25【家族になる】
夜の街、グラハムは出そうになる欠伸を堪えつつ、歩く。
エリスの見合いに付き合わされて、サシャとお茶をしてから帰ってくれば時間はすでに午後10時を回っている。
“向こう”に居た頃はそんなことも無く、眠くなってもせいぜい0時過ぎだったのだが……こちらに来てからやることもほとんどなく、夜更かしなんてこともしてこなかったせいで早寝早起きが習慣になってしまっていた。
腰に刀を下げ、背中には剣を携え、グラハムは街中を歩く。
ふと、妙な感覚を覚えた。間違いない敵意は前のエセ女騎士とは比べ物にならないレベルだ。むしろそれは殺意と言っても遜色ない。
それを感じつつ、グラハムは歩みを止める。
このままその殺意ごと“そいつ”を自宅まで招待する気はない。
故に、歩みを止めて左手を腰左に携えた刀の柄にそえる。上に置くように手を重ねつつ、グラハムは待つ。
右手は降ろしたまま静かに立ち止まる。
この時間になれば歩く人間は極端に少ない。
街に戻ってから、転送機から家まで半分といった距離のここまですれ違ったのは2人だ。その2人とは軽く挨拶をした。
顔見知りにこれだけの殺意を隠せるとは思えない。だからこそ待つ。
―――くるか?
瞬間、物陰から誰かが出てきた。
走って現れた“ソイツ”が剣を振り上げてグラハムへと振り下ろそうとするも、グラハムは静かに左手にて刀の柄を逆手に持ち引き抜く。
振り下ろされた剣を、刀の刃が弾いた。
すぐに刀から手を離すグラハム、重力に従い落ちる刀の柄を右手で持ち、振るおうとするも足を出す。
「ぐっ!」
蹴りにより吹き飛んだのは女であり、人間であり、それを理解しグラハムは顔をしかめつつも、近づいてその首元に刀を添える。
黙ったまま、そのままグラハムは待つ。
すると、その女は地面に尻もちをついたまま、口を開く。
「人間のくせにっ、人間のくせに……なんでお父さんを殺したっ」
「……すまんな……くくっ」
喉から声が出る。その女の言葉に、思わずこらえきれないそんな声、笑うと言うよりは“嗤う”と言う方が正しいような、そんな声。
女は唖然としていた。まさかそんな風に嗤われるとは思わなかったのだろう。
しかし、嘲笑という風でも無い、苦虫を噛み殺すような表情で笑いつつ、息をついて嗤いを止めた。
「殺した人数も顔も一々覚えてないが……?」
「おまえっ」
「お前の父親は何人誰かの父を殺したんだろうなぁ?」
「そっ、そんなのっ」
「躊躇したな貴様、その程度の覚悟で来たか……逆恨みを覚悟で来ていないのか?」
「うっ」
「片腹痛いな、じゃあお前の父親も“お前と同じ様な奴に殺された”んじゃないか?」
「殺したのはお前だっ!」
「なぜそう言える?」
「父さんの仲間が言ってた。お前が殺したって、二刀流の裏切り者がって」
その返答に、グラハムは笑う。
今度ははっきりと笑いながら、刀を鞘に納めると膝を地面につく。目線を合わせるようにしながらもやはり身長や座高の関係からしてグラハムの方が見下ろす形になる。
そっと手を伸ばしてその女の首を捕まえた。
女の微かな悲鳴が聞こえるが、一方のグラハムはそれほど気にした風でも無い。
「……それにしてもこのナヴィに来てそんなことをしているんだから理解はしているよな?」
「え……」
「俺はそこらの魔族ほど優しくないぞ?」
「ひっ」
睨みをきかせれば小さく悲鳴を上げる。
舌打ちをしたグラハムが首から手を離すと、苦笑しつつその場を去ることにした。
踵を返して去ろうとした瞬間、背後から鉄のなる音が聞こえる。舌打ちをしつつ、身体を横に向けて後ろに蹴りを放つと、その蹴りが女の腹を打つ。
吹き飛んだ女が地面を転がってそのまま動かなくなった。女に手を上げる趣味はないが、致し方ないというものだ。
「さて、これを突きだして帰るかな……」
倒れている女を肩にかつぐとグラハムは歩き出した。
とりあえず目的地は兵隊の詰所だ。
◇◇◇◇◇◇
やることを済ましてから再び帰路につくグラハム。
本来の自宅の扉を過ぎて隣の扉を叩くこともなく、ノブをひねって中に入ると中にいた二人が笑顔を浮かべた。
無論、そこはフィーネとロッテの家でもあるのだが、グラハムの家でもあると言えるだろう。
既にそういう段階にまで来ている。
「ただいま」
「おかえりグラハムさん!」
「おかえり、すぐに晩御飯だから」
