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魔王殺しの殺戮兵器<マーダーウェポン>  作者: 角富士
第三章:あの日見た夢
26/29

26【新しい日々の前に】

 あえて言葉にするなら、幸せ。


 むしろここで幸せの絶頂という言葉を使っても良い気分だが、敢えて使わないのは“この俺グラハム”がこれ以上の幸せを求める愚かで貪欲な男だからだろう。なにが悲しくて俺はこんな“幸せな朝”に“自分の考えの否定”から入らなきゃいけないのか、それは先に考えた通り俺は愚かだからということで解決しよう。

 朝日で眼を覚まして、すぐに起き上がると背を伸ばす。


 俺と“フィーネ”とロッテが家族となろうと言った日からかれこれ一週間。

 ちょっとずつ引っ越しの準備はしているし、魔王にもその話はした。

 俺が結婚する話、魔族軍で戦うということ、ガトムズに越すということ……。


 荷物の中にエギールでの戦いで死んだ元旦那アスラムの写真もあったが、それは残すこととした。

 この世界には法事も無ければ三回忌やらもない。死んだ者のことはこうして残してやるのが正しいこの世界での在り方だ。

 故に俺はそれを止めもしなかったし止める必要もない。非道なことを言えば所詮は死人、俺からフィーネを取るようなこともできない。


 とりあえず、そんなことを考えつつも着替えを終えた俺はコーヒーも淹れずにいつもの服装になると刀と剣を持って家を出る。

 そして即座に隣の家の開いているであろう扉に手をかけ開く。

 中に入れば朝食の支度をしていたフィーネが笑みを浮かべて、ロッテは眠そうな眼をこすりつつ笑みを浮かべた。


「おはよう」


「おはようグラハムくん」

「おはようパパ!」


「……結構、慣れるもんだな」


 すっかりなれたロッテの“パパ呼び”に頷きつつ、刀と剣を壁にたてかけ椅子に座るとテーブルに置かれるコーヒー。

 置いてくれたフィーネに笑みを浮かべると向こうも微笑を浮かべる。

 コーヒーを啜ると、たまごの焼ける匂いを感じつつ今日はどうするか考えた。

 家の下見はもう済ましているし、荷物運びも魔王のとこで手伝ってくれるらしい。まず問題無しと言ったところだろう。


 故に最後になるかもしれないが仕事をしておこうと俺はギルドに向かうことにした。




◇◇◇◇◇◇




 彼、グラハムが見慣れたギルドに入ると数人の男たちが昼間からジョッキでビールを飲んでいる。不思議なことにビールはどこの世界にもあるんだな、なんて呑気なことを考えて苦笑しつつ歩く。

 顔見知りに挨拶されて軽く返すとカウンターへと向かう、だがそこにはいつぞや見た金髪。

 好みの女は覚えている。グラハムが持つ不必要な長所の一つの数少ない活躍所だった。


 まぁなにはともあれ、そのエルフ耳と流れるような長い金髪は忘れない。そもそも忘れられないぐらいにキャラが濃かったこともある。

 グラハムにしては珍しく“もう会いたくない”と思ったタイプの人だった。

 とりあえずそこを通らないわけにもいかないので、グラハムは女の横から顔を出して受付嬢と眼を合わせる。


「あっ、グラハムさん……お仕事ですか?」

「仕事納めになるかもしれんがな」

「そう言えばお引越しでしたっけ、魔王軍で近衛になれるなんて凄いです!」

「あまりほめるな」


 そう言いつつ満更でもない表情のグラハム。

 受付嬢がグラハムのやるような依頼を後ろの棚から探す。そうして待っていると、横の女と眼が合った。驚いたような表情をしているも、グラハムが眼を細めれば怯えたようにビクッとする。

