閑話:イルの過去
閑話を少し挟みます。
夏の暑い日差しの中スーっと夏風が窓をノックする。
ふと読んでいた本から顔を上げ窓をあける。
晴天の空には雲一つなく風が部屋に入り私の髪をなびかせる。
ふと目を上げると枝の先で鳥が鳴いていた。
「君はこの大空を自由に飛べる翼があっていいね」
私は笑いながら手を近づけジッと見つめる。
顔を横にし考えているのかしばらく待ってみると指先に降りてきた。
「君はいったいどこから来たんだい?ん?」
手を近づけて話しかける。
「返ってくるわけないのに期待しちゃだめかな」
私はそういうと手を伸ばし鳥を放す。
物語の中でしかわからない日々はどんなに楽しいのだろうか?
それに比べて私は何だろうか?誰にも理解されないまま死んでいくのだろうか?
森林の一番奥の人目につかないこの家を訪れる人などいるわけもなく時々やってくる鳥や野兎などと戯れる日々を甘受しているだけ。
母を亡くしてどれくらいの時が経っただろうか?この家にある本は何度も何度も読み終えてしまった。
私の心は固まりに固まって孤独を甘受し安堵する日々を神様は許してくれるだろうか。
物語の中でしか知らない世界に私は憧れてもいいだろうか?
この無機物の家の中から出て生きてもいいのだろうか?
ウッドチェアに腰をおろし独特の音を奏でる。
母がいなくなり私だけになったこの家の住人はいつもいつも考え悩んでいた。
私は遺伝性がとても高く父親の特徴を強く遺伝した。
それは人目見たら如実にわかる外見だった。
色素を亡くした白い髪。
月の光に照らすと銀色に透けて見える不思議な髪。
私の母は青色だったがよほど遺伝性が強いのだろうか?一切の色がつかなかった。
私が成長し父から受け継いだ経験や知識からしても明らかに異質なものだった。
人は集団の中で生きている。その集団の中から1つの異質が生まれたらどうなるだろうか?
父は生まれた町を追い出され髪を炭で染め生きてきた。
私の叔父にあたる人も過去の経験から必ず何かしら髪を染めて生きてきた。
白銀の髪を持った私達一族は過去の文献を紐解くとこう記されているらしい。
「彼の者たちは生きる本であり何人たりとも害することは許されない」と。
歴史家からは「原書」と呼ばれ王族からは「古書」という名前で呼ばれていた。
私達一族は自分の子供か伴侶にすべてを授けてこの世を去るらしい。
物覚えついたばかりの私は何かわからないうちに父から授けられ笑って逝ってしまった。
言ってみれば眠りから覚めた物だ。
私という存在を核に過去の人の物が枝分かれして伸びていく。
それはどの文字であってどの文字でもない、でもそれは文字とわかる。
それが光りながら高速に回転していて、最初は一つの輪かと思えば全面折り重なるようにそれになり一斉に無秩序に動き出す物だ。
膨大な知識量に知恵熱が出ながらも体のあちこちが作り替わるように体験がついていく。
頭には知識が、体の内外には経験が。
何年もの時が過ぎたような感じはしてもそれはまばたきほどの時間であった。
私という自我が成長したのあった。老成したと言っても良い。
意識すればどこまでも細かく見えるようになり、今まで知らなかったこの世界の詳細を知った。
初めて外の世界を知ったのである。
本の中だけの自分の世界が一瞬で広がったのである。
それからの記憶は私にはない。
膨大な知識のせいで脳が処理しきれなくなってしまったようだ。
「ここはいったいどこだろうか?」
口に出した声が部屋を反響して消える。
埃がたまった部屋の中に崩れた王座が一つ。
壊れた壁からは日の光と自然に取り残された国がそこにはあった。