表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の謎  作者: 陽花紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

 多様性の時代になって、世界もだいぶ様変わりをした。


 通勤電車に揺られれば、スラックスを履く女子高生に、髪を伸ばした男子学生。

 目に見えてわかる化粧をするような男性も増えて、同性同士で手を絡めるような人も多くいた。


 かくいう娘も、大学で彼女ができたらしい。

 近々連れてくると、はしゃいでいた。

 妻も俺も、もちろん彼女たちのことを祝福した。


 門田利昌、四十五歳。

 社内に入れば、課長職。外に出れば、ただのくたびれたおっさんだ。

 四十を過ぎたあたりから、どうも物覚えが悪くなった。酒も深酔いするようになったし、何より身体中のあちらこちらが痛みだす。

 煙草も辞めて、酒も控えて。声を荒げるようなことも減って、気遣うように笑みを浮かべて。

 部下たちにも、残業をしないようにと声を掛けて、今のこの時代にもだいぶ溶け込んできたような気がしている。


「おお、門田。久しいな」

「おお、お前か。元気か?」

「なんとかな」


 そう声を掛けた同僚も、今じゃ立派なおっさんだ。

 昨年大きな病気をして、ひどく痩せこけた姿になって復帰をしていた。


「……お前も、気をつけろよ」

「ああ、お前もな」


 そう笑い合って、仕事に明け暮れて、電車に揺られて家に帰る。


 家では妻と娘が、イケメンアイドルが主演のBLドラマを鑑賞していた。


「アキヒトくん、かっこいいー!」

「ほんと、可愛いわー。この相手役の子?」

「ママ、それはみっくん!」

「ああ、こっちがアキヒトくんね。……みっくんも、アイドルなの?」

「違うって、みっくんはモデルなの!」


 二人とも、ドラマの世界に夢中だった。

 会社でも耳にしたが、どうやら今日からスタートしたらしい。


 恋愛ものの話は、いつだって気恥ずかしい。

 それが例え、男女の物語でなくても。


「あらあなた、お帰りなさい」

「おかえりー」

「ああ、ただいま」


 料理を温めて席について、ドラマを流し見ながら食べ終えて皿を洗う。


「えー、ここで終わりなのー?まだ何も始まってないじゃん!」

「まあまあ、来週のお楽しみよ」


 風呂に入って、シミ予防の化粧水をつけてから寝室に入る。

 後からやってきた妻が、こう言った。


「あなた、美結から聞いた?」

「何をだ?」

「来週の土曜日、彼女を連れてくるって……」

「そうなのか……」

「何か、準備したほうがいいと思う?」

「そうだな……」


 いずれは紹介すると言っていたが、思ったよりも早く、娘の彼女に会うことになろうとは。

 美結は、大事な一人娘だ。

 これまで、付き合っている彼氏を家に招くようなことは何度かあった。


 しかし今回は、彼女だった。

 今の時代、何も不思議なことはない。

 しかし、それは初めてのことだった。


「……いや。変に気を遣わせても悪いし、いつも通りでいいんじゃないのか?」


 ――いつも通り。


 それは、彼氏がやってきた時のように茶菓子や昼飯を共にするようなことだった。


「……そうね」


 そして土曜日。


 いつも通りつつが無くもてなして、終わりを迎えようとしていた。

 美結の彼女の佐藤さんは、素朴な顔立ちをしたお嬢さんだった。

 黒縁眼鏡を掛けて、美結よりも洒落っ気が控えめな。それでも、その態度や会話の端々から美結のことを大切に思っていることが伺えた。

 俺も妻も、異論はなかった。


「パパ、どうだった?」

「どうって……、いい子だったな」

「そう、よかった」


 そう言って、美結は部屋に戻っていった。


 娘ももう、二十歳を超えた。

 まさか彼女を紹介されるような日が来るとは、思わなかった。


 そして勝手ながら、彼女たちの未来を想像する。

 そこには未知の世界が広がっていて、思わず俺は瞼を閉じた。

 そして、彼女のご両親も、同じような思いを抱いているのだろうかと疑問に思う。


「あなた、電気消すわよ」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 妻の隣で、眠りにつく。

 それが当たり前であるのだと、俺はずっと思っていた。


 ある日、娘と妻が四日ほど旅行に出かけることとなり、家には俺一人となっていた。


「アキヒトくんのドラマが好評で、聖地巡礼ツアーが組まれるなんて……!ママ、夢じゃないよね?」

「夢じゃないから、さっさと準備しちゃいなさい」

「はーい」

「佐藤さんは、どこで合流するの?」

「新幹線のところ。早めに着いとくってさ」

「そう。私たちも、遅刻してられないわよ」

「はーい。ママ、起こしてね」

