蒼海
「まさ!起きんね!」と言う声で3人は目が覚めた。
時計を見ると朝4時半、階下で母親が呼んでる。
木下が「何ねー」と叫ぶと
「父ちゃん帰って来たけん、ちょこっと浜に出んね」
どうも木下の父親が漁から帰って来たみたいであった、
3人で半分寝ながら着替えて一階に行くと、木下の母親が
「まさだけで良かとよ、あんたどんやまだ寝ちょらんね」
それを聞いたヒロちんが
「よかと、手伝うけん」と答えると。
「ほんなこちね、ありがとうね」と言いながら、奥から大きな網の袋を持ってきた。
まだ真っ暗な外に出ると、少しひんやりする、それでいて気持ち良い。
玄関に有った一輪車に、魚を入れる木の箱を5個積んで木下が押す。
ヒロちんと治が、それぞれ3個づつ抱えて浜に出た。
木下の父親の船が昨夜恵理子と話した堤防の所に接岸されて数人の大人が忙しく働いていた。
「おお、まさかそっば箱に並べろ」と大量に積まれた魚の山を指して言う。
3人でそれぞれの種類別に箱に並べて行く、勿論子供の頃からやって居る事だから心得たもので手際よく作業する。
箱入れをしている間大人達は、操舵室やエンジン、機械類の手入れなどをやっている。
箱入れが終わったら、船に乗り込み、先に3メータぐらいの紐の付いたバケツとデッキブラシをそれぞれ持って。
3人はパンツ一枚になって。海水をすくって、甲板にかけてデッキブラシでゴシゴシと船の掃除をする。
大人達は接岸していた船をまっすぐに係留すると、箱詰めされた、魚を軽トラックに載せて漁協のある村に運んでいく。
木下の父親はどうやら近所の人数人で共同で船を持ち漁をしているみたいで、かなり大きな鉄製の船だった。
3人が掃除を終わったらもう既に日が昇っていた。
木下の村の日の出は山から昇ってくる、
山から昇る朝日は水平線から昇る朝日と違って、太陽が山を越えた瞬間に暑くなる。
汗だくになって作業を終わった3人はそのまま船から海に飛び込む。
こうして大人の手伝いをした後は、朝早くから皆で泳ぐ。
小学中学は義務教育であるから本来遊泳期間や時間があるのだが、
そんなものを気にする者など誰もいなかった。
勿論、学校側も先生達も黙認である。
夏の朝の透明な海、先に飛び込んだヒロちんの足の先まで見える。
高校生になっても3人共海が大好きであった。
20分ほど泳いで、服を手にパンツ一枚で3人は村の中を歩いて木下の家に戻る、
途中で村人と会うが、普通に挨拶をする。村人にとってこんな事はごく普通の光景であった。
家の裏に回り井戸のポンプで水をくみ上げ交互に水を浴びて濡れたままで裏口から炊事場に入ると
木下の母親が「ご飯ば食べんね」と言いながらタオルを渡す。
身体を拭いて一階の部屋に上がる、父親はまだ帰ってないみたいだ。
食卓を囲んで3人は胡坐をかいて座った。
食卓には、ご飯と味噌汁、それとさっき箱詰めした時に数が少なくて箱に入れなかった様々な種類の魚の刺身が大きな皿に山盛りに積まれている。
3人はパンツ一枚の姿で、話もせずに食べた、食べ終わって二階に上がりタバコを吸う。
「疲れたね、ちょっこ寝よか」とヒロちんが言い横になる、木下も横になるとすぐに寝息を立てだした。
「15や寝んとね」
「おっや、恵理子と泳ぎに行ってくっけん」
寝転んだままでヒロちんが「よかねー」と羨ましそうに言った。
「今日や帰らんと?」とヒロちんが聞くから、治が「今日も泊まろか?」と言って木下を起こした。
半分寝ぼけた木下が「どがんしたと」と眠そうな声で言う「今日も止まって良かね」治が聞く。
「うんよかよ」とだけ言うとまた寝てしまった。
明日の朝は木下と一緒に学校に行って一旦下宿に帰って着替える事にした、下宿のおばちゃんにはヒロちんが後で電話すると言う事でもう一泊が決定。
しばらく二人で話していたがヒロちんも寝てしまった、治も少し眠いが我慢して起きていた、時間は8時半、約束の時間まで後1時間半ある。
治は下着がまだ濡れているのが気になったのと、タバコが無くなりそうだったので服を着て外に出た。
外はもう夏の様相で太陽が容赦なく照りつけている、村で唯一のお店に赤い「たばこ」の看板が軒下にぶら下がっている。
そこでタバコを買って海岸に出た。
約束の船影に治は寝転んだ、玉石が背中に当たりひんやりと気持ち良い。
しばらくして目が覚めると横に恵理子が座っていた。
「おはよ」
「うん」
「朝から手伝いしとったやろ」
「うん」
「うちの、とうちゃんもおったとよ」
どうやら恵理子の父親と木下の父親は一緒の船に乗っているらしい。
「いこか」
立ち上がった恵理子は、白いTシャツに短パン、サンダル姿で手には大きな網のバッグ持っていた。
Tシャツの胸元が治には眩しい、あわてて目をそらして立ち上った。
村の浜は小さな入り江になっていて、入り口の方は短い堤防があり、その反対側は小高い山を持った岬がせり出している
その岬の付け根に少し広い山道があり、反対側の海に抜けている、その山道を二人は並んで歩く。
「昨日の晩は寝たとね」
「うん」
その後は話が続かなかった。
山道を抜けるとちょっとした峠になっていて、その向こうには海が広がっていた。
驚くほどに透明の海が夏の太陽に照らされて、海の中までも見える。
海の中の微かな「揺らぎ」が、柔らかい反射光を放っている。
村側の玉石の浜と違ってこちらは「砂利浜」になっていて、海岸に打ち寄せる波が白い泡になって砂利に吸収されて行き、沖合に帰ることは無い。
「寄せては返す、、」と言う表現じゃなく「寄せては消える、、」と言った感じである。
「ザーッ、ザーッ、、」と砂利浜独特のゆったりとした音が続いていた。
この自然豊からな島の中にもより美しい海岸があり、村の子供たちは泳ぐときは決まってそっちの海岸に行く。
こんな田舎でも年に数人の観光客らしき人達がやって来る、その人達はバス通りから見える目の前の入り江の海の美しさに驚嘆して、喜んで入り江で泳ぐ。
入り江は生活の海だから、下水なども流れ込むし、船の油も少なからず漂っている。
都会からの来訪者は、そんな海でも感動してしまうらしい。
バス通りを離れて20分も歩けば、此処よりはるかに綺麗な海があるとは思わないみたいだ。
勿論村の子供たちも小学校の低学年ぐらいまでは家の近くの入り江で泳ぐことの方が多い。
それは、浜で仕事中の大人たちの目の届くところで安全に遊んでいると言う事で、
高学年になると独り立ちして山向こうの「大人の海岸」で泳ぐことが許される。
これは村の子供たちの暗黙の了解でもあった、
それが中学生ぐらいになると、また違う所での泳ぎが認められる。
流れが速く、瀬がありかなり危険な海岸での「漁」が許される。それは一人前の証でもある。
二人は日陰になっている岩場を探して荷物を置いて座った。足を延ばすと海がそこまで来ている。
「ここならゆっくりできるね」
と恵理子は微笑みながら言う、海からしか見ることの出来ないこの場所が気に入ったみたいだった。
治は適当に座るとタバコを吸いだした、恵理子もその横に座った。
目の前は水平線しか見えない海だった。