11【有用と無用】
ざわつく街、ヴォルス。
左手で鞘を持ち右手で柄に手を添えている矢蔵刃睦月、剣を両手で構えているフードを被った男。
グラハムと男が同時に地を蹴る、グラハムがいつも経験している戦闘の比ではないスピードで飛び出す。
お互いが再び道の中心で刃をぶつけ合うが今度はどちらが引くでもなくすぐに刃を引いてお互いを斬り合う。
グラハムが振るえば男が受け止め、男が振るえばグラハムが受け止める。何度も何度もすさまじいスピードで剣を交えて火花を散らす。
「おもしろい! 貴様なにが目的だ!」
グラハムは笑みを浮かべながらそう聞くも、男は黙ったまま剣を振るうのみだ。それに対して舌打ちをするとグラハムは刃を打ち合わせずに避けて、膝蹴りを男に打ち込む。
身体能力が強化されたグラハムの蹴りが直撃した男は、吹き飛んで背後の家のレンガにぶつかりそのままわずかに体がめり込んだ。
その隙を逃すグラハムでもなく、地を蹴って男の方へと跳ぶと上に向けて抜刀する。
だがその斬撃が男を仕留めることはなく、男はと言えば壁を蹴ってグラハムから離れた。
「おのれ、逃がすかッ!」
グラハムも男がめりこんでいた向かいの壁を蹴って男を追う。
レンガ造りの家の斜めの屋根を走るグラハムが立ち止まる男を視界に入れると刀を腰に着けて背中の剣を両手で引き抜いて横薙ぎに振るった。
だがそれも男が剣で受け止めて止められる。
鍔競り合いながらも、グラハムは再び口を開く。
「すまんが、楽しくて仕方がない……ッ! 結局、なぜ俺を、いやサシャを狙った?」
「破滅を呼ぶ、あの女はな……」
「そうか、お前ひどく頭が弱いやつなんだな」
グラハムは男から離れると剣を逆手で持って走り出す。
「やはり、言っても無駄か」
「あぁ無駄だ、そのような根拠のない理由だけでサシャを殺させてたまるか!」
「だが破滅の因子は取り除く必要がある」
「破滅破滅と、貴様はなんだ!」
グラハムが剣を右腕で振るうと、男は左腕でその斬撃を防ぐ。
驚愕するグラハムだが、すぐに瞳を細め殺気立った表情で地を蹴って背後に下がる。
フードの男の、腕部分の布が切れてその腕にガントレットがついていることがわかった。剣で切れない頑丈なガントレット、それは盾を持っていると考えていいだろうとグラハムは舌打ちを打つ。
しかたがないと、グラハムは剣を両手でしっかりと持つ。
「貴様はトラウマの塊だな」
「ッ! ……なぜ、そう思う?」
「いや、長年生きていればわかる」
グラハムは眼を見開くと、剣を振るう。
再び男の剣とつば競り合うが、力を込めてその剣を吹き飛ばして続けざまに男の首を狙って剣を振るった。
だがその剣が男を切り裂くことなく、男は少し後ろに体をそらしてグラハムの斬撃を避ける。
「矢蔵刃睦月、貴様は本当にわからない奴だな」
「俺のことを―――ッ!」
男の手には、光と共に大きな鎌が現れた。
首を切断するかのように振られたその大鎌を、グラハムは背をそらして避けると剣を投げる。投げられた剣は回転して男へと飛ぶが、男は体を横にしてその剣を避ける。
剣はそのままレンガ造りの塔に突き刺さった。
グラハムは左手で鞘を持ち、右手を柄に添えて走る。
「何者だ、なぜ俺を!」
「どうしようもないクズのくせに真面目に見せようと必死になり、プライドという仮面を被りながら、お前は何がしたい! 信念もないならば、ここで散れ!」
「散らんさ、まだやるべきことがある!」
グラハムが男の前で居合切りを放とうとするも、男は引き抜かれた刃を大鎌の柄で防ぐ。
なんらかの石で造られたかのような素材なのにも関わらず切れないことにグラハムは驚愕する。
左手の柄をくるっと回して剣のように持つと鞘を使って突きを放つが男は大鎌で刃を防ぎながらもその突きを避ける。
もう一度鞘を逆手に持つと刀を大鎌から素早く離して突きを放つ。
「っ!」
男が攻撃を避けようとするも、僅かに肩に掠って赤い血が流れた。
笑みを浮かべたグラハムだがそれも束の間、男は大鎌をクルッと回転させると刃をグラハムへと振り下ろす。
舌打ちを打って屋根を蹴ったグラハムが男から距離を取る。
「厄介な、サシャの力を借りていれば当然と言えば当然の力か」
「なに?」
「我が剣ノーデンスの穢れとなれ!」
男がグラハムへと接近しようとするがグラハムは刀でその鎌を受け止める。
グラハムは心の中で『剣じゃないだろう』と思いながらも突っ込みを入れる余裕もなく剣を受け止めるのみだ。
