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告白

「焼酎と刺身と後適当に持って来たばい」そう言いながら。

3人の女達は治たちがすでに座り込んでいる、船に乗り込んできた。



「あらー伊藤君やろ?」と一人の女子生徒が身を乗り出して治の顔を見て言う。



木下が聞く「治ちゃ、そがんに皆知っちょっとね?」

二人の2年生は顔を見合わせて、クスっと笑った。


6人の男女が車座に座り込み、その真ん中に焼酎の一升瓶が二本と、大きな皿に山盛り積まれた刺身、

新聞紙に包まれた大量の焼いた「あご」それと、湯のみが6個置かれ、

高校生男女6人の「夏の夜の宴会」がスタートした。


恵理子と名乗った2年生の女がふざけて「かんぱーーい」と言って6人共焼酎を口にする、、

全員が湯呑を口にした途端、、


「うえぇ、なんね、こん味は・・」


と和子が手にした湯呑を前に突き出しながら言う、それを見てほかの5人は笑い転げた。


「カズ飲んだ事なかとね」と恵理子が笑いながら聞くと、


和子は湯呑の臭いを嗅ぎながら「なかばい、、こがんうもなかとね」とまた湯呑を前に突き出して大仰に顔をしかめる。

それを見ていた5人は、また大笑いした。



落陽の残り香なのか、さらりとした潮風が笑い声と共に吹いていた。



木下が「15ちゃ、そがんに皆知っちょっとね?」ともう一度聞く。

胸元がはち切れそうな青いTシャツを着た恵理子が

「15?」と今度はあだ名で言った木下に向かって小首をかしげる

「治ん、あだ名たい」

それに納得した恵理子は

「伊藤君がバット持って暴れた教室や、私のクラスやったもん」

「2年生で伊藤君ば知らんもんやおらんと思うばい」とも言う。

どうやら、この恵理子は報復に行った2年2組の生徒らしい。


木下はその事はヒロちんに聞いて知っていたが、詳しくは知らなかった。

治に聞いても笑っているだけで答えてはくれない。


「どがんやったと?」と言うと、恵理子は「すごかったとよ」と目を輝かせて話し出した。

他の4人は興味津々で話を聞いていた。

治だけがタバコに火を点けて船を下りて海岸に向かって歩く、船の方からは、話し声が聞こえるが治に興味はない。


夜の帳が降りだした海は、静かに広がっている。


「15」とヒロちんの呼ぶ声で、治は船に戻ってまた飲みだした。

和子も顔をしかめながら飲んでいる、二時間程で恵理子が親に内緒で切って来たハマチ一匹分の刺身も殆ど無くなり、二本目の一升瓶が真ん中に置かれていた。

勿論まだ16、7歳の少年少女、味など分かるはずもなく、ただ背伸びしているだけかも知れない。


皆程よく酔いが回ってきたのか、ヒロちんなどはそのまま寝転んでしまった。


木下と和子は海岸の方に二人で歩いて行った「まさとカズは昔から仲良いからねー」と恵理子が教えてくれた。

ヒロちんは疲れたのか酔っぱらったのか、横で寝息を立てだしている、


治と恵理子ともう一人の2年生の3人は、あごをかじりながらチョビチョビ飲む。

飲みながら話をする、二人の女が気になるのはやはり「報復事件」の事のようで、


「先生には何も言われんやったと?」

「別に何も、言われんやったばい」

「ばれたら、退学やもんね」「退学になったらどがんする気やったとね?」

「別に何も考えちょらんやったよ」と治は答える。


しばらく話た頃にもう一人の友達が、帰って行った。

ヒロちんは本格的に寝てしまっている。

二人っきりになって恵理子が

「私達も歩こうか」と言って先に船を飛び下りた、治もタバコを手に飛び降りた。


二人は木下と和子が行った逆の小さな堤防に向かって歩き出した。


堤防と言うより小さい船着き場に行くと、10隻ほどの船が係留されている。

船を繋いでいるロープの残りが暗い足もとに無数に有るので二人は歩きにくい、

堤防の中ほどでロープに足を取られた恵理子が「キャッ」短く叫んで治の腕にしがみつく、

「大丈夫と」「うん、ビックリした」

しがみついた腕を離そうともせずに恵理子は笑った。

腕を組むと言うより腕につかまった状態で堤防の先まで行きそこに座った。


