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九話

毎度お待たせ致しました。

ようやく九話更新でございます。

楽しみにしていた方も、そうでない方も死街地忌憚の世界をご堪能下さいませ。

 瞬間、二つの銃口が向かい合った。まだ、向こうからの『開戦の合図』は無い。距離も遠く、此方からでも視界に捉えることは出来ない。ただ、人に紛れて漂ってくる硝煙の臭いが位置と距離を知らせてくれる。先ほどの狙撃者か、それとも別の飢えたカラスか。

 相手は一向に撃ってこようとはしない。きっと、今から頭の中では、秒単位が時間単位に変わるだろう。これが三分も続けば、流石に精神的に参ってしまうかもしれない。

 それでも銃口は下ろさない……下ろせない。今まで感じてきた中では、最高の恐怖感だ。この銃口の先に並ぶ目は、一体どんな狂気を混じえていることやら。

 とは言え、此処で立ち止まっていても何も始まりはしない。肩を揺らしながら、その方向へと足を進める。呼吸を浅くしながら、足音は立てずに。人と人の間を縫いながら、猫の様に身体を踊らせる。後から付いて来るヨルも、私の真似をしながら追いかけてくる。

 向こうから動く気配はなく、ただ奥の闇に紛れながら立ち竦んでいるだけのようだ。

 ――気味が悪い。

 銃口を再び前へと向ける。

銃口の先に、獣のような金色の瞳が光る。身を返しながら、距離を置いて容姿を眺めた。月を背にして、私の顔を睨みつける目が細められ、口元が緩められる。背格好からして、私より少し年下の少女であろうか。その行動一つ一つが艶やかで、妖しげである。

 手には、彼女の身体に見合わない、地に付く程のライフル。

 そんな彼女に見惚れている間に、その銃口が前を向き、地鳴りのような咆哮が商店街に轟く。耳の横を吐き出された鉄の塊が横切り、頬に抉ったような跡を残して、背後の壁に喰らい付き、弾けた。その顔に艶やかな笑み等、一切無くなっている。

その代わりに、蛇のような雰囲気を纏いながら、追撃の準備を流れるように進める。

 耳の奥を撃ちつける物を抑え付けて、私は頬を伝い、流れてくる血を舐め取り、撃鉄の上がったイーグルの銃口を目の前にいるケモノに向けた。狙いは良好、外れはしない。

 気に食わない。肌を傷つけた事より、壁を壊した事より、そんな事よりも――。

「私は起きた後の目覚ましと、胸のある女は嫌いなの」

 二つの咆哮が交合わさり、先程まで静寂のに飾られていた夜の街をカーニバル会場へと変貌させる。一方的な砲撃は普通、二発同時の発砲音は死合いの合図。

 金の両眼が揺れ、硝煙と共に身体を柔らかに使い、忍び寄る。そして、一瞬と経たぬ内に喉元に銃口を押し付けられた。無駄な動きなど一切無く、精錬されている事が一目でわかる。

「随分な口を叩いた割には、銃の腕前は人並み以下ですわね?」

 皮肉の様に、冷ややかに言い放たれた言葉。それも、彼女の表情には似つかわしくない、柔らかな口調で顔を見上げる。反射的に身体を離そうとするが、それに合わせ向こうも離される事を良しとしない。舌打ちをし、後に構えていた左足を振り上げ、銃身を踏んだ。

 それを足場に、上へと跳躍し逃げる。ついでに、右足で頬に『置き土産』を添えて。

 空中で反転した後、四肢を地面につけるようにして着地。上体を戻し、口許を緩める。

 しかし、彼女は動揺した様子も無く、無表情のまま後に反らしていた上体を起こし、ライフルを両手で構え直した。それは傍目から見れば、綺麗な物だったろう。まるで、人間離れした身のこなしだったのだから、魅入られるのも不思議では無い。

