14【だから彼はボケている】
グラハムこと、矢蔵刃睦月は心底深いため息をついた。
現在いるこの場所、大広間にて勇者たちを待っていて結果としては来たのだが……手負いでもなんでも無く、ただ勇者たちはそこに立っている。
ここは四天王であるエリスの居城である渓谷の内部にあるのだ。
警備はどうなっているんだと言いたいが、言ってもしようがないことであると、グラハムは左手で刀の柄尻を撫でる。
「四天王、風の王だな!」
勇者がそれっぽいことを言うので、グラハムはフッ、と笑ってしまう。
「なにがおかしいんだ!」
それにより妙に視線を向けられて、ため息をついた。
勇者のパーティーは全員で五人であり丁度良いと頷き、戦力に申し分が無いと“一瞬だけ”思う。
敵は勇者っぽい男、バンダナに背中に剣を背負ったそれっぽい奴。
隣にはいつぞや戦った戦士に似たような男。
帽子をかぶった魔道士は魔法を使うに違いない。
さらに、シスターっぽい服を着た僧侶。
そしてフードを被った奴は暗殺者っぽい。
「暗殺者が、表に出てきてどうする?」
「知らん、それが勇者のパーティーなんだろ」
「うわー馬鹿そー」
グラハムとエリスとメシスがこそこそと話していると勇者が背中の剣を抜いてエリスに向けた。
「五体四だぞ、勝てると思ってるのか!」
「一人は村内鉈使い選手権一位だからな」
そんなグラハムの一言に、エリスとメシスの二人が吹き出しかける。
その村内鉈使い選手権一位のリザードマンはなぜ笑われているのかもわからずにオロオロとした。
グラハムの一言も聞こえなかった勇者たちは苛立ったような表情をする。
「なにがおかしい、俺たち人をなんだと思ってるんだ!」
その言葉に目を見開いて口を開いたのはグラハムだった。
「それはこちらのセリフだ馬鹿者がッ!」
一喝に、勇者たちは半歩後ずさる。
苛立ったような表情で目を見開いて激昂しているのは、あの町の魔族の扱いとあの日のことを思い出したからだろう。つまり半分は八つ当たりではあるのだが、それでも矢蔵刃睦月が苛立っているということに代わりは無い。
だが、次にはケロッとした様子でグラハムはいつもどおり笑う。
「まぁ、俺は人間なんだがな」
「なっ、人間にも関わらず魔族の、四天王の味方だと!?」
「あぁやめろ、それは前に聞いた」
そう言ってグラハムはしんどそうにする。
「さっさとはじめようエリス、水を差してすまなかった」
「そう思うなら笑わせようとするな馬鹿者……さて勇者……お前は私の隣の男並には私を楽しませてくれよ?」
エリスが立ち上がり刀を引き抜く。
階段から、エリスとグラハムとリザードマンが同時に飛び出す。
三人の前に立ちふさがるのは勇者と戦士と暗殺者の三人であり、自然と三体三を強いられそうになるのだが、それでも相手の後衛二人が厄介なのはグラハムでも察しがついた。
後方支援の攻撃役と回復役、こちらの後方支援はどうだろうと思いながらもメシスだと思うと少々頼りない気がした。
「合わせろよグラハム!」
「四天王なら遅れは取るなよエリス!」
「お前エリス様のこと呼び捨てにすんな!」
背中から剣を抜き放ったグラハムがその流れを崩さずに勇者に向けて剣を振るう。
慣れた様子で背後に飛んでグラハムの攻撃を避ける勇者。
そしてそんなグラハムに横から自らの大剣を振るう大男こと戦士だったが、その剣を止めるのはエリスだった。
「良い感じだ!」
グラハムがエリスの肩を掴んで軽く地面を蹴ると飛んで戦士へと蹴りを放つ。
それを片腕でガードするも、さすがにエリスと剣を交えながらそちらにも力を込めることもできずに、地面を転がるが、傷もおっていないだろう。
舌うちをするグラハム。
エリスを背後から襲おうとする暗殺者だったのだが、その攻撃もリザードマンに邪魔される。
「ちっ厄介な!」
「悪態をついてる暇があるのかグラハム、来るぞ!」
勇者の背後にいる魔道士が赤い魔法陣を足元に浮かべて詠唱を唱え、エリスを視界に入れた。
それで察しがついて背後に下がるグラハムとエリスとリザードマンの三人。
「ファイアーウォール!」
今しがた三人がいた場所に炎の柱が上がる。
当たったらグラハムであれば一撃だっただろう。そしてそれを理解してグラハムはホッと息をついて剣を背中にしまい刀に手を添える。
そしてグラハムの隣にいたメシスが笑いながら棺桶を目の前に倒す。
炎の柱が下がると、睨み合いになるがそれでもエリスは棺桶のふたを開けてそこから何かを取り出した。
「これで行こうか、な!」
それは巨大な……グラハムの世界で言えばミニガンと呼ばれるにふさわしい銃だった。