並んで海に足を投げ出し座ると海からの風が気持ち良い。

恵理子が「落ちたら怖そう」と治の腕をつかんだままで海を覗きこむ。

「落ちても、泳げば良かたい」

「下から引っ張られそうで怖かたいね」

「そがん事やなかたい」

「15や泳いだことあっとね」飲んでいる途中からあだ名で呼びだした恵理子が言う。

「有っよ」

「じゃぁーこれから泳ぐね」恵理子がいたずらっぽく言う。

「いやばい、服もなかとに」そう言った途端に恵理子が治を突き落とそうとする仕草をした。

「やめんねって、ほんなこち落ちゃっくっじゃろ」と治が言うと、恵理子は笑った。

波の音が一定のリズムで聞こえてくる他何も音は無い静かな世界。

沖合にイカ釣り船の明かりが見え、その遥か先の水平線は微かに空と海との境界線の明るさが違う。


「彼女やおらんとね」と唐突に恵理子が聞く。

「おらんばい」

「15ば好きっち言う人や一杯おろうもん」

「そがん事や無かよ」

「今好きな人や?」

治の頭に京子の事が過った。

「別に・・」

「ふーん」

タバコに火を点けて治は寝転んだ、

「今何時ごろやろ?8時ぐらいかな」と恵理子が独り言のように言う。

「家や良かとね」

「うん、今日や誰っもおらんもん」

「母ちゃんや」

「おらんよ」

「どがんして」

「私が子供の頃に死んだっちゃんね」

「そがんか・・」と治は答えてそれ以上は聞かなかった。


実は治も両親を亡くしている。二人して夜、漁に出掛けて帰らぬ人となっていたのである。

一人っ子の治は母親の姉夫婦に引き取られることになった、治が2歳の頃の話だ、勿論治自身に記憶はない。

その事実を知ったのは中学2年生の時。


聞いた時は不思議な事に何も感じなかった、何故なら子供の頃から「おかしい」と感じていたから。

お盆になると、必ず隣村のお墓参りが毎年の事だったし、お墓参りに行くと全く知らない家に顔を出してご飯を食べる、そこのおばぁちゃんが、治の頭をいつも撫でながらお小遣いをくれた。

そこに行く時はいつも母親と治だけ、父親も他の兄弟も行ったことは無い。

母親から事実を知らせれてからは、よく自転車で隣村のおばぁちゃんに会いに行った。

おばぁちゃんはいつも泣きながら喜んでくれていた。

治が高校進学を決めた時も喜んで、頑張って勉強しろと言ってくれた。

誰よりも治の高校生姿を楽しみにしていたのに、中学3年生の冬に死んだ。

治はおばぁちゃんの葬式の時に涙は出なかった、自分にとって唯一の理解者を失った喪失感だけが残る。


そんな事を思い出しながら治は星を見ていた、暗い空には溢れるばかりの星が輝いていた。


「15さぁー私はどがん見えると」と恵理子が突然言う。

「どがんちゃ?」

「いや、、どがんかなぁと思てさ」

「別に、どがんも思わんばってん」

「私15がクラスに来たじゃんね、そん時から好きやったとばってん・・」と言う。

「どがんしてさ?」と聞く。


「どがんしてって、理由はなかばってんさ」

「そうか」

「私の事好かんとね」

「うんにゃそがん事やなかばってん」

「じゃぁ、付き合わんね」

「うん良かよ」

「ほんなこち良かとね」

「うん良かよ」


恵理子は治の横に寝転んで、

「あぁー良かった、断られたら恥ずかしかもんね」と言った。

「私んごちゃっとで、良かと?」

「うん先輩、可愛いかし」

「ほんと?」「うん」


その時浜の方から二人を呼ぶ声がして、2人は戻って行った。途中恵理子が、

「明日昼はなんばすっと?」

「別に決めちょらんよ」

「泳ぎにいこか?」

「うん、良かよ」

「じゃぁー10時頃に船ん所でね」

「うん」


戻るとヒロちんはまだ寝ていた、ヒロちんを起こして解散した。


木下の家に帰ると布団が3つ敷かれてあって、3人は寝転んだ。時間は9時半。

木下が

「15、恵理子や、うんが事ばしいちょっとばい」と言う。

「うん、付き合うごてしたよ」それを聞いてヒロちんが飛び上がって、

「ほんなこちね」

「うん」

「よかなぁーおっも彼女んほしかよーー」と叫んだ。


高校生の夜は更けて行った。

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