0098
「レヴィ!一旦退くぞ!」
ルティウスを抱きかかえるリーベルが立ち上がり、レヴィへと宣言する。しかしレヴィは動かない。自分ではない者の腕の中で目を閉じ、意識を失っているルティウスをただ凝視していた。
守ると誓った。
しかし手が届くはずの距離にありながら、彼が倒れるのを止められなかった。
自分を庇って、ルティウスが倒れた。
その事実は、レヴィから冷静さも、理性さえも失わせようとしている。
直後、レヴィの右手には蒼く輝く槍が握られていた。ゆらりと振り返り、ルティウスを奪おうとした元凶である黒い花を睨み付けた。
「レヴィ、何する気…?」
その様子を見守っていたフィデスがレヴィへと問う。彼が槍を握った今、結界の修復も維持も全てフィデス一人に委ねられていた。負担の大きさに文句を言いたいが、それどころではない。
フィデスだからこそ知っている。
ルティウスが撃ち抜かれたその光景は、千年前の『悲劇』とあまりにも状況が似ていたから。
ただ一つの希望は、まだルティウスの命が失われていない事。
今も結界を張り続けられる事、そしてレヴィが槍を具現化させられた事。あの少年から借りられる魔力が、命が、まだ尽きていない事の何よりの証明だったから。
「レヴィ、落ち着けよバカ!」
あのままレヴィが結界の外へ出てしまえば、ルティウスの想いが無駄になりかねない。だからこそ罵倒してまで、レヴィを止めようとした。
「…フィデス、あの花は…ルティを………」
「わかってるんだよ、そんなコト!ボクだって見てたんだから!」
どうしたって止まらない。それはフィデスにも分かっていた。
失う事を何よりも恐れているレヴィが、目の前で失いかけた。あの冷静なレヴィであれば、魔力の存在でルティウスがまだ生きている事に気付けるはず。そんな理性さえも壊してしまうほど、眼前で起きた事態はレヴィの心をを激しく乱していた。
結界から出て淀んだ花に向けて歩き出そうとしていたレヴィは、その場に立ち止まる。ゆらりと持ち上げた槍を振り下ろすと同時に、そこから放たれた冷気を纏う斬撃が、黒い花を切り裂こうと飛翔した。
斬撃は、確かに黒い花を傷付けた。しかし直後、リーベルの腕に抱きかかえられていたルティウスから苦悶の声が響き渡る。
「ッが…あぁ…!」
全員が、ルティウスの異変に気付き視線を向ける。
「ルティウス、どうしたんだ…?」
状況を理解出来ていないリーベルが、どうする事も出来ずに戸惑う。抱きかかえている甥が、何に苦しんでいるのかが分からない。
「レヴィ、ダメだよ!あの花、壊せない!」
「どういう…事だ…」
悲鳴を上げた意識のないルティウスの身体には、次第にその証が浮かび上がる。
淀みの中に咲いた黒い花、その茎と似た形状の禍々しい茨の紋様が、ルティウスの首に刻まれていた。
「やっぱり…あの花の呪いがルティ君と同調してる!あの花を傷付ければ、ルティ君が…!」
既にフィデスの瞳は緋色から金色に変わっている。神としての【眼】は、正しく魔力の流れを視ていた。
あまりにも絶望的な状況だと、誰もが察する。
呪いを受けたルティウスの意識は戻らず、元凶であろう花を攻撃すればそのダメージは同調したルティウスへと全て跳ね返る。
「レヴィ、マジで一旦離れるぞ!お前らが結界張り続けたら、こいつの魔力が枯れちまうだろ!」
「…ッ!」
一度は動きを止めたかに見えた黒い花は、再び漆黒の閃光を放ち始める。フィデスだけの結界では容易く突き破るそれを、レヴィが軽やかな槍さばきで全て弾き落としていた。
「さっさと…離れろ…」
覇気のない声で呟くレヴィは、尚も黒い花へと向いたまま。
「レヴィも行くんだよ!」
「黙れ…!」
「……うっさい!」
その場で跳躍したフィデスが、渾身の力でレヴィの頬を殴り付けた。跳ばなければ、身長差のせいで届かなかったから。
「目ぇ覚ませ、バカヤロウ!」
殴られた頬を気にする事もなく呆然と佇むレヴィの左腕を掴んで、フィデスも走り出す。頻繁に飛来する閃光は、けれどレヴィが槍で弾いていた。




