8【そして答えは…】
森の中、矢蔵刃睦月は一人で立っていた。
いつもいるはずのサシャも無しに立っている彼は、左手に剣の差してある鞘を持ち、右手をその柄に添え、眼をつむったまま立っている。
突如、近くの木の上部が揺れてそこから飛び出す人間のようなカマキリのような生物。
その生物が両腕の鎌を振りかぶってグラハムへと落ちていく……。
突如、眼を開いたグラハムが自らに向かって落ちてくるカマキリを見据えて抜刀する。
上に振りかぶりように抜かれた剣がそのカマキリ人間こと魔物を切り裂き、真っ二つになった魔物がグラハムの左右へと落ちる。
くるっと手元で剣を回転させるとすぐに鞘に納めるグラハム。
「造作もないものだな、俺如きに狩られるとは」
そうつぶやいた途端、周囲の草木が揺れ、今しがたグラハムが切った魔物と同じ個体の魔物が四体も飛び出す。
グラハムを囲むように四体が立ち、まず最初に一体が動きだしグラハムを腕の鎌で斜めに切り裂こうとするが、グラハムは体を斜めに傾けてその鎌を避ける。
だが敵は一体だけではない、また一体が接近しておりグラハムの正面から真っ直ぐ鎌を振り下ろすも、グラハムは剣の差しっぱなしな鞘でその鎌を受け止めた。
「肝が冷えた」
右手で鞘に収まった剣の柄を持つと、最初に斬ってきた横の魔物を引き抜くと同時に縦に斬る。
前方の魔物の足をさらに流れるような動きで斬り裂き、そのまま重力に従い落ちる魔物の体を蹴り、横から迫ってきていたもう一体の胴体にぶつけ、剣を振るい二体まとめて斬り裂く。
そのまま、しなやかな動きで血を振るい落とすと剣を納刀。
そして、素早く振り向けば最後の一体が片腕を振り上げており、グラハムは再び抜刀と共に振り上げられた鎌のついた腕、肩部分を切断して膝を使って魔物の腹を蹴る。
体をくの字に曲げて倒れこむ魔物、グラハムは軽く剣を振るいその首を切断した。
軽く剣を回して血を振るうと、もう一度納刀する。
「ふぅ、これで終わりか」
空いている右手で、軽く前髪を掻き上げると周囲を見渡して生き物の気配がしないことを察して頷く。
グラハムはその魔物の鎌の一部を小さく斬ると、ウエストに着けたポーチに入れてその場を去った。
グラハムが森から数分歩いて着いたのは先日の街ことナヴィだ。
そこの門の前にて門番にギルドカードを見せて門を開けてもらい街の砦の中へと入る。
街に入るなり一人の少女がグラハムへと駆け寄ってきた。
「グラハム様!」
「あぁ、待たせたな」
「いえ、むしろ早いぐらいです」
「なら良かった」
そう答えるとサシャが安堵の笑みを浮かべる。
なぜサシャがグラハムに着いて行かなかったかと言うと、グラハムが『着いてくるな』と言ったからであり、サシャもそれを断らなかったからだ。
一週間と数日だが、それだけの時間のほとんどをグラハムと居たのだから信頼はそれなりに厚い。
グラハムはいつも通り、サシャを後ろにつけて歩き出す。
あれから二日の日々が過ぎていた。
昨日は図書館にこもりきりで外にまともに出ていなかったからか、今日は外に出て戦闘なんてことをして、それからサシャと話ながらギルドこと酒場に入る。
グラハムは先日の喧嘩のせいで数人からは顔を覚えられていたらしく、あまり関わろうとする者は少ない。
カウンターへと行くと受付嬢が営業スマイルを浮かべる。
「ん、依頼終了だ」
「はい『人虫系の魔物討伐、マンテイリ』ですね」
グラハムがポーチの中から例の魔物の切り取った部分を出した。
受付嬢がそれを数えると、頷いて依頼書を裏へと持って行く。
少ししてから、受付嬢が帰って来ると小さな布袋をカウンターへと置き、グラハムはそれを受け取ると中を覗いた。
「今回の報酬です」
「報酬というのは本人からとかではないのか?」
「そのパターンはほとんどありませんね、ですがしっかりとギルドカードなどを持っていないと討伐しても報酬をくれない場所もあるので注意してください」
受付嬢の注意に頷くグラハムだが、少しばかり不思議そうな表情を浮かべた。
「了解した、これは中々払いが良いのではないか?」
「普通は複数人で受けるものですからね、初任務でこの難易度を一人で受けるっていうのも結構異常ですよ?」
「そりゃ嬉しい、また利用させてもらうよ」
「はい、またのご利用を待っています」
踵を返して、受付嬢の言葉に片手を上げて返すグラハムが待っていたサシャと共に酒場を出る。
布袋の中を見てから、ポーチに布袋ごと突っ込むと、腰に着いた剣の鞘を撫でて笑う。
とてもじゃないが手放せないと思うと同時に、これをくれたオルトに内心で感謝した。
「とりあえず魔王城に戻るか」
「もう良いのですか、昼前ですが……」
