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一話

この小説内では、少々残虐な描写が多々あります。

少しといえど、心構えだけ、お願い致します


第一部


 あの日、東京は何十年か振りの戦火に包まれた。某三大国の戦火が関係のなかった日本を巻き込み、東京の夜間営業バーからアパート、旧国会議事堂に至るまで、すべてを焼き尽くした9ヶ月に渡る戦争は、大国の内の一つアメリカが日本を斬り捨て単独勝利と言う形で終わる。わが国の死者は推定5万人を超え、日本政府のアメリカへの降伏、及び東京以外の貿易都市、工業都市の明け渡し。この二つによって、日本の平和な時代は幕を下ろし、それと同時に東京の無秩序都市化が始まった。この戦争は後に第3次世界大戦、もしくは三国大戦、六ヶ国大戦と呼ばれるようになる。

 私はあの日、友達と一緒に学校から帰る途中だった。いつもの用に女友達と喋りながら歩き、時々クラスメートの男子が寄ってきて、話に混ざってきたり、サッカーボールを追いかけながら走り去っていったりと、相変わらず退屈で平和な日の終わりだったのだ。

 だが、それが一瞬にして目の前から崩れていった。私が自動販売機でオレンジジュースを買おうと友達の列から離れた時、私の背中に熱いとも冷たいとも思えないような風が通り過ぎて、次いで地鳴りのような音が耳に響いた。

 私は思わず目を閉じ、耳を手で覆い、膝を地面に落とす。ようやく、地鳴りが鳴り終り、私が目をあける頃には、そこに地獄のような光景が広がっていた。私が立っていた店の向こう側が溶けた様に無くなっていて、その真ん中には綺麗に、右半分だけが溶けている男店主と、隣には死んでいるはずなのに何時間も煮込まれていたかのように、ドロドロに溶けて目だけが動いている人間だったモノが在った。

 私は友達が歩いていった方向に首を向け、その光景を目に焼き付ける。死んでいないのに生きてもいない。目を動かせるが見えていない。人だったのに形が無い。そこに退屈な日常などありはしなかった。

 

 ラジオをつけてみると、一応電波は通じているらしく、途切れ途切れの情報が耳に入ってきた。どうやら、戦争の巻き添えを食らったらしい。アメリカが他の国に力を見せ付ける為、兵器を日本に落としたのだろう。続いて、男の声が聞こえてくる。こちらは被害情報を伝えている。まるで他人事のような口ぶりで淡々と……。

 そして、後にこんなふうな言葉が付け加えられていた。被害を受けた都市を隔離し、住人はそこから出ることを禁じ、中に入るための電車一本を残し全てを止める。

 その時、初めて私たちが飼育箱の中に詰め込まれた、動物のような扱いになったことを知った。無論、アメリカからの謝罪など一切無く、一部の人間は気が狂ったかのように、残った家族を襲ったり、気が触れたようにケラケラと笑っていた。

 例えるなら、それは生き地獄。人を例えるなら、それは飢えに飢えた獣。

 後から調べてみた所、東京の真ん中を除いてドーナツ状に被害を受けていた事がわかった。勿論、周辺の県も被害は受けたようだが、こちらとは違い地震で倒壊したような状況だった為、完全復興は時間の問題であろう。だが、東京はまるで違っていた。焼け野原と言うでもなく、建物や人それから動物。まるでカレーの具材にでもなったかのように、ドロドロと流れ、あるものは不敗臭を発し、あるものは奇声を上げ、殺してくれと近くに居る者に懇願している。

 精神が安定していた者も、それを見て発狂していった。

 再びラジオから『生き残り、放射能を受けてしまったモノを駆除するため、殲滅部隊を派遣する。一人殺せば五万円、十人殺せば百万円』まるで狩りを楽しむ猟師の様に、アナウンサーは楽しそうに言った。きっと、周りの人間は一人も聞こえていないだろう。

 今、生きている事が出来ても、明日になったら殺される。それを知っているのは、私一人だけ。

 それなのに、私は涙も出なかったし、気が狂うこともなかった。私の頭は理解していたのだろう。この日が来る事を確かに理解していた。そして私は銃を取り、狂った街中を住み慣れた街のコンクリの上を歩き始めた。ずっと、幼い頃から聞かされていた、あの唄に沿いながら。