「殲滅用、魔銃……ケルベロスⅡ!」
そしてそれを持ったメシスがトリガーを引いた瞬間、その六つの銃身が回転をはじめて弾丸を吐き出す。
いや、もう表現としては弾幕を作ったという方が正しいかもしれない。
銃口から吐き出される紫色の銃弾はメシスの魔力により生成された魔弾。
それが砂煙をあげて勇者たちを襲う。
「メシス!私の広間がぁッ!」
「あはははは!なーに、私が修理してあげるよ、食事代がかからないからお金が有り余ってるんだよね!」
「そういう問題じゃなぁぁい!」
エリスが怒鳴るが、グラハムとリザードマンの二人は肩を竦めてため息を吐く。
「き、貴様らぁぁぁぁ!」
「絶対に許さねぇ!」
「よくも!」
叫び声が聞こえてそちらを見る四人、そこには血だらけになり倒れている魔道士。
勇者、戦士、僧侶の三人は怪我はしているが魔道士と違って致命傷にはなっていないらしい。
だからこそ、グラハムは笑みを浮かべた。
「そう、それでこそ勇者、俺の経験値稼ぎのために生きておいてくれて助かるというものだ!」
「経験稼ぎだと!」
グラハムの言葉に、勇者が怒りをあらわにする。
「その通り、俺がどう生きようと結局はこの世界じゃ力が必要になるのだ。ならば貴様らのような奴らと殺り会った方が良い、違うか?」
「お前は、お前は同じ人間でありながら人間の命をなんだと思ってるんだ!」
「すべて等しく思っている!」
高らかに宣言して笑うグラハムは、横の四天王二人とリザードマン一人と共にそこに立つ。
勇者と戦士に回復魔法をかけて傷を癒す僧侶、お互いが今にも飛び出すという雰囲気は、グラハムが一歩踏み出したことで崩れた。
踏み出したグラハムが勇者の振り下ろす剣を刀で防ぐ。
「だから敵となればどちらに対しても等しい思いを持って殺す。それが普通だ、当たり前だ、この世界で学んだ常識というものだ!」
「なにを言ってるんだお前は!」
「人間も魔族も等しくクズはいるし、等しく正しい者がいる。わかっていない、なにもわかっちゃいない……貴様のような奴は、生きているのが世界の無駄だ」
瞬間、さらなる怒りの炎に油を注いだグラハムの横から戦士が迫るが、そんな戦士もリザードマンが飛び出しその首を背後から斬り飛ばす。
それを横目で見ながらも、グラハムが感心したように口笛を吹いた。
一々、リアクションが古いのだがそんなことを知る者もここにはいない。
「き、キール!」
「先ほどの男の名前か、それにしても残念だったな……その名前もすぐに無駄になり、忘れられ、魔族にやられた愚かな者たちとされる」
「し、死人をなんだと思ってる!」
「貴様も死んだ魔族のことを考えたこともないだろうッ」
語尾が強くなったグラハムが、軽く手首を返して勇者の剣を受け流す。
驚いたような表情になる勇者の腹部を膝で蹴り上げると、腹を押さえてせき込んでいる勇者の背中を蹴って跳び、僧侶へと近づくと縦に一度振るう。
だが、相手の僧侶は体を逸らしてから後ろに下がろうとするが、グラハムは手に持った剣を投げた。
投げられた剣は真っ直ぐ僧侶の喉を貫く。まだ生きているだろうけれど、時間の問題だ。
すかさず背後に振り返ると、勇者が焦った様子で薬草片手に僧侶へと向かう。
前のことを考えればそれで治すことができるのだろうけれど、グラハムがさせるわけもない。
「愚か者が!」
グラハムはそう悪態をつくと腰の刀を引き抜き、すれ違いざまに切る。
「……どうしようもないほど、愚かだな」
その捨て台詞と共に、グラハムは刀を鞘に納める。
瞬間、腹部から血を流して倒れる勇者。
「はっ、ハァッ……がっ、アァァッ!」
ズルズルと腕の力だけで僧侶へと這う勇者。
そんな勇者にリザードマンが向かおうとするも、それをグラハムが片手で制してそれを見ている。だがそれでもグラハムの目はどこまでも惨めな物を見る眼であり、心底そう思っているのだろう。
エリスも隣へとやってきたが、メシスはと言えばガトリングことケルベロスⅡを棺桶にしまっていた。
もうすぐ死にそうな人間よりも、メシスとしては死んだ後にこそ興味があるのだろう。
「心底、勇者というのは愚かだな……一番優しい者ばかりが勇者になり、あんな光景ばかり見せられる」
「そうか、じゃなきゃ勇者になんざならんだろうな」
エリスの言葉にうなずいて、グラハムはその光景をただ見る。
勇者は、血の道を作って僧侶へとたどり着くと、首元に刺さった剣を刀身を掴んで無理矢理引き抜く。
手が血だらけになるのも今更気にしないのか、呼吸ができていない僧侶の口へと薬草を入れるとみるみる内に僧侶の傷が回復していった。
「本当に関心するな、神託というものの効果だったか?」
