16【大敗】
あれから、わずか数日が経った日。
矢蔵刃睦月は『領地奪還の大規模作戦』のために魔族軍の大隊と、同じくギルドで依頼を受けた傭兵たちと共に奪われた領地こと『エギール』へと向かっていた。
馬に乗っている者や自動四輪車の荷台に乗っている者たち、矢蔵刃睦月ことグラハムはもちろん後者で兵士たちと共に車の荷台にまたがっている。
鎧を着こんでいる兵士たちの中、一人だけ普通の服にコートを羽織るだけのグラハムはかなり目立つ。
「そんな服装で平気かい?」
「無論だ、むしろそのような鎧の方が俺には合わないだろうからな……強靭な肉体であれば、別ではあろうが……」
会話をするグラハムと隣にいる兵士。
その兵士こそ、現在矢蔵刃睦月が心奪われているフィーネの旦那であり、ロッテの父親である人間、アスラムだ。
現在その大隊には二人の人間と多数の魔族、それでもグラハムのことを不審な眼で見る魔族が少ないのは一概にアスラムが信用をかっているからと言っていいだろう。
「そういえば最近は睦月ではなくグラハムと呼ばれるようになってしまった、すっかり本名が無意味だ」
「ははっ、君がグラハムって呼べって言うからってのもあるけど、グラハム君って呼んだ方が君にはしっくりくるよ。元の名前はなんだか不思議な名前だろう?」
「まぁ、確かにそうだな」
―――こちらでは、だがな。
あちらの世界の、グラハムが住んでいた日本と言う土地ではむしろ矢蔵刃睦月の方が主流であるのは当然である。
こちらの世界では“名前”の他に“苗字”がある方が異常だ。
古くから続く貴族ぐらいにしかそのファミリーネームというものは無く、挙句に立場によってしかファミリーネームは明かさないと言う。
「やはり、これからはグラハムだけで通すのが良いか」
「ボクはそう思うよ」
「うむ、やはりフィーネさんの旦那だけある」
「ありがとう」
温厚そうなアスラムが笑いながらそう言うと、自動四輪車のスピードが突如上がる。
それに気づいた荷台に乗っている六人が道の先を見て、敵地であり奪還するべき目標である都市ことエギールを視界に居れた。
巨大な砦に囲まれたその都市。
グラハムたちはしっかりと腰を据えて荷台から振り落とされないようにすると、馬に乗った数人が前に出て魔法陣を自らの前に出現させ、火球を飛ばして木で出来た正門を吹き飛ばす。
「全小隊、突入と共に兵士たちを殲滅、“レイヴンズ”は例の作戦を頼んだ!」
リーダー格らしき男がそう言い自動四輪車で先に突っ込む。
それを機に次々とエギール内部へと突撃する自動四輪車や馬にまたがる魔族たち。
目的は兵士や領主を討ち、撤退または降伏をさせることである。
「中央広場が見えてきたぞ!」
運転席から声が聞こえると、その自動四輪車の荷台に乗るグラハムを含む六人が武器の柄に手を伸ばす。
自分たちを含めて60人以上の兵士たちに課せられた任務は中央広場の制圧。
ゆえにグラハムたちよりも先に戦闘についていた兵士たちはすでにいたが、その光景を見てグラハムは舌打ちを打つと荷台の上で走り。
自動四輪車が止まると同時に勢いのままに跳び、左手で鞘を持ち右手で刀の柄に手を添え、着地と同時に抜き放つ。
「まさに戦場だな」
着地したグラハムの両隣にいる兵士の首が飛ぶと、他の魔族を討つ兵士たちがグラハムへと剣を振り上げて走るがすべては無駄だ。
横からの斜めの斬撃を体を軽くのけぞらせて避けたグラハムが刀でその兵士の両腕を両断、背後から迫る兵士の足を左手に握った柄で払うと倒れた兵士の胸に刀を突き刺し絶命させる。
さらに大きなメイスを振りかぶっていた兵士の顔面を軽く跳ぶと同時に蹴り、着地。
左手の鞘を腰につけると左手で剣を引き抜き男の首を突き刺す。
「ふぅ」
剣を振るって血を払うと再び背中に背負い、刀も鞘に納める。
グラハムの着ているグレーのコートがはたはたと音を立ててたなびく。
広間にもグラハムの着ているコートと同じコートの切れ端や燃えカスが残っているが、その理由はグラハムの着ているコートが今作戦で“要になるであろう傭兵たち”に配られた服だからである。
傭兵たちは今作戦では『レイヴンズ』と呼ばれ、この後に『レイヴンズ』のみでの作戦も考えられていた。だからこそ、ここで傭兵が討たれたというのは厄介なのだ。