「ママも準備があるの、自分で起きなさい」


 なんと驚くべきことに、そこには美結の彼女、佐藤さんも一緒らしい。


「……佐藤さんも、一緒なのか?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳だぞ」

「あら、私ちゃんと言ったわよ?」

「その時パパ、新聞読んでたんじゃない?」

「もう、しっかりしてよ」


 妻と娘に笑われながら、駅まで二人を車で送った。


 やけに広く感じられる家に、俺一人だけ。

 初めの二日は、いつものように仕事をこなした。


 後の二日は、休日だった。 


***


 休日、一日目。

 静寂に飽きた俺は、近場のショッピングモールに当てもなく立ち寄ることにした。

 散歩がてら、普段は気にも留めないような店に入っては出る。


 ――思えば、美結も大きくなったものだ。


 昔はこのモールで、美結と一緒にペットショップにいる犬や猫を眺めたり、ゲームセンターで時間を潰 したり、甘い物を買ってとよくせがまれたものだった。


 今となっては、俺はただの荷物持ち。

 妻も美結も、雑貨や服に夢中だった。


 ベンチに座って、一息つく。

 すると、同じようにくたびれたおっさんが目についた。

 思わず視線を逸らせば、男同士のカップルが手を繋いで楽しそうに歩いていた。


 決して、あのドラマのように整った顔立ちはしていなかった。服装を見るに、学生だろうか。

 どこにでもありふれたような服を着て、流行りの髪型をして、腕には揃いのブレスレットが輝いていた。

 美結も、佐藤さんと揃いの鞄を持っていると言っていた。


 昔の俺に、言ってやりたい。

 世界は、日に日に変わっていくのだと。


 フードコートで適当に昼飯を済ませて、そろそろ帰るかと思い立った頃、俺は懐かしい声に呼び止めら れていた。


 歩いていて、やけに目が合うおっさんがいた。

 俺と同じようなもさっとしたシャツに、ズボン。おまけに髪も薄かった。

 知り合いかと俺もその顔を見つめ返せば、相手が目を見開いてこう言った。


「……もしかして、カドかあ?」


 それは、学生時代のあだ名だった。

 俺のことをそう呼ぶ男は、限られていた。高校時代の、同級生だ。


 この男に、確かに見覚えがあった。

 だが、肝心の名前が出てこなかった。


「失礼ですが……少し、待っていただけますか?今、思い出しているところでして……」


 思わず通路の端に寄って、俺たちは向き合った。


「相変わらず、堅っ苦しい喋り方しとるなあ。俺だが、俺!」


 その独特な訛りと、妙な明るさに、思い出す。


「鈴木テルか!」

「そう、鈴木輝彦!……いやあ、何年ぶりだあ?」


 高校三年の時、俺と鈴木はクラスが一緒だった。

 クラスには鈴木が三人もいたために、下の名前をつけて、俺は鈴木のことを鈴木テルと呼んでいた。


「お前、今一人かあ?」

「ああ」

「時間あるか?よかったら、茶でも飲んでかんかあ?」


 いつもなら、このような面倒事は断っていた。

 だけど、今日は違っていた。

 この男に、聞きたいことがあったからだ。


「ああ、いいよ」

「じゃ、そこ行こまい」


 鈴木は学生時代から訛りが強くて、よく“老人”とからかわれていた。

 実家の祖父母の影響だと言っていたが、今では年齢のせいもあってか妙にその喋り方がしっくりときていた。


「それにしても、ちーっとも変わっとらんなあカドは」

「そうか?」

「俺なんか、髪ものうなっておっさんだわ」

「おい、俺たち同い年だぞ」

「ははっ、まさか今日会えるなんて思いもよらなんだけどなあ。……今、何しとるん?」


 そして俺たちは、コーヒーを飲みながらゆっくりと話し出す。


 勤め先のことから、家庭のこと。結婚して、妻と娘がいることを。

 そして鈴木もまた、妻と息子がいるのだとにこやかに笑っていた。


「へえ。いまいくつなんだ?」

「十九。大学行って、一丁前に一人暮らししとる」

「そうなのか」

「だけどなあ……」


 そう言って、鈴木が息をつく。


「なあ、カド。お前だから言うんだけどよお……」

「なんだ」

「その……。大学で、男ができたんだと」


 その言葉に、俺は思わず驚いた。


「この話、絶対誰にも言うなよ?まだ、カミさんも知らんのだわ」

「でも、どうしてお前は……」

「息子から、相談された。男と付き合ってもええんかって。……ほら、今の時代……多様性って言うとるけどよ……」


 その言葉に、妙な親近感を覚えていく。


「それで、お前は……なんて……」

「好きにすりゃあええ……って……。それしか、なーんにも言えんかった」


 そう笑って、鈴木はコーヒーを一口飲んだ。

 その笑みに、あの頃の記憶が蘇る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