第6話 最初の敗北
旅に出て三日が過ぎた。
朝は鳥の鳴き声で目を覚まし、昼は道なき道を歩き、夜は焚き火の明かりの下で眠る。
ゲームで見た世界と、実際に歩く世界はまるで違った。
草の匂いも、冷たい夜風も、モンスターの鳴き声も……全部が本物だ。
「村人にしては足が速いな」
アランが軽く笑う。
「スライム狩り十年の成果だな!」
「誇るところが少しズレてる気がするな……」
そんな軽口を叩きながらの旅路。
――けれどその日は、今までとは違っていた。
*
「アラン、前方。……なんか、いる」
草むらの奥で、何かがガサリと音を立てた。
俺はとっさに短剣を抜き、身構える。
現れたのは、丸くもぷるぷるもしていない。
それは、茶色い毛並みに赤い目をしたウルフだった。
ゲーム序盤のスライムの次に出てくる、ちょっと強いやつ。
「……ウルフか。群れてないだけマシだな」
アランは落ち着いた声で杖を構える。
「スライムじゃないけど……いけるかも」
俺の胸が高鳴る。
今までスライムしか倒したことがなかったけど、
十年も狩り続けた俺なら――もしかしたら勝てるんじゃないか?
「俺がやる!」
「は?」
アランが止めるよりも早く、俺はウルフに駆け寄っていた。
短剣を握る手に力を込め、狙いを定める。
牙をむき出したウルフが低く唸る。
「いくぞっ!!」
——ガッ!
「っ……!」
次の瞬間、俺の短剣はウルフの体毛に弾かれた。
スライムと違って、刃が通らない。
しかもウルフは素早い。俺の懐に一瞬で飛び込んできた。
「がっ……!」
腹に衝撃。地面に叩きつけられて息が詰まる。
手から短剣が転がり落ちた。
「リオ!」
アランの声。視界がぐらりと揺れる。
ウルフが牙を剥き、今にも喉元へ飛びかかってこようとしていた――その瞬間。
「《ダーク・ランス》!」
闇の槍が地面を突き抜け、ウルフの体を貫いた。
悲鳴と共にウルフは崩れ落ちる。
アランがすぐに駆け寄って俺の体を抱え起こした。
「バカか君は! 何で無理をする!」
「だ、だって……俺、やれると思ったんだよ……」
自分でも情けないくらいの声だった。
スライムなら、簡単に倒せる。だから調子に乗ってたんだ。
もしかしたら、俺にも隠された力があるかもなんて、都合のいい夢を見てた。
でも現実は――俺はただの村人だ。
「……俺、本当に弱いんだな」
拳を握る。悔しさがこみ上げてきた。秘めた力なんてものは現れなかった。俺は主人公でも勇者でも、何でもない。
ウルフ一匹に返り討ちにされる、ただの村人。
アランは黙って俺の頭に手を置いた。
その仕草は思ったより優しかった。
「いいか、リオ。戦いってのは、才能じゃなくて積み重ねだ。スライムしか知らない君がウルフに勝てるわけがない。ーーでも、今の失敗は、ちゃんと前に進んだ証拠だ」
「……前に、進んだ?」
「君は挑んだ。痛みを知った。次に備えられる。それは背景じゃない。物語の中にいる人間の歩き方だ」
夜風が、頬を撫でた。
痛む腹を押さえながら、俺は夜空を見上げる。
満天の星が、やけに眩しく見えた。
「……次は、負けない」
その言葉が、自然と口からこぼれた。
アランがわずかに笑った。
「それでいい」




