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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第八話

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82/99

0082

 出発の時が迫り廊下に出ても、誰かが居る気配は感じられない。出遅れたのかと思い、急ぎ足で屋敷の玄関へと向かう。そして辿り着いた扉を開ければ、皆がルティウスを待っていた。

「おはようございます、殿下」

 一番に声を掛けてきたのはテラピア。穏やかに微笑んでいるが、少しだけ寂しそうな表情をしているように見えた。

「ルティ君、おっそ〜い」

 今までとは違う、長い髪を結い上げた姿のフィデスが、相変わらずの笑顔で文句を言っている。

 テラピアと共に居る事が多かった少女は、その装いも変わっていた。今までのふわりとした少女らしいワンピース姿から、旅をするに相応しい軽装へと着替えており、何が入っているのか分からない小さな鞄を腰に下げている。

「おう、おはようさん。なぁ、お前は二日酔い、なってねえか?」

 覇気のない声で問うリーベルは、どうやら本人が二日酔いのようだ。少しだけ青白い顔をして話す叔父に、思わず苦笑する。

「やはり、お前には白が似合うな」

 最後に声を掛けてきたレヴィは、優しい眼差しでルティウスを待っている。朝方の出来事を思い出しつい目を逸らしてしまったが、彼は気にするでもなく何故か満足げに笑みを浮かべていた。

 気を取り直して顔を上げ、扉を閉めながらルティウスは一歩を踏み出す。

「ごめん、待たせたかな?」


 共に旅立つ面々が揃ったところで、一行は領主邸を後にし港へと向かう。敷地を出る際、門を守る番兵からも別れを惜しまれた。しかし彼らは元気良く送り出してくれた。

「行ってらっしゃいませ!またのお帰りをお待ちしております!」

 と。

 帰る場所…そう言われるのがこれほど嬉しいとは、思ってもいなかった。

 初めて訪れた時のように一礼すると、やはり皆に苦笑された。


 渡し船の港に到着すると、ファムとミレーが待っていた。ルティウス達の姿を見つけると、即座に乗船手続きを代行してくれている。

 有能な彼らがいれば、リーベルが離れたとしてもベラニスは安泰だろう。

 そしてふと考える。ここから出港する船は、一体河向こうのどこへ辿り着くのか。

「なぁ⋯」

「どうした?」

 すぐ隣に立つレヴィを見上げて、率直に問う。

「ベラニスを出発した船って、西のどこに着くんだ?」

「⋯それも知らなかったか」

 大陸を出た事の無いルティウスにとって、大河の向こうは全てが未知の世界だった。

「西ベラニス、こっちに比べりゃかなり小さな港があるくらいだな。宿も一応はあるけど、泊まる奴もほとんど居ないぞ」

 この中では誰よりも詳しい元自警団長が、レヴィに代わって答えた。

「自警団もな、河の向こうに西の隊がいるんだ。こっちを守るのは北から南の三部隊ってワケだ」

 乗船の時間になるまで、ルティウスは改めて叔父から、西ベラニス周辺について教わっていた。

「それと、こっちみたいな外壁なんかも無い。魔物が出たら大体入り込まれるんだが、それを駆除する必要があるせいで、西の隊に配属されんのは精鋭ばっかでなぁ」

「こっち側の戦力が薄くなりそうだね⋯」

「その通り!しかも海竜騒ぎの時はな、ちょうど西に本隊が行っちまっててなぁ」

「何かあったの?」

「⋯ま、行きゃ分かる」

 濁して話すリーベルに軽く首を傾げつつも、手続きを終えて合流したファム達にチケットを渡され、船へと向かう。

 桟橋を渡る途中で、見送りに来てくれていた者達がそれぞれに言葉を贈った。

「でん⋯ルティウスさん、リーベルさんの事、くれぐれも頼みますね!」

 相変わらず殿下と呼びそうになるミレーが声を張る。そんな大きな声で殿下と呼ばれたら、この場にいる全ての人に皇子であると一瞬でバレていただろう。ギリギリで言い直してくれた彼に感謝の意を込めて、ルティウスは軽く会釈をした。

 元は騎士団長の子であり臣下の一人となるはずのミレー。そんな彼に皇族のルティウスが下げるべき頭などあるはずもない。だがそれでも、ルティウスは頭を下げていた。

 そしてミレーの隣に立つ新たな自警団長、ファムもまたルティウス達へ向けて声を届ける。

「その人、油断するとすぐ今みたいになるまで飲むんで、きちんと止めてやってください!」

 リーベルの養子として育ったファムは、誰よりもリーベルを理解している。だからこそ懸念する。酒のせいで迷惑を掛けてしまうのではないかと。

 しかしルティウスの隣に立つレヴィが、軽く笑っていた。その笑みは穏やかなようでいて、少しだけ鋭さも含んでいる。ファムが案じずとも、レヴィがリーベルの醜態を許しはしないだろう。

 そしてファムとミレーの間に立ち、ルティウス達を見送るテラピアは、手を振りながら旅の無事を祈るように言う。

「皆さん、絶対に無事に帰ってきて下さいね!」

 これは死地に向かうような旅路ではない。しかし領主の前に神官でもある彼女には、何か感じるものでもあるのだろう。安心を届けるにはどうするべきか、そう思案している横から、彼女と仲の良いフィデスが元気よく告げる。

「テラピアちゃ~ん、お土産買ってくるからね~!」

 凱旋を確約するような言葉を投げるフィデス。その気遣いは流石の一言と思った矢先、彼女は付け足した。ルティ君のお金で!と。

「何で俺の金なんだよ?」

「え、だってルティ君、持ってるでしょ?」

「いや、あるけどさ⋯」

「ルティにたかるな、消すぞ」

 視線を向ければ、そんなやり取りにテラピアは笑っている。見慣れた優しい笑顔からは、先行きを案ずる不安は見られない。これもまた、フィデスなりの優しさの結果なのだろう。

 甲板に立ち、街の方を向く。船はゆっくりと動き出し遠くなっていく港を見ながら、ルティウスは再び仲間達へと告げた。

「そういえば俺、船に乗るのも初めてなんだけどさ⋯」

「おう、お前さん本当に大陸から出た事無いんだなぁ?」

 いつの間にか二日酔いから立ち直っているように見えるリーベルが隣にいる。既に見えなくなったベラニスの街を向くように立ち、船のへりに凭れ掛かっている。

「どうだ、初めての船は?」

 出航からおよそ十数分が経った頃。

 ルティウスはついに深刻な事態に陥った。

「⋯気持ち悪⋯⋯」

 決して避けられない、船酔いとの壮絶な戦いを繰り広げていた。


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