 だが、それも第三者から見ればの話だ。私にとって、彼女は化け物としか見えない。

 間を取ったのは、失敗かもしれない。ライフルの一撃を受けるのは流石に辛い。

 イーグルを構え、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整える。

「あら? 貴方こそ、銃の腕と違って運動能力は皆無のようで?」

 皮肉をこめて、言葉使いを真似て挑発するが、向こうは耳栓でもしているかのように動じない。いや、実際に銃声に耐える為に精巧な耳栓を装着しているのだろうが。

 せめて、感情を露わにしてくれれば、少しは有利に事を進めれただろうに。

「人形さん、は。オモチャ箱で寝てろ!」

 三度目の咆哮と共に、イーグルが跳ね上がり、その反動が肩へ伝わる。

 これで残数は六発。かなり不味い状況であるのは、確かだ。やはり、奇襲に備えてマガジンを余分に用意しておくべきだったかもしれない。と、後悔しても虚しいだけだ。

 命中した事を願って、着弾したであろう人影を見据える。しかしながら、その願いも無意味だったようで、月光を纏った影がゆらりと揺れて無事を知らせた。長期戦に持ちれ込みたくは無いし、かと言って一発で倒れるとは到底思えない。と、なれば残る選択肢は。

「ヨル! 撤退するから、早く下がって」

 叫び、ヨルの腕を掴んでヨルの路地を駆ける。

 いつの間にか、集まってきたギャラリーが煽り文句を飛ばしている。中には顔見知りの住人達も居る様だが、私を助けるつもりは特に無いらしい。まあ、期待なんてしないけど。

 もう一段階スピードを上げると、背後から、ヨルの間抜けな悲鳴が上がった。

「後から、撃ってく……死ぬ! 死ぬから」

 

 分かってるから、そんなに暴れないで。

 流石に私も、完全無欠の機械少女と真正面から張り合う義理などない。

 いや、それよりも腑に落ちない事が数点ある。本当に小さな物だが、凄く奥の方で引っ掛かっている。

 あの時の狙撃は例えるなら、鷹の様な銃撃だった。殺気を晒すことなく、引き寄せられるように、私たちを縫うようにして銃弾が撃ち下ろされた。しかし、彼女の放つ銃弾は飢えた猛獣の様に、嫌と言うほどしつこく追いかけ食らいついてくる。質が全く違う。

 今も向こうは走り回り、追い詰めるように私の後ろを付いて来ている。

 もう一人いる。一対一の銃撃戦じゃない。第三者か、それか女の仲間だろう。

 どちらにしろ、不利な事には変わりない。できるだけ二人から離れたいが、長距離ではライフルで狙われて側頭部を打ち抜かれるのがオチ。出来るだけ高速で移動できるもの……は。

「ヨル。前方にある青いセダンに乗り込むから、あなたは運転をお願い」

「またカーチェイス? 逃げ回るのは好きじゃないんだけどね」

「そう。それじゃ」

 プラスチック製の窓を叩き割り、そのまま中の助手席にいる男の横頭に捻じ込むようにして、銃口を押さえつける。

「ここから、攻めに転じるとしましょうか」

 男の両手が上がり、苦笑いと共に自動小銃が数滴の血と共にシートの上に落ちた。

 そして、そのままの状態で手早くシートの隙間から後部席へ移る

 その隙を見計らって、ヨルが運転席へと乗り込み、差し込んでいたキーを回す。

「ああ、いけないヨ」

 唸るようなエンジン音が耳に届き、そして。

 そして、予告も無く身体が後ろへと倒され、後頭部に柔らかな衝撃が響いた。シートがクッションになったのだろう。脳震盪にはならなかったものの、頭に思い何かが乗ってるような感覚が湧き上がる。ヨルの方も突然の発進によって、小さな悲鳴のような声を上げていた。

 ただ、前に座っている男は能天気な表情のまま、嘲笑うような笑みを浮かべている。

「それ、オートだからネ。オタイも止め方わからんヨ?」

 崩れていた身体を叩き起こし、声がした方を睨みつける。そして、ヨルの肩越しに見える速度メーターを横目で捕らえ、確認する。針は上まで振れ上がっていた。外を見ると、トラックが揺れることなく横を並走している。数秒で此処まで加速できたら大した物だ。それどころか、障害物や一般市民も巧みにかわしながら、ヨルの街を無灯火で疾走している。

