29【あの日見た夢の終わり】
翌日の朝。
グラハムが起き上がると隣に誰もいないのに気付いて髪を軽くかきあげつつベッドから出る。
現在いるのは自宅ではなくフィーネの家なのだが、グラハムは下にズボンを穿いたのみ。昨晩のことを思いだして軽く笑みを浮かべると伸びをしてから寝室を出た。
すぐに食事の匂いを感じて微笑を浮かべると、食事を作っている女性を見て、後ろからそっと抱き着く。
いや、慎重差的には抱きしめると言った方が正しいだろう。
グラハムがそうすると、女性ことフィーネは少しだけ驚いたように体をビクッとさせるも、すぐに微笑みながら料理を続けた。
「どうしたの?」
「いや、幸せを噛みしめてたのさ……あとは一通りものを持てばこの家ともお別れだろう?」
「そうだけど、昨日から甘えん坊さんね」
クスリと、笑みを浮かべたフィーネ。
「男とはそういうものさ……わからんが、少なからず俺は案外甘えるのが好きなんだぞ?」
「へぇ、グラハムくんってなんでも一人で出来ちゃう人かと思ってたわ」
「なにもできないさ……いままでそう見えたならできるように振る舞っていた……の方が正しい」
「……なら、これからは私が支えないとね、しっかり」
「お願いするよ、フィーネさん」
そう言ったグラハムの腕の中でそっと体の向きを変えてグラハムと向き合うと、フィーネはその両手でグラハムの頬に触れる。
静かにグラハムが待っていると、フィーネは背を伸ばして猫背となっているグラハムの唇に自分の唇をそっと重ね―――離す。
二人が微笑むと、グラハムは静かに離れて椅子へと座った。
これ以上はロッテが起きて、というパターンもあるだろうという判断の元なのだが、すぐにロッテが下りてきてそれが正解だったとグラハムは心の中でホッとする。
グラハムとフィーネの二人が仲が良いということは、ロッテにとっても良いことではあるのだろう。だが必要以上は教育上良くないというグラハムなりの判断だ。すっかり親バカ気味も板についてきている。
いつも通り、グラハムが席につくとロッテも席につく。すぐにフィーネが朝食をテーブルに並べると三人で同時に食事を始めた。
こうした日々を送っていると、グラハムは“帰る”ということがむしろ嫌なことである。
向こうよりこちらでの生活の方が死が隣合わせではあるが大切で大事だ。
残してきたものがないと言えば嘘にはなるが、フィーネやロッテと離れ離れになるのと天秤にかければ明らかにこちらの方が重い。
故に、既にグラハムに“帰る”などという選択肢は無いに等しかった。
だから一生をここで過ごすことを前提に、グラハムは今を必死で生きている。
「どうしたのパパ?」
「あ、いや悪い……別に何もないぞ。今日でここともお別れだが大丈夫か?」
「うんっ! もちろん……寂しくないって言えば嘘になるけど」
「……ロッテ」
眉をひそめてフィーネはロッテを見る。
「でも! でもね私……お母さんとパパがいれば、それで嬉しいよっ」
その一言でグラハムとフィーネの二人が顔を見合わせて笑いあう。
フィーネはロッテが幸せであれば良いと思っている。実の娘で実の母なのだから当然と言えば当然だが、グラハムだってロッテのことをフィーネを想うのと同じぐらい愛している。
つまりは三人そろってしっかり家族をできているということだ。
魔王もそれほど激しい戦場には送らない、という話をしてくれた。グラハムとしてもそこに関しては魔王に感謝してもしきれない。
結局、魔王は優しすぎるのだ。決してわかりあえないとまで思っている相手にここまでしてしまう。
知った相手には情けをかけずにはいられない。
グラハムは頭を横に振る。
そんなことを考えていても仕方がないし、今は二人とのこれからが大事だ。
魔族側と人間側の戦いは今だ勝って負けての繰り返し、魔都ガトムズはまず安全と考えていいだろう。
「……さて、」
だが次の一瞬―――轟音が響いた。
驚愕するグラハムとフィーネとロッテの三人。
嫌な予感に額に汗を滲ませるグラハムはすぐにコートを着て背中に剣を、左腰に刀を下げる。
ロッテの手をしっかりと握るフィーネも状況を大体理解しているのだろう。最後の最後に飛んだ厄日になりそうだった。
三人が大通りに出れば逃げ惑う人々。
ここナヴィを囲うようにできた壁、その西の入り口の方で煙が上がっているのが見える。
考えるまでもなく、襲撃だ。
「転送器の方へ行く……フィーネさんにロッテ、裏通りから向かおう」
「えっ、でも大通りを通った方が」
「大通りならそれだけ敵も多い、細い通路ならまだ俺一人でもどうにかなるかもしれない」
「……ええ、それじゃあグラハム君の言うようにしましょう。ロッテ、手を放さないでね?」
「うんっ」
頷くとグラハムは踵を返して走り出す。
なるべくフィーネとロッテに合わせて走るが、たかが知れたスピードだ。グラハムが抱えて移動という方法は、いざ敵に遭遇した時にロッテに危険が及ぶ可能性もありできない。
心の中で、グラハムは悪態をついた。
―――なぜこのタイミングで……!
