4【四天王-水の王-】
あの戦いから二日が経った早朝のことだ、グラハムは自室でサシャと共に食事をとっていた。
一つのテーブルにて食事をとる二人。
魔族の朝食、最初はゾッとしたのだが案外人間が食べているものと変わらないようで安心した。
まぁ実際、この世界の人間がどういったものを食べているのか今のグラハムは知らないのだが、あまり気にしていない。
朝食を食べていると、サシャが何かを思い出したようで水で喉を潤してから口を開く。
「そう言えば今日はカロドナ様からお呼びがかかりましたよ」
「カロドナ……?」
「えぇ、四天王の一人である水のカロドナ様です」
「そうか、おもしろそうだな、水というのは女と相場が決まっている」
「はい、ご察しの通りです」
グラハムは内心でガッツポーズをする。
まぁ実際にしたところでサシャはグラハムがやましいことを考えているなどとは思いもしないだろうけれど、それでもグラハムは紳士としてそこは押さえたのだ。
前の世界では相撲で勝ってガッツポーズしただけで怒られた奴がいたななんて思い出す。
ともかく、今はまだ見ぬ美女と出会うため、グラハムは朝食を静かに素早く食すのだった。
そしてそれから一時間ほどして、グラハムとサシャは再び廊下を歩いて行く。
二日前と同じような状況で、廊下を歩いていると魔王と出会った。
外からの光が差し込む廊下で、黒い髪の魔王を見てグラハムは薄っすらと笑みを浮かべると片手を上げて挨拶をする。
「魔王様、今日も良いおっぱ、げふんげふん、天気ですね」
「あぁグラハム、しかしこう晴天ばかり続いては農民たちは大変だよ……」
「魔族側は魔術で農家を営んでいるのでしょう?」
「それができない者もいるし……なにより人間側も大変だろうからな」
―――相変わらず大きな胸、いや器をお持ちで。
グラハムは心の中でそう思いながらも、相槌を打って魔王の横を通りサシャと共に先日の部屋へと入る。
部屋の中央に描かれた魔法陣の中央に立つグラハムとサシャの二人。
「魔力回路接続、ポイントD、ゲートオープン!」
魔法陣が浮き上がり、二人が違う場所へと転送される。
そしてその部屋に誰もいなくなった。
グラハムの視界に映ったのは、森だった。
大きく開けた場所に転送器があるが、その転送器も石造りの白い遺跡のようなものの中心に野ざらし、下手をして使われたらどうするんだろうとも思うがその可能性は無いからこそこうなっているのだろうとうなずく。
だが、ちょっとばかり気になってサシャの方をちらっと見る。
「転送器は魔族にしか扱えませんから」
「なるほど、俺も使う場合はサシャ嬢から誰かが必要と言うわけか」
「そうなります。では行きましょうか、今回も前回と同じく領地奪還となります」
サシャの言葉を聞きながら歩くグラハムが疑問を浮かべた。
「今回も村か?」
「はい、でも今回は種族が種族なので奪還する村は特殊なんですけどぉ……」
「む?」
「ま、まぁ見てみればわかります!」
なんだか意味深な言い方に疑問を覚えながら、グラハムは気を張っておこうと左手に持つ剣の鞘を強く握る。
素振りもしていたし、我流とは言え剣の振り方の練習もしっかりとした、それなりに動けるだろうとは思う。
だが、どうにもスラッとした洋服の上に鎧を付けるのが嫌なグラハムは鎧をしていない。
油断、甘え、驕り、そう見えるかもしれないが彼はなによりもルックスを気にする人間なのだ。
そして歩いて着いた場所は、小さな村のような場所だった。
そこで二人の目の前に現れたのは絶世の美女、グラハムの脳裏に電流奔る。
「私はカロドナ、四天王の水の王よ」
妖艶に微笑むその美女を相手に、グラハムは解析ぐらいしかできなかった。
青い髪はツーサイドアップテールで、服装は水色で踊り子風な妖艶な雰囲気を醸し出す仕様、絹のような肌色の肌に魔王、サシャを超える大きな胸。
そしてヘソ出しルックにその下は何も着ていない……。
「いや、蛇?」
「正解よ、私はラミアって種族なの。まぁ蛇人間って感じねー」
「ほぉ、素晴らしい……」
「最近魔族の中で噂になるだけはある人間ね、人間なのに魔族側に着いてる魔王様の客人って不思議な奴だなとは思ってたけど」