 数十年前に作られていれば、ノーベル賞ものだっただろう等と思わず感心してしまう。

「この車。何処にいくの? あいにく、ヘル・オア・ヘブンなんてギャグは好きじゃないわ」

 男は無言のまま、前方の看板を指差し妖しく笑む。

 そこには、大きく『この先、千代田区』と書かれていた。

 ああ、またあそこへ赴けと言うのか。内心、溜息と安堵が口から零れた。

 運転席に座っていたヨルも気が抜けた様子で、シートに背を預ける。

「それは良かった。そろそろ、還りたかった所なんだ」

 まるで、ふたつの声が重なった様に車内を震わせていた。

 きっと私は狂っていたのだろう。あんな場所は二度と御免だと思いながらも、片隅ではもう一度だけあの場所へ帰りたかった。もしかすると、逆なのかもしれない。それはいつからだったろうか、ヨルと出会ったときだっただろうか、ヨルの血を舐めた時だっただろうか、それとも頭が壊れてしまったのだろうか。ああ――狂っているだけなら。

 狂っているだけなら、ただ求めるだけで良かったのだ……在り得もしない居場所を?

 ヨルの横顔が視界に写る。その顔は、とても綺麗で嬉しそうで寂しそうだった。

 今から鏡を覗けば、そんな表情が目の前に写るのだろう。

「よーそんな顔が出来るもんやネ。見知らぬ場所へ連れてかれるかも知らんのに」

「知らない場所じゃないもの」

 間抜けな声が男の口から落ちて、音を立てる。

 何処からか、ネコの鳴き声が聞こえた。

「だって、私にとってあの場所は」

 ――ああ、やっぱり私は狂っている。


 ひやりとした空気が頬を撫でる。数日前に来たばかりなのに、なぜか懐かしさを感じる。

 コレが既視感というやつだろうか。なんにせよ車から降りた瞬間、とても安心感を覚える事が出来た。まるで、ここが生まれ故郷であるかのような錯覚さえも覚える。

 ――もしかしたら、案外そうなのかもしれない。

 小刻みの足音が聞こえ、そちらを振り返った。あのライフルを背負った獣の目をした女。

 その桃色の唇から、綺麗な音色が奏でられることはあるのだろうか。

「ありがとうございます、リンシャオ。不躾な招待で申し訳ありませんわ」

 いや、全くだ。だが怒る気にもなれず、運転席で寝息を立てていたヨルを引き摺りだした。まあ、いきなり夜型に転換しろと言っても無理な話だろう。眠そうな目を擦りながら、車から這うようにして、小さい唸り声と共に地面へと降りてきた。

 そして、ようやく立ち上がる、と共に私の肩へと倒れるようにして凭れ掛かる。

 その様子を見て、女の方が口を開き……閉じる。その動作を数回した後、隣から褐色の男が――リンシャオというようである――が、フォローするように話し始めた。

「ドーモ。オタイ、リンシャオ言います。この方は寧。深澤ふかさわ ねいです」

「ん……そう言うことです。以後、お見知りおきを」

 咳払いをして、女――ネイ――は頬を赤く染めながら、頷いた。

 さっきまで暴れていた様子など、内に隠れてしまったかのように穏やかである。

 例えるならウサギ、小鹿、まあ人畜無害な小動物っぽい印象である。少し堅い言葉づかいではあるが、家柄の都合というやつなのだろう。むしろ微笑ましいくらいだ。

「さて。じゃ、詳しく聞かせてもらえないかしら? それとも」

 刹那、轟音を立て五台近くのトラックやワゴン車が対地ミサイルの如く突っ込んできた。

「この人たちに、教えてもらえるのかしら?」

 土煙の止まぬ中、全ての車のドアが開け放たれ、黒いサングラスとスールを纏った男たちが降りて来た。全員の手に重火器や象を一撃で撃ち殺せるような、大口径のライフルを携えている。まあ、随分とベタな演出をしてくれたものだ。

