15【自らの死】
彼、矢蔵刃睦月はこの度はカロドナの拠点である洋館へとやってきていた。
理由はと言えば特になく、彼がなんとなくこちらに来たいと言う旨を例の通信機で話しただけである。
そうすればカロドナは二つ返事で許可を出しやってきた。
本来ならば転送器ですぐにつくのだが、グラハムに扱うことはできないのでとりあえず向かえ役が来るということで、その向かえ役と合流してグラハムは洋館へとやって来ていた。
だが予想外だったことが一つ。
「どうしてお前なのか」
「えー、良いじゃないのー」
そう言って楽しそうに笑うのはメシス。
相変わらずどこにでも出没するなと思いながらも、二人で洋館へと入り出迎えも何もない洋館の中を歩き大広間の階段を上ると正面の扉を開く。
そこを開くと、そこには長い廊下があり、そこを真っ直ぐ進み大きな扉を開くとそこは結構良さげな部屋だった。
赤いカーペットに本棚やら机やらが並んでいて、机の上に積まれた大量の本、そして赤いソファにその体を横にして座っているカロドナはかけていた眼鏡の位置を軽く整える。
「あら、いらっしゃい」
「素晴らしい蛇足だな、テカッてて」
「うわぁ、グラハムってレベル高いねぇ」
ゾンビにドン引きされながらもグラハムは赤いソファに近づいて、背中に蛇の尾が当たるのも気にせずにそのソファに腰かける。
座った上で軽くカロドナの尾を撫でて、自身の手を見た。
特に濡れているというわけでもないが、触った時の感覚は手が濡れたのかと勘違いするほどだ。
「蛇は触ったことがあるが、本当に同じだな」
そう言うグラハムを見て笑うカロドナと、『うわぁ』という顔をしながら二人から離れた椅子に座るメシス。
「あら、貴方はあまり親しくもない女の足を撫でるような変態なのかしら?」
「む、そういわれれば確かに……だが目の前で女が生足をさらしてソファに横になっていれば触るのが男というものだろう、完全に誘われてる」
「ふふっ、貴方っておもしろいわね」
そういうと、カロドナは読んでいた本を閉じて軽く髪を払うとグラハムを見て舌なめずりをする。
背筋がゾクゾクを音を立てるような感覚を覚えながら、グラハムはそれを隠しながら笑みを浮かべた。
カロドナの尾がゆったりとした動きでグラハムの体に巻きつき、その尾の先がグラハムの頬を撫で、カロドナは体をグラハムに近づけてその逆の頬を撫でる。
「怖くないのかしら?」
「いや、こんな経験したことないから正直、興奮してるよ……ひんやりとした感覚がたまらないな」
「……あなた、良い感じに狂ってるわよね」
「褒め言葉として受け取っておこう、君ほどの絶世の美女を見たことがないものでな」
そんな風にグラハムが言うと、カロドナは頬を紅潮させる。
「あ、あまりそういうこと言われるの慣れてないからやめなさい」
グラハムに巻き付くのをやめると、カロドナはソファから降りてグラハムの正面に立つ。
すぐに正常に戻ったカロドナはメシスの方を見て軽く笑うと、グラハムのことを見る。
「で、結局貴方はどうしてここに来たのかしら?」
「それに関しては一つ、君は神々の力が宿る武器というものを持ってはいないか?」
「持ってないし、持っていたとしてもあげないわよ」
「まぁただで譲ってもらう気ではないが」
カロドナの目つきが少しばかり鋭く変わる。
「そういう問題じゃないの、魔族側でもないヒトに神々の武器やら防具やらを渡すつもりは最初からないわ、それは当然でしょう?」
「確かにそうなのだが……」
「わかったらそういうこと……まぁ持ってないからこんな話も無意味なんだけどね」
クスッと笑うカロドナに、グラハムも軽く笑って返す。
「ともかく、それだけなら用も無いでしょうから帰りなさい」
「そうだな……あとは君を口説き終わってない」
「……さすがにちょっと」
困ったような表情を浮かべたカロドナがため息をつく。
「ついてきてくれる?」
踵を返してそのまま部屋を出ていこうとするので、グラハムはそれについていき、メシスもついでにそのあとを着いていく。