だが、力点をずらして大鎌を受け流すと、グラハムは流れるような動きで男の腹を切り抜ける。
刀を納刀するとそのまま走ってレンガに刺さった剣を引き抜いたグラハムが振り向いて男の方に視線を移す。
「なっ!?」
振り返った瞬間、そこにはすでに男がいて大鎌を振り上げていた。
手に持った剣でその鎌を受け止めながらも、あまりにも強い力にグラハムが背中を付けている背後の壁がミシミシと音を鳴らす。
サシャに強化魔法をかけられていなければどうなっていたかわからない。
「ぐっ……」
「貴様のような奴はクズだ、現状をかき回してすべて無にするためだけの存在だ、破壊の因子は取り除く必要がある! あの女も、お前も!」
「だから、なぜ俺とサシャがっ!」
「目に見えぬものしか、目に映ったものしか信じぬ者たちになにを伝える! なぜ伝える! 意味をなさないことをしてどうする!」
「なぜ決めつける!」
「わかるからだァ!」
男は大きな声を上げて、グラハムの剣を鎌にて無理矢理弾き飛ばす。
宙を舞った剣が男の背後へと突き刺さると、グラハムは右手を刀に伸ばそうとするがそれよりも早く男が鎌を消して拳をグラハムの腹部に叩き込む。
手甲に包まれた拳による重い衝撃がグラハムを襲い、肺の中の空気が一気に排出された。
「ならば信じてどうする、あの女か己自身を殺せるのか!」
呼吸困難になりながら、なんとか息を整える。
ガクガクと足が笑っているにもかかわらず絶対に膝をつかずにそのまま立つ。
「くだらんプライドだな」
「ハァッ、ハァッ……なぜ、片方が死なねばならんっ!」
「片方が死ねばそれで破滅を回避できる」
グラハムはふらつきながらも男を睨みつける。
そうでいながら、右手を刀の柄に添えようとした。
「無駄だと言っているだろう!」
男は拳をグラハムの顔めがけて振るう。
だが瞬間、赤い閃光が男を吹き飛ばした。
その赤い閃光がグラハムの前に立ち、男は数メートル吹き飛ばされるも両足で着地するとグラハムの前に立つ者をフードから僅かに除く金色の目で睨みつけた。
グラハムは安心したような笑みを浮かべてから壁に背中をつけて力を抜く。
「助かったよ、オルトの旦那ぁ」
「なに、少しばかり不安だったこともあってこちらに来てみれば、やはりまだまだ不甲斐無いな」
「オルトの旦那にかかっちゃこちとら形無しってもんだ」
おかしそうに笑うグラハムだが、オルトはやれやれと首を振ってから頭のシルクハットを片手で押さえながらフードの男に視界を移す。
話し方からして他の者を相手にするときとは大きく違うが、それだけグラハムがオルトをかっているということだろう。
ともかく、グラハムはオルトの戦いを黙ってみることにした。
オルトと男が視線を交差させる。
先に動いたのはオルトの方であり、赤い閃光となり男へと奔った。
一方の男の方も白い何かを纏い白い閃光となって奔る。
「まるで、次元が違うな」
フードを被った男に手加減されていたことがわかり、苦笑しながらもその光景を眺めた。
白い閃光と赤い閃光が街の屋根を飛びながら何度もぶつかる光景、まるで自分では追い付けない次元の戦いだがあそこまでになりたいとは思わない。あれについていくということは人間の域を超えるということだ。
今現在、サシャの魔法により強化されている時点で人間を超えた動きをしているのだ。
人間を辞めたくはない。
「グラハム様!」
声が聞こえてくると、グラハムは刺さっている剣を引き抜いて背中に差すと屋根から飛び降りる。
飛び降りた先にはサシャが立っていて、グラハムは周囲を見渡す。
人っ子一人いない状況に上の戦闘を見れば当然かと思いながらサシャをお姫様抱っこする。
「ぐ、グラハム様!?」
「とりあえずこの街を出る、こうなってしまえば跳んで行ってもバレまい」
「わ、わかりました!」
「行くぞ!」
サシャを抱えたまま地を蹴り、跳ぶグラハム。
家の屋根を蹴ったグラハムが砦を蹴ってさらに跳ぶとすしてヴォルスの外へと出る。
着地して、何事もなくグラハムは走って森の中へと入るとサシャを降ろして近場の木に背を預けてずるずると地面に腰をつく。
もう敵もいない、このザマを見せて屈辱的な相手もいない。
「くそっ…」
痛む腹部、体中も徐々に痛くなってきた。
これが負担という奴だろうと理解して、グラハムは痛みに耐える。