 前のことを思いだして当然かとグラハムが苦笑して待つ。


 ―――依頼を受ければさっさとここを出て横のエセ女騎士とはお別れ、なのだが。


「そ、その……貴様」


 ―――さっそく貴様呼び。


 古来は相手を敬った呼び方なのだが、そういう意味では無いと察する。

 ともかく、現状は敵意を感じないのでそちらを見て静かに呼吸をしつつ、相手を見た。

 言おうとしているのはわかるが、言う気があるのかないのかわからないのでとりあえずは受付嬢がまとめてくれた資料を受け取る。


「ふむ、内容としては……ん?」

「き、貴様っ……!」


 コートの袖を引っ張られる。うざいだけのエセ女騎士にあるまじき行為だなと思いつつも、グラハムは静かに息をつく。

 そうするとその女はビクッと体を震わせた。

 怯えさせたかと思いつつも、グラハムは気にせず資料に目を通していく。そもそも目の前の女が好きではないし、当然と言えば当然である。


「ありがとう、考えさせてもらう」

「一応その資料以外にもいくつか、一応それはグラハムさんが好きそうな高収入のをまとめたもので、戦闘のみでっていう」

「助かる……で、お前」


 横の女に声をかけると、嬉しそうに頬をほころばせた。

 メンドクサいなと思いつつ、無下にできないところが自分の悪いところだなと思わないでもない。

 こちらに来てから変なところで残虐性や人間性に欠けてしまったところがある。逆に自分自身で成長したなと思うところがないでもないが……。

 とりあえず、その女と共に近くの席に座る。


 二人して向き合うように座ると、グラハムが先に口を開く。


「ふぅ……で、なにが言いたい? いい加減お前の顔も見飽きた、すぐに武器を抜く猿からは成長したようだがな」

「貴様ッ!」

「やはり猿か、すぐに感情的になるな。とりあえずは要件を言え。なにを“頼み”に来た?」


 静かに、女は席に座った。

 挑発した自身もグラハムは悪いと思わないでもないが、やはり少しぐらいは許されるだろうと思ってしまう。

 大体にして目の前の女にはなにかをされる義理はあってもこちらがしてやる義理は一切ない。借したが借りていない。冷静になった女が席に座ると、意を決したようにうなずく。


「貴様、ではなく……グラハム、お前に依頼をしたい」

「ここにいるということはギルドを通してだろう、内容と金によるがな……顔見知りで二度もやりあった仲だ。なるべく受けてやろう」

「偉そうだなお前は……」


 ジト目で見られるグラハムだが、楽しそうに笑うのみ。


「立場上偉いだろ今回に限っては、だが客でもあるし……エラそうにしすぎるのも良くないか」

「……おかしな奴だな、知っていたが」

「まぁそこが俺のアイデンティティでもあるからな」

「あ、あいでん?」


「気にするな……で、お前の名前をまだ聞いていなかったな、名前は?」

「……アーニャだ」

「そうか、ではアーニャ……このグラハム、まずは話を聞こうじゃないか」


 そう言って笑うと、グラハムは手を差し出した。

 それに驚きつつもアーニャも手を差し出し、握手を交わす。よその世界でもこの文化は変わらないんだななんて思いつつ、グラハムは今回の仕事の話を聞くこととした。

 目の前の女ことアーニャがわざわざ自分を頼ったことを考えて、今回の依頼は大体予想できている。アーニャがグラハムについて知っていることは“強い”ということぐらいだろう。


 それを考えれば九分九厘、この仕事は……戦いになる。




◇◇◇◇◇◇




 ナヴィから出て、グラハムとエセ女騎士ことアーニャは一つの集落へとやってきた。

 どちらかというと人間たちの住まう場所からは離れた場所、周囲には柵が存在しておりそれが集落を守っている。柵は高さで言えば大体3メートル強ぐらいだろうか、策についている棘に触れようとしてやめておいた。こういう時は触らないに限る。

 現状の目的はそんなものではない。

 アーニャと共に、唯一柵が開いている場所に向かうと、前にはアーニャと同じく耳が長い人型魔族がそこにいた。


「エルフか……」

「言っていたか?」


 その言葉に、言われていないことに気づいた。

 グラハム自身もなぜか耳が尖った金髪の少女を勝手にエルフだと思い込んでいたのは、その手のファンタジーの王道だから、ということだろう。

 頭の中で思っていたことをいつの間にか周知の事実として認識していた。これで間違っていれば笑いものだったと心の中で苦笑する。


「大体予想はつく、魔王城で色々書物を見たしな」

「魔王城……?」


 集落の中に足を踏み入れ二人で歩いているとアーニャがそう聞く。


「むしろ俺の名前を知っていて経歴を知らないことに驚きだな」

「それは、受付嬢が教えてくれたから」

「……文句言っとかないとか」


 個人情報もなにもあったものではない。まぁそんなことを言ってもいまいち通じないだろうが、ともかく命を狙ってる相手に名前を教えるのはやめてほしいが、結果悪いことにはならなかったんだから良い。

 ともかく本当に名前しか教えなかった受付嬢に変わってグラハムが話を始めようとしたが、丁度目的地のようだ。

 木でしっかりと建てられた家、その階段を上って扉をアーニャがノックする。


「……で、ここは?」

「村長の家だ」


 ガチャッ、っと扉が開かれる。ドアノブ周りが鉄製なのを見れば結構しっかりしているのだなと感心するグラハムだが、やはり集落というのはずいぶん質素というかなんというか、街に来ない理由も気になるところだった。

