3【四天王-火の王-】
あれから、三日の時が経った。
言葉も覚えたし一般教養で教えられる歴史的なものはすべて覚えたつもりだからこそ、矢蔵刃睦月は次に知ることのため、今日はサシャと共に魔王城の内部を歩いていた。
すでにすっかり見慣れた城の内部だが下手にわけのわからぬ道に行けばもれなく地下へと行ってしまいかねない。
魔王城地下にはダンジョンと呼ばれる場所があり、そこには魔王城へと攻め込んで来たものたちを倒すための魔物がいるとかいう話だ。
ちなみに魔物とは魔人よりも基本的には知性が低く力を持っている存在である。人間のような形をしていることは少なく、オルトなどの狼男も魔物に分類される存在だ。
大きなトカゲやドラゴンなども魔物となるようで、グラハムは内心一目見てみたいとは思っていたのだが、考えても見れば魔王城の魔物と言えばRPGゲームで言うラスボス手前の敵、死にたくはないのでやめたというのが真実だ。
「サシャ嬢、俺のわがままに付きあわせてすまない」
「いえ、私はグラハムさんの世話係ですし魔王様の役に立てるなら是非もありません、そのために私はここにいるんですし」
クスッと笑いながらそう言うサシャを見ていると、グラハムは扇情感がくすぶられる。
なんだかいじめたい、もちろんえげつない意味でなく性的な意味でだ。
矢蔵刃睦月はそういう頭のネジがどこかに吹っ飛んでいる男である。
「あ、魔王様」
そうつぶやいたのはサシャだった。
吹っ飛んだネジはともかく、ギリギリついているネジを締めなおしてグラハムは前から男の兵士二人を連れて歩いてきた魔王と眼を合わせる。
サシャやオルトに比べれば会うことが少ないが、会ったら会話はするぐらいのグラハムと魔王は軽く笑い合う。
「どうだ、第三の視点から見ている魔王軍は」
「世界ではなく魔王軍、ですか」
「書物もなにもかもこちらのもので知識を得ているのだから当然だ」
「そうですね、嫌いではないし悪くもないです、ついでにいればサシャや魔王様のような美しい方がいるだけで男としては十分たまらないのですが」
そう言いながら魔王の体を見ていると、魔王が顔を少し赤らめて後ずさる。
横の男二人が槍をグラハムに構えるがグラハムは楽しそうに笑う。
「いえいえ、これから戦場というものを見に行くのですよ」
「戦場を、か?」
「えぇ、オルトからの許可は貰いましたので……あぁご安心を、邪魔をするつもりもありませんし私のことは他の魔物や魔人たちにも説明するようで」
「そうか、では気を付けて……サシャもな?」
「はい!」
グラハムとサシャの間を通って行く魔王、そしてすれ違いざまにグラハムを睨みつける兵士二人。
まぁ誰だって自らの主君を息をするように口説こうとする者がいれば良い思いはしないというものであり、それをグラハムも自覚しているのでなにを言うでもなく困ったように笑って肩をすくめてサシャを見るのみ。
まぁサシャも苦笑を返すだけで、二人は再び歩きだして一つの部屋に入る。
その部屋は中々に綺麗に整理された部屋だが、中心に大きな魔法陣が描かれていた。
「これが転送器か……」
「はい、これで設定してある場所への相互移動が可能になります」
「そして、その横の壁にはまっているのがこの転送器用の魔力が補充された魔石と……」
「はい、月に一度ほどオルト様を含めた四天王方か魔王様が魔力を補充されます」
なるほど、と頷くと魔法陣の中心に立つ。
サシャもグラハムの横に立つと深呼吸をして眼をつむった。
「魔力回路接続、ポイントF、ゲートオープン!」
足元の魔法陣が紫色に輝き、グラハムが感嘆の声を上げて笑みを浮かべる。
「転送開始!」
魔法陣へと集まった光がその形のまま真上へと上がると、その場にグラハムとサシャはいなくなった。
すぐに光は収まり、その部屋は最初からなにも無かったかのようになる。
一方のグラハムとサシャはと言えば、やけに賑わっている街の中心にいた。
サシャはふぅ、と息をつくが状況を理解できていないグラハムは周囲を見回し、そこでようやく頭が現状に追いついたのか、楽しそうに笑う。