「構わんさ、少し話し合いが必要なのでな」
微笑すると、グラハムは転送器へと向かい足を進めるのだが、そこでふと気になったことを口にした。
「転送器で魔王城に行けてしまうのは、問題ないのか?」
「登録された者がいないと魔王城へは行けないようになっていますので他のものが勝手に魔王城に来る心配はないんですよ」
「なるほど……で、あれは?」
そして最大の疑問をグラハムは口にして、指差した。
向こうの世界で見慣れたそれを指差して言うグラハムに、サシャはいつも通りの笑顔で答える。
「あれは魔力駆動の自動四輪車ですね」
そう、道を走って行ったのは明らかに自動四輪車こと自動車とグラハムの世界で呼称される乗り物だった。
だがどうやら魔力駆動とついているのだから魔力で動くのだろうと理解する。
「魔力が少ない魔族でも魔力を補充した上でなら使えますから、グラハム様でもご使用できますよ」
「なるほど」
「馬車より快適で速いので徐々に浸透してますよ、お値段が高いのが難点ですが」
だろうなとは、思う。
良く知っているからこそ、グラハムは若干気になりながら、余計なことにならないためにも黙っていることにした。
とりあえず、グラハムは視界に入った転送器へと足を進める。
転送器から魔王城へと転送を済ますと、グラハムはサシャを後ろに連れたまま自室へと帰って来た。
椅子を引いて腰掛けると、サシャがテーブルの上に置いてあるティーポットに手を当てる。
手が一瞬だけ輝き、サシャがティーポットを持ってティーカップに傾けた。
そこから出るのは今しがた温めたものとしか思えない紅茶であり、サシャが今しがたかけた魔法が理由だということは明白である。
「ありがとう」
「いえ、私はお世話係ですので」
サシャのそんな言葉にグラハムが苦笑すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「入るが良い」
そう言うグラハム、サシャが扉へと客を出迎えるより先に扉が開いて人が一人入ってくる。
もちろん人と言っても魔族であり、入ってきたのはその長である魔王だ。
サシャがわざわざ来たことに驚くも、すぐに紅茶をもう一杯用意する。
「ん、すまないな」
そう言うと、魔王がグラハムの向かいに座ってサシャが居れた紅茶を一口飲む。
テーブルをはさんで向かいに座る二人が視線を交わらせて、同時に微笑する。
「サシャ嬢も座ると良い」
「そうだな、少し長くなるかもしれないし」
「あ、では失礼します」
サシャが丸テーブルのグラハムと魔王の間に座ると、先に口を開くのはグラハムの方だった。
「一週間と、追加の日数も快適に過ごさせてもらったよ」
「それは安心したが、答えは出たか?」
「難しいところだな……」
微笑するグラハムと、苦笑する魔王の話にサシャはついていけなかった。
どういう意味での『答え』なのかがわからないし、なぜ二人がそんな表情をしているのかもわからない。
そんなサシャのことをわかってかわからないでか、グラハムは話を続ける。
「結局、魔族側を見ても魔族が人間を毛嫌いしているようには見えなかった」
「一部はかなり嫌っているが基本的には、市民ではそこまで嫌っている者も少ないだろうな」
「ならなぜ戦争になるか……答えは人間側だな」
「だからお前のような人間が味方になってくれれば色々と人間たちも話を聞くかもしれない」
そこで、グラハムは紅茶を一口飲んで静かに息を吐く。
「だからと言って一概に人間が悪いとも思えないし、俺はそもそもこの世界の人間ではないんだ。なのになぜ俺が交渉の面で役立つと思う」
「確かにお前はこの世界の人間じゃないが、それでも人間だ」
「いいや、宇宙人さ」
「う、ちゅう?」
「わからないなら良い、俺は魔族でも人間でも無い状態と言いたいんだよ……」
そんなことは無いと、魔王が言うがそれでもグラハムは表情一つ変えることなく紅茶を啜る。
グラハムは自分に心酔している様子で、テラスの外を見た。
サシャもようやく魔王とグラハムの二人が話している意味と『答え』と言う言葉の理由がわかり、心配そうな表情でグラハムの方を見る。
「だが、お前たちが人間たちに歩み寄ろうとしているのはわかったし、俺は魔族側にかなり好感を持ってるのも確かだ」
「なら!」
「ああ……」
魔王は嬉しそうに立ち上がり、その隣のサシャもどこかホッとしたような表情だ。
そして、グラハムは笑みを浮かべて答えを出した。
あとがき
とりあえず、こえで一章は終わりって感じで
次回からは二章でもうちょっと世界観の説明より矢蔵刃睦月のことを書ければなと思いますので
では、次回もお楽しみいただければ僥倖!