フィーネとロッテを連れて裏通りを通り、運が良かったのか誰にも会わないまま転送器近くへと出る。
あとは真っ直ぐ走るだけだ。視線の先には転送器があるのだが、その目の前でグラハムは足を止めた。
同じく後ろの二人も止まる。
「冗談にしては笑えないな……!」
すでに間近まで迫っている人間側の兵士たち。
住人たちは転送器へとつめよって転送しようとするが、その焦り故か階段を上って転送器にわらわらと詰め寄りすぎて中々どうして転送が進まない。
どこにつながっているのかなんて関係なく、とりあえず現状この街ことナヴィから逃げられればいいのだ。
故に、目前に迫る人間側を止めるために戦っているギルドの面々や、この街の兵士を見てグラハムは静かに歯ぎしりをする。
「全員しっかり整列しろ、足止めはギルドの連中や兵士がやっている! 女子供からだ!」
その言葉に耳を貸すものは少ない。それに女子供といってもかなりの数がいる。
「ちくしょうがっ!」
珍しくそんな悪態をついてから、腰の刀に手を添えた。
二人を背に戦闘態勢を取るのは初めてで、自分のそういうところはなるべくロッテには見せたくないのだがこの際は仕方がないところもある。
ギルドの顔見知りが斬られれば、思うところもあるのかグラハムが苦しそうな表情を浮かべた。
ここにいても何も始まらないしどうしようもない。結局防衛線が突破されれば自分一人ではどうしようもないのだ。
「……フィーネさん、ロッテを頼む」
「……ええ」
「パパ?」
振り返るとロッテの頭をそっと撫でる。
「大丈夫……二人を守る」
そう言って笑みを浮かべるが、ロッテは不安そうな表情を浮かべた。
説得している暇もないと、敵の方へと振り返るグラハム。
コートをなびかせ、右手を刀に添えると同時に走り出す。
石畳の地を蹴り―――跳躍。
宙を舞うグラハムが刀の鞘に左手を、右手を柄に添える。
防衛線となっているギルドの面々と兵士たちを飛び越えて、グラハムは人間側の兵士の頭に蹴りを入れてそのまま地上へと着地。
周囲の人間側の兵士が驚くが、グラハムの方が行動は早い。
素早く右手にて刀を引き抜くと、左右と正面の相手を薄い鎧ごと切り裂く。
手応えだけで“殺したことを理解し”、そのまま倒れた兵士たちを見ることもなく後ろにいる男たちの背中を斬り裂いた。
このナヴィでならまさにトップクラスの腕前と言えるだろう。
「グラハムっ!? きたのかお前!」
「喜ぶ暇なんぞない、防衛線を持ち直せ……押し返せなどとは言わん、防衛線を維持すればそれで良い!」
「おう! うちのギルドのエースが来てくれたとなればやる気もでるぜ!」
ギルドの顔見知りや、兵士たちの士気が高まる。
刀を空に振るうと、グラハムはもう一度鞘におさめて腰を落とす。
人間側の兵士たちの動揺がグラハムにははっきりとわかった。
「あの二刀流……裏切り者の二刀使い! 反逆の刃じゃないか!」
「勇者を何人も倒してるっていう?」
「くそっ」
初めて、そんな二つ名にありがたいと感謝するグラハム。相手の士気が下がっているならばむしろこの街を守ることもできるかもしれない。
兵士の数は無限ではない。かといってそれほど多いようにも見えない。
西門の方までは見えないが、それでも防衛線を押し返すことはできるだろう。
すぐにそれを理解して、刀を引き抜き振るって人間を斬り裂いていく。
薄い鎧でエリスから受け取った刀は凌げない……それを思えばやはりあのフードの男がいかに異常かわかる。
素早く刀を振るって敵兵士を斬っていくグラハム。
