第4話 命に代えても
「まーたこんなに怪我して!魔法の訓練ってそんなに大変なの?」
「聞いてよおリリア!お父様ったらすんごい怖いのよ」
「お姫さまも戦う時代ですか。世も末ね~。ほらクッキー食べな」
「やった!リリアのクッキーが世界で一番おいしい」
「まあ!それは光栄ね!」
夕暮れの風が心地よい。クッキーの甘さとリリアの優しさが疲れた体をほぐしてくれる。父の目を盗んで来るこの離れは、あまり人の手が入っていないはずなのに、いつもセンスのいい花が静かに咲いている。
「わーしみる~!もっと優しく手当てして!」
「我慢よシル。女の子の顔に傷なんて残したら、このリリア末代までの恥よ」
「そうかしら?傷は勲章ってね!私って結構強いのよ。将来は冒険者とかもいいと思うのよね。」
「そうねえ。それもいいわね。でもねえシル。もうちょっと体を大切になさいよ?毎日怪我してたらクラウスが心配で倒れちゃうんだから。」
幼いシルステシアとリリアとよばれる女性は顔を見合わせて笑う。
「あのね。そんな強いあなたにお願いがあるの。」
「なあに?」
不意にリリアの顔に影が入った気がしてシルステシアは目をこする。
「シルは大人みたいに強いし、賢いから、きっと、、。いいえ関係ないわね。これからの話よ。
これから貴方たちには想像もできなかったような喜びや幸せが訪れます。」
「え〜本当?」
「私にとってのシルやクラウスみたいにね。」
人差し指で鼻先をつんとつつく。
「でもそれと同じくらいたくさん辛いことや苦しいことがあると思うの。だからね、お願いシル。そんなときが来たら、クラウスを守ってほしいの」
リリアがまっすぐに私を見つめる。
「どうか、命に代えてでも。」
血と硝煙のにおいがする。
「何故こんなことをしたの!?血が、血が止まらな、どうして治癒魔法が効かないの!?」
「ごめんなさ、、こうするしか、なかった」
「喋っちゃダメ!!絶対に助けるから!!」
心臓が剣で一突きにされた。まだ話ができるのが不思議なくらい目の前に死がちらついているのに、シルステシアは諦めることなど知らない。不得意な回復魔法を必死に重ねがけして、根本的な治癒がはじかれる原因を探ろうとしていた。
「これは、呪い?この魔力は、、、お父様?」
リリアのお願いが頭をよぎる。命に代えてもクラウスを守る。魔法の才に長け、前世の知識のある私にならできないことはないと思っていた。今その言葉の重みがずしりとのしかかる。不可能の三文字が重い現実としてそこにあった。
「姉さん、きいて、、。どうかあなたにだけは、幸せになってほしい。ずっと幸せにー」
「だめ!!ねえお願い目を開けて!!そうだリリア!!リリア!!助けてリリア!!」
「おねがい、、一人だけ幸せになれると思ってるの?リリアと約束したの。命に代えても守るって、、。お願い目を開けて、、クラウス、、。」
帝国の客室
「してクラウスよ。わたくしの結婚式はもう成立したことになっているのかしら。」
「、、もうツッコみませんよ。先程神官様より伝達がありました。『誓いのキスは未だ済んでいないが、指輪は既に交わされており、神に祝福されている。花婿であり神の子である皇帝陛下の御意向を汲めば、この結婚は公然に成立したものと見なされる』だそうです。」
「つまり?」
「つまり、花嫁の意思なんか関係なく結婚はさせるぞってことですね。良かったですね、追い出されることはなくて。」
「そう。あくまで帝国ね。まあそんなことはどうでもいいわ。ならわたくしは正式にシルステシア・フォン・ディダッチですわね。」
「そう言うことです。心からのご祝福を。」
「ありがと」
息を大きく吸い込み、腹から声を出す。皇妃モードオンだ。
私たちは姉弟だが、主人と従者という立場の差がある。その理由はシンプルで、母親が違うからだ。私の母は故郷シュワルツの貴族、クラウスの母は娼館出身のリリアという女性、つまるとこ私たちは腹違いの姉弟である。クラウスはこんなにかわいいのに出自のせいで国に邪険に扱われていた。誰もやりたがらない敵国の皇妃となる私の従者に名乗り出てくれたのはあの国から逃げる意味もあったのかもしれない。
出自と血統だけある私は誰にも文句を言われなかったので、よく父の目を盗んでクラウスとその母リリアが暮らす小さな離れに遊びに行っていたものだ。リリアは前の私と年齢が近いぐらいだったのに、とても立派な人で色々世話を焼いてもらった。私のお姉さんのような、今世の母のような、無二の友達のような、そんな存在である。リリアに焼いてもらったクッキーは、前世のせいで舌の肥えている私にも絶品だったもので、大人気なくクラウスと競い合って食べていたのはいい思い出だ。クラウスの顔立ちはどこかリリアに似ていて、シルステシアもきれいな部類であるが、クラウスは群を抜いて整っている。魔法の腕もあるし頭もキレる。かなりのシゴデキだ。だというのに、皇妃である私の従者であるだけで、私の手足となり影となる運命が決まってしまっている。しかし、私は、彼には自由に生きてほしいと思っている。
「皇妃シルステシア・フォン・ディダッチが、従者クラウス・シュワルツに命じます。今から貴方はわたくしのものよ。わたくしだけの従者として、わたくしの為だけに励みなさい。」
クラウスはもともと大きな目をさらに大きくする。
「ねえ、リリアのクッキーがまた食べたいわね。」
「もう姉様の従者ですよ、僕は。」
「そうなのだけど」
タイミング悪くコンコンと扉をノックする音がする。
「あっ皇帝陛下の使いの方が来たみたいです。良いですか姉さん。できるだけ重症なフリをしてください。さも無くば皇帝に殺されちゃいますからね僕たち。」
水を得た魚みたいにクラウスは飛んでいく。
「あ待ってよ!話は終わってないわ」
パタンと扉が閉じて行ってしまう。引き止めようとした左手が宙を舞い、私はさっきまでクラウスが座っていた椅子を見つめるしか無くなる。
「ハアーどうしたものかな」
見渡すと、ここは城の中でも小さな客間のようである。椅子とベッド、書き物をするための机があるのみの質素な部屋だ。とても次期皇妃を通す部屋とは思えない。問題は山積みである。
ベッドに大の字になる。
「無力!あまりに無力だわ!なんとかしなさいよ金玉野郎!」
《それがこっちからできること何もないんだよね》
「ギャー!!」
部屋の中央に光の玉が浮いている。
「アンタ夢の中限定キャラとかじゃないの!?」
《いけました》
「キャラを統一しなさいよ!!」
《だったらラムウェルってちゃんと呼んでくださいよー》
「いやよ!」
《シルステシア、ちなみにですが、我は貴方にしか認知できませんので悪しからず。》
「ハア?それってどういうー」
「姉さん、、?」
忘れ物を取りに来たらしい弟が今日一のドン引き顔をみせてくれる。
「あら、クラウス、、。あなたって結構表情豊かなのね、、。」




