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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第九話

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0099

 フィデスに引き摺られるように淀んだ池から離れたレヴィは、尚も呆然としたまま立ち尽くし、無言でルティウスを見下ろしていた。

「フィデスちゃん、ルティウスはどうなってんだ?」

 リーベルは冷静に、容態を確かめているフィデスへと問う。着ていたコートを開かせて、呪いの根がどれほど深く蝕んでいるのかを神の【眼】で見抜こうとする。

「…魂までは伸びてない。でも、時間の問題かも…。早く解呪しないと、この根がルティ君の魔力を全部……」

 呪いの茨は養分を求める根の如く、徐々にルティウスの全身へと広がり続けている。その末路は考えるだけでもおぞましく、口にする事が憚られた。

「その解呪って、どうすりゃいいんだ?」

「ボクにもわかんないよ…こんなの、見た事無いんだもん…」

 ただ一つだけ分かっている事は、あの黒い花とルティウスが同調している事。完全に侵食されてしまえば、ルティウス自身があの花と同じものに成り果ててしまうかもしれないという現実。

「…ゼフィラちゃんは、何か知らねえか?」

 リーベルと共にルティウスの傍らへ膝を着き、フィデスから語られた容態と記憶にある知識を何度も照らし合わせる。

「呪いの花……淀み…茨の浸食………」

 ぶつぶつと事象を呟きながら考え込むゼフィラは、まだ答えに辿り着けていないようで表情を曇らせている。僅かな糸口さえあれば…そうしてあらゆる記憶を辿っていた時、ゼフィラは一つだけ思い出す。

 レヴィがぽつりと、あの場所で呟いた一言を。

「…レヴィ様、畏れながらお聞きしたい事がございます」

「…………」

 傍らに立ち尽くす空虚な水の竜神は、名を呼ばれても明確な反応を見せない。金色の瞳をルティウスへと向けたまま、ただただ沈黙していた。

 けれどゼフィラは、躊躇わずに抱いた疑問を突き付ける。

「貴方は先ほど『私のせい』と仰っておられませんでしたか?」

 どういう意味で発せられた一言だったのか、まだ誰も知らない。その一言こそが、一縷の希望となる可能性を秘めているとゼフィラは考えていた。

「あの淀みが生まれた理由でしょうか、それとも呪いの事でしょうか?…何でも構いません、貴方のお知恵を貸してください!」

「…………」

 しかしレヴィは何も答えない。無視しているのでも知らないのでもなく、ただ…レヴィには届いていなかった。


「ボクが答えるよ。多分、知ってるから」

 無言のレヴィに代わって、フィデスが口を開く。

 そこから語られるのは、レヴィとフィデスが何故こんなにもルティウスに依存しなければならないかという、神としての欠陥を晒す事。

「ボクとレヴィはね、力の大半を封印されてる。特にレヴィはさ、竜の本体ごと封印されちゃってるんだ。今ココにいるレヴィは分身体。ボクも似たようなものだけど、レヴィほど強い封印じゃないんだよね…」

 神を冠する竜としての誇りなど、今の状況では何の役にも立たない。それを自覚しているからこその屈辱に満ちた告白。

「存じております。水と土の竜神が封印されている事は、アール様から聞いておりましたので」

 風の竜神アールの加護を受け、アール本人と語れる立場にあるだろうゼフィラ。前提である封印の事実を受け止めたゼフィラを見たフィデスは、軽く頷いてから推測を告げる。

「さっきの場所さ、湧き水があったでしょ?レヴィが封印されてる事で、水脈の循環は滞り易くなってるんだと思うんだ。本来のあの場所は、もっと強い水の魔力が集まるはずだったんじゃないかな。それが停滞したせいで…あんなに濁っちゃった…」

 ただの憶測に過ぎない。けれどどこか確信も持っていた。


 神と竜神は一対であり、それぞれが世界の均衡を保たせている。その片方が失われ均衡の崩れた『水』が、流れを滞らせるのは至極当然の現象。

 今のレヴィ自身に責がある訳でもなく、ただ封印されてしまっているという現実が、この最悪の事態を引き起こしていた。


 その時、倒れてから一度も動く気配すらなかったルティウスの意識が浮上する。

「……ぅ…」

「ルティウス?」

「…ルティ君!」

「殿下ッ!」

 絶望の中にありながら、それでもルティウスの意識が戻った事だけは微かな救いだった。そして少年の口から発せられた小さな呻き声一つが、抜け殻のように呆然とするレヴィの瞳に光を灯らせた。

「…ルティッ!」

 リーベルの腕に支えられて横たわるルティウスは、ゆっくりと瞼を押し上げていく。蒼い瞳が動き、崩れるように傍らへ座り込んだ過保護な竜神の歪んだ表情を捉えて、微笑むように柔らかく細められた。

「なに……そんな、泣きそうな…顔…してん、だよ……」

 二度と目覚めない可能性すら考えた。そんな絶望に心を埋め尽くされていたレヴィは、力なく伸ばされた小さな手を握り締めて、いつもと変わらない悪態をつくルティウスへと言い返す。

「何故、私を庇ったりした?」

「…なん、で…かな………」

 あの瞬間、ルティウスの行動は無意識に近かった。何故と問われても、明確な答えを持ち合わせてはいない。

「レヴィ、が…あぶないって……きづいたら、うごいてた……」

「……馬鹿か、お前はッ!」

 小さな手を強く握り締めながら、絞り出すように呟かれた叱咤の声。その表情は項垂れていて見る事が出来ない。また心配を掛けてしまったのだと、ルティウスは困ったように笑っていた。


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