そして防衛線も徐々に押し進めていくのだが、突如敵兵士たちが左右に別れた。
グラハムを相手に道を開けるかのような行いに驚愕するも、すぐに疑問は晴れることとなる。
奥にいたのは青い軽装鎧を装備した男だった。
雰囲気で大体察しがつき、刀を持つ力が強まる。
―――勇者か。
その“勇者は”背中に差していた剣を引き抜くと同時に地を蹴ってグラハムへと走った。
他の兵士たちとは比べ物にならない威圧感と、その走る速度……だが見切れないわけではない。
フードの男と比べればどうということはない速度であると、自然とあの男のおかげなような気がして苦い顔をする。
目の前で来た勇者が素早く剣を振るうも、グラハムは刀でそれを凌ぐ。
鍔競り合う二つの刃、青い鎧を着た男は凄まじい形相でグラハムを睨みつける。
恨みを買う覚えはない。
「貴様、人間のくせにっ!」
「またその手の輩か……些か飽きた!」
刀にて剣を受け流すと、その力を止めることもできずに勇者の剣は地面を戦う。
だがこの距離で、すぐに斬り返すこともできずにグラハムはしかたなく蹴りを見舞った。
後ろに僅かに下がった勇者を相手に、間合いを見て刀を振るうが勇者はどうにかそれに対応して、お互いの武器がぶつかり、弾きあう。
「勇者でもないのにこいつ!」
「特別でもないだろうに、勇者など!」
「特別だ! 神託を受けてこうして戦っているんだから」
正しく正しい勇者というような口調で言う勇者を相手に、グラハムは嫌悪感すら覚える。
何も考えず。勇者として定められた使命を全うしようとする人間に、何百人、何千人もがくりかえしてきであろう行為になんの疑念を抱くことも無く戦う者に。
一人の、魔族と共に生きると誓った人間として、言われるがままに“魔族を斬ってきた人間”に嫌悪感を露わにする。
「だから貴様らはいつまでたっても四天王一人として……殺れないんだろうがッ!」
「裏切り者の言うことかぁ!」
横薙ぎに振るわれる剣、だがグラハムは体勢を低くしてそれを回避すると、鞘に納めていた刀の柄を握りしめ―――抜刀。
真下から真上に向けられて振り上げられた刀は、真下から鎧の隙間を縫って勇者の左腕を切断する。
「ガッ!」
声を上げられない勇者に対して、グラハムは素早く足払いをかけて転ばせた。
倒れた勇者の右腕を足で押さえると、静かに振り上げた刀を、振り下ろす。
地を走らせるように振るわれた刀は勇者の首を斬り裂き、三日月の弧を描くように血飛沫は舞う。
「次っ!」
だが次の瞬間、グラハムの背後に巨大な雷が落ちた。
驚愕するグラハムが背後を見れば顔見知りのギルドメンバーや、兵士たちが黒こげになって倒れている。
人の肉が焦げる臭いが立ち込めて顔をしかめて正面を見れば、兵士たちの奥にはローブを着て杖を構えた涙を流す少女が一人。
考えるまでもなく今倒した勇者の仲間だと理解した。
敵兵士の士気が高まる。
「それでも前線はこちらの有利に変わりは―――」
「北門から敵が!」
「ッ!?」
つまり二方向からの攻撃。
それを予期していなかった自分がどれほどマヌケか、などと思いながらも転送器からずいぶんと防衛線を上げてしまった。それにグラハムはその正面を切っていたこともあり戻るのもまだ時間がかかる。
さらに言えば、勇者の仲間である少女も“始末”しなければならない。
思考をフル回転させて状況を整理し終えると、まずやることを見定めると走り出す。
フィーネとロッテの安全を考えれば遠距離攻撃を使える勇者の仲間から先に始末する必要があった。
