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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第八話

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0086

『ルティ…』


 聖石を通じて、レヴィはルティウスへと語り掛ける。


『魔力を借りるぞ。フィデスの結界から絶対に出るな』

 

 それは警告。加減はするつもりでいるが、結界の外に出ればどうなるかは分からない。

「えっ、レヴィ?」

 脳内に直接届いた声。

 その問いかけと命令は有無を言わさない強さを含んでいて、ルティウスも素直に従うしかない。

 彼が魔法を使うという宣言にはっとして、その本質について聞かされたばかりのルティウスは、咄嗟にフィデスへと向き直る。

「フィデス、結界でかくして!船も入るように!」

「えっ?どうしたん…」

「レヴィが魔法使うって!」

「えぇっ!」

 突然の事に慌てるフィデスもまた、ルティウスから魔力を借りて結界を巨大化させる。左手首に着けた腕輪の聖石が黄金色に輝くと同時に、強固な結界が船をも守るように広がっていった。

 結界の強化を感知したレヴィは、左手に握っていた槍を天へと掲げ、酷薄な笑みを浮かべる。

「⋯凍てつけ」

 小さく呟かれた一言。その声と同時に、魔物の群れを全て覆うほどに巨大な、蒼白い輝きを放つ魔法陣が空中に現れる。範囲魔法の発動に気付いたリーベルだが、彼もまた自警団員と共に、いつの間にかレヴィが展開した蒼白い輝きを放つ結界の中で守られていた

「おいおい、本気かよ⋯」

 空中の魔法陣から放たれる冷気が辺り一帯を包み込んでいく。竜巻のようにうねる唐突な吹雪は直ぐにもブリザードと化し、無数の魔物達を瞬時に氷像へと変えていった。

 圧倒的なまでの緻密な制御により、建物への被害は出さず魔物の動きだけを制し、強烈な冷気によってその命を刈り取っていく。一瞬にして雪と氷に包まれる静寂の世界へと変貌した西ベラニスで、生命を維持しているのは結界に守られていた人間達だけ⋯そのはずだった。

「⋯何者だ?」

 レヴィの広範囲魔法による氷結を、結界の外に居ながら免れた者がいる。その存在にレヴィが気付かないはずがない。

「わたくしの出る幕は無かったですね⋯」

 碧色の風を纏いながら姿を現したのは、一人の女。レヴィが放った攻撃魔法の中に居て無事だった事実に、レヴィの力を知るリーベルが驚愕し目を見開く。

「嘘だろ、あの嬢ちゃん⋯レヴィの魔法の中で、無事だったってのか?」

 しかし自警団員の中から、意外な事実判明の声も飛び出てくる。

「あっ!あのお姉さん、加勢してくれてたッス!」

「はぁ?」

 突然の告白により、リーベルは表情を変える。団員達は確かに言ったのだ、他の場所に民間人はもう居ないのだと。

「ばっかやろう!お前、忘れてやがったな!」

 声を上げた団員の男の頭に、リーベルの強烈な拳骨が落ちる。

「レヴィじゃなかったら、あの嬢ちゃんも氷漬けだったかもしれねえんだぞ、馬鹿野郎!」

「い、痛ってぇ! ……す、すみません!でもあのお姉さん、突然現れて、自警団の腕章もしてねぇのに、俺らの前に立って魔物をバッタバッタと…!」

 そうした背後でのやり取りに意識を向けつつも、レヴィは内心でリーベルの言葉を否定している。

 加減はした。だが特定の誰かだけを避けられるような魔法ではなかった。範囲内の生命を全て奪う無慈悲な力で、そのような微細な調整など不可能。

 それ以上にレヴィは彼女の気配を、姿を表すまで認知出来ていなかったのだ。

 改めて眼前に現れた女の姿を睨みつける。その両手には短剣が逆手に握られ、出で立ちも俊敏さに重きを置いた軽装と、首元で短く揃えられた濃い碧色の髪。傷一つ負っていないにも関わらず所々を魔物の返り血で汚している様は、まるで暗殺者や刺客といった風貌にも思える。

 何よりも彼女の素性については、全身に纏う魔力の色が物語っていた。

 警戒するレヴィの耳に気の抜けた声が届くのは、この直後の事。

「うわぁ⋯寒っ!何だこれ⋯」

「レヴィの広範囲氷結だねぇ。ボクも久しぶりに見たけど、やっぱエグいなぁ~」

 戦闘の終了を知ったのか、寒そうに身震いしながら船から降りてきたルティウスと、薄着にもかかわらず平然としているフィデス。二人は場の緊張感など知らぬとばかりに呑気な会話を繰り広げている。

