10【人の街】
ナヴィ近くの森の中。
グラハムは地を駆け、背中の剣に手を駆けて引き抜くと同時に鋭い突きを放ち大きな人型を突き刺す。
胸にその剣が突き刺さった緑色の人型ことオークは真っ直ぐに倒れる。
最近、ナヴィ近くに出たという『オークの賊の討伐』が今回の依頼である故に、オークを相手にしていた。
やはりナヴィ近くでなにかをする人間などいるわけもなく、結局相手は魔族だけだ。
「まったく、人間側もこうなると気になるな」
そう言いながら、グラハムは剣を片手で投げる。
横に居たオークをその剣が貫き木に張り付けるにすると、走り出すグラハムが左手で腰に装備した鞘を外して持ち、木に突き刺さった剣を足場にして跳ぶ。
オーク三体がグラハムを追うが、身を翻すグラハムが、刀の柄に手を添えて、抜くと木を斬る。
倒れた木がオークたちを押しつぶすが、まだオークたちはいるようで弓を持ちグラハムに向けて矢を放つオークたち。
重力に従い地に落ちながらも、グラハムは自らを襲う矢をすべて刀で切り裂き、着地する寸前に刀を鞘に納めて腰に着ける。
着地と同時に真後ろの剣を抜き放ち、その剣を片手に降りかかる矢をすべて切り裂きながら進み、オークの弓を切り裂き、追い打ちに左手で刀を逆手持ちに引き抜きオークを真っ二つにした。
「まだやるか―――ッ!」
まだ三体のオークが残っているのを視覚で確認すると、グラハムは剣を背中の鞘に納刀し、両手で刀を持つと迫る矢を切り裂く。
走り出すともう一度刀を納刀して左手で鞘を持つと、目を細める。
「まったく、頭が悪いッ!」
悪態をつくと、グラハムは走りながら刀を抜刀し、振るいながらオークたちを走り過ぎていき、そのまま立つと刀を一度回転させてから鞘に納める。
音と共にオークたちの体がバラバラに砕けた。
そんな光景にもすっかり慣れてしまったグラハムはため息をつきながら刀を腰に装着する。
矢蔵刃睦月がエリスから刀を受け取った日から、二日の時が過ぎた。
あまり変わらぬ日々だが、少しずつだがこの世界のことを知りながらも日々を過ごして今日もまたギルドにクエスト完了の証拠たるモノを渡しに行く。
その報酬を受け取ると、グラハムはすぐに依頼板に張り付けられた依頼書を見た。
「うむ、なにか良い依頼は……」
「グラハム様」
「ん?」
振り向くと、そこには少しばかり懐かしい顔があった。
「サシャ嬢、どうした?」
「いえ、ちょっとした事件がありましてそれの件で」
そんなことを聞いて、グラハムは考えるように顎に手を当てる。
「どういうことだ?」
「ギルド貢献者の中でもトップクラスの者に出す予定の依頼だったんですけど、いっそのことグラハム様に依頼しようと言うのが魔王様の意思です」
グラハムは正直驚いた。
あまりにも驚いて、驚きすぎたせいでいつものキメ顔を忘れてすっかり口を半開きにしてしまう。
直後、彼は顔を押さえながらため息をつく。
「はぁ……俺はギルド貢献者のトップクラスではないぞ?」
「貴方がいるのなら、それが一番だったんです」
「上手く考えたな」
もう一度深いため息をつくとグラハムは踵を返して両手を組む。
そんな彼の背中をじっと見るサシャは、何かを望むような表情をしている。
振り返ったグラハムは少しばかり眉を寄せながらいう。
―――魔王城へと、案内してくれ。
そして魔王城。
グラハムはサシャの案内により、初日に来た部屋こと魔王の間へとやって来ていた。
大きな椅子に座る魔王を視界に入れたまま、グラハムはわざとらしく深いため息をついて肩を竦める。
「こちらに来させてもらったのは、そちらからのギルドへの依頼内容を承るためですが……大した考えです」
「まぁ、思いついたのはサシャだがな」
先ほどと同じように驚いたような表情をしたグラハムだが、先ほどよりも再生は早かった。
「サシャ嬢、思ったよりしたたかな方だ」
「えへへ、ありがとうございます」
褒めたわけでは無く皮肉で言ったつもりなのだが、純粋なサシャはそのまま褒め言葉と受け取ったようだ。
彼としては自分を“利用”したのだからもうちょっとしたたかであったほしかったと思わないでもない。
まぁ、純粋なサシャの方が自分といしても心に優しいと思い数度頷く。
「まぁ、納得だな」
「とんだ穴だったな、魔王軍の手伝いでなくギルドの依頼をさせる」
「汚ないとは言わんが報酬と依頼内容を聞かせてもらおう」
グラハムがそう聞くと、魔王は頷く。
「今回の依頼は、人間側の街ことヴォルスへの潜入と内情調査」
人間側の街ということは、グラハムが入りやすい。