あれだけの動きをしたのだから当然と言えば当然なのだが、どうにも納得いかないのはフードの男を倒せてないからだろう。
グラハムはあの男に純粋な苛立ちを覚えた。
「あの程度の男にっ」
「あれはたぶん、それなりにすさまじい武器なんだと思います。下から見上げていただけでしたがそれでも伝わるほどの高密度の魔力を内包した魔具……たぶん、グラハム様の武器では到底及ばないレベルです」
「武器の性能で負けたわけではあるまい」
「まぁ、身体能力もオルト様クラスでしたから異常なのは確実です」
やはり異常だということはわかっていても、どうにも納得できない。
理屈じゃなく、プライドや心の問題なのだ。
「サシャ嬢、魔具とはやはり……そう手にはいるものではないか?」
「いえ、魔具自体はあまり珍しいものでもないんですが問題は彼の持っていた武器がどの程度のものかにもよります。たぶんグラハム様が持っているその極東式の剣と同じように身体強化もするんだとは思うのですが……」
「遠くから見てみたけどあれはダメだねー」
そういって現れたのは、メシスだった。
ゾンビで土着の魔物とも自分で言っていた彼女がどうしてここにいるのかグラハムには不思議でたまらない。
とりあえず立とうかと思ったが体中の痛みにその余裕が無かった。
だがそれを察したのか、メシスが笑う。
「いやいや気にしないでよ、とりあえず回復魔術だけかけておくね」
メシスがグラハムのそばに膝をついて黒く光る手を当てる。
まず最初に痛みが引き始めて、徐々に体が楽になっていくのが感覚的にわかった。
「どういう意味だ、あれはダメとは?」
「まぁあれは超特殊な武器でねぇー私たちが観測も移動もできないような“平行世界”や“この星の外”を含めても一つしか存在しない武器なんだよ。唯一にして絶対、それが魔具ノーデンスってものさ」
「ノーデンス……」
どこかで引っ掛かりを覚えながらも、グラハムは少し考える。
そんなグラハムの表情に感づいたのか、メシスはちょっとばかし驚いた表情を浮かべて聞く。
「君のいた世界にも、旧神……エルダーゴッズの存在はあったのかい?」
その言葉でようやく彼は感づいた。
「なるほど、そうかそういうことか……旧神ノーデンス」
「あったんだね、そう別名偉大なる深淵の王」
「ロード・オブ・ザ・グレード・アビス……まったく、若気のいたりで中学生の頃に覚えた知識が異世界で約に立つとはあの頃は思いもしなかったよ」
グラハムの言っている『中学生』という単語はサシャにもメシスにもわからなかったが、ともかくグラハムのいた世界で『クトゥルフ神話』だとか言われていたものがこの世界にもあるとは思わなかった。
しかし、元居た世界と違うのは明らかにそれが現実のものだと思われているということだ。
大概の人間は神話などを信じたりしないようになっているグラハムの世界。それと違いこちらの世界はあきらかに信じるべき証拠などが残っていることもあるのだろうけれど、まさか自分がそれに関わるとは思わなかった。
だからこそ、グラハムは笑みを浮かべて傷は治っても若干痛みを覚えながら立ち上がる。
「簡単に手にはいるとは思ってはいないが、そのレベルの魔具を手に入れられるように頑張ってはみるか……」
「私たちは魔族側でもない君を助ける道理はこれ以降無いけどね?」
メシスに言われて確かにと首を縦に振るグラハム。
そうしていると何かが近づいてくる感覚がして、オルトが現れた。
「逃がしてしまった。まったく不甲斐無いな」
「いやオルトの旦那、だいぶ助かったよ……正直あのままじゃ危なかったからな」
「大事ないようでなによりだ、あの街の中の話を聞かせてくれ……魔王城でな」
「あぁ、任されたよ」
ともかく、今は依頼終了を告げるのが先だろうと、グラハムはサシャとメシスとオルトと共にナヴィ、しいては魔王城へと向かうこととした。
ちょっと行きより遅くなった感は否めないが戦闘後なのだから仕方がないだろうとグラハムは歩く。
そして歩いていると、道の向こうから見覚えのある何かが走ってくるのがわかった。
「待たせたわね」
「カロドナ、自動四輪車を持ってきてくれるとはありがたい」
カロドナが運転してきた自動四輪車、元居た世界で言えばバギーと言われるであろうそれに乗り込む面々。
助手席にはオルトが座り、グラハムを真ん中にサシャとメシスが後部座席に座るとカロドナは“片足”でしっかりとアクセルを踏み込んで車を走らせた。
―――ん?
