28【その手にある幸福】
あれから数時間後、エルフの里にて土産の料理を包んでもらい今は歩いて帰っている。
ただし後ろにアーニャを連れてだ。明日はギルドの仕事を受ける予定らしくアーニャは今日、ナヴィの宿に泊まるらしい。
故に二人で夕陽差す森の中を歩いているのだが、ふとグラハムが立ち止まった
「ん、どうしたんだ?」
グラハム曰くエセ女騎士。それらしく凛々しい言葉遣いで聞くアーニャに向かってグラハムはそっと土産を差しだすと、アーニャはわけがわからないままそれを受け取る。
荷物持ち、とは思えない。今日までの彼を見ていれば彼は女性に荷物持ちなどさせるタイプではないということぐらい、アーニャでもわかった。
だがそれでも荷物を渡したと言うことは……。
「敵か?」
ボソッと言うアーニャだが、グラハムは答えることなく右手を腰左部に差している刀の柄に手を添える。
左手は肩の鞘をおさえて、グラハムは腰を少しばかり下げていつでも刀を抜ける構えを取った。
アーニャが何も言わずにただそこに立ちつくしていると、正面の木々の間に光が見えた。
「あれは―――」
瞬間、グラハムが刀を引き抜く。
真上に振り上げるかのような抜刀、光の正体は真っ二つに割れて、グラハムとその後ろのアーニャの横を通りすぎて背後の木に突き刺さった。
ビクッと震えるアーニャが恐る恐る背後を見れば、そこには鉄針。半分に割れた鉄針が二つの木に刺さっている。
「な、なにこれ?」
「下がってろ!」
「ひぅっ! は、はいっ!」
思わず敬語になりつつ、アーニャは後ろに下がって茂みからグラハムの背中を見る。
グラハムを味方にして初めて思った。いや、敵として戦ったことがあるからだろう。
その背中は―――小さく見える。
何かを恐れているかのようなその背中を見てアーニャは思う。前の彼はそんな風だっただろうかと……しかし、彼を味方として見るのが初めてのアーニャは何も言うことなくただ見る。
静かに、ただグラハムの背を見るのみで、その先にあるものがなんなのかなど理解できるはずもなかった。
そして、グラハムは理解している。
この世界に来る前から他人から向けられる感情には“人一倍敏感だった”が、それもこの世界に来てからさらに研ぎ澄まされ、自分に向けられる感情の種類を大体理解できた。
故に、今向けられている感覚が“こちらに来てから”一人にしか向けられたことのない感情だということもわかる。
そして、特定した。
「久しぶりだな……いつぶりだ?」
「さてな、数えてなんていない……」
現れたのは白いフードをかぶった男。
いつぞやヴォルフと呼ばれる街で戦った良くわからないが自分とサシャを殺そうとした男だ。その強さはオルトと同格レベル、勝つ自信はまずない。
後ろにはアーニャもいるせいで下がるという選択肢すらも生まれない。
舌打ちをすると、グラハムは右手に握った刀を納刀し、スッと腰を下ろした。左手は鞘、右手は柄、目を細めて瞬きをしないように気を遣い、敵を見据える。
白いフードの男は、静かにその手を横に向けた。
「ノーデンス!」
―――来たな。
心の中でその武装がどういうものかを思いだし、理解し、心の中で悪態をつく。
だが自分から攻めてどうにかなる問題ではない。こうして待つだけならばその間にアーニャを逃がすことだってできると思うもアイコンタクトもできない。しようものなら斬られる。
ならどう逃げるか?