なにがおかしいのかと言えば、彼の中の現実世界ではまったくありえないことを体験できたからだ。
まだまだこの世界に対する興味は尽きないと何度か頷くと周囲を見渡す。
「ここは?」
「ナヴィという魔族の街です。そうですね……この世界のおさらいもかねて歩きながら説明をしましょうか、着いてきてください」
サシャの言葉に従い、グラハムはサシャの隣を歩く。
「人間側と魔族側が西と東に分かれていることはもちろん知っていますよね?」
「あぁ、西が人間側の領地で東が魔族たちの土地、そしてその中心点で押し引きをずっとやっていると」
「そうです。今現在、外歴120年までずっと続く戦いは真ん中で押し引きを繰り返してきましたが、今日は引いた分を押し返すという戦いですね」
「またどちらも変わらんか」
苦笑するグラハム。
ただ兵を失い、疲弊させるだけだとも思うがそれが戦争というものなのだから仕方ないのだろうと思った。
大体今の説明で察した。ここは、戦場である中心地に近い街。
「ご察しいただけたようですね、そうです……ここから東にずぅっと行けば魔王城があり、そしてその奥に私たち魔族の首都である魔都ガトムズがあります」
「なるほど、そういえば首都にも行ったことが無いな。ずっと缶詰状態だったから当然と言えば当然か」
「かん、づめ?」
「いや、気にするな」
そう言えばこの世界には缶詰が無いのだったと思いだし苦笑しながら、グラハムはサシャの隣を歩く。
街を歩いていてグラハムが思ったのは単純に『充実している』ということであり、街の魔人たちは自分と同じく肌色だったりサシャと同じく青色だったりであり、そしてそんな魔人たちは大人も子供も笑顔を浮かべて楽しそうにしている。
すぐ近くに戦場があるとは思えないほどのその活気づいた街を見てグラハムは微笑した。
「ここの先にある村が占領されているので、そこを今回は奪還することになっています」
「なるほど、住人は?」
「前線基地のような扱いなのでそこに魔族はいません、住人は占領される前にこちらに移住したようですし」
「安心だな」
「そうも言っていられません、その村の先には結構大きな街がありましたから」
つまり、本当に取り戻したいのはその街なのだ。
街ということはここレベルを想像した方が良いのだろうと頷く。
砦に囲まれた、向こうで言えば『東京ドーム数個分』はあるであろうこの街レベル、そんな場所ならば早く取り戻したい気持ちがわからないでもなく、グラハム自身としてもこの街の先はかなり気になるところである。
ならば、とりあえず次の街を奪還するときも見学させてもらおうと思う。
「あ、出口が見えましたね」
砦の扉があり、その巨大な扉がなんらかの装置により開き、外の森へと出る。
森といってもしっかり道があり、木々が開かれて村までの道はできているようだと、グラハムは何度か頷いてそこにいた団体に眼を向けた。
オルトと、さらに数十の狼男たちが並んでいる。
街だとバレなかったが、その狼男たちには人間だとバレているようで睨まれた。
「こいつ、人間の匂いがしますぜ!」
「噛み殺してやります!」
「落着けお前たち、こいつは魔王様の客人のグラハムという男だ」
「正式には矢蔵刃睦月、まぁグラハムと呼んでくれ……今日はよろしく頼む」
軽く片手を上げて挨拶をすると、オルトの方を向く。
「私の人狼部隊だ」
「グラハム様、基本的にオルト様のような四天王が戦場に赴くことは稀なんですよ?」
「まぁ四天王というぐらいだからな、あれだろ……半裸とかいるんだろ」
「もうお会いしました?」
「ホントにいるのか……」
正直見たくはないと思いながら、昔やったRPGゲームの四天王を思い出す。
一人だけ女がいたけれどこの世界はどうだろうと思いながら、オルトの方を見ると笑みを浮かべることもなくただグラハムを見るのみ。
正直背筋がゾッとしたグラハムだったが、それを表に出さず顔をそらす。