 私は頬に当る冷たい感覚で目を覚ました。

 まったく、この街は何故こうも変わらずにいられるのだろう。普通、もっと落ち込んだりしても良いだろうに。よく、こんなつまらない日常を繰り返せるものだ。

 全員そんな事を陰で言っているだろう。

 そう愚痴を零しても、結局は皆『つまらない世界』に入り浸って生活している。何せ、未だに学校や図書館は通常通りに通わされているのだから、人間の無駄なほどに大きな生命力はゴキブリ並と言っても良いくらいだ。 

 こんな事を考えている私も、その世界の中の一人なのだから、まったく呆れてしまう。

 ソレでも私はマシな方だろう。他人、友達、両親とさえ深く付き合う事は無かったのだから、誰かが死んでしまって他の人と関係がギクシャクしたり、心が病んだりする事も無かった。そう考えれば、私は『面白い世界』に足を踏み入れている事になるだろう。とは言え

 私はコンクリートに寝転がり、街に残っている数少ないネオンに目を向ける。なんて、空っぽな空間だろうか。人も居なければ車も通らない、住んでいると言えばゴキブリと野生化したペットぐらいである。そんな所で住んでいる人間たちなんて、碌なものではない。

「お、不良の逆引き篭もり少女は今日もゲーセンで寝泊りか? そんな格好で寝てると悪い男に攫われちまうぞ」

 せっかく、闇に落ちていた意識が引き上げられ、私は声の主の方に向かって、出来るだけ不機嫌そうな顔で睨みつけながら、その顔を見ようと身体を起こす。と、同時に今まで地面に付いていた、ウザったいほどに伸びている私の赤い髪が顔に掛かった。赤と言っても染め損なった部分が所々にあるため、お世辞にも綺麗とは言われないだろう。

「なんだ、シロか。今日が家賃の支払日なんだ。今帰ったら、アンタの耳についてる穴より大きいのを付けられる。」

 乱雑に切られ、ボサボサになった茶髪、両耳にピアス、そして何より夏だと言うのに暑苦しいほどに着込んだコート。それはまさしく、私の唯一といって良い『真っ当な知り合い』であり、私の天敵である、白羽キョウ。それに間違いなかった。

だが、何故か向こうは嫌な顔をしながら、私の顔を睨んでいる。

「その名前は止めろって言わなかったかミケ?」

「じゃあ、貴方も名前で呼ぶのを止めてくれない? 随分前にも、苗字で読んで欲しいって、言ったんだけど」

 葉月己家、自他ともに認める引き篭もりで中学を2年で中退、引き篭もりのくせにアパートに帰らず、様々な事をしながら自給自足の生活を続けている不良少女。仲良くなかった母親と姉は戦争で死に、父親は東北の方へ行ったきり、家には帰ってこない。

 コレが、戦争が終わってからの私に足跡だ。随分変わっていると言われるが、目の前の茶髪男ほどではない。何せコイツは、女好きで酒類好きのくせに女性恐怖症で、酒に弱い。これだけ変な奴は他に見た事がない……と言っても、今はこいつしか真っ当な知り合いが居ないから、比べようが無いのだけれど。

 ついでに言っておくと、コイツは高校に通っている。不良のような格好をしているが、テストの成績は毎回の様に10位以内をキープしている為、髪の色を元に戻しピアスさえ取れば、いい大学から推薦が来る。と言われているらしい。それでも本人にやる気が無いのつまり、宝の持ち腐れというやつだ。

「まだ、対人恐怖症は治ってねぇのか? 数少ない友達の一人なんだから、名前で呼ばせてくれよ」

 そう言って、シロは悪戯っぽい笑みを浮かべたまま顔を近づけてきた。

「酒臭い」

 その言葉と同時にシロの顔面に私の拳が入り、彼は仰け反るようにして道路側に倒れてしまった。そう言えば、こいつ喧嘩には滅法弱いと評判だった。この前は中学生の3人組に囲まれてオロオロしてたのを見た事がある。まぁ、放って置いた私も私だけど。

 それにしても、此処で倒れているコイツをどうしようか。いや、考える間もなく結論は出ているのだけれど。

「放って置いても死なないかな。バカは風邪ひかないってね」

 結局、そのあとホームレスの人やら野次馬が来て、シロを担いで何処かへ連れて行った。

 今は、公務員である警察は全く動きもせず、女で遊び、挙句の果てには麻薬売買にも携わっていたりする。変わりに、ホームレスの人間や家と家族を無くした人達がボランティアのように集まり、無料で犯罪者を伸している。とは言え、被害者から礼金を貰い、その上で犯人から金品を剥ぐ事ができる。

