第5話 村を出る日
翌朝。
俺は村の入り口に立っていた。
見慣れた畑、朝露に濡れた草、どこまでものどかな風景。
十六年間、この村で生きてきたんだ。
まさか、こんな形で旅立つ日が来るなんて、夢にも思わなかった。
「リオ、これ……持っていきなさい」
母さんが差し出してきたのは、革の小さなポーチだった。
中には干し肉、乾いたパン、それに数枚の銅貨。
裕福とは言えない我が家にとっては、それなりに貴重なものだ。
「母さん……」
「男の子は、いつか村を出るものだって、父さんと話してたのよ。でも、まさかこんなに早いとは思わなかったけどね」
母さんは、少しだけ泣きそうな顔をして笑った。
その顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
この村が退屈だったことも、勇者になりたかったことも全部本当だ。
でも、それと同じくらい、この村は俺の居場所だった。
「……ありがとう、母さん」
「リオ、こっちに来い」
父さんの声が響いた。
ごつごつした手が俺の肩を掴み、ぐっと近くに引き寄せられる。
その手の力の強さが、父さんの不器用な優しさを物語っていた。
「男なら、後ろを振り返るな。行け」
「……ああ」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
*
村の門の外では、アランが杖を突いて待っていた。
黒いローブをまとい、朝日を背に立つ姿は、ちょっと絵になるくらい様になっている。
俺が近づくと、彼は軽く片眉を上げた。
「いい顔つきになったな」
「当然。俺、もう背景じゃないからな」
「ふっ……いい心意気だ」
アランは杖をくるりと回し、街道の方へと歩き出す。
村の外に続く道は、薄い霧がかかっていて、どこまでも長く伸びていた。
かつて、この先の世界をゲームの画面越しに見ていた俺が——
今、その世界の登場人物として立っている。
一歩踏み出すたびに、草を踏みしめる音がした。
胸の鼓動が早い。怖くないといえば嘘になる。
でも、不思議と足は止まらなかった。
「なあ、アラン」
「なんだ」
「俺……村人だけど、本当にやっていけるのかな」
「知らん」
「えっ」
「村人だから無理なんじゃなくて、お前がやるかやらないかだろ?」
さらりと言い放つアランに、俺は目を瞬かせた。
妙にあっさりしてる。でも、その一言が、なぜか胸にずしんと響いた。
「……そうだな。やるか、やらないか、か」
俺は短剣の柄を握りしめた。
これまで、ただの自己満足でスライムを倒していた俺が、今度は生きるために戦うんだ。
見上げた空は、雲ひとつなく澄み切っていた。
俺の新しい物語が、ようやく始まった——そんな気がした。