そこで疑問に思ったグラハムが後部座席から乗り出してカロドナの足を見る。
「な、足ッ!?」
「あぁ、こういう時に楽でしょ? 私ってこういうこともできるのよ」
「勿体ないな」
残念そうに言うグラハムを見て、口に手を当てて笑うカロドナ、それにつられるように笑うメシス。
二人に笑われてどうしようかとサシャを見るとサシャはなんだか微笑んでいてオルトは無表情に見えた。
どうしたものかと黙っていると、カロドナが話を始める。
「いや、私の下半身を気持ち悪いっていう人間を見ても、私の下半身がこの状態で勿体ないなんて言う人間がいるなんて……世界って捨てたものじゃ無いわねー」
「なぜカロドナたちラミアの下半身が気に入らないものがいるのか俺は理解に困る」
そういって座席に背中を預けるグラハムが、空を見上げた。
澄み渡る青い空が、茜色を帯びていくのが良くわかり、そんな空を見ていればすぐにナヴィのに着いて自動四輪車を降りることになる。
なんだか名残惜しさを感じ自動四輪車を眺めるグラハムだったが、カロドナが降りて下半身を蛇に戻すと眼をそちらに向けた。
「良いな、やはりそちらの方が俺は好く」
「不思議な人間ね、まったく」
グラハムは笑みを浮かべて『当然だ』と宣言した。
その後、ナヴィから転移により魔王城の魔王の間へとやってきたグラハムとサシャ、オルトとメシスとカロドナの五人。
グラハムを除いた四人は並んで地面に膝を着いて頭を下げる。もちろんカロドナは膝をつけないがサシャに頭の位置を合わせて頭を下げた。
四人が頭を上げて立つと、椅子に座った魔王が笑みを浮かべて立ち上がる。
「ご苦労だった、グラハム」
「この矢蔵刃睦月、依頼を達成したと言えるのでしょうか?」
「とりあえず、街内はどうだった?」
魔王の言葉に、グラハムは余計なことを言わずに答えることとした。
「まず、魔族は奴隷化が進んでいるようで魔族の街やらが近いあのヴォルスの地は魔族を捕まえやすいとのことです」
「なるほど……そちらの方は危険か」
「結構危ない店などもあるようですので、攻めるのであれば早くした方が利口であると考えますが?」
「攻める……か」
どこか憂鬱そうな表情で言う魔王を、グラハムは心の中であきれた。
自らの同種がそのような扱いを受けていてどうしてそうやって悠長でいられるのかグラハムにはわからない。この世界で言えばグラハムの同種と言える者は言えないからこそこういう感情でいられるのかもしれないと思うも、やはり魔王は異常だと思った。
戦争をしかけてくる相手のことを思いやり、攻めあぐねる。
正直その優しさを、グラハムは純粋に―――。
「ありがとうグラハム。動くのはもうちょっと情報を集めてからだな、報酬はなにが良い?」
―――気持ちが悪いと思った。
あとがき
とりあえず、今回の話はでライバルとも言えるような言えないようなキャラクターが出てきました
彼のことに触れるのはもうちょっとあとになります
次回は、これまた戦闘が入ると思いますので次回もお楽しみいただければ僥倖です!