大体のことをなんとなく察っせたグラハムだったが、内情調査の意味がわからずに言葉を待つ。
だが言葉が返ってくることがなく、グラハムは言葉を発する。
「内情調査と言っても、多種多様でしょう」
「そうなんだが何から調査して良いかわかってない状況なんだ、とりあえずは……魔族たちの扱いなどが気になるところだな」
「なるほど、了解しました」
そう言って頷いたのちに、グラハムは眼を先ほど違い嬉々とさせた。
「して報酬は?」
「ん、考えてないんだよ実は」
「なら断る」
目を細めたグラハムがそう言った瞬間、魔王の隣にいた男が腰の鞘の剣を抜いて飛び出す。
鎧もつけず、偉い軍人っぽい服を着た男がグラハムの前に着地して剣を振り下ろした。
「こちらが我慢していれば貴様ァッ!」
グラハムが右手で左腰の刀を抜き放ち、その剣を受け止める。
片手で振り下ろされた剣を片手の刀で防ぎながらもグラハムは嬉しそうに笑みを浮かべた。
先ほどまでの動きを鑑みても、格闘だけの話であればエリス以上の実力である。
「ハハッ、気が早いな……だがっ!」
グラハムが左手を首の右に伸ばして背中の剣を引き抜く。
だが、剣を振り下ろす前に男は床を蹴ってグラハムから離れる。
振り下ろされた剣は床に斬撃の跡を残すも、男を切り裂くことはない。
「気だけでなく、動きも早いな」
笑みを浮かべたグラハムが剣と刀を納刀しいつも通り、左手で鞘を外して持つ。
居合の構えを取るグラハムと両手で剣を持つ男の二人が一触即発後という雰囲気で睨み合う。
思いっきり戦闘中の雰囲気を醸し出す二人だが、そこにいるのは二人だけでない。
「落ち着けお前たち!」
魔王の大きな声に、男が剣をしまうとグラハムも同じく戦闘態勢を解く。
「報酬に関しては考えてないからこそ、お前の望むものを用意するつもりだ」
「なるほど、ならばそれを受けるだけの意味はありそうだ」
「貴様また偉そうにっ!」
受ける側が偉いのは当然だろうと思いながらも、グラハムはため息をついた。
だが、その忠誠心だけは尊敬に値するだろう。
「ならばこの依頼、受けさせていただく」
ようやく依頼を受けると言い、魔王とサシャは微笑を浮かべて頷いた。
二人の好感度を稼いだ―――それだけでも十分だろうと、謂わばギャルゲ脳をフル回転させてグラハムは踵を返して依頼された場所へと向かうことにする。
魔王城から転移でナヴィに戻ってきたあと、ギルドに出向きサシャが依頼を登録した直後にグラハムが受けた。
そしてグラハムとサシャの二人はナヴィを出て、いつもとは違う方角の門から馬車に揺られて、目的地の途中の道まで行くと歩く。
サシャは青い肌をそのままに、グラハムと共に歩いてヴォルスの前へとやって来た。
ナヴィと同じような巨大な砦の扉の前に立つグラハム。
立ち止まると、すぐに兵士が二人現れる。
「貴様何者だ!」
「グラハムと言う、少し向こうの方に行っていてな…街に入ってもいいか?」
「貴様は人間のようだが、そちらの魔族は?」
「俺の奴隷だ」
グラハムがそういうと、男たちが顔を見合わせて話をした。
それにしてもやる気がなさそうな雰囲気をした兵士たちだと、グラハムは斬るのに苦労しなさそうだと内心で笑う。
「……良いだろう、だが奴隷用の首輪ぐらい用意しておけ」
「……あ、あぁ」
動揺しながら返事をするグラハム。
扉が開かれて街の中へと入るグラハムとサシャの二人。
先ほどの言い方に引っかかりを覚えたグラハムは、念のためにサシャの隣に行き小声で話す。
「なるべく近くにいてくれ、先ほどの話からすれば魔族が奴隷というのも珍しくないように思える」
「は、はい」
周囲の通行人から魔族への悪意的なものを感じとったのか、サシャは周囲をキョロキョロと見ながらおびえているように思えた。
ならば、彼女は自分が守るほかないだろうと思いながらも街を歩く。
周囲の人間はただ、歩いているようだがサシャを見ると七割は少しばかり嫌な表情をしたりもする。
―――残り三割は……いやらしかったり、殺意だったり、本当に危険な類だな。
グラハムは、舌打ちをして歩きながら横に目を向けた。
大通りを行く馬車の荷台には鉄製の牢があり、その中にはサシャと同じような青い肌の魔族や角の生えた魔族などもいる。
「反吐が出る」
忌々しいと言うように小声で言うと、グラハムは左手を鞘にかける。
一応、サシャに危害を加えられるわけにはいかない……魔王からの依頼の追加条件という形で、サシャを任せられたのだから当然というものであった。
だがそれにしても、なぜサシャを任せられたのか?