ある意味、一番美味しい仕事と言っても過言では無い。ちなみに、私はホームレス達とは仲が良い。戦争後からの付き合いの者も居るし、クラスメートの子も混じっている。

そういえば、さっきから妙に視線を感じる。ああ、濡鼠みたいな格好だからか。いや、それにしても、これは見られすぎている気がする……な。

「っ……付けるの忘れてる」

 この雨、早く止んでくれないかな。


 さて、目も覚めてしまったコトだし、久々に放ったらかしにしている家へ帰るのも良いだろう。勿論、濡れた服の上から布を巻いておいた。

 滞納している家賃は、まぁ何とかなるだろう。

……ああ、そう言えば郵便受けもそのままだったんだな。今頃は新聞やハガキが溢れている事だろう。


 歩く事、十分。コンクリで覆われた、いたって普通のアパートに辿り着いた。周りを囲んでいる庭と思しき箇所には、雑草が生い茂り、陽のあたらない場所には、キノコや苔も生えている。そんな風景を尻目に、私は非常階段を重い足取りで上っていく。

 全く、私以外に住人なんていないのに、なんで最上階まで上らなければならないのだろう。そう愚痴りながらも、私の部屋の前に辿り着いた。

案の定、郵便受けは新聞とハガキで溢れかえっていた。それに付け加え、固形化しかかっている牛乳、カビの生えたパンまでもが入っている。しまったな、これは想定の範囲外だ。とりあえず、手で触れないものはゴム手袋をはめながら、ビニール袋に放り込んでいく。途中、私に宛てられた手紙が何枚も見つかったが、殆どが私を中傷するような手紙だった。

「三十六枚。よくこんなにも書いたものね」

 結局、中傷の手紙は同じ住所のものが三十枚と別の手紙が六枚。あと、白紙のをあわせると四十八枚。しかも三十枚の手紙は、全て切手が張っていない。ホントにご苦労なことだ。マシな手紙は四通ほど。しかも、電気の供給取り止めを知らせるものだった。まったく、今日は嫌な事ばかりが続く。

そういえば、この郵便受けの収容量に際限は無いのか? 前は五十枚くらい入ってたコトがあったぞ。

「ん、まだ一通余ってたか」

 差出人不明、住所も無し、切手は貼られており、宛名だけは書かれている。そして裏には緑色のインクで、近くの公園の名前が書かれている。あぁ、どうやらコレがトドメのようだ。


 私には一応定職がある。筑三十年の五階建てアパートを事務所にしながら、まともでない仕事をしているのだが、最近では滅法少なくなった。

「此処のアパートを貰いたいのだが、幾ら程出せば宜しいかな」

 声をしたほうを振り向くと、そこにはサラリーマン風の髪をきっちり整えた男が、スーツケースを持ったまま額の汗を拭きながらポツリと立っていた。見た目普通だが、明らかに持っている物が場違いすぎる。第一、此処の住人が建物を変える事などない。こいつは「私と同じ側」の人間だ。

 ああ、見ない振りをしたかったのだけれど、どうやらダメらしい。仕方が無い、面倒臭いが仕事をしないと、こっちも生計が立たない。

「生憎、お金は欲しいのだけど、住む所がなくなると困るの」

 私は渋い顔をしながら無感情に、そう言い放った。男の方から臭ってくる整髪料の独特の匂いが鼻につく。

 「新参者なら覚えといたほうが良いわよ。ここじゃ、決まった人間と時間にしか銃口を向けてはいけないっていう規則があるの。わかった? こんな、ボロアパートよりダンボールの中で暮らした方が断然、金は儲かると思いますよ。なんなら、良いダンボール建築士でも紹介しましょうか」

 向こうは最初から聞くつもりも無いのだろう。すでに懐から拳銃をちらつかせている。

 正直、呆れた。脅している暇があれば、スーツ越しから撃ちこめば良いのに。そうすれば、素人なら簡単に仕留めれただろう。もし相手が玄人だとしても、充分な威嚇になった筈だ。

 それでも、男は笑みを崩さずに此方へ一歩ずつ近づいてくる。

「大人の言う事を聞かないとダメですよ」

 最後の方は聞き取れなかった。

私の体が後ろへと跳んだ瞬間、耳を覆いたくなるような轟音が人気の無いアパート街に響き渡る。

 男が持っていたのはイタリア製のサブマシンガンSMG821……名前と格好だけは知っていたが、実物は見た事がない。随分前に生産が止まった筈だが、まだ在るとは思わなかった。