故に走り、周囲の敵兵を刀で切り裂きつつ少女へと接近。
納刀し、居合にて斬り裂こうとするも少女の正面に赤い鎧を纏った男が現れた。
「やらせね―――」
「邪魔だ雑魚がッ!」
刀を抜刀し横向きに振るうも、男は斧でそれを凌ぐ。
さすがに力も強いかと舌打ちをするグラハムが左手にて背中の剣を取ると後ろに引き絞るようにして切っ先を男に向ける。
男が斧に力を込めるもすでに遅い。グラハムは素早く左手を前に出して男を突き刺し、そのまま剣から手を放して足にてその柄頭を押し込みそのまま男と少女を串刺しにした。
血反吐を吐く男の腕から斧が落ちる。
グラハムがさらに接近して刀を両手で振るえば男も少女も同時に倒れ、息絶えた。
周囲に気を張りながら素早く刀を納刀して剣を引き抜き背中に差すと、すぐに走り出す。
「フィーネさん……ロッテ……!」
名前をつぶやきながら前線を下がっていくグラハム。
周囲で戦う生き残りの味方たちはグラハムに後方を任せるかのように頷く。
走って、走って、全力で走って転送器まで戻ればそこにはすでに敵兵が山ほどいる。
表情を一瞬だけ歪めてから、息を一つつくと刀に手を添えて敵兵士に接近すると抜刀。背中から斬り倒すとすぐにフィーネとロッテを探すために周囲を見渡し、また一人を斬った。
このままでは埒が明かないと、グラハムは息を吸う。
「フィーネぇ! ロッテぇ!」
叫びを上げるが周囲の喧騒にかき消されてしまう。
だが、僅かに聞こえた。
なんと言ってるかはわからないが確かなロッテの声が聞こえた気がする。
走り出したグラハムは進路上の敵兵を片っ端から斬り捨てていく。
その姿は先ほどまでの比では無い。鬼神の如き勢いで次々と敵兵を斬り裂き、視界の先に見えた。
ロッテを抱きしめるようなフィーネに剣を振りかぶる兵士が……。
―――やらせない!
左手で背中の剣の柄を掴むと、そのまま振りかぶる。
放り投げられた剣が回転し、そのままフィーネを斬ろうとした敵兵の頭に突き刺さり倒す。
すぐに駆け寄るとフィーネとロッテに怪我がないことを確認した。
「どこも怪我はないか?」
「え、ええ……グラハム君のおかげで、ね?」
「う、うんっ」
涙を流しながら頷くロッテの頭を撫でようとするも止まる。
とりあえずそれよりも今は二人の安全を確保することの方が大事だと、兵に刺さっている剣を引き抜き背中に収めた。
左腕の傷が開いたのか徐々に痛みを感じ始める。
「くっ……」
「グラハムくん?」
「問題ない、早く転送器へ急ごう」
二人を転送器へと連れて向かおうとするグラハム。
転送器はずいぶん余裕ができているし入ればすぐにどこかしら安全な場所につながるだろう。
だがその瞬間、殺気を感じて振り返るとそこには一人の兵士。素早く足を振るって吹き飛ばすがさらに新たな兵士が二人接近してくる。
刀と剣を引き抜いて振るわれる剣をどうにか凌ぐも、左腕側に負荷がかかり必然的に痛みがぶり返す。
舌打ちをするグラハムがどうにかしようにも片方の力をゆるめればおしまけかねないし受け流すこともできないような状態だ。
「このまま死ね!」
「裏切り者ぉ!」
「死ねるわけねぇだろうが!」
叫ぶも、どうにもならない。
左腕の力が弱まっていくのを感じているし、このままでは剣が押し負けて自分の刃が自分に刺さりかねないだろう。
顔をしかめるグラハム。
だがその瞬間、左の剣にて鍔競り合っている男の方へと、誰かが駆けた。
見知ったその長い髪の持ち主は、フィーネ。