「いたしかたない残った傭兵だけでも、決行するか」
ため息をついたグラハムの横にやってくるアスラムと同じく荷台に乗っていた兵士たち。
「ご苦労さまグラハム君、あとはボクたちに任せて君はレイヴンズの本業を」
「了解だ」
グラハムは走り出すと中央広場を抜けて大きな通りを走っていく。
そうして一人で走っていると後ろから馬が走ってくる音がして、軽く振り向いてみるとそこにはグラハムと同じコートを羽織った軽鎧を装備した者が馬に乗っていた。
間違いなく傭兵だろうと、グラハムは頷く。
「生き残ったのは俺とお前か!」
「の、ようだな……失礼!」
グラハムが男の腕を掴んで跳ぶと、男もそれを察したのかグラハムを引き上げる。
男の後ろにグラハムが乗ると、男が手綱を強く引いて馬のスピードを上げた。
そうしていると残り二人ほどの傭兵も馬に乗って現れる。
「馬もちじゃないのは俺だけか」
「だが四人、キツイな」
傭兵たちが話をしながらも向かう場所はひときわ大きな家だった。
その家に入ると、そこには男が一人背中を向けて座っており、逃げる準備をしているのがわかる。
金目のものと呼ばれるようなものを大量に鞄にいれるその後ろ姿を見て、グラハムたちレイヴンズはため息をつくと共にその背中に一斉に剣を突き立てた。
絶命したのがわかると、四人はそれぞれ武器をしまい家の外に出る。
「あとは中央広場に行っての報告だ」
「了解した」
グラハムが返事をすると、再び馬の後ろに乗った。
「走らせるぞ!」
馬が嘶きを上げ、走り出す。
四人そろって中央広場へと突入すると、その現状に唖然とする四人。
グラハムも馬を下りると、あたりを見回す。
「どうする?」
傭兵の一人が相談事を持ちかけるように言う。
グラハムを含む四人ともこの状況がただ事じゃないと理解する。
先ほどの共に攻めてきた魔族たちの大量の死体がそこらじゅうに転がっていて、斬撃で殺された死体の他にも焼き殺されたような死体もあるのを見ると、魔術やら魔法の類での攻撃であることを理解できた。
だからこそグラハムは、言う。
「逃げるか?」
「お前それでも傭兵か、受けた仕事は終えるまでやる」
「ご立派だな」
笑みを浮かべたグラハムが、横を見る。
その視線の先には金髪の女が一人立っており、その赤い鎧はその女が戦士だということをわからせた。
傭兵三人が剣とメイスとボウガンを構える。
「頼んだ、俺はもう一人をやる」
「期待しているぞ……」
「言われるまでもない」
傭兵三人が女の方へと走っていくのを見て、逆方向の男の方へと顔を向けるグラハム。
そして顔を見合わせると、グラハムは顔を押さえて笑う。
「フハハハハハッ! クッ、ハハハハッ! そうか、そうだったか……お前も来ていたか!」
「お前、矢蔵刃!」
軽そうな鎧を纏った青年がそこには居た。
所々跳ねた茶髪の青年はグラハムを見て心底驚いたような表情をした後、少しだけ安心したようにため息をつくと近づく。
ゆっくり歩いてくる青年を見て、グラハムは背中の剣の柄に右手を伸ばす。
「お前か、これをやったのは」
「そうだ! 俺はエイリーク王国の姫様に呼び出されて、勇者なんてことになっちまって……まさかお前がいるなんて思いもしなかった、安心したよ!」
彼はそういう人間だった。
元の世界で、矢蔵刃睦月のクラスメイトだった彼は誰にも平等に優しく沢山のことができる男であり、そして平等に誰をも心配できる人間だ。
いじめられている者がいればそのものに手を伸ばし、弱い者がいればそのものを支える。そういう人間だった。
だからだろう、グラハムはそんな彼が……。
「反吐が出るほど嫌いだな」
「どうしたんだ?」
「いや、お前は勇者だと言ったな?」
頷く青年。
「ならば貴様は俺の敵だ……」
グラハムが背中の剣を引き抜き、切っ先を男に向ける。
「え……な、なんでだよ! お前は人間で、俺たち人間側のはずだろ!?」
「そういう考え方の時点で合わないと言うものだ、貴様に魔族の何がわかる……それとも、魔族の領地に侵入して魔族たちの生活を見たことがあるのか?」
「ど、どういうことだよ矢蔵刃!」