 服装からしてアメリカ……いや、ドイツ軍か。最近は無粋な異国者が増えて困る。

 その集団の中から、頭が剥げている髭面の中年オヤジが姿を現す。体に緑色の軍服を身に纏い、舞台にでも上がるかのような、悠然とした態度でこちらに歩み寄る。

 まるで、それは――『彼』が蘇ったかのような――そんな雰囲気。

 こちら側の誰かが彼の名前を呟く。

それは何重にも重なって……だが乱れることなく、その場に留まった。

「新聞記者連れてこようか? タイトルは一世紀の時を越え、ヒトラー復活?」

 ヨルが冷汗を流しながら、しかし表情は変えず呟いた。

 その声を見計らったかのように、ネイが車に顔を向け淡々とした表情で。

「記者? なら居ますよ。その車のトランクで、血を流しながら眠ってますが」

 何となく見当がついた。車の後ろへ回り込み、トランクを開ける。

 ホコリっぽい臭いと共に、中からロープで巻かれ、口に猿轡を噛まされた上に腹の真ん中を貫かれている、金髪の見知った顔が現れる。その情け無い姿に、思わず溜息が漏れた。

 その目は見開かれ、懇願するような目で此方を見ている。

「用意周到ね。ま、仕方ないか」

 その猿轡を外し、ワイシャツの胸倉を掴んで立たせる。

「良かったじゃない。今からスクープ映像が観れるわよ。私のストーカーやってて初めての儲けじゃないかしら?」

 彼の頭を軍服の男の方へと向け、目を開かせる。生理的な痛みか、それとも恐怖か、彼の目尻から大粒の雫が溢れ、頬を伝い、コンクリートの上に染みを作った。

 彼の身体は震え、だが目を逸らす事も出来ずに、ただ男の方を呆然と見ている。

 いや、それだけの感情でもないのだろう。彼は確かに見惚れていた。この街の情景と彼の放っている異彩の雰囲気に。それらに彼は確かに見惚れていた。

 ヒトラー“モドキ”の口が歪み、ドイツ語であろう言葉が降ろされた、その直後。

 周りから破裂音が聞こえ、私達が立っている周りの地面が捲れ上がった。

 掴んでいた手の先から、小さな振動が聞こえる。おそらく彼は失神でもしたのだろう。

 だが、片方の“義眼”は気を失っていないらしく、あたりを見渡すように動きまわっている。なら、と彼の身体を起こし、車のボンネットにその背中を預け、目を開かせ固定する。

「よーく見ておきなさいな。これからの『狂劇』を」

 言い終える前に、ヨルが私の横を抜け、二人の軍人の間に割り込み、そして銀色のナイフを振るった。

 狂ったような叫び声が響き、地面に長さの違う、二つの腕が音を立てて落ちる。

 そして、身体を揺らして、また次へ移動する。だが、その侵攻は赤い液体によって止められた。それは血とは明らかに違い、透明度が限りなく水に近い。例えるなら色水だろうか。

 その色水は地面に溜まっただけだった。しかし、動き始めたヨルの横で、何かが産み落とされ、地面を這いずり回っている。虫……あの時の虫とは違い、丸々と太って今にも破裂しそうである。と、思った瞬間、そのうちの一匹の頭が奇妙な音と共に潰れ、あの赤い水が溢れ出してきた。その水は腐臭を帯び、時折意思を持っているかのように揺れる。

 それを何事も無かったかのように、ヨルは虫を踏み潰して、肩を垂らした。

 そして、その淡い色を下唇から、いつもと違う低い音が発せられる。

「まだ、こんな事してたんだ?」

 それは、彼らの横暴を咎めるような音楽を奏でるように。そして沈黙。

「もう何年ぶりだっけ? すごい偶然だよね。また会えるなんて」

 広場には、ヨルの低い声だけが響き渡る。

「貴方には感謝してるよ。この虫はとても良い」

 そう言ってヨルは横首から、太い管状の幼虫を引き摺りだした。細かくは観察できないけど、口の部分には無数の針が奥の方まで続いている。嫌悪感が背筋を襲った。

 喉の奥から、何かが混ざり合っている液体が逆流してくる。

 最初は、ただの撃ち合いだけで、最後には周りにピンク色の内臓を掻き出された死体だけが残されて終了。そんな、簡単な風に考えていた。だが、今の状況はどうだろうか。

 ヨルを除いた三人が、蛇の女神に睨まれた様な、束縛された空間に閉じ込められていた。瞬きする事さえ出来ず、視界すら固定され。喉を動かすことも出来ず、呼吸すら支配される。それでも汗が流れる事は無く、苦しさを感じる事も一切無い。不思議なものだ。

