでも見るような表情でアリュスラが聞く。
「当たり前でしょう? 3階級も上の上官にメールで済ませられる訳ないじゃない!」
再び、さも当然といった表情のコスタンティア。
「だからって場所を選びなさいよ!」
アリュスラの額に青筋が立っている。
「場所ってどこよ?」
今度はコスタンティアの額にも青筋が立つ。
「まさか艦長室まで訪ねて行けというの?」
「そこまでは言わないけど……」
「言わないけど何? それとも通路で待ち伏せしろとでも? 冗談じゃないわ」
「わかったわよ、もういいわ。だけどどうするのよ、これ……」
アリュスラは周囲を見回した。周囲のソファは全て満席。しかも座っているのは作戦部、船務部、戦術部というMBに最も近い部署の士官クラスばかりである。
「どうすると言われても……」
そこでコスタンティアも途方に暮れた表情を見せた。
周囲の士官達は何気ない風を装っているが、聞き耳をたてているのは一目瞭然だった。
「どうしよう、今日は中止する?」
そこで今まで黙っていた戦術部のドリニッチ少尉が口を開いた。
「バカなことを言わないでくれ! そっちはどうか知らないが、こっちには飛行訓練が定期的にあるんだ。今回だってそのスケジュールを無理言って変わってもらったんだぞ!」
怒りも顕にドリニッチ少尉が言った。
「とにかくこの状況はアトニエッリ大尉のミスだ。大尉がなんとかするのが筋だろう? もちろん中止や延期は無しでだ」
普段なら戦術部の少尉が作戦部の大尉に物申すなど許されることではない。だが今日は私的な同期会ということで強い口調のドリニッチ少尉である。
その時入り口で声がした。
「艦長は第6展望室へ」
艦長レイナートの入室を告げる保安要員の声であった。
保安部は艦長の護衛、艦内の重要施設の警備を担当するとともに、警察機能すなわち憲兵を統括する。同時に必要に応じて簡易法廷を開催するという艦内における法の執行に全責任を持つ組織である。したがって本来であればこれらは専属の兵士がおり、特に判事、訴追人、弁護人、憲兵は各組織からの独立性という観点から、そのようにあるべきとされており、判事、訴追人、弁護人に関してはそれが徹底されている。
ところがディステニアとの停戦後、予算も人員も削減が進んでいる。どこにもカネもヒトも余ってなどいない。
ところがリンデンマルス号は主任務が辺境警備基地への支援活動であるが、元々戦艦であるため陸戦隊も配備している。ところが日頃この陸戦隊にはほとんど出番が無い。
「ならば遊んでいる奴らに仕事をさせろ!」ということでもないが、リンデンマルス号艦内の保安要員の大半は戦術部陸戦隊からの出向である。そうして現在の艦長の護衛はエレノアとイェーシャの2人だった。
艦長には勤務時間中、勤務時間外に関わらず24時間護衛が付く。そうして入退室の際必ず護衛の兵士、もしくはその施設の警備兵がその旨を大声で言う。これは古くからの慣わしであるとともに、護衛の兵士の肩に装着された集音器で声を拾いMBに伝えるためである。
艦長は艦の最高責任者。その所在は常に明確にされていなければならないからである。
「済みません、遅れました」
レイナートはそう言って近づいてきた。
「いえ大丈夫です。まだ揃っていませんから」
アリュスラが言った。確かに早期任官した二人の軍曹の姿はそこにはなかった。
「そうですか。今日はお招きいただきありがとうございます」
そう言って頭を下げるレイナートである。どうにも腰が低すぎる艦長である。
「いえ、そんな! 艦長、どうぞ頭を……」
アリュスラが慌てた。
「いいえ、今日は艦長としてではなく、同じ第470期の同期として参加してますから、どうぞ名前で呼んで下さい」
そう言うレイナートである。
「ええ? いいんですか?」
「構いませんよ。それに私は元々艦長なんて柄じゃないですから……」
あくまで低姿勢である。
そこへ新たな登場人物、レックともう1人、技術部機関科の軍曹で共に第470期早期任官の2人がやって来た。
「済まねえ、遅れちまった……」
レックは尉官を目の前にしても物怖じすることなくそう言った。
「飲み物を用意するのに手間取っちまったよ……。
よう、レイナート」
そう言ってレイナートに声を掛けた。
その席の者だけでなく周囲にもざわめきが起きる。
これまで全くスポットライトを浴びることのなかった一人の下士官 ― それも早期任官という落ちこぼれ ― がその場のキーパーソンとなったことを感じ取った故でのざわめきだった。
「やあ、レック」
レイナートが嬉しそうに応じた。ぞんざいな言葉遣い、態度を咎める様子はない。
「せっかくの同期の集まりなんだ。こいつがなくっちゃあ始まらねえからさ」
そう言ってレックが差し出したのは手に持っていた小さなボトル。PXで販売しているアルコール飲料だった。
「好みがわからないんでビール風味とワイン風味と両方買ってきたぜ」
軍紀で、乗組員に許されるアルコール摂取量は24時間あたりアルコール度数3%以下のものが200mlまで。これには一切の例外はない。したがって映画の1シーンよろしく、艦長がワイングラスやブランデーグラス片手に指揮を執るなどということは絶対に見られない。
そうしてPXでの購入時IDの提示が必要である。別に未成年は艦内には存在しないが前回の購入から24時間以上経っているかどうかを調べるためである。