この世界では珍しい呼び方をする者だが、それでもグラハムにとっては慣れ親しんだ呼ばれ方でもある。
向こうの世界では矢蔵刃睦月をグラハムと呼ぶものなど数えるほどしかいなかったからだ。
だがそんなことはどうでも良い。今は目の前の事態である。
「領主はすでに討ったぞ、それでもお前は俺と戦おうと言うか?」
「なっ、お前が領主を! なんでそんなことをした!」
「魔族の領地を奪っておきながらなにを言う、それにしてもお前が“どちらか”に着くなんて意外だな、お前のことだから両方を説得でもするかと思ったよ」
そう言って鼻で笑うグラハム。
一方の青年は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて拳を握りしめた。
グラハムの一言がその青年のトラウマ的な何かを刺激したのは間違いなく、そしてそれはグラハム自身自覚があってやっていることだ。
「もう、あんなことは御免だからな、俺は弱い奴をなにがなんでも助ける!」
「……結構だ。人間慣れないことをすればどうなるか教えてやる……新堂秋斗!」
走り出したグラハムに、動揺するような表情を浮かべながらも腰の鞘に差してある剣を引き抜いたアキト。
距離を一定まで詰めると、グラハムは剣を下から上に振り上げるように振るう。その一撃をアキトが背後にステップして避ける。
「貴様はここで斬る!」
グラハムが振り上げた剣を振り下ろすと、アキトは片刃の剣の逆刃を片手で押さえて、グラハムの剣を受け止める。
「お前は魔王に騙されている!」
「さぁて、騙されてるのはどっちか……どっちでも構わないさ、ともかく俺は現在傭兵なんだし、仕事はやるぞ!」
「くっそ、馬鹿野郎!」
力任せに、アキトがグラハムの剣を弾き飛ばす。
グラハムの手の剣は背後へと刺さるとグラハムは舌打ちを打ち、足を振るってアキトを蹴り飛ばして同時に自分も後ろに跳んで剣を回収。
吹き飛んだアキトがすぐに体勢を整えると、指をグラハムの方へと向ける。
「雷よ!」
アキトの指の先が青白く輝いた瞬間、グラハムはその場から横に大きく飛び退く。
瞬間、アキトの指から放たれた雷がグラハムがいた場所を軽く焦がす。
死ぬとまではいかずとも気絶はしたであろう攻撃。
「くそっ、稀に魔力を持ってる人間……魔術師か魔法使い、僧侶だけかと思ったが魔法剣士なんて職業があるのを忘れてたな」
「やめろ矢蔵刃睦月!」
「この世界では俺はグラハムだ!」
そしてグラハムが走ろうとした瞬間、背後からの敵意に振り向くとそこには赤い鎧を着た女がいた。
先ほどの傭兵たちはどうしたのかと思いその女の背後に目を配らすと、そこには自分と同じコートを着た死体が三つ。
アキトとの戦いで頭が一杯になっていたのがいけなかったと、グラハムは舌打ちをして女の腹に蹴りを入れるがそれでも振られた剣はグラハムの右腹部から左肩近くまでを斬り裂く。
深い傷ではないが、ほとんど痛みを味わうことのないグラハムには致命的だ。
「がァッ!」
痛みを通り越して傷に熱さを感じながらも、こんなところで死ぬわけにはいかないとグラハムは傷の痛みを押して歩こうとするも、体が言うことを聞かない。
少しすれば傷口が痛みを訴える。
敵の前で無様に転がる様は、グラハムにとっても耐え難いものだった。
「グラハム!!」
声が聞こえてくると同時に、グラハムの隣にジープが止まった。
そしてその後部座席のドアが開くとメシスが力強くグラハムを引っ張り上げて後部座席に乗せるとすぐに前に乗っていた者が車を走らせてその場から逃げる。
後部座席に寝かされてるグラハム。
「ヤバい! 傷口は浅いけど出血酷い!」
「わかりました、しっかり掴まっていてください!」
メシスの他に聞きなれた声が聞こえるが、それに対応することもできずにグラハムは視界が薄れていくのを感じる。
徐々に刈り取られていく意識をなんとか取り留めようともするが、この時に彼が最後に聞いたのはメシスが自分を呼ぶ声だった。
そして、意識は水底へと沈む。
あとがき
グラハムと同じ世界から来た者が現れました。
彼がこの物語のもう一人の主人公、そしてライバルキャラと言っても良いキャラクターとなっています
少し本筋が進みまして、次回もお楽しみいただければ僥倖!