12【そして新たな知識を得る】
魔王からの報酬はしっかりと進言して、それを用意するまでには三日が掛かった。
矢蔵刃睦月は自宅の扉を開けて、やってきたメシスを家の中に迎え入れる。
楽しそうにグラハムの家を見渡すと、頷きながら椅子に腰かけるメシスはスカートから延びるツギハギのある脚を組んで肩から斜め掛けされたバックから四角の何かを取り出してテーブルの上に置く。
石で造られたその四角いなにかを受け取ると、グラハムはズボンのポケットに入れて軽く飛ぶ。
「うむ、軽量化されていてなおかつ持ちやすいとは、期待以上だな」
「それにしてもなんでそんなのもらったの?」
「色々と便利になれば良いなと思ってな」
そう答えると、グラハムは笑みを浮かべながら刀を腰に着けて剣を背中に背負う。
一方のメシスはというと、笑いながらグラハムの隣に立つ。
「そういえばサシャちゃんとかカロドナちゃんとかは口説いてたのに私って口説かれないね?」
「なんか臭そうだし」
「ぶっ飛ばすよ!?」
そこでふと、グラハムは気になることが一つ。
「ゾンビなのに、腐敗臭とかしないな」
「しないよ、さすがにレディとしてのケアはおこたってないぜー!」
グラハムの言葉に笑いながら答えるメシス―――まぁ額に青筋が浮かんでいるのは十中八九グラハムのせいだろう。
腐敗臭で無いなら問題ないと、グラハムは鍵を持ってメシスと共に家を出て鍵を閉める。
鍵をポーチに入れると、メシスと共に歩き出す。
「いやはや、魔法文化とは非常に興味深いな」
「グラハムの世界には無かったんだっけ? というより人間しかいない世界なんて信じられないよ」
確かにその通りだろうと、頷くグラハム。
「動物はいるがな」
「わかってるって、知的生命体と言った方が良いみたいだね。まぁそれは置いといても神々がしっかりと認識されていないっていうのも新鮮だね」
「というより、その神々についての書物は魔王城で見なかったが?」
「そりゃもちろん、あまり神々のことを書いた書物をそこらへんに放っておくわけがないでしょ、この世界では神々に接触するのは危険とされてるんだよ?」
当然と言えば当然、なんとなくだが納得しながらもどこか不思議でならない。
そこまで厳重に管理されるべきこの世界に存在する神々の書物、そしてその書物に乗っているであろう神々の一柱こと、ノーデンスを持つフードのあの男。
あの人物は何者なのか……あのノーデンスを使うまでは多少はやりあえていたのは確かであり、そこまでは喰いつけるということは実力にほぼ変わりはない。
「そうなると、あとは俺が神々の魔具を手に入れなければあいつには、勝てないか」
「無理だろうけどね、神々の魔具なんて手に入るものじゃ無いよ」
「実際に奴は、手に入れていたぞ?」
「それが疑問なんだよね、天使や魔神の力でもないと普通は向こうにはいけないからねぇ」
「魔神?」
「あっ、やべっ」
なんだかまずいことを言ったのか、メシスは『あちゃー』という表情をしてグラハムの方に視線を送る。
それを聞き流す『難聴系主人公』でもないのでグラハムはとりあえず聞きなおす。という目をメシスに向けた。
それを理解したのか、メシスはため息を吐いてからグラハムの腕に抱きつく、第三者から見ればカップルぐらいには見えるだろう。
「まぁ、あまり大きな声では言えないんだけど魔族とはまた別のベクトルの生き物だよ」
周りに聞こえない程度の音量で話を始めるメシス。
「魔族ではないのか?」
「うん、多次元にすら干渉をするレベルにいる生物の一つ……天使、魔神の二種族がこの世界を作ったとされていて、そしてその身を地に降ろして力を振るった時、敵対したものは滅ぼされる」
「そのようなことが……」