笑顔を浮かべて迎えてくれるフィーネとロッテに笑みを浮かべると背中の剣と腰に差した刀を壁にたてかける。
フィーネも笑顔を浮かべてグラハムのコートに手を伸ばして脱がすと壁にかけた。
先ほど襲撃があったなどと微塵にも思わせないグラハムだが、思わせないようにしているというわけでもない。ただ、なにも気にしていない。
平和ボケした場所にいただけに命の重さを理解していたものの、平和ボケした場所にいただけに自分がどういう立場にいるかわかる。
殺す殺されるの戦争に関わっているのだからこうなるのも必然。
故にそれほど気にしていないし、気にしていてもキリが無いことを理解している。
「ふぅ……フィーネさん、ロッテ……提案なんだが」
「ん、どうしたの?」
「あら、グラハムくんから珍しいわね」
笑うフィーネに基本受け身なグラハムは苦笑しつつ肩をすくめた。
とりあえずだ……。
「……引っ越し、しないか?」
「え?」
「引っ越し!?」
純粋に驚いているフィーネと、キラキラとした表情を浮かべるロッテ。
グラハムはロッテの頭を撫でつつ、フィーネと眼を合わせる。まだ驚いたような表情をしているフィーネ相手に、そっと立ち上がるとその頬を撫でる。
顔を少しばかり赤らめるフィーネを見てグラハムは微笑を浮かべつつ、口を開く。
「ナヴィも良い街ですが、ガトムズの方に」
「え、都会!」
「で、でもあそこって結構」
「それに関しては俺が……それに安全でしょ?」
そう言うグラハムに確かにと頷くフィーネ。
最前線近くであるこのナヴィと、魔王城よりも最奥にあるガトムズのどちらが安全かは簡単にわかることだ。
そこで暮らすのはそこそこ地位のある者の配偶者だが、その気になればグラハムもそういう位置に入れるだけの力はある。魔族の味方をする人間がそれほど少ないわけでもない、だが……。
「俺だからこそ、可能です」
魔王にたまたま召喚された異世界の人間。
現在、人間側の希望の象徴とも言える勇者、その中でも最も猛威を振るうアキトと同じ立場の人間、たまたまその位置にいたグラハムだからこそ可能なのだ。
ただし問題が一つある……。
「でも、そうなったら魔王軍に……」
「ええ、正式に入っても良い」
その言葉に、フィーネは笑みを浮かべた。魔王軍に彼が入ることが嬉しいのではない、魔族への完全な味方をするから嬉しいわけではない。
彼が今までの生活を捨ててまで、自分たちのためにそうしたことをしてくれるのが心底嬉しかった。
頷くと、息をついてから、フィーネはグラハムに一歩近づく。
ロッテはガトムズに行くのが楽しみなのか鼻歌を口ずさむ。
「どう、ですか?」
「グラハムくん……この家ね、あの人と結婚してあの人と選んだ、そんな家なの」
「フィーネさん、すみません……だが俺を見て欲しい。自惚れではない自信がある……あんたは俺を好いてくれている。なら俺と共に」
「私は……グラハムくんのことが、でもっ」
「お母さん!」
そんな声に、フィーネはそちらを見る。声を出したロッテは笑みを浮かべながら頷く。
彼女は良いと言っているのだ。父との思いでがあるこの家から、グラハムと新たな思い出を作ると言うことに賛成してくれているのだ。
故に、フィーネも困ったように笑みを浮かべてからグラハムの方を見た。
嬉しそうに、でもどこか寂しそうに……そんな表情をしながらもグラハムと顔を合わせて、頷く。
「お願い……します」
フィーネは静かに頭を下げた。
グラハムはいつも通りのクールな笑みを浮かべて、ロッテは嬉しそうに椅子から飛び上がってグラハムへと抱き着く。そんなロッテを抱えるグラハム。
そうしていると兄妹のようにも見えるが、確かに父親と言われればそうも見えるかもしれない。
「それじゃあグラハムさんがお父さんになるの?」
「まぁそうなる、のか?」
「そうね、そうなるのかしら……」
嬉しそうにロッテがグラハムの首にてを回しで抱き着く。
笑みを浮かべたグラハムがそのまま椅子に向かうと椅子に降ろす形で放す。
とりあえず御飯だと、グラハムも座った。頷いたフィーネが晩御飯を作り始めるのだが……どこか嬉しそうで鼻歌交じり。
ロッテがグラハムの腕をつついて笑みを浮かべると、グラハムも嬉しそうに笑みを浮かべた。
明日にでも魔王に連絡を入れることを思う。
早く連絡をしてさっさと支度を済ませて移り住めれば上々といったところだろう。
「はい、どうぞ」
「わーい!」