今回はレックがまとめて購入した訳だが、本来はこれは規則違反である。いくらPXを管理運営する管理部総務科所属とはいえ許されることではない。それで色々と説明に時間がかかり、最後には酒を飲まない同僚の名前を借りて買ってきたという次第である。
「あら、気が利くじゃない」
アリュスラが頬を緩めた。
「何言ってやがる。用意しろといったのはそっちだろ?」
レックが食って掛かった。レックとアリュスラは部署は総務科と人事科で別だが同じ管理部。常日頃から顔を合わせる機会は多い。それ故のことだが、これはドリニッチ少尉の癇に障ったようだ。
「おい、いいかげんにしろ! 軍曹の分際で……」
アリュスラがそれを遮る。
「今日は、固いことは言いっこなしよ。そうですよね、艦ち……、いえ、レイナート?」
「ええ、せっかくなんだから、その方がいいと思いますよ」
レイナートも頷いた。それでドリニッチ少尉も黙らざるを得なかった。5つも上の階級の者に言われたらそうするしかない。
「じゃあ、そういうことで。とにかく乾杯しましょう」
アリュスラが笑顔で言う。これまでのところ完全に彼女の主導である。
それぞれ好みの味のものを手にして乾杯をした。
「乾杯、第470期に」
「乾杯」
乾杯はしたもののレイナートは手にしたビール風味のアルコールドリンクにはほとんど口をつけない。
「あら、レイナートはお酒はダメ?」
もうすっかり名前で呼ぶことに慣れてしまったアリュスラが聞いた。
「ええ、全くダメです。これ一本で完全に宿酔になる自信があります」
「ええ? うそぉ! ホントに~?」
アリュスラが目を丸くした。コスタンティアもである。
コスタンティアは学生時代、社交の場に引っ張り出されていたから飲めない訳ではない。確かに艦内では飲む機会はないが、その気になればワインの1本は平気である。
「まあ、俺たちぁ、開拓移民の小倅だからな。未成年であろうがなかろうが、酒なんて本科に入学するまで見たこともなかったよな?」
「そうだね」
レックの言葉にレイナートが頷いた。
周囲で耳をそばだてていた者達は、興味津々、全神経を集注して会話を盗み聞きしている。
それはアリュスラやコスタンティアも同様である。最高機密指定で一切の過去がわからない男、レイナート。そのヴェールが少しずつ剥がれていこうとしている。その予感からだった。
開拓移民というのは、人間が居住可能な惑星に植民で入り、鉱物採掘や農耕に従事するものである。
宇宙には様々な天体が存在する。その中で少なくとも知的生命とされる存在に人類はいまだ出会っていない。したがって現在この棒渦巻銀河の腕の部分に分布している様々な国家を構成する人類も、元をたどれば同じ惑星に辿り着く。
そうして惑星に生命が誕生し、それが「知的」と呼ばれるに至るには、長い年月と欠くべからざる条件を必要とする。
まずその惑星が適度な大きさ(質量とも言い換えられる)を有すること。岩石型の惑星であること。軌道と回転(公転と自転と言い換えられる)が安定していること(これはその月の影響が大きい)。その惑星を保護する働きを持つ巨大惑星がその外側にあること。
恒星が安定しており、また適度な距離を有していること。同じくその恒星が適度な大きさ(これは十分な寿命を持つことと言い換えることも出来る)であること。
これらの諸条件を満たした上で、その惑星に水と大気が存在すること(惑星の進化の途中で発生し存在し続けていること)が生命の誕生と進化を可能とする。
これら諸条件を完全に満たす惑星はいまだ発見されておらず、したがって他の知的生命との接触は起きていない。だからといってそれは人類以外の知的生命が存在しないということと同義ではない。
そうしてそこに生命が誕生していないということと、そこに人類が住めないということはイコールではない。確かにこれらの諸条件を全て満たさないと生命の誕生は難しい。だがそこに人が住めないかというと話はいささか異なるのである。
適度な重力や大気、水などは欠かせないが恒星の寿命については融通が利く。
恒星の寿命が50億年以下だと生命の進化に必要な時間が足りない。知的生命に至る前に恒星そのものが死滅もしくは惑星を飲み込んでしまうのである。
だからといって住めない訳ではない。まだ生命の誕生が起きていない、もしくは進化の途中であるだけということは十分に考えられる。
したがって天文学者や生物学者はこういった惑星に手を付けず、静かに見守ることを主張する。
だがこの先の数千万年、数億年もの間を誰が観測するというのか? それよりも開発すべきである、というのが現実論者、政治家の主張である。
手付かずの自然が多く残っているということは、貴重な天然資源を豊富に残しているということを意味する。これを利用しない手はない。
何故ならそれは「現在の」我々の豊かさに直結するからである。何億年先にどのような生命が生まれようとも関係ない。大切なのは現在である。
そうして政府は甘い言葉で開拓移民を募り、日常に不満、もしくは一山当てたいと願う者が応募するという図式は途絶えることなく何百年も続いている。
そうして開拓移民達は艱難辛苦に耐えながら明日の成功を夢見てひたすら働き続けるのである。