目的はわからないが、カロドナはそのまま屋敷の階段を下りていき、グラハムもそれについていく。
一階の扉の一つを開くと、そこはまさしくガレージと呼ぶにふさわしい場所だった。
「前に乗っていたジープ、じゃなく自動四輪か」
「ええ、結構気に入ってるのよね、まぁ変異魔術で尾を足にしなくちゃいけなかったりするんだけど……多少地の利が悪くても移動もできるし、なんかハマっちゃったのよね。下から突き上げてくる感覚っていうの?」
妖艶な表情で笑うカロドナを見て、グラハムは『さっき顔赤くしてたくせに』とも思うが言わない。そんぐらいの空気を読める男が、矢蔵刃睦月である。
ともかく、今はなぜここに自分が連れてこられたかが気になるがそこは黙っているわけにもいかずとりあえずメシスを見るがぽけーっとしているので放っておく。
「なぜここに? 二人きりならば深読みぐらいはするのだが、メシスも一緒ではな」
「3Pかもよ?」
「お前とはちょっと」
メシスの言葉に若干引きながら答えるグラハムの足がメシスに軽く蹴られる。
一方のカロドナはと言えば若干赤い顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。
「この矢蔵刃睦月、ときめきかけた」
「私も恥ずかしいよー」
「死ね」
「ひどっ!?」
女性相手にはすべからず優しい男で通していた矢蔵刃睦月であったがさすがに大激怒である。なによりもグラハムはなぜだかメシス相手に妙に厳しいことを言うし、そもそも女としてみているのかどうかもあ怪しい態度である。
なぜこうなのか、真実は本人しか知らないのだろう。
そうこう言っている内にカロドナが少し光、その両足を人間の足へと変える。
「勿体ない」
「運転するならこの姿しかないしね、ほら乗って」
「ん、なぜだ?」
疑問を言葉にしながらも、グラハムは背中と腰の獲物を外して後部座席のメシスに渡し、ジープの助手席に乗り込んだ。
正直、状況が状況によりわけがわからないのだが、そのままカロドナはアクセルを踏み込んでジープを少し前に移動させ、横に合った紐を引く。
それを引くと前の壁が開いて外への道が現れる。
「さて、行くわよ!」
強く踏み込まれたアクセルと共に、ジープがスピードを上げて走り出す。
助手席に座っているグラハムはどうしたものかという顔をしていて、後部座席の方を向くと自分の真後ろにはメシスが座っており、その横にはグラハムの剣と刀、そして棺桶が置いてある。
黙って乗っていると、カロドナが笑みを浮かべながら言う。
「これから行く場所は前奪還した集落の次の村よ」
「突然だな、魔族側でもないこの矢蔵刃睦月を使おうと言うか?」
「報酬は、弾むわよ?」
舌舐めずりをするカロドナに、ドキッとしながらもグラハムは口元に手を当てて考える動作をしながら笑みを浮かべる口を隠す。
悩むふりをしながらも、口元の笑みが消えるのを待ってから手を放すとわざとらしく溜息を吐く。
「よかろう、協力しよう」
「うっわー」
「少し黙ってろメシス」
見抜いているであろう背後のメシスにそういうと、それの真意に気づいていないであろうカロドナが言う。
「それは助かるわ、終わった後すぐに報酬はあげるわ」
「実に楽しみだ……実に楽しみだ」
大事なので二回言いました。
「その村そこまで広くもないから期待して良いんだけど、今から作戦を言い渡すわね」
「ん、良く聞いておこう」
さすがに人間の身だし、前のノーデンを持っていた相手のような相手が現れればただでは済まない。
作戦通りに動いて作戦通りに軽く成功すればいいなと思いながらも、グラハムはカロドナの言葉に耳を澄ます。
メシスもグラハムの顔のすぐ横に顔を出していたが、グラハムは無表情だった。
ジープが音を立てて坂を飛び越える。
そして村へとつくと助手席のグラハムは村の状況が理解できて、少しばかり驚いたがすぐに笑う。
