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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第九話

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 その頃、地上からルティウス達との合流を果たすべく進行していたフィデスとリーベル、そしてゼフィラの三人は、森の奥で突然の窮地に陥っていた。

「何なんだよ、この数は?」

「分かりません!この地域で魔物の発生が増えているとの報告は聞いておりましたが⋯ここまでとは⋯」

 ルティウスに渡した聖石とレヴィの神気を目印とし、フィデスが突き進むのを追ってしばらく経ってから、三人は再び魔物の大群に囲まれていた。

 リーベルが長剣を振り回して薙ぎ払うその反対側では、今度は返り血ひとつ浴びない身のこなしで魔物を屠るゼフィラが、現時点で最も無力なフィデスを守るように立ち回っている。

「ゴメンねぇ~!ルティ君が近くに居ないと、ボクもほとんど魔法使えなくってさぁ~!」

 フィデスに近付く魔物は、予めゼフィラが展開した暴風結界によって弾き飛ばされている。主神アールより土の竜神の現状も聞かされていたため、フィデスの護衛についても想定内だった。

 文句も言わずに淡々と役目を果たすゼフィラはそれこそ、公女ではなく従順な侍女のようであった。

「お気になさらず!貴女方をお守りする事も、アール様よりお願いされておりましたので!」

「えっ、アールが?」

 同胞でもある風の竜神アール。

 フィデスが知るその神は、慈愛に溢れてはいるが利害にはうるさいと知っている。穏やかな微笑みを浮かべて、今この場での防衛の借りをどう利用されるか⋯この先の事を考えてフィデスは表情を曇らせていた。

「怖いな~⋯今度はどんな無茶ぶりしてくるんだろ⋯」

 軽口を叩きながらも、フィデスは時折、力の発動を試している。

 レヴィがルティウスを取り戻し、二人でこちらに向かって来るだろうと信じている。ルティウスさえいれば、現れた魔物達を一撃で殲滅する事も不可能ではなかった。

 聖石の繋がる距離は決して広くない。だからこそ魔法さえ使えれば、それはこの状況を打破する契機であると同時に、ルティウスの無事も確実と知れる吉報となる。

「頼むよ~、レヴィ~!早くぅ~!」

 リーベルとゼフィラにはまだ余裕が見られる。しかし二人は人間。竜である自分達のように、無尽蔵の体力を有している訳ではない。だからこその焦燥も、フィデスは抱いている。

 何度か試した土の魔法の発動。それが叶ったのは、リーベルの不穏な声が響いた直後の事。

「チッ、やらかしたな⋯!」

 長剣を握る右腕に、僅かながら傷が生じていた。掠り傷程度ではあっても、いつ途絶えるとも分からない大群の前では、小さな負傷が戦線の綻びに繋がりかねない。それを熟知しているからこそ、リーベルは表情に焦りを滲ませていた。

 そして一度生じた隙は、乱戦の中では容易く埋まらない。

「リーベルさん、後ろです!」

 俯瞰するように戦況を逐一視認し続けるゼフィラが叫ぶが、リーベルの反応は僅かに遅れる。

「くそっ!」

 咄嗟に長剣を振り被るが、傷を負った腕では剣速も鈍ってしまう。

 剣が届くよりも先に、魔物の牙がリーベルへと襲いかかる。

 しかしリーベルが、それ以上の傷をを負う事は無かった。間一髪のタイミングで地面から生えた岩の棘が、魔物の胴を刺し貫いたから。

「んあ?何だ、こりゃ⋯」

 直後、周囲を埋め尽くす魔物達は、次々と地面から隆起する岩の棘に貫かれていく。広範囲に渡って巻き起こった大地の異常⋯それこそが、土の竜神たるフィデスの力であり、待ち望み続けた少年の接近をも意味する。

「二人とも、ボクのとこまで戻ってきて!」

 いつもの無邪気な少女のものではない、どこか威厳のある高らかな声。見慣れた緋色の瞳は黄金に輝き、高い位置で結われた長い茶色の髪が魔力の波動によって宙へと舞い上がっている。

 土の竜神がその力を行使する⋯瞬時に悟ったリーベルとゼフィラは、すぐさまフィデスの元へと駆け込んだ。無差別に隆起し続ける凶悪なまでの棘を回避しながら辿り着くと、直後に地面が大きく揺れ始めた。

「みんな、沈んじゃえぇー!」

 咆哮のような高らかな声と同時に、地面が割れていく。底なしの亀裂は揺れに耐えられなった魔物達を次々と飲み込み、リーベル達が切り捨てたその死骸までもを地の底へと葬っていく。

「これが⋯フィデス嬢ちゃんの、力か?」

 いつもふざけ合っていた少女が土の竜神である事は知っていても、その真髄を見るのは初めてだった。圧倒的なまでの力に、リーベルは驚きよりも戦慄する。

 そしてゼフィラもまた、見た目だけは幼く可愛らしい少女の本気を知って、彼女に対する興味を抱く。

「今度、是非とも土属性の魔法について、ご教示願いたいところです⋯」

「おい、ゼフィラちゃんよ⋯これはご教示とかいう次元じゃねえだろうよ⋯」

 人間が扱える範囲の土属性魔法はもちろん存在する。けれど大地を揺さぶり、意図的に巨大な亀裂を生み出すなど、人間には不可能だろう。

 やがて地面の揺れは弱まっていき、口を開けていた大地が元のように亀裂を閉じていく。まだ魔物の姿は残っているものの、先程までの勢い既に失われている。

 森の木々もろとも魔物達を飲み込んだ地割れは、既に無くなっていた。

 開けた視界に残る魔物を掃討するべく、フィデスは再び全身に魔力を纏わせる。三人を囲うようにして空中に生じたのは、短くも鋭利な槍の穂先と思しき岩の塊。

「まだまだ、いっくよ~!」

 翳していた小さな両手が振り下ろされると同時に、無数に生み出された岩の槍は弾丸となって残る魔物達へと発射された。

 全方位へと放たれた弾丸が、魔物達を一気に撃ち抜いていく。一つ一つの威力はそれほど高い訳ではないが、それらは無数に放たれている。手足を貫かれて動きを止めれば、次弾が急所を潰す。

 いつの間にか、その場に残っていた魔物の息吹は周囲から消え去っていた。


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