 不意に肩に重力が掛かり、がくりと膝が折れる。先程の感覚は完全に無くなっていた。

 横には、ネイが三匹分の虫をつまんで立っていた。

「まったく。手癖の悪い人たちですわね。いつの間に“こんなの”を付けたのですか? 女性の肌を軽軽しく触るのは非常に不躾な事だと、習いませんでしたか?」

 そう言って、三匹の虫を握りつぶす。また赤い水がコンクリートを濡らす。

 ネイの目が閉じられ、そして開かれる。あの獣の目が顔を覗かせた。

 しかし例の中年男は、その様子に動じることなく、私が良く耳に入る言語で彼女に応える。

「私達の祖の教えは、異国の女共は子を産む道具ですらないと言う教えなので、申し訳ない」

 謝る様子も微塵も無く、そう卑下た応えを言い放った。カチリと横で撃鉄の上がる音がする。いや、私の手元の代物も、いつの間にか用意は万全だった。そして、二人分の溜息。

 私は戦いが好きでは無い、怪我をするのは嫌いだから。私は殺し合いも好きじゃない、自分も死ぬリスクを負ってしまうから。だから、私は――気に食わない奴等への、一方的な殺戮は大好きだ。口許が緩むのがわかる。指が引き金に掛かったのが分かった。

 さて、あと数分で此処に立っている事が出来るのは、何人だろうか。

「その黒ずんだ内臓を脇腹から引き摺りだして、このウィンチェスタで汚い尻を順番に犯して差し上げましょう。泣き喚こうとも叫ぼうとも、この檻からは出られませんわ」

「右に同じ。まあ、私は初心うぶだからご期待に添えるかどうかは分からないけど」

 二つの動作が重なり、そして弾けた。透明な赤いシャワーが降り注ぐ。

 コレは、コレ等は人間では無い。思う存分壊し続けろ、と私の中の何かが告げる。

 その提案に思わず、私は笑みを浮かべてしまった。そうだ、あれは人間じゃない。

 殺さなければ。壊さなければ。一つ残らず、消してしまわなければ。

 何かの声が聞こえる。いや、あれはラジカセから聞こえてくるBGMだ。肉が避ける音が聞こえる。ちがう、あれは人形の布を切り裂いた音。何も気にすることは無い。

 ほら、二つビー玉が地面に零れた。ほら、ピンク色の粘土が地面に落ちた。それに混じって黄色い綿が零れ落ちる。何も考える必要は無い。人形を壊せ、壊せ、壊せ。

 いつもの様に躊躇無く、引き金を引けば良い。弾が無くなれば、爪で切り裂け。

 ――どうやって?

 昔はいつもやっていた。当たり前の様に爪を立てて牙を剥き、獲物を食っていたじゃないか。だから、心配要らない。私は知っている。人間より高く跳べる方法を、早く走れる方法も、感情を押し殺して獲物を追い、息を止める方法も。だから、心配なんて要らない。

 横でネイがライフルを振るいながら、軍服を赤へと染めていく。

 さあ、次で最後。しかし、叫びにも似た声が広場に轟いた。

「ストーップ! 待て、お前等。平和的な対話をしよう。いや、マジで。双方とも銃を収めてくれ、出来れば沸騰しすぎてる血の方も収めてもらいたい」

 声をした方にあるのは、毎週のように顔を合わしている無精髭を生やした親父顔だった。

 ――倉谷?

 自分の手を見てみた。ねっとりとした感触が腕を伝い、感慨も無く地面へと落ちる。

 私は何をやっていた? この愛銃で、この手で。

 横目で地面を見る。上半身が欠けた人間と、そこから溢れ出るピンク色の臓器や、クリーム色をした脂肪の欠片が転がっていた。私は人形を壊していただけなのに。

 ――私は何をやっている?

 ヨルは淡い光が漏れている月を背に、呆然と立ち竦んでいた。だが、その顔には微かに笑みが浮かんでいる。彼は――誰だ? 私が見知っている、無邪気な少年とは掛け離れている。一体、此処は何処なのだろう。私が知っている街なのか、それとも異国の町なのか。

 いつの間にか、私の頬は緩み、ヨルの笑みに応える様にして、私も笑みを浮かべていた。

 悩む必要も無い。私は、私なのだから。私はやりたいようにしただけなのだから。

 昔、倉谷に言われた言葉が少しずつ、霞んでいく。ああ、なんて言われたんだっけ?

 確か、とても大切な言葉だった気がする。思い出したいのに、思い出したくない。


 でも今は必要無い。だって、私はもう――■■■なのだから。


それでは、予告しておきましょう十話は4月29日に更新します。問答無用で。

それを含め9日連続で更新予定でございます。

勿論、容量は同じです。ご期待くださいませ

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