2【世渡り上手】
現在、矢蔵刃睦月ことグラハムは先に起きた部屋から移動し、同じ建物の大きな部屋へとやってきていた。
赤いカーペットが敷かれたその石造りの部屋がいかに偉い者が居る場所か良くわかる。
そしてその偉い者がいる部屋で椅子に座っている者が一人、先にグラハムがこの世界に来て初めて眼を合わせた“魔王”と呼ばれた少女。
そんな少女が椅子に座っていて、そこから数段の階段を下りた下に立っているグラハム。
さらに、そんなグラハムの隣にいるのが先ほどの狼男ことオルトだ。
―――得体の知れない奴が一番偉い奴の前にいるにも関わらず拘束具が一切無しとは、見くびられてるな。
若干の屈辱を感じながらも、隣にいる狼男にはどうあってもかなわないと感じているグラハムはおとなしくしていることにした。
そして最初に口を開いたのは、魔王と呼ばれた少女だ。
「次元干渉レベルの召喚魔法を使って、呼び出せたのが人間だなんて……」
「魔王様、しかしこの者がただの人間でないのは確かでしょう」
「けれど、人間を呼び出しても何が変わるわけでも」
「少し、よろしいでしょうか」
魔王とオルトとの会話に口を挟むグラハムに周囲の男たちが怪訝な表情をした。
グラハムが眼を合わせると魔王が頷く。
「どうも……そもそも、人間とか人間じゃないとかがわからないんですが、この世界の現状や常識などがまったく理解できません」
「これは、どこから説明したら良いか……」
「やはり別次元から召喚できた者なのでしょう」
「他の世界にも、人間が?」
「むしろ俺から言わせていただければ、別次元という存在すらどうにか理解できるレベルです」
魔王が難しそうな表情で考えると、周囲の男たちが再び顔をしかめた。
「魔王様、お言葉ですがこんな人間生かしておく価値はっ」
「ダメだ、そんなんだから戦争が無くならないんだ」
―――典型的な人間味あふれる魔王だな。
グラハムは心の中で若干ながら安堵した。
ただ人間が嫌いなだけの魔王であれば即刻首をはねられていた可能性も否めない。
状況を察するに―――。
「今は人間と貴方たちは敵対しているということですか?」
「ん、察しが良くて何よりだ……そう、現在人間と我々魔族は敵対している」
「魔族と言うと、人間以外のすべてですか」
「あぁ、私のような魔人、隣のオルトのような魔物……それら二種族と人間が敵対している」
「理由というのは、あるのですか?」
それを聞くと、魔王は再び難しい表情をした。
「いや、現在ではその理由も曖昧な状態だ。殺されるなら殺すという状況であり、話し合いなど絶対にできる状態ではないし……」
「故に、お互いがお互いと……」
「なっ、貴様我々が悪いと言うか!」
「ここでまともに話ができるのは魔王と隣のオルトだけか、大局的に第三者の目から見ての状況だ!」
彼、グラハムの言葉に男たちは少しばかりバツが悪そうに魔王の方を見た。
魔王の方はやはりグラハムの言い分もわかるのか苦笑して返すのみであり、男たちは仕方ないという表情で睨んでくる。
隣のオルトを見れば、相変わらずの無表情だが正直普通にしているときは『ワンコ』という感想以外あまり出ない。
「やぐ……えっと、グラハムの言うことはもっともだが戦いをやめれば侵略されるから、やめるわけにもいかない」
「戦況は魔王軍が不利ということですか?」
「あぁ、20年前から『勇者』という者たちが現れてな」
「勇者、ですか……」
グラハムとてRPGゲームをもちろんやったことがあるし、そのゲームで魔王やら勇者やらは見てきたからわかる。
だが勇者“たち”という言葉の真意が掴めずにいた。
それは“勇者御一行”という意味なのか“沢山の勇者”という意味なのか……。
「数年に一度、各地から勇者が選ばれて魔族討伐の旅へと出てここ魔王城を目指してくる。選ばれる勇者という存在は魔を滅する力をそれなりに鍛えて下級魔族を倒し実力をつけ、次第に強くなり私を殺すためにさらに上を目指し中級、上級魔族を討伐しにくる」
