第8話 最初の依頼
「――ふぅ。なんか、すごい世界に来たな」
ギルドカードを受け取ってから数時間後。
俺はギルドの掲示板の前で、ずらりと並んだ依頼書を眺めていた。
掲示板の前は人でごった返し、戦士や魔導士たちがワイワイと次のクエストを探している。
一方で、俺の手元にあるのは、村人用のカード。
危険な依頼には赤い印がついていて、受けることすらできない。
俺が選べるのは――雑用だけ。
「道具運び……草むしり……魔獣の死体の後片付け……なんか、ゲームと違うなぁ……」
ゲームでは、街に来た時点で勇者たちは華々しく武器を買い、ダンジョンに向かっていた。
俺は今、雑用バイト探し中。ギャップがえぐい。
「お前、何やってるんだ」
後ろからアランの声がした。
俺は肩をすくめながら、依頼書をひらひらと見せる。
「見てのとおり、雑用だよ。勇者でも魔導士でもない“村人”だからな」
「ふっ、まあ最初はそれでいい。積み上げるしかないんだからな」
アランはそう言いながら、受付のほうを顎でしゃくった。
「選んだのが決まったら受けてこい。金は大事だぞ」
「はいはい……っと」
俺が選んだのは「荷運びと雑草処理」。
街の外れにある小さな農場の仕事らしい。
地味すぎて泣ける。でも、これが俺の“冒険”の最初だ。
*
農場は街から少し離れた丘の上にあった。
依頼主の農夫は、汗だくで畑を耕している筋骨隆々のおっちゃんだった。
「おお、村人の兄ちゃんか。助かるよ。冒険者ってのは、最近雑用を嫌がるやつが多くてな」
「俺は……まあ、慣れてるんで」
「ははっ、いい心がけだ!」
そんな感じで、俺の初依頼は地味に始まった。
草むしり。荷運び。石ころどけ。
村育ちの俺には慣れた作業で、逆に落ち着いたくらいだ。
だけど――世の中そんなに甘くなかった。
「……おい、待て。あれ、何だ」
農夫の声に顔を上げると、畑の向こうの草むらがガサガサと揺れた。ウルフ……ではない。
俺の目に映ったのは、四足歩行の黒い影――フォレストボア。
森のイノシシ型モンスターだ。
スライムより強い。ウルフよりも厄介な、序盤の中ボス格。
「くそっ! こんな時に!」
農夫が慌てて後ずさる。俺は反射的に短剣を構えた。
「……また、か」
あのウルフとの戦いが脳裏によみがえる。
ボアの牙は鋭く、突進は人ひとり簡単に吹っ飛ばす威力がある。
分かってる。勝てる相手じゃない。
だけど――
「逃げろ!」
農夫の声が飛ぶ。
俺の足は、逆に前へと踏み出していた。
「俺は……逃げたくない!」
勢いよく突っ込んでくるフォレストボア。
俺は横へ飛びながら短剣を突き出した。
――けれど刃は分厚い皮膚をかすめるだけで、傷一つ付けられなかった。
「くっそ!!」
突進の余波で体が吹っ飛び、土の上を転がる。
痛みが全身を走る。
……でも、立ち上がる。逃げたくなかった。
「《ダーク・ランス》!」
闇の槍がボアの脇腹を貫いた。
同時に、アランの黒いマントが視界に入る。
「お前は、本当に危なっかしいな……!」
「……ごめん。でも……逃げたくなかった」
息を切らしながらそう言うと、アランは短くため息をついた。
「その無茶、いつか死ぬぞ」
「それでも――何もせずに背景で終わるより、マシだ」
アランが、ほんの少しだけ口角を上げた。
「……なら、もう少し“生き延びる”ことを覚えろ」
ボアの死体を見下ろしながら、俺は拳を握った。
今日も奇跡なんて起きなかった。
でも、“逃げなかった”ことが、ほんの少しだけ自分を変えた気がした。