答えは出ない。完全なる詰みだ。
「参りましたっていったら逃がしてくれるわけ、ないか……」
「本当にプライドの欠片も無いな」
「あったさ、だが今は命が惜しいだけだ……」
家族ができた。この世界には自分が生きて居たいと思える場所ができてしまった。だからこそ、グラハムは“命は惜しい”し“死は怖い”とすら思える。
前までの他人も自分も命は平等に無価値と思っていた彼とは違う。その時は良くも悪くも子供だったということだろう。精一杯大人のふりをした子供だったからこそ、怖くなかった。
だが今は違う。今の現実から自分が消えることが怖くて仕方がない。
だからこそ、アーニャの目からも彼は小さく見えた。
「……なぜ、惜しいと思う?」
「当然、愛する人がいるからだ。きっとこの先も、最も俺の尊い者だからだ……!」
そう宣言すると、フードの男が歯ぎしりをする。
妙な苛立ちを浮かべている男に警戒して、さらに気を張るグラハム。
瞬間、フードの男が地を蹴りだした。
「ぬぅっ!」
―――抜刀。
抜き放った刀が、止まる。
目の前にはフードの男の鎌の刃だが、片腕では両腕で振るわれる刃に力負けするのは明白。ならばと即座に刀身の先を鞘におさめてそのまま両手の力を込めた。
刀に力を込めつつ、足を出す。
フードの男が後ろへと下がるのを見るとグラハムはすぐに柄を掴んでいた右手を離し、背中の剣の柄を掴む。
「むっ!」
「その面、拝ませてもらおうか!」
全身すると同時に剣を引き抜いて右腕で振るう。
後ろへと下がった男への追撃の一撃は―――だが、当たらない。
大鎌の柄にてその斬撃が凌がれたのに舌打ちをして、グラハムは素早く左手に持った刀を振るう。
刀と言っても掴んでいるのは柄ではなく鞘であり、鞘を持ったまま刀を振るえばその攻撃は致命傷を与える斬撃ではなく、軽い攻撃である打撃だ。
それでも、相手を牽制するには申し分ない攻撃だとグラハムは振り切り、フードの男の脇腹を打つ。
「ぐっ! 相変わらず小癪なっ」
「力で勝てないなら!」
鞘での打撃、そのダメージを少しでも軽減させるために左へと跳んだ男が地上へと着地する。
素早く追撃をかけるためにグラハムは腰に刀を差すと左手を左腰の柄に手を添えたまま男へと駆けだす。
これからの日々のために、フィーネとロッテのために、憂いを残すわけにはいかないと、真っ直ぐ男へと走るグラハム。
だが男が右腕にノーデンスを握ったまま、左手を空に振るう。
「っ!」
「消えろ!」
顔をしかめたグラハムが右手の剣を振るえば、飛んできた先ほどの鉄針が弾かれて周囲へと散らばった。
―――だが遅い。いくつかが左腕に刺さり、刀に添えていた左手を思わず離す。
「まずっ」
「そこだ!」
グラハムが剣を逆手に持つ。
白い閃光が、目の前へと一瞬で迫りその白い閃光ことフードの男が大鎌を振るうが、地面へと剣を差したグラハムがどうにかその大鎌を凌ぐ。
ギリギリ、それに押され始めている。だが耐えていた。
―――瞬間。
「でぇぇぇっ!」
聞きなれた、アーニャの声が聞こえる。
フードの男が舌打ちを打つとグラハムへと蹴りを放つと、グラハムはそれに直撃して吹き飛んで木へと背中を打ちつけた。剣は男の足元に転がっている。
視界が僅かにぼやけるも正面を見据えれば男が後ろへと跳んでおり、そこにはランスを握ったアーニャが立っていた。
「案外、というかかなり意外だな……このエセ女騎士が……」
笑いながら、グラハムが立ち上がろうとするが5秒もしないうちにアーニャが蹴り飛ばされる。
こればかりは笑えないと、体に力を入れればローブの男が目の前にまで加速、まさに白い閃光と言うにふさわしいだろう。なんてことを思いながらもグラハムは木の横を抜けて後ろへと跳ぶ。
転がるように男からの斬撃を回避するが、木が斬り裂かれ男とグラハムの間へと倒れるが、地上へと着く前にグラハムが右手にて刀を引き抜き木ごと男を斬り裂こうとするが、後ろへと軽く跳んだ男が斬撃を回避。
「こいつだ!」
グラハムが木を蹴り飛ばせば、刻まれた木が男へと迫るが男はそれをノーデンスにて斬り裂く。
「お粗末な攻撃だな、らしくもない……!」
「不愉快だ! わかったようなことを言う!」
舌打ちをして後が無くなったことを理解しながら、右手の刀を左腰の鞘に納めそのまま抜刀の構えを取った。
フードの男がノーデンスを両手に持つと、再び駆けだそうとする。
次の一撃が来たら防ぎきる自信はまずないと、グラハムは顔をしかめた。
死にたくない。純粋にそう想うことができているのは……おそらく“あの二人”のおかげだ。
故に、焦る。額から流れる汗、刀を握る手にも汗がにじむ。男が駆けだすまでがやけに長く感じる。
だが次の瞬間、グラハムが顔をしかめて少し後ろに下がった。
異様な臭い、鼻をツンとつく刺激をもった悪臭。その正体を掴もうとするが、臭いの元は正面の方で、そちらを見てグラハムは眉間にしわを寄せる。
グラハムとフードの男の間の木の破片から、青黒い煙がふきだしていた。
そして噴き出した青黒い煙が不規則に動きはじめ、風の流れすら無視して地に落ちて形を作る。
形を作ると煙が個体へと代わり“ナニカ”が姿を現した。
四足を持つ獣、に似たナニカ。
