0088
「レヴィよう⋯この場を離れろとは言ったけどよ、ソレは困るよなぁ⋯」
ルティウスの素性について口止めを行ったばかりだと言うのに、今度はレヴィの正体についての隠蔽も必要になった。作業に没頭する自警団員のほとんどが気付いてはいなかったが、後から確認するしかない。
溜め息を吐きながら空の彼方へ消えていくレヴィとルティウスを見送ったリーベルは、掴み上げていたゼフィラの腕を乱暴に離し、直後には長剣を彼女に向けていた。
「さて⋯どういうつもりであんな真似をしてくれたんだ?」
しかしゼフィラは、突き飛ばされるように身体を解放されても何も言わない。ただ哀しげに、瞳を伏せている。
その手に短剣はない。リーベルが弾き飛ばした凶器は、一足飛びでは届かない位置まで離れていた。
「自警団の連中に加勢してくれた事は礼を言うがな、ルティウスの前でアレは絶対に駄目だ。それはお前さんも分かってるんだろ?」
「それは⋯⋯」
言い淀むゼフィラの前へ、ゆっくりと気楽な散歩のように歩み寄るのはフィデス。
「ね、キミ⋯ゼフィラ、だっけ?」
「⋯はい」
無邪気な声は、しかし怒りを孕んでいる。レヴィと共に守ると誓ったルティウスの、心を傷付けようとしたゼフィラを、フィデスは許していない。そんな竜神の少女の手には、リーベルが弾き飛ばし、歩きながら拾っていたゼフィラの短剣が握られていた。
「ボクのお気に入りなんだよね、ルティ君はさ」
緋色の瞳が、その色を変えていく。人の世界で、少女らしく振る舞うために変容させていた瞳は、レヴィと同じ金色の輝きを放っていた。
「あの子をあんなふうに怖がらせた罰、どうしよっか?」
決して殺すつもりはない。神を冠する竜のフィデスには、そもそも不可能だから。しかし牽制するように握り締めた短剣を、ゼフィラへと向けている。
そうしてリーベルに剣先を突き付けられ、竜神の無邪気な怒りを向けられ、ゼフィラは観念したように大きく息を吐いた。
「はぁ⋯⋯見くびっておりました。本当に、彼は愛されておりますね」
リーベルやフィデスにとっては当然の事実。それをわざわざ口にするのは何故か⋯彼女の真意は、誰もが予想すらしていない意外なもの。
「聞いて下さいますか?本当の事を⋯」
リーベルとフィデスは、顔を見合せて考える。
既にゼフィラからは、出会った直後の殲滅者と思しき雰囲気も、自刃しようとした時の狂気も感じない。警戒を解く気はないが、話は聞いても良いかと思えるほど。
「良いだろう。聞くだけ聞いてやるから、話してみな」
向けていた切先を下ろし、僅かに態度を軟化させる。だがその剣は、いつでも彼女の口を封じられる距離を維持したまま。必要とあらば自分が泥を被る覚悟は、この旅に同行すると決めた時から抱いている。
斬ろうと思えばいつでも出来る⋯柔らかくも不敵に笑うリーベルの、表情の裏に隠された殺意を看破したゼフィラが、自身の素性を明かす。
「わたくしは、ヴェネトス公国の⋯公女でございます」
「は?」
「えっ、おひめさま?」
唐突な告白に、リーベルとフィデスは無様な程に驚いていた。
「え、でもだって、さっきルティ君がさ、お兄さんの婚約者?の、侍女って⋯」
「それには事情がありまして⋯」
「侍女の⋯事情⋯?」
「「⋯⋯⋯⋯⋯」」
意識はしていなかった。しかしリーベルが呟いた一言は、淑女と少女を凍りつかせるのに十分だった。