村は周囲からの巨大な蛇やムカデの、つまりはカロドナの配下の攻撃により多大なダメージを受けており、その村を守っていたであろう兵士たちは全員外に出ていた。
だからこそグラハムは走り続けるジープから腕を出して、その手に持ったハンドガンこと『魔銃ガルム』で兵士を的確に打ち抜く。
「ほう、多少の補正は利くのか」
「あたしの魔力使って作った魔弾なんだから当然でしょ!」
「良い感覚だ、嫌いじゃない!」
放たれた魔弾はグラハムの言う“補正”により撃ったものの狙った場所へ向かう力が若干ながら働く。
だがそれでも、走っている時速60キロを超える車から銃初心者のグラハムが兵士を的確に殺せるのは一種の才能とも言えるだろう。
そしてそのまま車が急停止すると同時にその勢いのまま車から飛び出すグラハムが銃を使い何人かを内、着地すると同時に衝撃を殺すために一回転し、手に持ったハンドガンを背後の車に投げる。
投げられたハンドガンはくるくると回転しながら車後部座席のメシスの手におさまった。
立ち上がったグラハムが手を上にあげると、メシスが刀を投げて見事その手に刀を手渡す。
「さぁ、仕事の時間だ!」
左手で鞘を持ち、右手で刀を引き抜く。
すぐに走り出したグラハムがジープへと近づこうとする兵士へと剣を横薙ぎに振るう。
鎧ごと切り裂き、その体を真っ二つにすると、横から襲ってくる兵士に刀を振って血を隣の兵士へとかけて目をつぶすと、剣を持って振り上げた両手を切り裂き首を落とす。
刀の強化、というものがそこにあったとしても異常なほどの運動能力。
「グラハム忘れ物!」
メシスがさらに剣を投げる。
鞘を腰に付けてグラハムは投げられた剣を取ると刀を腰に納刀し、剣を両手で持つ。
「あの変則二刀流、間違いない! 奴が裏切り者の二刀流使いだ!」
「なんだ、もう話題に上がっているのか……あの僧侶は話したようだな」
笑みを浮かべると、グラハムは走り出す。
矢を放つ数人の兵士たちの攻撃を剣で払うと、その兵士たちをメシスが撃つ。
「裏切り者がぁッ!」
兵士の一人が切りかかってくるがグラハムは軽く体を横に回転し翻すことで攻撃を回避し、その胴を切り裂く。
「裏切り者だと? 笑わせるな、俺は元々貴様らの側でもない……!」
切り抜けるとグラハムは剣を一人の男へと投げる。
回転して飛んでいく剣だが、その剣はその男の前で弾かれ上空へと跳ね上がった。
グラハムは刀を抜くと両手で持ち、男へと走る。
―――他の奴らとは違う、この不愉快な感覚はッ!
グラハムが男へと刀を振るうが、それは男が持つジャマハダルと呼ばれる剣で弾かれていく。
「ええい鬱陶しい!」
グラハムは刀を右手だけで持ち、落ちてくる剣を左手で取ると両手の剣で何度も斬撃をしかけるが大きな男は両手のジャマハダルで攻撃を弾いていく。
一度バックステップで下がろうとするグラハムだが、その後退に合わせて男が前に踏み出しそのジャマハダルを持った右手を突き出す。
「マズイッ!」
つぶやいた瞬間、素早くグラハムの前に現れたカロドナがそのジャマハダルを双剣で防ぐ。
下半身はすでに蛇へと変わっていて素早く動ける理由も納得できたグラハムは剣を背中に背負い、刀を納刀する。
すでに自分が出張る状況でないと、理解していた。
「そうそれで良いわ」
「水の王か!」
大男がそこでようやく声を出し、持っている武器に力を入れてカロドナの武器を弾き飛ばそうとするがカロドナは背中を逸らして地面スレスレまで背中を落とし避ける。
そしてすばやく男の股の間を抜けて背後に回ると剣を振るうのだが、それを跳んで避ける
「お前を殺せば、俺は処刑を免れるのでな!」
つまり、なにかをやったということだ。
納得するグラハム。
「闘技大会で人で43人“普通”の虐殺で156人だ。記念すべき200人目にテメェをしてやるよ!」
「悪いけれど、簡単に殺されるほどの存在やってたら四天王なんてできないの」
長い舌で舌なめずりをすると、カロドナは蛇らしく素早く地を這って剣を振るう。