「そうだ、お前とは縁遠い力だな」
「……まぁそうなんだがな」
笑うグラハムと、神妙な面持ちのエリス。
傷が治った僧侶がすぐに勇者へと回復魔法をかける。
「彼の者の傷を癒せ!」
「っ……はぁ、はぁ……」
僧侶の出す、緑色の光により勇者の腹部の傷が癒えはじめた。
それに対してなにをするでもなく、ため息をつくグラハムと何も言わずに踵を返して自室へと歩いていくエリス。
リザードマンはどうすれば良いかと、グラハムを見る。
「起きてください!」
「……ありがとうティア、おかげで治ったよ」
そう言って起き上がった勇者が剣を引き抜いてグラハムに向ける。
―――瞬間、なにかが破裂するような音と共に勇者が倒れた。
「へぇーこの魔銃はすごいなぁ!」
そんな声のする方向を向くグラハムが、深いため息をつく。
今日一番のそんな深いため息をつくと勇者へと視線を戻すが、額に空いた丸い穴により即死したのは間違いないと思い、落ちている剣を拾うと血を払った。
軽く駆けて、メシスが隣に来る。
「これ、魔銃ガルム! すごくない!?」
メシスが見せてくるのは、リボルバー式の拳銃。
銃身も長くグラハムとしても憧れるような見た目をしているが、嬉しそうにその拳銃……ではなく魔銃ガルムを見ている姿を見れば奪うわけにもならないなと思う。
それ以前に、グラハムとしては拳銃と剣と刀の三つを同時に使える気がしないし丁度良いと思った。
「さて、もう逃げ帰れ僧侶……ティアと言ったか?」
「勇者様! 勇者様! アンディー!」
勇者の死体へとすがり、叫ぶ僧侶ことティア。
「それがそいつの名か、覚える必要もなければ覚えるだけ勿体ないな……二度とそいつの名は聞くこともないだろうな」
「あ、貴方はっ、人間なのに……ッ! 人間なのにィッ!」
「それは関係がないだろう」
ティアが涙を流しながらグラハムのことを睨む。
心底憎むような、どうしてこんなことになってしまったのかというような表情で、グラハムに向かって叫ぶが、グラハムは舌打ちを打つ。
瞬間、笑いながらメシスがティアへとガルムを向けた。
「ほら、早く逃げないとせっかく勇者さんが頑張ったのに死んじゃうよー」
「ッ……ぜ、絶対に許さない!」
そういうと、勇者の体を引きずって広間を出ていくティアこと僧侶。
グラハムは転がる二体の死体を見たあとにリザードマンの方を見てみるが、ワクワクとした表情でグラハムに言う。
「俺が片づける……人肉はそうそう食べる機会もないしな」
「おう、今夜のディナーは豪華だな、俺は帰って普通の飯を食べるけど」
そういうと、グラハムは踵を返してエリスがいるであろう部屋へと向かう。
部屋の扉を開けると、椅子に座っているエリスのテーブルを挟んで向かいに座ると、まだ飲み切っていないコーヒーを飲む。
なんとも言えずに、グラハムはエリスに向けて苦笑を浮かべた。
「いつもあんな感じか」
「いや、勇者が一人で逃げたりするパターンもあるぞ……根っからの武人もいる。今日はあまりにも酷かった」
「うむ、俺が見ていても酷いと思った。メシスのやつもいたしな」
そう言うとまた一口、コーヒーを飲む。
「私がどうしたって?」
「お前がいたのは不味かったという話だ」
「えーひどーい!」
楽しそうに笑うメシスを見て、グラハムもエリスもまったく同じようなことを思う。
「本当に性格が悪いな、お前は」
「まったくだ」
エリスの言葉に同意して深々と頷くグラハムであった。
「私は普通なはずなんだけどなぁ」
「お前、命をなんとも思ってないだろう?」
「ん、そりゃそうだよ。あたしってゾンビだよー?」
そう思えば納得しないでもないグラハムだったが、エリスは心底引くような表情をする。
武人であり、戦闘マニアであるエリスにはメシスのような軽い者が許せないのだろうと思う。
正直、グラハムはこの世界に来る前の飛行機事故で人がたくさん死ぬのを視界に入れていた。
だからこそ、人の命というものに対してボケているのだろう。
人間や魔族の戦争、命という者が軽いこの世界だからこそ、グラハムはボケたままでいる。
グラハムの、矢蔵刃睦月のかつての過去を、こちらの世界に来た経緯を知らないエリスでも、彼が命に対してボケているのは理解できていた。
だからこそ、エリスはグラハムのことを、ほんの少しだけ心配した。
「……まさかな」
「ん、どうした?」
ただ、心配しただけだ。
あとがき
今回はまともな戦闘ということで、エリスやらとの絡みもここらで一旦お休みです
次回はこれまた違うキャラクターとの絡みということで
次回もお楽しみいただければまさに僥倖!




