0094
「⋯さて、アレどうしよっかな」
魔力の放出も収まり、瞳も元の緋色に戻ったフィデスは、腕組みをして悩むように唸る。彼女の懸念はただ一つ、この場にまだ積み上がっている、魔物の死骸の処理だった。
「ね、火炎魔法使えたりしないよね?」
無邪気な声で振り返りながら、ゼフィラとリーベルへ問う。しかし二人は首を横に振っていた。
「前にも言ったろ?そもそも俺は、魔法の才が無えんだって」
「わたくしも、炎属性とは相性が悪く⋯」
当然ながら、フィデスも扱えるわけではない。ルティウスが到着する前に片付けたかったが、他の方法は考えつかなかった。
その時、上空から強い魔力が降り注ぐ。
とてつもなく強大で、けれど優しいその魔力が生み出した紅蓮の炎は周囲に残る魔物の死骸へと向かい、全てを焼き払っていった。
「今度は何だ?」
リーベルは新たな脅威かと驚くが、フィデスは知っている。
彼が、水の神の加護を得ていながら炎も操れるという事を。
「ルティ君!」
フィデスの声に合わせて空を見上げれば、そこには翼を携えたレヴィの腕に抱えられ、強大な業火を降り注がせるルティウスの姿があった。
「やばっ⋯!やりすぎた!ごめん、レヴィ!みず!」
「⋯やはり魔力制御を叩き込む必要があるな」
ルティウスが放った炎は確かに魔物達を焼き払った。しかしその火は、周囲の森に燃え広がろうとしている。
加減を間違えたと焦るルティウスの頼みを受けたレヴィは、溜め息を吐きながらも右手を翳し、魔法の炎を鎮火させるほどの激流を生み出して地上へと放った。
瞬時に消火されていく炎。その跡には、灰すらも残っていない。
「あ~びっくりした⋯ねぇ、俺の魔法、なんか前より強くなってない?」
「⋯根源と繋がった影響だと、前にも話しただろう」
「こんなに影響あるなんて聞いてなかったよ?」
「⋯⋯⋯言ったと思うが?」
「言ってない!」
何故か上空で、不毛な口論を始めるルティウスとレヴィ。その光景を見上げて、フィデスは声を出して笑っている。
リーベルもまた、甥の元通りな様子に安堵し、笑顔で見上げていた。
ゼフィラだけは、眺望の眼差しを上空の二人へと向けていたが。
「殿下とあんなに親しそうに⋯なんと羨ましい⋯」
三者三様の反応を見せる中、レヴィはルティウスを左腕で抱えたままゆっくりと降下していく。
地上に降り立ち、地面に足をつけて立ったルティウスの元へ真っ先に駆け込んだのは、ルティウスの復活と帰還を待ち望んでいたフィデスだった。
「おっかえり~!」
「⋯ぐえっ!」
全速力の突進を受け止めたルティウスは、フィデスの勢いに負けてそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
腹部に受けたフィデスのタックルと、背中を打ち付けた痛みで無様な声を漏らすが、レヴィは静かに見下ろすだけ。彼女に敵意も悪意も無く心から喜んでいるだけと分かっているからこそ、止めようとはしなかった。
「おーう、お前さん達⋯ちょっと来るタイミング上手すぎんじゃねえの?」
そしてリーベルもまた、ゆっくりと歩み寄り二人が戻った事を喜ぶ。
「たまたまだ」
いつものように愛想の無い返事をしつつも、レヴィはリーベルの腕にある傷を見逃していない。本人は掠り傷と言い張るだろうが、その小さな傷さえも今は看過できない。軽く手を翳し、リーベルの右腕の傷に向けて治癒魔法を放っていた。
「おっ?まっさか、お前さんに治してもらう事になるとはなぁ⋯」
「貸しだ」
にやりと笑うレヴィの顔は、けれどとても穏やかだった。ルティウスに向けてならいざ知らず、自分に対してそんな表情をするとは思ってもいないリーベルは少しだけ驚き、目を見開いた。
「しょうがねえな。じゃあ今度、ルティウスにまつわるとっておきの秘密、教えてやるよ」
「待って叔父様!俺の秘密って何だよ!なにを知ってるんだよ?」
フィデスに乗られたまま抗議の声を上げるルティウスだが、リーベルもまたニヤニヤと笑っている。
「さぁてね?何だろうなぁ~⋯自警団にはいろんな噂が飛び込んで来たからなぁ~」
「全て、今すぐに吐け」
「レヴィも!なに真顔で詰め寄ってんだよ!」
やっといつもの空気が戻ってきた。
そうして笑い、安堵する中、一人だけ神妙な面持ちで佇むゼフィラの存在を気に掛けたのは、レヴィだった。
「⋯で?フィデス、お前がこいつの同行を認めたという事は、敵ではないと認識して問題無いのか?」
全員の視線が、ゼフィラへと向けられる。特にレヴィは、それこそ槍の如き鋭利な眼差しで睨み付けていた。
「あ、うん!ゼフィラちゃんはね、敵じゃないよ!そこんとこはオジサンとも同じ結論!」
ルティウスにしがみついたまま顔だけ振り返るフィデスの返事を聞き届けてから、話を振られたリーベルへと視線を向ける。
「そうだな。まぁ思う所は色々あるけどよ、こいつの動機は至って単純なモンだったぜ?」
敵ではない。そうした警戒の必要は無い。しかしリーベルとフィデスは、共に同じ見解に至っている。
――ゼフィラの、ルティウスへの恋心は徹底的にレヴィへは伏せねばならない…!――
レヴィのルティウスに対する執着を知る二人だからこそ至った決論。溺愛する子に近付く余計な虫の如き存在と知れば、父親然とするレヴィが怒り狂うのは想像に易すぎる。
ルティウスのためにも、ゼフィラの命のためにも、決して伝えてはいけない。
「単純なもの、とは?」
冷静なようで激情家なレヴィは、静かにそれを問い質す。納得出来る理由が無ければ、二人が認めていてもレヴィは認められない。
「それは、だな⋯」
言い淀むリーベルが視線を彷徨わせるのと同時に、レヴィは金色の瞳を細める。先程までの穏やかさなど存在しない、殺意に近い感情が視線から滲み出ていた。