男にタックルをして体勢を崩させたフィーネが、すぐに後ろへと下がろうとする。
グラハムは剣を痛む左手で引くと、素早く刀と鍔競り合っている男の腹部に突き刺した。
男の力が弱まったのを確認すると素早く蹴り飛ばす。
「この女ァ!」
だが遅い、フィーネが体当たりした男が剣を振りかぶっていた。
グラハムとロッテが同時に口を開き、呼ぶ。
「フィーネ!」
「お母さんっ!」
剣を振るおうにも、刀を振るおうにも、グラハムの視界はやけに時間の経過が遅いように見える。
どの手を取ってもフィーネを迫る狂気から救えない。救えるビジョンが見えなければ、救う手だても見えなかった。
ただフィーネは、その剣が迫る目前でグラハムの方を見て……。
―――静かに、笑みを浮かべた。
そして、無慈悲に剣は振り下ろされてフィーネは真っ赤な色をまき散らす。
グラハムが男の頭に剣を振り降ろすと、そのまま男を蹴り飛ばして、倒れるフィーネを抱えて地に膝をつく。
真っ直ぐ体がきりさかれ、おびただしい量の血液が周囲に広がる。
傷ついていない顔をグラハムが撫でるが、その瞑られた瞳が開けられることはない。
呆気なかった。あまりに呆気ない。
今まで散々殺していたからわかっていたはずなのに、せめて最後に言葉を交わしたいと、交わせたんじゃないかと思いたくなってしまう。
だがそれも叶わない。その願いもむなしく塵と消え、グラハムはフィーネの顔を見つめてから、ロッテを見る。
涙を流したまま、母によりそうロッテ。
なにも言わない。ただ血まみれの母の横で両手で顔を覆い、静かに嗚咽を漏らす。
グラハムはその頬を撫で、静かに抱き寄せその肩に顔を隠した。
そうしている二人だが、まだ戦いは終わらない。いや終わりはずがない。
これだけの戦いを終わらせる。決定打が来ない限り。
瞬間、転送器から二つの影が飛びだした。
「これは……なんだっ、こんな虐殺ッ!」
風の四天王、エリス。
「酷いものね、私たちも今から同じことをするとしても……!」
水の四天王、カロドナ。
そしてもう一つ、転送器から現れたのは黒いタキシードを着た狼男。
炎の四天王、オルト。
周囲を見渡してから、すぐそばの男の元へと歩き、片膝をつく。
静かにフィーネを抱きしめるグラハムの肩に手を置くと、かぶっているシルクハットを取り、胸に当てて目を瞑り軽く頭を下げる。
グラハムもロッテも何も言わない。嗚咽をあげる少女と静かに女の亡骸を抱きしめる男。
オルトは立ち上がると、シルクハットをかぶり片目のみを覗かせる。
皮手袋をした両手、左手でシルクハットを押さえ、右手を静かに胸に当てたオルト。
その瞳には紅蓮の炎が宿っているようにすら見える。
「今の私は少々気が立っていてな……」
カツカツと音を鳴らし、歩くオルト。
そんなオルトを見てエリスもカロドナも、顔をしかめて少し下がった。
胸に添えた右手を空に振るえば、その右手には炎が宿る。
「生きて帰れるとは思わないことだ……これだけ悲劇をふりまいたのだ、これからは喜劇をはじめてもらおう」
そしてオルトは右手を前方へと向ける。
「しっかりと演じてもらおうか」
そして虐殺とも言える戦いが始まった。
四天王が三人も揃い踏みでの戦闘だ。勝敗に関しては言うに及ばず。
だが、それも大局で見ればの話である。
矢蔵刃睦月にとっては、取り返しのつかないほどの大敗。
戻ることのない敗北だった。
あとがき
今回は多くは語らないでいきます
ただ文字数がいつもの二倍近くになってしまったとだけ
そんじゃ次回をお楽しみに!




