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「わたくしが、自分でお話し致します」
語る事を躊躇っていたリーベルに代わって、本人が割って入る。
彼女が余計な事を言わないか…その一点に、事情を把握しているフィデスとリーベルは肝を冷やす。そしてレヴィの逆鱗そのものにも近しいルティウス当人は、タックルしたまま馬乗りになっているフィデスを降ろさせながらも首を傾げている。
「お二人にはもうお話しさせて頂きましたが、わたくしはサルース殿下のご依頼を受けて、ルティウス殿下と皆様を、秘密裏にヴェネトスへお連れするよう仰せ付かっております」
まだ会った事すらない人物、サルース。それがルティウスの兄であり、味方になりうる存在であるという事はレヴィも理解している。今こうしてヴェネトスを目指して西の大陸へ赴いたのも、ルティウスがサルースに会う事を目的の一つとしていたから。
「第一皇子…だったか?何故そいつは自ら出向いてこない?」
人間の事情になど興味のないレヴィは、冷たく言い放つ。何故、ゼフィラのような女を使いに出したのか…それが気に食わなかった。
「おいおいレヴィよう、仮にも一国の皇子がホイホイ出歩けるモンでもねえだろうよ…」
「ルティだって皇子だろう」
「いやルティウスは事情が違うだろうって」
至極真っ当な指摘を入れるリーベルにも、レヴィは対抗する。その反応を見て、リーベルは呆れ顔で溜め息を吐いた。
――こいつ…普段は怖いぐらい頭の切れが良いのに…何だってルティウスが絡むとこうもポンコツになるんだ…?――
目の前で正論をぶつけているつもりだろうレヴィは、その記憶から『ルティウスが逃亡中の皇子』という身の上である事が抜け落ちてるように思えてならない。
どうしたらこの頑固な保護者を説き伏せられるのかと思案するリーベルと代わるように、ゼフィラは話を続ける。
「サルース殿下は、現在動けません」
「…兄様に、何かあったのか?」
誰よりも兄の無事を案じているルティウスが、その会話に入り込む。自分よりも低い背丈の想い人であるルティウスを見下ろすゼフィラは、僅かに頬を染めつつも、続きを語っていく。
「さ、サルース殿下は今、セレーナ第二公女の庇護下にございます。それは彼を皇子として迎え入れているのではなく、地方の一貴族として身分を偽った上でのものです」
「どうして、偽る必要が…」
心配そうに表情を歪めるルティウスを見て、ゼフィラも悔し気に瞳を伏せる。
「公国と帝国は、元々は同盟関係にございます。それはルティウス殿下も…リーベルさんもご存知でしょう」
「あぁ、知ってるとも。東西の大国二つが手を取り合ったってのは、世界中に話が飛んだからな」
それはリーベルが自警団長に就くよりも遥か昔の事。
帝国に於いては先代皇帝の偉業とも称されている。知らないのは政治に一切の関心を抱かぬ子供か、さらに他国の者くらいだろう。
「ですが第二皇子の起こした乱によって、その同盟に亀裂が入りました」
そこにあったのは、あまりにも深い政治的軋轢。手を取り合ったはずの国同士が、睨み合う状況になったという事。
「そんな中、サルース殿下はあえて我が公国をお選びになりました。それは彼の亡き母君…カエラ第一皇妃様がヴェネトス公国の出身であるという繋がりのためでもあります」
それもまた人間の世界では有名な話だった。
同盟国であるヴェネトスとグラディオスでは、時折互いの国の姫を嫁がせ婚姻という繋がりを保ってきた。第一皇子と第二皇子を産み落とした第一皇妃カエラは既に病で崩御しているが、その縁者が公国に存在しており、サルースが頼ったのも頷ける。リーベルも知っている情報と合致しているため、サルースの判断に誤りがない事も理解できた。
「…そうか、第二皇子の乱」
「左様です」
皇族としての公務とは無縁の暮らしをしてきたルティウスには、まだ理解が追いついていない。不安を表情に滲ませたまま、ゼフィラとリーベルを交互に見つめている。
「帝国を乱した第二皇子は、公国から嫁がれたカエラ皇妃様の実子にございます。乱を起こした皇子の母として、かの系譜に連なる方々は、公国内では責任を追及されております」
「何てこった…その母親から生まれた第一皇子にも疑念の目が向くのは、当然の事だな…」
サルースは、第二皇子の不審に気付き真っ先に帝国を出た。そして母の故郷であるヴェネトスへと落ち延びたものの、第二皇子の暴虐による余波を受けて、頼れるはずの母の故郷ではなく針の筵へ飛び込んだも同然という結末になっていた。
「兄様……」
ルティウスの表情はさらに暗く落ち込んでいく。しかしゼフィラの話は止まらない。ここで全てを伝えなければ解決の糸口は掴めないのだと、公女としての強い意志が彼女を突き動かしている。
「その上…第二皇子は公国に要求してきました。今いる公女全てを帝国に差し出せ、と…」
風の神に守られしヴェネトス公国。その歴史は帝国よりも古く、そしてかの国は長きに渡り『女系』を常としてきた。国を統べるのは女王であり、公女とは国の象徴そのもの。それを差し出せという第二皇子の要求は、公国そのものを帝国に売り渡せという脅迫と同義だった。