 だが、撃ち込めば言いという物でもない。銃と言うのは当らなければ、子供達のエアガンの撃ち合いと何ら変わらないし、反動も大きい。

 結果、私への被害はゼロだった。勿論、事前に反応しきれたと言う事もあるが、向こうの腕が悪かったのが大半の理由だろう。ただでさえ命中性の無い銃を撃っていると言うのに、完全に腕がブレていたし、撃ち終わった後も装填の仕方がまるで素人だった。

「おう、客人がいるみたいだな。やんちゃ娘」

 不意に後から声を掛けられる。良く見知った、いや覚えざるを得ない顔があった。

 長く癖毛の多い髪を色付きの輪ゴムで括り、無精ひげを生やしている。どう見ても変質者染みた格好で、普通の子供なら見るだけで逃げ出しているだろう。

「うるさい。私は呼んでないし、コンティーニュー無しのシューティングゲームなんてやりたくないわよ」

「ああ、ちなみに一発撃ったら三万円だからな」

「アンタ、それでも市民を守る警察官?」

「ホームレスだよ……お?」

 会話は途切れ、男の手が握っているサブマシンガンが再び無数の鉛玉を吐き出す。

 今回は流石に不意をつかれたが、肩と膝に一発ずつ掠っただけに終わった。とは言え、やはり痛いものは痛いし、生身なのだから血は出る。私は痛みに耐えながら、充分に立てになりそうな壁まで逃げ込み。体に巻いていたタオルで、二つの傷口を止血する。

「おい。なんで俺まで巻き添え喰らわにゃいかんのだ? 今はライターと御守りしかもってないんだが」

 気だるそうな声が横から聞こえる。

「なら発砲許可をもらえませんか、保安官さん?」

 すぐに身体を離して、代わりに後の部屋のドアに身体を預けた。

「だぁから、ホームレスだよ。んー二万円」

「分かった五千円ね」

「……おい」

 私は、横から聞こえる憎らしい声を無視し、背中を預けていた部屋の扉を開けて、中に入った。生活観の無い、空っぽの箱のような部屋にドアの閉まる音だけが響き、窓から入って来る陽の光だけがぼんやりと顔に掛かる。窓のカーテンを閉め、光を完全に遮断し、少し乱れていた呼吸と衣服を整える。