 意識だけは謎の女から外さないまま、ルティウスの方へ視線を向ける。多少はマシになったようだが、まだ顔色は良くない。何故動かさせたのかと、護衛を命じたはずのフィデスを見て金色の瞳を鋭く細めた。

「ゲッ!レヴィがボクを睨んでるんだけど~⋯」

 フィデスがルティウスの背後に隠れるようにして訴える。

「え、そうかな?」

「あれが睨んでる目じゃなかったら何だっていうのさ⋯」

「ん~⋯、でも、レヴィの目はいつも優しいからな」

「⋯⋯⋯認識のズレって怖いなぁ」

 当の本人が聞いているのも構わずに続けられる場違いな会話。緊張感の無い発言の数々に、自分の話をされていると知ったレヴィもまた溜息を吐く。

 そしてルティウスの蒼い瞳が、見慣れない女の存在を認識する。

「⋯あれ、君は⋯ゼフィラ?」

「お久しぶりでございます、ルティウス殿下」

 魔物の返り血に汚れた姿で、翻す裾もないままカーテシーを披露し、ルティウスへ向けて恭しく頭を下げる、ゼフィラと呼ばれた女。

「⋯ルティ、こいつは知り合いか?」

 警戒を続けていたレヴィが、ルティウスへと確かめる。風の竜の魔力を帯びた女とルティウスの接点など、彼の過去をよく知らないレヴィには考えつかない。

「知り合いっていうか、昔、ちょっと挨拶しただけと言うか⋯」

「はっきり言え」

 言い淀むルティウスの眼前で、レヴィが握る槍が陽光を反射して煌めく。その光景は、自分の発言次第でレヴィの行動が変わってしまうのだとルティウスに悟らせていた。

「彼女とは、サルース兄様の婚約が決まった時に顔を合わせただけだよ」

 ルティウス自身、ただ挨拶しただけという認識だ。当時の記憶を辿ってみても、思い出されるのは婚約者を前にして幸せそうに微笑む兄の表情ばかり。

 そうして過去を反芻するルティウスだったが、直後その表情は一変する。

「⋯うっ!」

 周囲の魔物達は凍り付いて動かない。しかし、それまでにレヴィやリーベル達が屠った死骸はそのまま放置されていた。辺りには濃い血の匂いが充満しており、まだ船酔いから完全に回復していないルティウスの鼻腔へと直撃していた。

「⋯ルティ?」

 急な様子の変化に気付き声を掛けるも、ルティウスは口元を押さえたまま、慌てて物陰へと駆け込んだ。

 隣に立っていたフィデスもまた、ルティウスの姿を見送るだけ。

「ルティ君、ホント⋯重症だねぇ」

 到着した地での戦闘そのものは落ち着いたとしても、ルティウスの船酔いによる影響との戦いは、まだまだ終わらない。

 そして緊張感に包まれていたはずの戦場では、僅かなざわめきが生じていた。

「殿下⋯?」

「え、皇族⋯⋯?」

 ルティウスとゼフィラの無警戒な発言を聞き届けてしまった何も知らぬ自警団員達が、現れた者達の素性についてひそひそと話し始めている。

 密やかに囁かれる声を聞いたレヴィは、ルティウスの元へ駆け寄るよりも先に、結界で守られていたはずの自警団員達へと槍の穂先を向け、感情のない表情を浮かべて命じた。

「ここで聞いた事は、全て、忘れろ」

 全て、その一言を強調して放たれた低い声に、自警団員達は震え上がった。ほんの少し前に圧倒的な殲滅を見届けたばかりの男達は、逆らってはいけないと本能で悟る。

 ルティウスの事情について理解をしているリーベルもまた、元部下の自警団員達へと釘を刺した。

「こいつの言う通りだ。いいか?ここで見聞きした事は、絶対に、他言無用だ」

 まだ魔物達を斬り裂いた血糊の残る長剣を肩に担いで、男達を睨み付ける。

「わ、わかりました……! 誰にも言いません、約束します!」

「皇族なんて、俺たちは何も……見てません、聞いてません!」

 リーベルの気性とその実力をよく知る自警団員だからこそ、レヴィの命令よりも深く楔を打ち込む。姿勢を正してまで、首がもげるほどに頷く男達の反応を目の当たりにした元団長は、次なる指示を的確に出していく。

「よし。んじゃとっとと、本当の掃除始めんぞ~。火炎魔法使える奴は魔力枯れるまでこき使うからな!」

 そうして自警団員達は元団長の指揮により、周囲に積み上がる魔物の処理を行うべく散開していった。

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