 まぁそれを聞くのを後にするにしても、まずは依頼内容に関わるであろう者のことだ。

 開かれた扉、そこにいたのは若い女性だった。金色のポニーテールを揺らす耳の尖った女性、その綺麗なブルーの瞳がグラハムの蒼い瞳と交差する。


「この方は……人間?」

「ああ、くだんの……」

「貴方が選んだ人なら良いのだけれど、入って……あまりおもてなしはできないけれど」


 その言葉に頷くグラハムは、“村長”と呼ばれた女性に従ってアーニャと共に中に入る。

 良く見れば村長と呼ばれた女性はかなりの薄着で、胸元も大きく開いていた。スカートもだいぶ短い、ニーソックス的なものもまた肉をひきしめて良いと、内心興奮しないでもない。

 そこまで思って考え直す。


 ―――落ち着け、俺は既婚者だろう。


 早々に浮気とか目も当てられない。そもそも女好きなのだから目移りは多少しても理性で抑え込むぐらいはしておきたいものだ。

 故に心の中でゆっくりと精神を統一、落ち着かせてしっかりと眼の前の村長を見る。


「やっぱりダメだな」

「え?」


 そんな服装をされてみるなという方が無理だ。

 最低と罵られても、見てしまうものは見てしまうし、心だけは騙せない。どうしようもないと頷きつつ、グラハムは女性に案内されてソファの横に剣と刀を立てると座る。アーニャも隣に座ると、村長と呼ばれた女性はティーカップと紅茶を用意してくれる。

 テーブルに置かれた紅茶を見て軽く頭を下げると、グラハムは紅茶に手をかけずに話を聞くこととした。

 アーニャが話を始める。


「村長、彼はグラハム……その、ギルドでも名のしれた者で私を倒すほどに強い」

「あなたを倒すほどにってあなた集落で強さを測っても4番目よ?」


 ―――4番。


「微妙だな」

「微妙よねぇ」


 そう言われて、怒りからか恥ずかしさからか顔を真っ赤にするアーニャ。

 溜息をつく村長と、ため息とはいかずとも息をつくグラハム。

 ちょっとエリスのとこの村内鉈使い選手権一位を思い出して噴き出しそうになるも、すんでのところで止まる。

 咳払いをしたアーニャはとりあえず話の続きをすることとしたのか口を開く。


「ともかく、こいつに付き合ってもらう!」

「なににだ?」

「明日の試合だよ。試合」


 当然というように言うアーニャ、そんなアーニャを見てから村長を見れば村長は苦笑するのみ。

 そっと、手を前に出すと片手で頭を押さえて考えるが、どうあっても答えは出ている。単純に試合に出ろということだ。


「……待て待て、意味がわからん」


「毎年やってるんだ。我々エルフ族とオーク族の親善試合……というより祭りだな、酒やら食べ物やらを用意して戦いを酒の肴としたり」

「で、その試合に出ろと、そんなことならばもっと早くだな」

「こちらに連れて来てさえしまえばこちらのものだと思ってな」


 狡猾、やはり女騎士ではない。エセ女騎士と呼ぶにふさわしい狡猾さと狡賢さであると、グラハムは今度こそ深いため息をつきつつ予定を思い出す。

 特に明日はなにもない、引っ越しの準備も一通り済んでいるし、あとは日にちになればグラハムが正式に魔族側の、魔王直属の近衛兵へとなれる。

 ならば受けない手は無いだろう。


「良いだろう、人間の俺で良ければな?」


 そう答えれば、村長が手を叩いて嬉しそうに笑みを浮かべ、横のアーニャはホッとした様子。

 二人の美女に囲まれて口説き文句の一つも出ないのは、それなりに自覚が出てきているということだろう。さっきは欲に負けそうにもなったが……。

 村長がグラハムの言葉に返答する。


「良いのよ、人間であればその方が」

「ん、なぜ?」

「そうしたら人間に対する印象も変わるじゃない。オークは基本的に人間に対して友好的だけれど、エルフの中にはまだ嫌っている子もいるから、アーニャなんかそうだったのにね?」


「実力は認める。不本意ながら」

「人に頼んでおいて不本意は無いだろうに」


 眼を細めて流し目でグラハムを見るアーニャと、溜息をついてアーニャを見るグラハム。

 そんな二人を見て楽しそうに笑う村長。それを見ていれば村長が明らかに人間を嫌いでないことはわかった。

 やはり魔族と人間との溝は深いなと思った。むしろオークが人間に対して友好的と言う方が不思議でもあるが、まぁ良い。


 とりあえずこれで依頼は受諾した。

 明日は戦うだけ、ただ素直に戦って勝つ。


 グラハムはそう確認すると頷いて、二つの剣を携えた。

 二人を相手にグラハムは軽く手を上げて家を出て集落を去る。


 ナヴィに帰るまで特に何事もなく、グラハムは二人の待つ家へと帰宅した。




あとがき


さてここにきて久々にあのキャラ登場ってことで

次回は久々に戦闘描写をがっつりいれます

久々すぎて書き方忘れてないか心配だけど


なにはともあれ次回もお楽しみいただければ僥倖!


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