「至極光栄だな……俺は矢蔵刃睦月、グラハムと呼んでくれ」
笑みを浮かべながらそう答えるグラハムに、カロドナはクスッと笑う。
「それじゃぁ、よろしくね、グラハム君」
「うむ、して今日は奪還だったな、君の部隊は見当たらないが?」
「まぁ大きな蛇や大きな虫、それに大きなトカゲだったりするからあまり話すような知性もなくってね、今はもうちょっと先に行ってもらってそこで待機中」
「ならば急いだ方が良いか」
「ん、そうしてくれると助かるかな♪」
頷き、グラハムはともに歩くのだった。
だがそれにしてもカロドナは正直ビリビリときたグラハム。下半身が蛇だがむしろそれが良いというものだと業の深いことを考えながらも歩き、ずりずりと蛇のように下半身をくねらせて進むカロドナを見ているとなんとも言えない気分になる。
それにあの妖艶な服もグラハムの気分を高めるというものだ。
もう全面的に魔族に味方しても良いとすら思える。
「いやはや、それにしても良い日だ。ところで敵はただの人間なのか?」
「うん、そうだよ」
「例の勇者共ではないのか」
「勇者は個人個人で移動してるから良くわからないんだよね、だから基本的に勇者が近場に来たって情報があれば本拠地で身構えるしかないんだよ」
少数精鋭故の機動力をしているからこそ、こちらも下手に動けず迎え撃つことしかできない。
考えたものだと、グラハムは内心で関心すら覚えるも勇者という存在が傭兵と区別がつかなくなってきた。
あまり、違いは無いように思える。
「あそこの村よ」
カロドナがそう言って指をさす方を見るグラハムとサシャ。
視線の先には小さな家というより小屋のようなものがいくつかある村があった。
牧場などにあるものとあまり区別はつかないがどういうことなのだろうとカロドナの方を見る。
「さっきも言ったけど私の仲間っていうのは基本的に知性が低くて言葉すら話せないのよ、だからああいう場所で過ごしてるわけだけど……あそこが占領されちゃってね」
「あんな場所一つを?」
「その言い方は酷いわよ、私たち相手に商売してた魔族だって居たんだから……一応家だし、たにんの縄張りに入って喧嘩になったりもするからさっさと奪い返す必要があるのよ」
グラハムは理由を聞いて頷くと、右手で剣の柄を掴む。
前の世界で言う居合の構えに似ているが、グラハムはそんなものやったことないのでただ構えているだけに過ぎない。
大体にして我流なのだから、グラハムとしてはルックスばかりを気にして実戦で使い物になるかはわかったものではないのだが、それでもグラハムはやれるという自信がなぜかあった。
「なるほど、ともかく奪還だな……それなりの働きを期待してくれ」
微笑するグラハムに、カロドナは少しばかり驚いたような表情を浮かべた。
「あら、見学だけって聞いたのだけれど?」
「君のような美女相手ならば協力は辞さないさ、魔王軍ではなく君に味方するだけだ」
キザったらしく言うグラハムに通常苛立ちやら不快感を示すところだが、カロドナはお腹を抱えてクスクスと笑う。
頑張って大声で笑うのは堪えているという風だ。
「この私を美女って、下半身蛇なのに……貴方っておもしろいわよね」
「光栄だ、では行こうか……!」
「えぇ、私の方が早いだろうし、私の攻撃に巻き込まれて死なないようにね!」
言葉の通り、カロドナが村へと向けて蛇の尾をウネウネとくねらせて向かうスピードは尋常ではない。
グラハムは自慢でもある運動能力をもってして走るがとてもじゃないが追いつくことはできず、とりあえずはカロドナの戦いを見ることにした。
まず、兵士たちが現れた瞬間、腰につけた片刃の双剣を持ち、両手で振るう。
下半身が蛇であるが故の独特のなめらかな動きで地を這い、その両手の双剣で敵を切り裂く。
だが敵の数で言えば前より多い。
村の外側を守る兵たちはカロドナの仲間であろう大きな爬虫類たちが戦っている。
どうにも眼で測る距離よりも村までの道が長く。
「冬に抱かれなさい―――!」
カロドナの双剣から水が真っ直ぐと伸び、そのまま刃となるとその水刃が兵士たちを斬り刻んでいく。
前のオルトもそうだが、これが四天王の力かとグラハムは圧倒的戦力に驚愕する。
一体どうやってこんな“化け物”を人間が倒す?