「大体にして勇者への神託を行っているのが天使、人間と私たちが互角へと陥ったのも天使の奇襲を受けて大部隊が壊滅しちゃったことにあるから」
つまり、人間と魔族であれば単純に魔族の方が強いということであり、天使が加わっただけで魔族は手も足も出ないということだ。
多次元にすら干渉というのはそれだけ訳が分からない能力ということだろう。
いまいち言葉の意味を掴みきれていないグラハムだが、それでもすさまじい存在だというのはわかった。
「魔神は今のところ誰に敵対してるわけでもなければ味方してるわけでもないからね、敵対しなきゃなんでもいいよ」
「なるほど」
頷くグラハム。
「それで、奴が持っていた武器とどう関係がある?」
「あぁそうだったね。神々の力を宿した武器っていうのは彼らの世界に干渉が必要なんだよ」
「奴らの世界への干渉というと、奴らは別の世界にいると?」
頷くメシスはグラハムの答えを正解と表す。
「神々の一部はこの世界や他の世界にいるのかもしれないけど、ノーデンスは幻夢郷にいるはずだからね」
「あぁ、なるほど……それは知っている。『偉大なる深淵』を治める大帝」
「まぁそこはともかくとしても、神々の力を宿した魔具を手に入れるためにはそこに行き気に入られるか、出会うかしかない……でもノーデンスはしっかりといる場所がわかっている神なんだ。なのにそのノーデンスの力を宿した魔具を持っているってことは幻夢郷に行ったってことになるんだよねー」
なんとなくだがわかったグラハム。
「つまり、行く場所に行かずに手に入れたのはおかしい。行っていたらそれはそれでおかしい……ということだな?」
「グラハム、君、私の長い説明を簡単にまとめたね」
「知りたかったのは細かいことではないからな、それを俺が手に入れられるか、無理ならばその理由だ」
結果は無理に近いと、悟ったグラハムがオルトのことを思い出す。
「だが、旦那並の強さを得ることができればアイツとはやりあえるか」
「グラハムは人間でしょ、無理無理、オルトは魔族でウェアウルフだよ。あれとまともに、対等にやりあえる時点で人間なんかじゃないんだから……」
「なるほど、やはり神々の力を持った魔具が必要になるか」
ため息をつきながらも、左の腰につけた刀を見る。エリスからもらった大事な刀であり、これだけでも身体強化ができさらに自分の実力がつけばつくほどに答えてくれるという。
だがそれでも、身体能力を上げる必要があるのだ。
実際にサシャの肉体強化を受けた後は体中が痛かった。
それではいずれ自分の体がもたなくなるのだから、代償なしに自らを強くする必要がある。
「なんというか、問題は山積みだな」
「そうだねー」
メシスが組んでいた腕を話してグラハムの隣を歩く。
それにしても、四天王とはいえある場所限定で強くなるようなメシスがふつうに歩いているのは良いのだろうかと思う。
「そういえば、さっきグラハムに渡したアレだけど結構長い時間使えるように魔力は充電しといたから」
「ん、すまないありがとう」
「やったのはエリスちゃんだからお礼ならエリスちゃんにするべきかなー」
正直、かなり意外だった。
刀をくれたというのもかなり意外だったのだが、案外と自分に気を使ってくれるということに驚いたのだ。
だが彼女は明らかな武人、認めてくれたのだろうと笑みを浮かべる。
「なにぃ、惚れちゃった?」
「生憎、男らしすぎてあまり惚れる要素が見えないな……顔だけで言えばかなり良いが、もっと可憐な姿も見てみたいものだ」
「あるの前提?」
「ギャップ萌えというのが俺の世界にはあってだな、ああいう女は必ず可愛い一面があるものだ」
「いやぁ、夢見すぎじゃない?」
―――夢を見ずしてなにが男か!