「さて……いただきますっと」
そう言って、グラハムたちは食事を開始した。
家族になろうと決めたこの日、家族としては初めて晩御飯だ。
グラハムは少しばかり、いつもと違う味がした気がした。
その後、隣の自分の家に帰ってきたグラハムが眠りにつこうとしていた時、扉がノックされる。
誰かと思いつつ扉の前に止まって覗き口から外を見れば、そこにはフィーネがいた。
たまげて扉を開くと、フィーネが苦笑する。
「ど、どうしました?」
「その、入っても良い?」
「ど、どうぞ」
動揺しつつフィーネを招き入れると一応鍵をかけた。
鍵を持っているところを見れば戻るつもりはしばらくないということだろうと、フィーネはテーブルの上に鍵を置いてベッドに座る。
椅子もあるのだが、ベッドの方に向かった。これはグラハムでなくても普通に期待してしまうところだ。
だが冷静に、あくまで冷静にグラハムは立ったまま。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
「あ、お願い」
そう言われて、グラハムはお湯でコーヒーを作ると二つのマグカップをフィーネに渡した。
自分の分をベッドの前にある机に置くと、フィーネも一口飲んで机へと置く。
なにを話すのかと思いつつ待つグラハム。意を決したかのように頷くフィーネ。
「あのねグラハムくん、その……さ、再婚するにあたって、なんだ、けれどっ」
顔を赤くして言うフィーネにときめくグラハム。
抱きしめたくなる衝動に駆られるグラハムだったがそこは耐える。
紳士として、そこは耐えつつ深呼吸。
「ええ、それが……なにか不備でも?」
「ううんそうじゃないんだけどその……私たち二人とグラハムくんが結婚して同じ部屋に住んでもそれほど変わらないかなって」
「ああ、確かに今と変わりないかも……」
現状寝る時だけこちらに帰ってくるようなものだ。
基本『ただいま』はフィーネとロッテの家で言うし、食事もそちら、金もそちらに入れているし皿などもそちらにあることを考えればそれほど変わりはない。だからなにか変化を与えようというのはわかる。
ロッテの部屋は作るが寝室は一つにするつもりだ。などと間取りを考えるグラハムだったが、フィーネが言葉を続ける。
「だから、ね?」
「ん?」
「その……グラハムくんとの、その……こ、子供が欲しいなぁ、なんてっ……」
顔を真っ赤にして、俯きながら言うフィーネに『可愛い!』と言いたいとこだが我慢。
「……ほ、ほら、ロッテにも妹か弟がいれば……とかね?」
「フィーネさん、その」
「だ、ダメならいいのよ全然!」
相当、焦っているのだろう。
顔を真っ赤にしたまま両手を振って立ち上がろうとするがグラハムはすぐにフィーネの腕を掴んでそのまま固定。
座ったままのフィーネの眼をしっかりと見るグラハム。
無音の中見詰め合い、体感時間としては数分、実際はたった十数秒。
「……グラハムく」
名前を呼んでそこまでの時点でフィーネの唇にグラハムの唇が重なる。
二つの唇が重なり、そのままグラハムは片腕をフィーネの腰に回す。触れるような、ついばむようなキスを続けて数十秒、どちらともなく唇を放すとうるんだ瞳でフィーネが微笑む。
幸せそうなそんな表情を見て、グラハムも穏やかな表情で微笑んだ。
片手でフィーネの頬を撫で、グラハムが口を開く。
「……愛してるっ」
「うんっ……私も」
そのまま再び口づけを交わす。深く、どこまでも深く、舌を伸ばしてお互いを求め、貪り。
それが人間と魔族の変わらないところの一つ、なのだろう。
グラハムはゆっくりとフィーネをベッドの上に倒す。
お互いが口を放せば、お互いの舌から伸びる銀色の糸。
必然的にそれはフィーネの口へと落ちる。
コクリと音を立ててそれを飲み込み笑うフィーネに笑みを浮かべたグラハム。
ゆっくりと、グラハムはフィーネの衣服に手を伸ばした。
元の世界に未練が無いと言えば嘘になる。
だがそれ以上にグラハムは、矢蔵刃睦月はこの世界に愛がある。
いや、愛した者達がこの世界にはいる。
だからこそグラハムは今を、この世界で生きる。
彼女たちと共に……。
あとがき
すっかり家庭ができあがりましたって感じです
次回は引っ越しとかの話をしつつちょっくら話が進んだり
あまり語るとネタバレになりそうなのであんま語らず
では次回もお楽しみくだされば僥倖!
 