「そして最後には、魔王を倒そうとすると」
「そうだ、今のところはどうあがいても四天王まで辿り着き倒されるのだが次第に勇者たちも強くなっているから―――」
「だから異次元から強い“ナニカ”を呼び出そうとした」
グラハムの言葉に頷く魔王。
これでそれなりに状況がわかり、自分の中でわけがわからなかった部分が完成した。
ならば話は早く聞くことはまとまる。
「俺を、ここに置いてはくれませんか?」
「な、なにを言う人間!」
「なぜだ?」
魔王が話に食いついた。
矢蔵刃睦月という男にとってはそれだけで十分だった。
「この世界の人間でもなく、魔族でも無い俺はこの目でこの世界の状況を見たいと思ったからです。魔王様が切り札として取っておいたその次元干渉レベルの召喚魔術というもので呼び出された自分は、ただ無意味に呼び出されたわけではないと思うのです」
「……なぜ、そう思う?」
「ただの感覚です。手荷物無しでこの世界に呼び出された今の俺には、証明できるものなどありはしません」
そう言うと、魔王はオルトの方をチラリとみた。
彼の狼男はシルクハットを取り胸に当てながら眼をつむると、口を開く。
「賭けてみてもよろしいかと、何もないならば野に放っても問題は無いでしょう……監視役はつけるにしろ多少自由にさせてみてもよろしいかと、それにここまで肝の据わっている人間を見るのも久しい」
自分に味方してくれたオルトに心の中で感謝しながらも、グラハムは口を開かずに魔王の方を向く。
後ろの男たちが何かを言いたそうな感覚は伝わってくるのだが、それでも魔王に口出しするほどの度胸があるとは思えないとグラハム自身思った。
そして魔王は口を開く。
「よろしい、ではサシャ」
「はい魔王様」
魔王の背後にチャイナ服のような物を着た青色の肌をした青髪の少女が居た。
そのグラハムの脳内魔族のイメージに合致する少女を見て、グラハムが小さく『ほぉ』と声を漏らす。
焦って誰かに聞かれていないか軽く周囲を見るが、誰にも聞かれていないなと安心した。
「サシャ、彼の世話をよろしく頼む。人間が心底嫌いというわけでもなかったよなお前は」
「はい、嫌いではありませんが、危険じゃありませんか?」
「ふふっ、あいつから妙な気配はしないしオルトが別に構わないと言っているぐらいだから大丈夫だろう」
「……では」
サシャと呼ばれた少女は数段しかない階段を下りるとグラハムの前に立つ。
「サシャです、以後は貴方のお世話を任されましたのでよろしくお願いします」
「魔王様の側近をしていらっしゃるがサシャ様は貴族、失礼のないようにな」
横のオルトの言葉に、軽く頷くとグラハムはサシャの手を取る。
「いえ、こちらこそよろしくお願いしますお嬢様、貴女のように美しい方に世話をしていただくなど光栄の極み」
軽く微笑んでグラハムは取ったサシャの手の甲に軽く唇を落とす。
この男、矢蔵刃睦月と言う人間は向こうの世界に居た時からそういう男であり、飛行機事故で頭を打ってどっかをおかしくしたわけではない、元々頭がおかしいのだ。
軟派でおちゃらけて、惚れやすくすぐに美女や美少女を見ると声をかけざるをえない、そう言う男なのだ。
「あ、えっと……!」
「失礼……サシャ嬢、魔王様、彼は私が客間へと連れて行きます」
「あぁ、頼んだぞオルト」
「ハッ……行くぞ睦月」
オルトにそう言われれると、グラハムはサシャの手をそっと離して軽く一礼するとオルトの後を追うように部屋を出る。
残されたのはグラハムの言葉や態度に唖然とした男たちと、突然の状況に顔を真っ赤にしたサシャ、そしてどうしてそうなっているのかわかっていない魔王であった。
一方、部屋を出たオルトとその横を歩くグラハムはと言うと……黙って歩いてた。
そろそろ会話の一つでもと思ったグラハムだったが、先に口を開いたのは意外にもオルト。