そう思いながらも胸の中にそっと感情をしまってとりあえずはメシスと別れる場所こと転送器へとたどり着いた。
その前に立ち止まるグラハムと、その中へと入っていくメシス。
軽く笑みを浮かべて手を振ってくる彼女に、手を振りかえす。
光と共にメシスが消えたのを確認して踵を返し、歩き出すグラハム。
ギルドに向けて歩いていると正面から良く見知った影が駆けてくるのがわかってしっかりと構える。
「グラハムさん!」
「あぁロッテ」
飛びついてくる小さな子供を受け止めて高くへと掲げてから降ろし、頭をなでる。
くすぐったそうにしながらも喜ぶ少女を見て、そのあとから歩いてくる女性を見て笑みを浮かべるグラハム。
メシスに向けたような何かを含んでの笑みでなく、純粋に喜んでいる笑みだ。
「フィーネさん」
「あらグラハム君、これからお仕事?」
「まぁ、しようかなと思っていたところです……そういえばもうすぐ領地奪還の大規模作戦ですが」
「えぇ、まぁ……」
ぎこちない笑い方をするフィーネを見て、彼女が旦那を心配してることは明らかだった。
それを知らずかロッテは楽しそうにしているのみだが、目の前の少女の父親がいなくなるというのは許容しがたくもある。
正直、いなくなったらで自分にもチャンスがあるかなとも思うがさすがにゲスの極みだと思い考え直した。
「俺も参加しますから、しっかりと努めます」
「……お願いね」
そう言って笑うフィーネはやはりどこかぎこちない笑みだった。
グラハムはロッテを抱き上げると肩車して、そのままフィーネの前へと歩く。
しっかりと『髪は掴むなよ』と言ってロッテが頷いたのを見てフィーネに向かって笑みを浮かべた。
「今日は仕事は休みます、せっかくですし送っていきますよ……フィーネさんぐらいの美人になれば護衛も必要でしょう」
「グラハム君ったら、お世辞が上手なんだから」
今度はぎこちないところなどなく、おかしそうに笑っていうフィーネ。
目の前の女性の笑みを見て本気で安心している自分のことを考えて、グラハムは本気で惚れたか? などと自問自答してみるも答えが返ってくることはない。
仕方がないので、考えることをやめてとりあえずフィーネと共に家へと向かうことにした。
今日ぐらい仕事を休んでも問題なんて一つもないと、グラハムは暇になったなと笑う。
「グラハム君、ロッテの遊び相手をしてくれるかしら? 晩御飯はご馳走するから」
「是非も無しですフィーネさん、是非ロッテと遊びましょう」
「ありがとう」
そう言って笑うフィーネの落ち着きように、魔王を思い出すがあれは落ち着いているとは違うように思った。
魔王のあれは落ち着いているというより、逆に焦っている気がするのだ。
人生を17年程度しか生きていない自分程度が、とも思うがそう感じるのだから仕方がないというものだろう。
「フィーネさんのような美人の料理を食べれるんだから俺も旦那も幸せ者ですね」
「だから、私なんかにそういうのはダメよ」
本気でそう言っているフィーネを見て、これは強敵だと苦笑するグラハム。
「ねえグラハムさん、私は!?」
「あぁ可愛いぞ、将来は美人になるだろうなぁ」
そう答えてから、やはり優良物件だなと思いながらも自分の方が年老いて死んでいくのは早いなと思って心の中でため息をついた。
いっそのこと魔族にでもなれればいいのだがと思わないでもないが、この状況で自分がそうなってしまっては元も子もないとも思う。
ともかく、自身が考えるのは数日後の奪還戦だろうと、グラハムは左手で刀にそっと触れた。
その後、フィーネの家で食事を終えたグラハムが隣の自宅へと帰ってきてベッドのそばに刀と剣をたてかけるとポーチに入っていた四角いなにかを取り出す。
メシスから受け取ったそれは縁こそ石なものの宝石が組み込まれていた。
その宝石に触れると、その四角い宝石が少しばかり発光して何かを表示する。
「まったく、魔法文化は化け物か」
軽く輝いている宝石に表示されたそれに指をそえ、向こうの世界のタッチ式タブレット端末を操作するように操作した。
「実に良いものだな」
そう言って笑うとそれを枕元に置いてコートを掛けると軽く跳ぶ。
近場には公衆浴場、まぁ向こうの世界で言う銭湯的なものもあるが二日に一度ぐらいにしておかなければ自由気ままなギルド生活はできないだろうと、今日は寝ることにした。
あの二人の旦那を見たことがないわけではない、数日前に見たからこそ、その顔を見た時はあの二人のために守ってやるぐらいはしようと、決めて頷く。
そんなことを考えていると、意識はすぐに沈む。
翌日、妙なことに巻き込まれるとも知らずにグラハムは眠りにつく。
あとがき
いやはや、色々と専門用語が多く申し訳ないです
無いようにとは心がけているんですがありましたら質問してください
では、次回は久しぶりに彼女が登場ということで、次回もお楽しみいただければ僥倖!