男はジャマハダルで攻撃を受け止めると口元を嬉しそうに歪ませた。
だがその口もすぐにその形を崩すことになる。
「乱暴でガサツそうで、私は貴方のことがすごく嫌いだわ」
カロドナの尾が男の足を掴んで引っ張り、転がす。
「でも普通の人間を何人殺したって、私たちにそれは通用しないわよ?」
笑うとカロドナは双剣を振るう。
男は倒れたままカロドナの剣を防いでいくが、すでにその男の負けは決まっていた。
どこから現れたかもわからない水が男の顔を包み込む。
「ガッ……ゴボッ……」
陸で溺れて暴れる男がジャマハダルを振るうことを忘れた瞬間、カロドナの双剣が男の胸の中心に突き立つ。
男の顔を覆っている水に男の口から吐き出された紅が混じる。
グラハム的には男に『良かったな』という言葉を送りたかった。窒息死よりは幾分かましだろうと思ったからだ。
「いや、実にすばらしい戦い方だったな」
「そうでしょ、惚れちゃダメよ?」
「すでに惚れている」
そう答えると、グラハムは笑う。
だが一方のカロドナと言うと、顔を赤くしてそっぽを向いていた。
矢蔵刃睦月は何度でも思う、軽いジャブを放って軽いカウンターを喰らったぐらいで照れるぐらいなら言うなと……。
ジープへと近づくと刀と剣を投げて後部座席のメシスへと渡す。ドアも開けずに助手席に飛び乗ると、彼はふと思うことがあった。
もとに戻ったカロドナが尾を足へと変えて運転席に乗る。
「ところで、報酬ってこの場合は発生するのか?」
「ん、どうして?」
「俺はまともに仕事ができていないぞ、あの程度のことならお前でもできたろう」
「でも、誰にでもできることを頼まれるようなことで生計たててるでしょ……貴方のような人は特に」
確かにそうだと納得するグラハム。正直報酬がもらえるならば何でもいいのだがと、頷く。
「まぁ報酬って言ってもそこまで期待しないでほしいわね、私の趣味で作ったは良いけど私の趣味じゃなかったってだけだから」
「ん、趣味で作った?」
「そうそう、カロドナは機械とか大好きだからねー旧文明の機械遺跡とかすぐ行くし」
「黙ってなさいメシス」
相変わらず扱いが悪いと、ため息をつくメシス。
拗ねたように頬を膨らませて座席に寄りかかると、ふと疑問に思ったことがいくつかあった。
「ねぇ、なんで今回グラハムに頼んだの?」
「だっておもしろいでしょ、並の魔族よりよほど強いのよ?」
「まぁそうだけどね」
「自覚はある」
楽しそうに笑うグラハムだが、それでも防御力も再生力も寿命だって魔族以下なのだ。
「死ぬときには誰でも死ぬんだから、特に気にすることは無い。死ななければ結果オーライ、死ななければ報酬ももらえる。何も言うことは無いだろう」
「不思議な考え方ね」
「まぁつまりだ……」
グラハムは語る。
内容はと言えば淡泊、まさに悟り世代、言うまでもなくグラハムではなく矢蔵刃睦月という人間はあの飛行機事故で死んでいても特に何もなかっただろう。
ただ生きながらえているから生きる。死んでも良いが、苦しみ長らえるのだけは嫌だ。
自分勝手と言えばそうだが、どうせこの世界に彼の身内はいないのだからどうでも良いと思っている。
「ありゃ、私はグラハムに死んでほしくないよ、つまんなくなっちゃうし」
「心得の話だ、俺だって死にたくて死ぬわけじゃない」
「おもしろいわね、やっぱり」
「自覚はある」
グラハムがそう言って肩をすくめると、カロドナとメシスがおかしそうに笑う。
なにがおかしいのかもわけがわからずにいたグラハムが森林を見る。
ジープはガタガタの道を走っていく
―――だがそれにしても、この違和感はなんだ?
グラハムはわずかに眉をひそめた。
あとがき
あまり話がうまく進まないのはキャラクター一人一人にスポットライトを立ててるからでしょうな、まぁもうすぐで話が進むと思うので!
次回とはいきませんがあと二、三話もすればしっかり本筋も進むと思われます
では、次回もお楽しみいただければまさに僥倖