「では行こうとは思うが、その前にグラハムに武器と鎧を渡しておく」
「ん、俺は戦闘訓練も受けていないぞ?」
「身を守る術ぐらい欲しいんじゃあないか?」
「確かにそうだが……受け取ろう」
軽いプレートアーマーを受け取ると、グラハムはシャツの上から装備し、次にガントレットとレッグアーマーも受け取り着ける。
先ほどよりも動きにくいがそれほど重くもないので問題ないだろう。
軽く跳んでみるが、やはり大丈夫だった。
「そして、これだ」
「剣か……」
オルトに差し出された剣をスッと受け取ると、鞘を左手で持ち、右手で柄を持つと引き抜く。
思いのほか軽いのだと感心しながらも、片手で軽く振ってみる。
「うむ、ここまでの刃渡りの刃物は初めて持ったが、思いのほか軽いのだな」
「それは魔術で特殊な施しをしているからな、いざとなったらそれで身を守れ、では行くぞ」
オルトの言葉にうなずき、グラハムは軽く空を切ってから手首でくるっと剣を回すと鞘に納めた。
気に入ったのかグラハムはその剣を左手に持ったままウェアウルフ部隊の後ろを、サシャと共に歩く。
歩きながら、ふと気になったことを聞くことにした。
「サシャは大丈夫なのか?」
「はい、これでも魔術に定評がありますので、それなりに身を守る術はあります」
「なら安心だな」
―――どうせなら俺が守って好感度上げるのも良かったけど。
そう思いながらもグラハムはサシャの体をチラッ、と見る。
女性らしく凹凸の着いた体は実に彼好み、というより男好みのものと言えるだろう。
けれど、下手に手を出すと大変なことになるらしいので現状では我慢しようとグラハムは口説くことをあきらめる。
非常に残念で不本意であると、グラハムはため息をついて右手で髪を軽く掻き上げた。
しばらく歩くと、部隊に緊張感が走る。
それを感づいてグラハムもサシャの前に立ち右手を剣に添えた。
「駆けろ!」
オルトの号令と共に、グラハムとサシャの前にいたウェアウルフ部隊が走り出す。
全員四つん這いになって凄まじいスピードで狼のごとく走っていき置いて行かれた二人だが、そもそも襲撃に参加する気がないのだらか同じようなことだ。
先頭のオルトを見てみれば、彼だけは二足歩行で走っているのが見える。
ウェアウルフ部隊が攻めてきたことに驚いたのか、人間の兵士たちが建物から出てきたりもして剣を振るう。
その剣を受けることなく、ウェアウルフたちは身軽な動きで攻撃を回避すると人間の兵士たちをすぐにその爪で裂き、噛み砕く。
「この世界に来てから初めてみた人間がこのザマとはな」
「もっと近くで見ますか?」
「うむ、ならば……」
「覚悟ォ!」
周りこんだのか、背後から走ってきた兵士が剣を振りおろすがそれを左手の鞘で受け止めるグラハム。
「その前に、自分の身を守るぐらいは……なッ!」
鞘で剣を受け止めたまま、左手で剣を引き抜くと、迷いなくその兵士の喉に剣を突き立てた。
断末魔はあまりうるさくもなく、ただ漏れたと言っていいような声が一言。
グラハムは剣をその兵士の喉から引き抜くと、一度剣を振るって血を払うとそのまま鞘に剣を収める。
「では、行こうか」
「え、あ……はい」
戦闘中の村へと足を進めるグラハムとサシャの二人。
「同じ人間相手に、迷いが無いんですね?」
「人間なんてそんなもんだ。人間を殺しても罪にならない状況で人間に殺されかければ殺すほかないだろ、殺したくて殺しているわけではない」
「そう、なんですか?」
「もちろんだ、はじめて人間を手に掛けて正直焦っているところでもあるが、それよりも優先すべきことがある」
「それは?」
「……元の世界に、帰ることだ」
つぶやくように行ったその言葉はサシャには届かず、首をかしげるサシャは進むグラハムの背中を見るのみだった。
そしてグラハムは目的の場所についたのか、立ち止まってその先を見る。
サシャもグラハムの隣に立つとグラハムが見ている光景を視界に居れた。
村でウェアウルフ部隊に倒されていた者たちと比べるとずいぶん分厚い鎧を装備した男が大きな剣を持つ。
