危険だから規制しよう!
近年、包丁を使用した事件の増加が社会問題となっており、先月起きた82件の殺人事件の内、65件で包丁の使用が確認されていた。
ネットでは包丁規制の声が高まり、その声は世論にも波及していた。
「我々、信民党が政権を獲得した暁には!必ず!包丁を規制する事をお約束し、国民の皆様の安全な生活を保障致します!」
どういう訳か選挙では信民党が勝利し、政権交代が起きた。
それによって包丁は自治体の許可が無ければ取扱いが許されないものとなった。
「包丁は回収だァ!」「我々で回収するぞ!」「そうだそうだ!」「犯罪者め!」「人殺しィー!」
まるで包丁に親でも殺されたかのような怒号と共にスーパーや老舗の金物屋に踏み込んで包丁と云う包丁をリアカーに乗せた段ボールへ無断で詰め込んでいく者たち…ただの反包丁勢力である。
「規制だ!」「規制だ!」「規制だ!」「規制だ!」
集団心理による熱は上がり続け、更にエスカレートしていく。
「我々は民衆を代表している!」「刃物は危険だぞ!」「そうだ!」「犯罪者め!」「人殺しィー!」
遂に規制法の対象外である果物ナイフやカッターナイフ、果てはバターナイフまで回収し始める。
『えー…他のお客様の迷惑になる行動は謹んで頂けるようお願い申し上げますー。』
放送の声は瞬時に怒号で掻き消される。
「我々は積極的な回収を行わない政府や自治体、販売業者に代わって包丁の回収を行っているのだ!」「正義は我々にあるぞ!」「そうだそうだ!」「お前たちは犯罪に加担するつもりか!」「犯罪者め!」「そうよ!人殺しィ!」
口を出せば理不尽な言葉のナイフで刺される事がわかりきっている民衆は距離を置いて自分の傍へやって来ない事を祈るばかりだ。
「「「「規制!規制!規制!規制!」」」」
「今度は一般家庭の調査しよう!」
「「「「そうしよう!」」」」
集団は手分けをして住宅街を一軒一軒回っていく。
「規制法が実施されたのはご存知ですか?」「忙しい皆さんに代わって回収に参りました!」「犯罪者にはなりたく無いですよね?」「人殺しにはなりたいんですか?」
反論しても無駄だとわかっている民衆は話に乗ってあげている。
「丁度どうしようかって主人と話していた所なんですよー」「あらァ…助かるわァ!」
「あの、うち許可証あるんですけど…」
「我々は積極的な回収を行わない政府に代わって行動しています。貴女の旦那さん、お子さん、家族の皆さんが包丁によって…「わかりました!わかりましたから!」
こんな様子である。
──皆さんの団結の結果!これだけの包丁が回収できましたー!」
積まれた段ボールの横に立っている人が拡声器で全員に成果を発表している。
パチパチパチパチパチパチパチパチ…
一日中街を歩いて包丁を回収した集団は充足感を得ていた。何かを成し遂げたと云う事実が心を晴々とした気持ちにさせていた。
「あのー…すみませんがー、皆さんは何の集まりですか?」
騒ぎを見かねた警察官がやってきた。
「我々は規制法に従って包丁を回収している者です。」
「正義は我々にあるぞー!」「そうだそうだ!」「お前たちに代わってやってるんだぞ!」「こっちは税金払ってんのよ!」
その現場をメディアが撮影している。警察にとっては非常に厄介な状況だ。
「申請の内容では、ここはコースに入っていませんが?」
「そんなの知りませんよ!僕が申請したんじゃありませんし!」
代表と思われた人物はただの目立ちたがりだった。
ざわざわ…ざわざわ…
にわかに辺りがざわついてくる。
「申請者の方はいらっしゃいますかー?」
ざわざわ…ざわざわ…ざわざわ…
申請者は名乗り出ず、辺りは騒然としていた。
「ちょーっと、お話伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、あはは…」
目立ちたがりは無許可の集会を先導したとして逮捕され、先導していたと見られる参加者も連行、その中の数名は脅迫や暴行、公務執行妨害で逮捕された。
──あぁ~wネットの連中ってマジでチョロいわw」
男はスマホを弄りながら首や腕に貼られたテーピングを剥がす。
「次は稼げる奴にしとけよ?」
「わァーってるってwあーマジ痒ぃ。」
テーピングの下には鮮やかな模様があった。
「兄貴!またよさそうなの見付けましたよ!」
「とりあえず懸賞ものと一緒に片っ端から拡散しとけ!」
「うっす。」
最初は、なんて事ない小さな愚痴だ。
当人は心の外に出してスッキリしたかっただけの、なんて事ない日常のポスト。
それを誰かが共感したのか何なのか、今はボタンひとつで外へ外へと拡がっていく。
それは悪意ある者や利益を得られる者にとっては格好の餌。バズろうが炎上しようがリスクは無い。
しかし当たれば世の中を動かす事ができてしまう。
今きた通知、本当に善意ですか?