「出会ったばかりの女性にああいう態度は……軽いぞ」
「なぜ美しい女性を見て口説かない、口説かない理由がないぞ、ゆえにああする」
「それは良いが、感嘆の声をあの状況で上げるのはお勧めせんな」
「……聞こえていた、か」
「生憎、耳は大きくてな」
気のせいか、少しだけオルトが笑ってそう言った気がして、グラハムも微笑した。
あまり歓迎されている雰囲気ではないが、隣のオルトや世話役をするというサシャ、そして魔王からは嫌われている雰囲気はなく安心する。
それと同時に、この状況で人と魔族の戦いが終わらない理由が気になってきた。
まだ一概に人間が悪いとも魔族が悪い言えないが、魔族側を若干贔屓目に見ているな、と考えて苦笑するのだった。
与えられた部屋に入ると、思いのほかしっかりとした洋室で驚いていた。
しっかり一人分であろうベッドもあれば、ベランダもあるようでソファもあれば本棚だってある。
客間と言うだけはあるだろうと、グラハムは何度か頷いて背後のオルトの方を振り向く。
「では、これで仕事も終わりだからあとはサシャ嬢が来るだろう」
「彼女か……フッ、楽しみだな」
「貴族だということを忘れるな、下手なことがあれば処罰は免れんぞ」
そう言うとオルトがどこかへと行ってしまった。
そこで思ったことは、なぜ貴族が自分の世話係となり挙句に魔王の小間使いのようなことをやっているかだ。
イメージとして王国の貴族は家で優雅にのんびりしているイメージがある。
―――わからんな。
グラハムは数度頷くと制服のネクタイをゆるめて、Yシャツの袖を捲り上げてから軽く首を揉む。
そのまま首を動かすとボキボキと音が鳴った。
軽く背伸びをすると、ドアをノックする音が聞こえる。
「ん、どうぞ」
ガチャリ、という音と共に開いたドア。
入ってきたのは今しがた別れたばかりのサシャだった。
噂をすれば影、ではないが考えていただけに来たことに若干驚く。
「えっと、今日からお世話をすることになりましたサシャです、改めてよろしくお願いします」
「あぁ、矢蔵刃睦月、グラハムと呼んでくれ。よろしく」
そう言うと、サシャは笑みを浮かべた。
魔王は普通にグラハムと変わらぬ少女に角をつけただけのようだったのだが、目の前の少女は肌が青いが人間の黒人と白人と黄色人種のようなものだろうかと思うが答えは出ない。
もしかしたら地雷かもしれないと考えれば、とてもじゃないが聞ける状況ではないのでグラハムは聞くのをあきらめた。
「とりあえず、魔王様は貴方を一週間は好きにさせてあげなさいと」
―――時間の単位は同じか、他にもこの世界で知ることが山ほどあるな。
「この世界での常識というのを知りたい、書物などがあればそれで良いのだが言葉をまず知りたい……付き合ってはくれないだろうか?」
グラハムはサシャの手をそっと取って笑みを浮かべて言う。
サシャの青色の肌を舐めるように見てから、そっと手を撫でておろす。
そんな男に慣れていないのだろう、サシャは顔を赤くして口をパクパクとしていた。
「どうだ?」
「は、はい……ご協力、します」
何度か頷くサシャを見て、そっと頷くグラハムはこの世界でのこれからのことを考える。
まずは言語が通じる理由を考えても仕方がないだろうからやめておく。
だからこそ物の単位やらなにやら、言語やら常識やらを身に着ける必要があるだろうと思った。
なによりも、現実世界でもダメだったハーレムという奴を作ってみたいなと思う。
それが男として、なにより異世界に召喚された学生らしいと思いグラハムは笑みを浮かべた。
だが思い通りにはいかないだろう。
昔から、矢蔵刃睦月という男はそうだったから……。
あとがき
とりあえず二話になります
ここまでプロローグ、次回もプロローグ
まだまだ世界観の説明などを含めた話がありますが、とりあえず序盤なので!
次回も、お楽しみいただければまさに僥倖!