謎は多いが、それにしても難易度は一気に上がったと思う。
グラハムは歩きながら、周囲の建物を見る。
「なんというか、魔族側の街とは雰囲気が違うな」
隣のサシャにつぶやくように言うと、サシャが頷く。
「そうですね」
「テレビで見たことしかないが、ロンドンとかに似ている」
「てれ……?ろん、どん?」
「いや、なんでもない」
微笑してそう答えると、家をつくる赤いタイルなどのせいだろうかと考える。
だがなによりも違うのは、三階建て以上の家があるせいだ。
周囲の建物が大きく、その分影も多いし魔族側より道も狭い。
それが悪いとは言わないが、魔人より人間の方が数が多いのは明らかなほどの家の数だった。
「一つの家に何人もで住むなんて、城以外では考えられませんね」
「そうでもないさ、城と同じと考えれば良い」
「?」
サシャはわけがわからないという雰囲気を出して首をかしげるので、グラハムは頷いて歩き続ける。
目的地はと言えば、特になく内情調査ということなのでどちらかというと人の話を聞くなどをしていきたい。
だからこそグラハムは人が良さそうな人間、それも女性を探すがどうにも見つからず、妥協して男に話を聞くことにした。
「すみません、この街に来るのが初めてなんですがこの街のこと教えていただけませんか?」
営業スマイルと言えるような笑みでグラハムが聞くと、男は笑みを浮かべて答える。
「この街は昔から魔族の領地の隣だろ? だから魔族を狩って来てそれを売買することを主な産業としてるんだよ、だからここは奴隷商売やらが多いわけだ」
「ほぉ」
「魔族をいろいろ好き放題できる店とかも裏道に行けばある……って兄ちゃん、奴隷持ちかい」
「まぁここに来る前にいろいろと」
「そうかい、まぁ金持ちは良いねーしかもその手の綺麗な魔族は特にうらやましいってもんよ」
その後、ちょっとした雑談を交えながらグラハムはその男から離れるとその道を外れてもう少し人通りが多い場所に行くことにした。
人通りが少ない場所は危険ということがわかったからだ、もちろんサシャに危険という意味で、である。
「さて、サシャ嬢は魔法を使えたか?」
「……え?」
横を歩いていたグラハムが突如立ち止まり、ボソリと言う。
サシャがそれを理解できずに止まっているとグラハムは続けて口にする。
「他人を強化する魔法、なんていうのはできるか?」
「えぇ、可能ですが……負担が大きくて」
「じゃあ頼む……選んでいる場合ではなさそうだ」
つぶやくと、グラハムが殺気立った眼で視線をある一点に向けた。
サシャは意識を手のひらに集中させてグラハムの腕に触れる。
よく見れば、赤い魔力がサシャの手からグラハムの全身へと回っていくのがわかり、サシャはそうしながらもグラハムの視線の先を辿って大通りを挟んで、道の向かいに立っているフードを被った男を見た。
瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えると男が腰の剣を引き抜いて飛び出す。
地を蹴っただけで十分な突進力を持ち、突進してくる男をグラハムは強化された動体視力で捉え、男と同じように地を蹴り飛び出した。
グラハムと男がぶつかりあうところで、グラハムは男を切り裂こうと抜刀するが男がそれに合わせて剣を振るい、お互いの刃が鍔競り合う。
二人は同時に地を蹴って再び同じ場所へと戻る。
「なんだ?」
「どうしたどうした?」
周囲の人間たちがグラハムと男のことを興味深そうに見ることにより、グラハムは目立ってしまったと舌打ちを打つ。
下手に目立って内情調査に問題が出るのは好ましくない。
だが、こうなってはどうしようもないというものである。
グラハムはフードの中から僅かにのぞいた片目を見ると、八重歯を出して不敵に笑みを浮かべた。
あとがき
とりあえず戦闘に始まり戦闘に終わったということで、次回は戦闘からはじまります
ちょっとだけ、伏線を入れながらこれからどんどんと話は展開していきますので
次回もお楽しみいただければまさに僥倖です