「だが、君を抱くのは俺が良いな―――ッ!」
相変わらずの様子で、グラハムは戦場へと飛び込む。
文字通り死体を踏み越えて飛ぶと、カロドナへと向かおうとする兵士の一人を背中から剣にてバッサリと切り捨てる。
前は吐き気を催しさえしていたにも関わらず、慣れたのだろうか軽く剣を振って血を落とすと鞘に剣を収めることなく走り出す。
兵士の一人が驚いたような表情を見せた。
「なっ、人間!」
「その通りだよ人間!」
グラハムが剣を振るうと、その男は自らの剣でグラハムの剣を受け止める。
「なぜわかった。魔人と人間はあまり姿は変わらないはずだが?」
「お、俺は魔力の感知能力が高いから、魔力の無い人間ぐらい見てすぐにわかる! 魔族は全員魔力を持ってるからな!」
「そうだな、人間にも魔力がある者がいると書物には書かれていたが……魔力が無いのは人間だけだものな。だが残念だが、貴様を殺すことに俺は躊躇しないだろう!」
つば競り合いながら、グラハムは笑う。
「な、なぜだ! なぜ人間がッ!」
「俺はな、人間や魔族なんて興味が無いんだ。俺が興味あるのは今はあのカロドナという女だけ」
「あの四天王!?」
「そうだ、俺は惚れっぽくてな……悪いが俺のために死んでくれ、本当に―――」
グラハムは左手の鞘にて兵士の脇腹を叩く。
肺の中の空気が吐き出されて、動きと力が鈍る兵士。
それだけで十分だ。
「―――悪いとは思うよ」
右手の剣が振るわれて、兵士の首を斬る。
再び軽く剣を振るって血を落とすと、今のを見ていた兵士たちがグラハムへと走った。
微笑したグラハムが後ろに倒れそうになるぐらいに体を逸らすと、グラハムの背後から水の刃が奔り、兵士たちの首を落とす。
体勢を整えたグラハムが振り向いてカロドナの援護に感謝する。
いや、正確に援護しているのはグラハムの方なのだが……それでも彼にとっては自分自身がこの場の主役であることに変わりはない。
物陰から出てきた兵士が、弓を射る。
「まったく」
グラハムが飛んできた矢を抜刀と共に切り捨て、振り下ろすと同時に剣から手を離す。
回転して飛んでいく剣が兵士の胸を貫いた。
「ふぅ」
グラハムが一息をつくと兵士は倒れ、その兵士へと近づき剣を引き抜きまた血を落とすと鞘に納めて周囲を見渡す。
もう生き残っている人間がいるとも思えないが、いても戦闘の意思はないだろう。
だからこそグラハムはカロドナへと近づいて行く。
「ふぅ、これでここの奪還は完了か?」
「えぇ、ありがとう……あんな情熱的なこと言われたのは初めてだけどね」
「なんだと、ずいぶんとつまらん世界だな」
「いえ、むしろ私のようなラミアを同種以外が好むなんてこと自体が珍しいからね」
「……まさか」
冗談だろうと笑うグラハムだが、本当のことである以上この問答は無駄だと思ったカロドナはこれ以上何かを言うことはしなかった。
だから代わりにグラハムの傍に寄る。
「んっ」
頬に唇を当たられたグラハムが少し驚いた顔をするも、フッと笑って髪をかきあげる。
「まさか、いや早いな」
「たぶん思ってるようなことは無いとは思うけれど、とりあえずお礼ってことでね♪」
「フハハハッ!」
「聞いてないわね」
グラハムは何が面白いのか笑いながら踵を返し歩いて行く。
遅れてきたサシャがグラハムに『なにか良いことがあったんですか?』と聞いても詳しいことを答えることは無かったが、サシャはグラハムが喜んでいるならそれで良いだろうという笑顔を浮かべた。
上機嫌なグラハムが、剣を振り回していると飛んだ鞘が頭に落ち、頭を押さえて蹲る。
カロドナはそんな風に帰っていく二人の背中を見ながら妖艶に微笑んで舌舐めずりをした。
「むっ?」
「どうしましたグラハム様?」
「いや、少しばかり悪寒がしてな」
―――いや、気のせいだろう。
あとがき
とりあえず10万文字を目指して更新していく次第です
まったくメインとした話がまったく分からない状況ですがそこらは二章からになりますので
では、次回もお楽しみいただければ僥倖!