そしてその男と向かい合うのはロングタキシードを着たウェアウルフ、魔王軍幹部こと四天王の一人である火の王オルト。
シルクハットを右手で押さえたまま、彼は立っている。
「お前如きにこれを取る礼儀はない……」
「ケダモノ風情が!」
―――完全なやられ役だな。
グラハムは心の中で笑い、男が剣を振り上げて走るサマを見ていた。
オルトがシルクハットを右手で押さえたまま地面を蹴り、勢いよく飛ぶと男の腹を蹴る。
吹き飛び転がる男をしり目に、オルトは綺麗に地面に着地した。
「うぉぉぉぉ!」
だがすぐに起き上がった男が剣を振りかざし再び走り出す。
だがグラハムはため息をついてすでに勝利が決したかを理解する。
いや、誰の眼にも明らかなその戦闘。
「人間、ただ戦うだけが誇りではない」
オルトが再び軽く地を蹴ると、体に回転をかけてそのまま足の爪を鋭く伸ばす。
「その程度の鉄の塊ではどうにもできんな」
その攻撃は蹴りでなく、爪での斬撃だった。
オルトは男の剣戟を避けてそのまま足を振るうと男とすれ違い男の背後に着地し、軽く立ち上がると右手をシルクハットから離してタキシードについた埃を払う。
男は、胴から血を吹き出しそのまま倒れて血の池を作る。
「グラハム様、大丈夫ですか?」
「このむせ返るような血の臭い、正直ここを離れたくて仕方がないが……まだのようだぞ?」
「え?」
グラハムの言葉に、サシャは街の先を見た。
道の向こうからやってくるこの村に居た兵士の数の倍近くの部隊。
それらを見据えてオルトがグラハムの方に顔を向けた。
「私が火の王と言われる所以を見せよう」
オルトがそう言うと、片手を前方に向ける。
その雰囲気から、生唾を飲むグラハムとサシャの二人。
グラハムはその狼の瞳の中に、灼熱の炎を見た。
「四大元素の火よ、真炎よ、地より湧き上がり焼却せよ……立ち昇れ、『緋ノ絶』!」
やってきた男たちの先頭集団を、足元から立ち上った炎が焼き尽くす。
すぐに火は消えて、やってきた部隊の兵士たちは尻尾を巻いて逃げていく。
そんな姿にグラハムは『賢明だな』と素直に関心して、馬鹿ならば実力差を考えずに突っ込むだろうと先にオルトによって切り殺された男を見る。
やはり血の池は先より広がり、臭いは充満し、酸素に触れた血は黒さを増す。
「慣れなければ後が辛いぞ」
オルトの言葉に、グラハムは苦笑して頷く。
先ほど人間の喉元を刺した人間の反応とは思えないなと思ったサシャだが、それも相まってそうなっているのが現状のグラハムなのだ。
刺した感触ならばまだ耐えられた、喉から零れた血が剣に滴ったのも耐えられたが、こうも周囲に死体があってはとてもじゃないが耐えられれない。
そこまで強靭な精神は持ってはいない。
「あぁ、慣れなくては戦場を見ることもできないからな」
だがそれでも、気丈に振る舞う。
彼のプライドがこんなところで無様な姿を見せることを許さない。
「さて、帰るか……」
「はいグラハム様、今晩はなににいたしますか?」
「そうだな、肉でなければなんでも良い」
「はい」
まるでメイドのように振る舞うメイド服の貴族と共に、グラハムは歩き出そうとしたがそこで止まる。
左手に持った剣を返そうと振り返った。
「持って行け、構わん」
「じゃあ、いただくとする……」
「あぁ、また会おう」
「……あぁ」
グラハムはその左手の剣をしっかりと持って、自らが初めて人間の命を絶ったモノを持って、来た道を帰る。
これから何が起こるかわからないが、あくまでも現状の目的は消去法の結果行っているにすぎない。
最大目的は、“元の世界に帰ること”だ。
きっと、待っている人間がいるだろうから……。
それとあと一つ、元の世界に帰ることがかなわないならハーレムを作っても良いと、グラハムは何度か頷いた。
あとがき
今回から一章の中でも四天王編にチラッと入ります
まぁそんなに多くもないので世界観説明も入れながらと言う具合になりますので
次回もお楽しみいただければまさに僥倖!