犬、に似ている気もするが、それにしては体のパーツは細く、鋭利で凶悪。この世の物質とは思えないナニカで作られているその体からは青みがかった液体が滴っていた。
その生き物を犬と例えるとして、頭と思わしき部分、その口から伸びる舌は太く曲がりくねり鋭く伸びている。
その生き物とも思えないナニカを、グラハムは顔をしかめて見るのみ。
だがそのナニカが“視ている”のはフードの男の方だった。
「チッ……このような状況で、ティンダロスの猟犬か……!」
「ティンダロスの猟犬……」
どこかで聞いたことがある気がするが思い出せない。
だが現状はそれを気にしている場合ではないのだろう。
その猟犬が地を蹴り出す。その瞬間―――。
猟犬はフードの男へと跳びかかっていた。
その速さはおおよそ目で追い付けるものではないとグラハムは理解して、顔をしかめる。
だが男もとびかかる猟犬を蹴りで吹き飛ばすとそこから走り去って行った。
白い閃光が森の奥へと消えると、猟犬も消えるように男を追う。
「助かった……か」
舌打ちをするグラハム。この状況にホッとしている自分に苛立ちを浮かべる。
フードの男を倒して、後の憂いを断つことができなかった。先ほどの戦闘では続いても自分が殺されるのが関の山だが、それでも自分で奴を殺したいとの感情が存在していたはずだ。
グラハムは苦々しい表情で左手に刺さった鉄針を抜いて放る。
アーニャの方を見ればお腹を押さえながら起き上がった。その瞳には涙が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……うう、お腹痛い」
「もうすぐ街だ、そしたら宿で体を休めろ……俺も家に帰る」
◇◇◇◇◇◇
ナヴィの街へと戻ると、左腕の痛みに耐えながら帰ったグラハム。
もちろんフィーネとロッテの家へだ。
入ると、すっかり荷物が少ない家が待っている。
今日、グラハムが仕事をしている間に魔王の下の者が既に大体の荷物を運び出している故だろう。
返ってきたグラハムの姿を見て表情を変えるフィーネとロッテに、彼は笑みを浮かべつつ“いつもの席”に腰を下ろしてコートを脱ぐとフィーネに渡す。
それを受け取ったフィーネがコートを駆けると応急処置のために救急箱を持って戻ってきた。
「パパ!」
「大丈夫だ、泣くな……」
涙を浮かべるロッテの頭を右手で撫でると、フィーネが椅子を近寄らせて救急箱を開きグラハムのシャツの左腕を肩までめくる。
血はすっかり止まっているし傷口も大きくないのだが、心配なのだろフィーネは三本の鉄針が刺さった傷口に消毒液しみこませた脱脂綿を触れさせた。
少しばかり顔をしかめるグラハムだが、二人に心配をかけさせたことを思えば軽いものだと耐える。その後はフィーネに包帯を巻いてもらい応急処置完了だ。
ロッテもフィーネもホっとしたような表情を浮かべる。
「その……悪い、心配かけた」
「本当よ、あまり心配かけさせないでねグラハムくん」
「わかってる」
愛すべき二人にここまでの心配をかけた軽くながすようなことができるような人間ではない。
素直に謝ると、フィーネがそっとグラハムの手を撫でる。ロッテは嬉しそうにグラハムの方を見て笑みを浮かべた。
本当に良い家族になれたと、グラハムは再確認して頷く。
フィーネが両手を合わせると立ち上がる。
「さて、御飯にしちゃいましょ!」
「あ、それじゃ私、パパに勉強教えてもらいたい!」
「俺で教えられれば教える」
「うんっ!」
嬉しそうに笑ったロッテが小走りで二階の自室へと向かう。
むしろ二階にはロッテの部屋である屋根裏部屋のようなところしかないが、明日の昼にはガトムズへと行くことになる。使い古されたその部屋も、この部屋も、隣の自宅すらももう使うことはなくなる。
少しばかり寂しさを覚えるグラハムだが、フィーネやロッテの方がその気持ちは大きいだろうということぐらい容易に想像がつく。ここには彼も住んでいたのだ。
そんなことを思いつつ、立ち上がって刀を近くに立てかけると、後ろから軽くなにかがぶつかる。
それの正体を掴もうとする必要もない。前に回された細い腕は間違いなく彼女、自分の愛した女性のものだった。
故に、微笑を浮かべつつその手に、手を重ねる。
「グラハムくん……」
「甘えん坊だな」
可笑しそうに微笑して言うグラハムの背中には、柔らかな感触。
「今日、良い……?」
「……もちろん」
そう言って笑みを浮かべるとフィーネの腕が緩められる。
体を返して向き合うようになると、そっと右手をフィーネの頬に当てると先ほどとは違う種類の笑みを浮かべた。愛でるような、そんな笑みを浮かべるとそっと、唇をフィーネの唇にかさねて離す。
ついつい理性が崩れないだけずいぶん大人になったな、なんて自分で思って笑う。
「パパとママがギュってしてる!」
二人して驚きつつ離れる。
「パパ! 私も!」
「……ま、良いだろう。すぐに晩御飯だからな?」
「うん!」
右腕だけでロッテを抱えると持ち上げる。
楽しそうに笑うロッテとグラハム。
そんな二人を見て、フィーネは優しげな笑みを浮かべた。
あとがき
ってことで久々の更新でしたー
月二回とはなんだったのか……でもまぁ完結までは頑張ってきたいなと
そんじゃまた次回をお楽しみにー




