寝顔
寝れた体をバスタオルで拭いてる恵理子の後姿を治は見ていた。
すらりと伸びた足、ふっくらとしたお尻が青い水着に隠れている。
バスタオルで水分を取られた長い髪は、まるでお風呂上がりのようになっていた。
先ほどの余韻が残っているのか、それともこの数分で「大人」になったのかは分からないが、
水着の後ろ姿を、目をそらすことなくじっと見つめている、恥ずかしいと言う感覚が無くなっている自分に気が付いた。
その自分の目線は、週刊誌の写真を見る時の気持ちと少し違う事にも気がついていた。
2人が今いる場所は、岩場の少しくぼんだ所。洞窟とまでいかないが、日差しは入ってこない。
海の傍に立ってバスタオルで体を拭く恵理子とその向こうに見える夏の日差しと青い海が一枚の写真のように治の目には写っている。
「はいこれ」と言って治にお弁当を少し恥ずかしそうに差し出して微笑んだ。それと、半分凍った麦茶。
一口飲むとても冷たくて美味しい。
「ちんたかけん、うまかね」
「やろー昨日の晩から凍らせたとよ」と治の手からポットを受け取ると恵理子も一口飲んだ。
「関節キッスやね」と悪戯っぽい目で言う。
結局治が弁当の殆どを食べた、恵理子は自分はあまり食べずにただ黙って見ていた。
食べ終わったら、治はそのまま横になって寝てしまった。
恵理子はさっきから流れていたカセットテープレコーダーのボリュウムを少し下げて、
すでに、寝息を立てて横で寝ている一つ年下の治を見ていた。
この人が私の初めての彼なんだわ、そう思うととても嬉しく思う。
これまで一度や二度なら告白されたことはある、でも自分から告白したのは初めての事。
報復事件があるまで、恵理子は治の事を知らなかった、「秀才」が入学してくることはなんとなく聞いた事が有ったが。
特に興味は無かった「自分とは違う世界の話」と思っていたから。
そしてあの報復事件を起こしたのが「伊藤治」だと知ってびっくりした。
頭の良い人は「メガネをかけて」「真面目そうで」「気弱」と言うイメージだったのに、
この彼は違った、「色黒」で「艶の無い無表情な顔をしていた」とても「秀才」のイメージからほど遠い。
その年下の1年生を初めて見た時に恵理子は何故か惹かれた。
そして昨夜海岸に彼はいた、思わず「伊藤君だよね」と聞いてしまう程、教室で見た彼とは別人だった。
明るい笑顔、朝などは村の子と同じで漁の手伝いをしたり、別世界の人種かと思っていたけど何も変わらない。
ただ時折見せる寂しげな顔が恵理子には気になった。
でも今横で寝ている彼は、2年生、、いや高校の皆が知っているある意味人気者、
好意を寄せてる女性も多分大勢いる。実際自分のクラスにもこの彼を好きだと言っている友達が数人いるぐらいだから。
そんな人と二人で泳ぎに来て、お弁当食べてくれて、さっきは海の中で抱き合った。
それが妙に嬉しいような、誇らしいような気がする。
「この人が私の初めての彼なんだわ・・」
治の寝顔を横に座り恵理子は見ていた。
知らぬ間に乾いてしまった恵理子の長い髪が、サラサラと風に揺れている。初夏の海だった。
翌日の朝、いつもの慌ただしい朝が終わりセーラー服に着替えて浜の入り口のバス停に行ったら、
すでに皆待っていた、勿論彼の顔も見える。
昨日の夕方海からの帰りに月曜の朝帰る事は聞いてたから、驚きはしなかったが、胸はときめいた。
「おはよう」と言って横に立つと「おはよう」と彼が顔を見て言ってくれたのが嬉しい。
この村の高校生は、男子が一人女子が3人の4人だけ、その3人の目が「恵理子、伊藤君と付き合うんだって?やったね!嬉しいだろう」と言っているように感じて少し恥ずかしかった。
朝のバスは、大人達も学生もお年寄りもみんなが利用するから混んでいる。
座る席がなくセーラ服の恵理子とジーパン姿の治は並んで立った。
「ジーパン乾いたと」
「うんにゃ、まだ少し濡れちょっけん気持ちん悪かよ」と治が言うから
「どら」と言ってジーパンのお尻の所を恵理子は触ってみる、少し湿っていたので、
「ほんなこち、濡れちょっね」と言ってクスッと笑った。
「今日学校終わったら下宿に遊びに行っても良かね」
「うん、良かよ」
恵理子は鞄からノートを出して治に下宿の地図を書いてもらった。
治は学校のひとつ前のバス停で降りて行く。
恵理子は、放課後の事を考えて嬉しくなっていた。