第10話 最初のパーティ
「――パーティ募集、って書いてあるぞ」
ギルドの掲示板の前で、アランがふと足を止めた。そこには、羊皮紙に大きく書かれた文字。
《東の丘陵・ウルフ討伐隊募集 初心者可》
「ウルフか……」
俺は無意識に腹をさすった。
あの時の痛みが、まだ少し残っている気がする。でも、あの時の俺とは違う。
避け方も、間合いも、少しだけ身についた。
そして、俺は――“背景”で終わる気はない。
「行ってみる」
「……本気か」
アランの声はいつも通り淡々としていた。
でも、その目の奥に「試してみろ」という光が見えた気がした。
*
ギルドの奥、募集主のテーブルに向かうと、すでに3人の冒険者が腰をかけていた。
革鎧を着た剣士、弓を背負った女冒険者、そして大きな盾を構えたタンクらしき男。
「おい、坊主。新人か?」
一番体格のいい盾男が俺を見るなりニヤリと笑った。
「悪いけど、この討伐は“ガキの観光ツアー”じゃねぇぞ」
「観光じゃない。……戦うつもりだ」
「戦う? ははっ、何のジョークだよ。お前、職業は?」
「……村人」
その瞬間、3人の表情が凍った。
剣士が鼻で笑い、弓の女があきれたように息を吐く。
「は? 本気で言ってんの? 村人がウルフ狩りに来たって?」
「死にたいのか坊主。いや、死ぬだけならまだいい。足を引っ張るなよ」
ギルドの空気が一瞬で冷えた気がした。
周囲の冒険者たちも「村人?」「何考えてんだ」とざわめく。
俺は、拳を握りしめる。
悔しさが喉の奥に込み上げてくる。
……でも、ここで下を向いたら、永遠に“背景”のままだ。
「足は……引っ張らない」
「ほう? 口だけは達者だな。いいだろ、俺たちは実力主義だ。少しでも足手まといになったら置いていく。それでいいか?」
「……ああ。いい」
盾男がニヤリと笑い、他のメンバーも渋々頷いた。
こうして、俺の初めてのパーティが決まった。
*
東の丘陵。
風が吹き抜ける草原を、4人で進む。
剣士が先頭、盾男が中央、弓の女が後方。
俺は――最後尾。
「おい、村人。ちゃんとついてこいよ」
「……リオだ」
「名前とかどうでもいいんだよ。戦えねぇやつは名前じゃなくて“荷物持ち”って呼ぶんだ」
剣士の吐き捨てるような言葉が、胸に刺さった。
たしかに俺は戦士じゃない。魔法も使えない。
だけど、あからさまに“いないもの”として扱われるのは……痛い。
「なぁ、あいつ本当に村人なんだろ?」
「バカじゃないの?」
弓の女がひそひそと笑う。俺は歯を食いしばった。ウルフを倒せるなんて思っていない。
だけど、このまま何もせずにバカにされるのも御免だ。
*
「来たぞ!」
前方で剣士が叫んだ。
草むらの奥から、3匹のウルフが姿を現す。
全身の毛が逆立ち、低い唸り声が空気を震わせた。
「前に出る! 剣士、正面! 弓、援護!」
盾男が号令をかけ、チームが素早く動く。
……俺以外が。
「おい村人、邪魔だけはするなよ!」
言われなくてもわかってる。
俺はただ、目の前の光景を必死で見ていた。
一歩でも間違えれば死ぬ戦場。
それでも、アランの言葉が頭をよぎる。
——「村人は攻撃しなくていい。避けろ。逃げろ。生き延びろ」
俺は走った。
ウルフの動きを避け、足元にあった石を素早く拾い、投げた。
狙ったのは牙じゃない。足元だ。
「――っ!」
一瞬、ウルフのバランスが崩れ、盾男の一撃が頭を叩き割った。
その隙に剣士と弓が残りを仕留める。
戦いは、ほんの数分で終わった。
「……え?」
「おい……今の……」
盾男が俺を振り返った。
一瞬、信じられないという顔をする。
だが、すぐに鼻で笑い直した。
「……たまたまだろ。村人が調子乗んなよ」
「……ああ。たまたま、かもな」
拳を握る。
たしかに俺は戦ってない。倒してもいない。
でも、役には立った。
この俺が、“背景”じゃなく、物語の中で息をしている――その証拠だ。
*
依頼は成功した。
けれどギルドに戻った時、剣士たちは俺に一言も感謝を言わなかった。
代わりに、背中越しに聞こえたのは冷たい声。
「やっぱ村人なんて、パーティにいらねぇな」
胸が、ずしりと重くなる。
……悔しかった。
あの一瞬、確かに少しでも役に立ったはずなのに、村人という肩書き一つで、全部なかったことにされた。
「――これが、村人の現実か」
ギルドの外、夜風を浴びながら、俺は空を見上げた。光る星がやけに遠く感じる。
でも、その奥底に、かすかな火が灯っていた。
いつか、見返してやる。
俺は、村人でも、物語を変えられると――証明してやる。