 ゆっくりと足音が近づき、そして止まる。

 おそらく、ドア越しに撃つ事はしないだろう。向こうは真正面から撃ってくる事はあっても、逃げた獲物を追ってくる血気盛んなタイプじゃない。

 そして、それが良い判断か悪い判断かと言えば、どちらでもない。 

 ドア越しに無闇やたらと銃弾を撃ち込むか? そうすれば一発は私に当るだろう。だが、ドアに設置型の爆弾が仕掛けられていれば、一発目で自分の上半身がはじけ飛ぶだろう

ドアを開けて手榴弾を投げてくるか? それなら、安全に私を殺すことが出来るだろう。だが、空けた瞬間に銃口が向けられているかもしれない。

 ドアの前で立ち止まって、出方を伺うか? 窓から逃げられるだろう。

 なら一番、良い方法は何か。

「……火薬臭いねぇ」

「全く、こちらの経済状況を考えて欲しいわね。一部屋吹き飛ばされるだけで、何十万払わなきゃいけないのか。頭が痛くなるわ」

「はは。こっちは耳が痛いよ」

 こちらの会話が、終わるか終わらないかという微妙な折に、目の前を黒い板が通り過ぎ、続いて破裂音が聞こえた。

 どうやら、さっきの板は吹き飛ばされたドアの一部らしい。部屋ごと飛ばされはしなかったものの、焦げ臭い臭いが部屋に充満している。

 私の隣で突っ立っていた「自称ホームレス」が両手を挙げて呆然としていた。

 部屋の片隅に無造作に置いてある棚の上から、おもちゃコーナーに置いてある様なモデルガンをひとつ手に取った。

「これから、うるさくなるわよ。その手、耳に当てときなさい」

 別におもちゃで威嚇しようとは思わない。

 私は、モデルガンの銃口を玄関の人影に向ける。

まだ撃ってこないのは、思ったよりも音が出てしまい、動揺しているのだろうか。いや、武器を持ち替えている。サブマシンガンより威力が高い重火器か、それとも拳銃か。

どちらにせよ、警戒するに越した事は無い。

「なあ、降参しようよ。ねぇ?」

 後から、また情け無い声が漏れる。

「今、どうやって逃げようか考えてるから、黙って」

 向こうも、先ほどの一撃で手札が無くなったのか、そこから動く様子は無い。B級ドラマのように先に動いたほうが負け、なんてことは無い。

 もし、こちらが握っている物がモデルガンだと分かれば、向こうは撃ってくるだろうし、分からなければ、銃を下ろしてくれるか……まあ、撃ってくるだろう。

 そう考えると、向こうの方が何倍も動き易い。未だに撃ってこないのは後ろに居る、アイツのおかげである。

 膠着した状態が二分程たった時、以外にも私の後で竦んでいた「自称ホームレス」の手から、丸い輪のような物が投げられ、地面で破裂した。俗に言う、ネズミ花火である。

 茶地なものであったが、以外にも男は驚いた様子で、充分な隙がで来た。

「ナイス。そっちの引き出しから、何でも良いから銃とっ……て」

「逃げるぞ。昼間からドンパチなんて、やなこった」

 「自称ホームレス」が私の片腕を引っ張り、窓へと走る。

「バカ。背向けてどうするの!」

 叫んだと同時に、カーテンが開けられ再び眩しい光が部屋に差し込む。それを合図とばかりに、再び銃弾が飛び交う。とは言え、こちらは一発も撃てずに逃げているのだから、一方的に打ち込まれていると言ったほうが良いだろう。

 だが、奇跡的にも致命傷になるような場所に、弾が当らなかったのが不幸中の幸いだろう。ただ、肩と足のキズより十倍痛かったが。

 私は窓を開け放ち、枠に足をかけた。

「あ、れ? ここ高くない?」

「当たり前でしょ。五階なんだから」

 溜息も吐けぬまま、横で膝を震わせている荷物を手に取り、思ったより近く見える地面へと飛び降りる。顔にぶつかる風がやけに気持ちいい。

 最初は抵抗していた荷物も、今では借りてきた猫のように大人しくなっている。

 そう考えている間にも、私たちと地面との距離は縮んでいた。そろそろ、頃合だろうか。

 私は身体を捻り、出来るだけ衝撃を和らげられるよう、仰向けの状態から直立の状態へ体勢を変える。途中、背の関節が軋んだが、気にしない。

 程なくして、片足が地面に接し、大人二人分の体重と重力分の重さが足に加わる。

 だが、痛みはまるで無い。

「葉月。塀から落っこちて、真っ二つに割れたのはなんだったけか?」

「卵でしょ」

「俺は長い間生きてきたが、五階から落ちて、割れなかった卵なんか見たことねぇ」

「ゆで卵ならカラしか割れない」

 なるほど。と言ったか、言わなかったは聞き取れなかったが、私は隣に置いてあったバイクにカギを差し込み、エンジンをかける。

 この街で、無免許運転は日常茶飯事だし、免許センターなんてものは、あるはずも無い。

 これも、自分がゴミ捨て場から拾ってきたものだから、どう使おうと自由だ。別にこれで逃げ切れるのだから、念には念を入れたい。私はモデルガンの銃口を部屋に向け、引き金を引いた。

 出てきたのは、BB弾でも煙でもない。ただ無機質なカチッと言う音だけ。だが、それと同時に、今まで銃弾が飛び交った部屋が一瞬にして焼け飛んだ。ただ、それだけの事。

「どうせ、あそこは使う機会も無かったんだし、良いでしょ?」

「爆薬一箱につき、一万円」

 さっきまで震えていたと言うのに、この立ち直りの速さは何だろう。

「助けてあげたんだから。千円で良いでしょ」

 そう何度も金を払わなければいけないとなると、コッチの生活にも以上が出てくる。

 生憎、缶詰数個で細々と食い繋いでいく生活なんて、考えただけでも嫌になる。

「こっちは、女房とガキが家でニコニコして待ってんだよ」

「遺影の中で?」

「おう。お供えものは、ステーキか刺身かホールケーキかなにが言いと思う?」

 先ほど、出せなかった分の溜息と混ぜて、深く息を吐き出す。

 この男ならやりかねない。以前、コイツの身内が収まっている墓の前を通った時は、確か特上の寿司ネタが置かれていた気がする。しかも半分腐っていた。

 多分、死人をここまで大事に扱うのは、コイツか死に際が迫っている爺さん位だろう。

「とりあえず、私はステーキなんて高級品は食べた事無いわ」

「はは。どうりで胸が無い筈だ」

 私は急ブレーキを掛け、後に乗ってバカ笑いしている荷物を地面に捨てる。そして公園に向かい、傷だらけのバイクを走らせた。




ここまで読んでいただき、大変嬉しく思います。

如何だったでしょうか? と言っても、まだ冒頭。

ここから、もっと広げていくので何卒、長い目で見ていただけると嬉しいです。

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