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広間から部屋まではそれほど遠くもない。だが広間を出てから…そもそも出るまでも無駄に時間を費やし、未だ部屋には辿り着けていない。レヴィに支えられなければ真っ直ぐ歩けない状態まで、ルティウスは泥酔していた。
「レヴィ~、ごめんなぁ~」
「調子に乗って飲むからだ」
既に他の者達はそれぞれ自室へと戻ってしまっている。取り残されたのは、隣にレヴィという保護者の存在があったから。
「へへへっ⋯でも、あれ、美味しかったんだもん」
「可愛く言っても駄目だ」
抱きかかえて運んだ方が早いかもしれない⋯そう思えるほどの足取りだが、気を抜けば唐突に加速し壁に向かっていく。衝突する寸前で引き止めてはいるが、繰り返す蛇行を制御するのがそろそろ面倒になっていた。
「レヴィもさ~、のんでたよね~?なぁんで酔わないんだ~?」
「あんな舐めた程度で酔うものか」
「すごいなぁ~、さっすがかみさま!」
既に呂律も怪しい。だが、ルティウスは楽しそうに笑っている。だからこそ強く咎められずにいる。
「さっさと歩け。部屋に戻るだけでどれだけ掛けるつもりだ」
「わぁかってるよぉ~」
この一言が引き金となり、ルティウスは突然駆け出していく。油断していた訳ではない。しかし腕を掴んでいたレヴィの手をすり抜けた小さな身体は大階段を登り始めて間もなく、足を踏み外して前のめりに倒れていった。
「ルティ!」
派手な音を立てて転んだルティウスの元へ直ぐさま駆け寄るが、起き上がりながらも何故か笑いが止まらなくなっている。
「ははははは!転んじゃったぁ!顔、いってぇ⋯はははは」
「ぶつけたのか」
言われて見てみれば、鼻や額が赤くなっている。
これ以上、ルティウスの自由にさせていては要らぬ傷を作る事になりかねない。溜め息を吐いてから、笑い続けるルティウスの身体を片腕で抱えて立ち上がった。
「部屋まで運んでいく」
「おれ、歩けるよぉ~?」
「黙れ」
荷物のように抱えられて尚、ルティウスは笑っている。何がそれほど可笑しいのか問い質したくなるほどの爆笑を続けるルティウスに対して、レヴィは出会ってから初めて『やかましい』という感情を抱いた。
部屋に到着し、奥に設置されたベッドへと突き進んだレヴィはとても乱暴に、それこそ荷物を扱うようにルティウスを放り投げた。柔らかなベッドの上を転がりながら、その間もずっと笑いっぱなしの少年は文字通りに笑い転げている。こんなにも笑い上戸になるのなら、酒は控えさせるべきかと考えてしまったほど。
「明日の朝、酒が残っていても介抱はしないぞ」
「えぇ~?レヴィがぁ~?」
「自業自得だ。まともに飲んだ事も無いのに自重しなかったお前が悪い」
「そうじゃなくってぇ~⋯」
ベッドの上で転がっていたはずのルティウスは起き上がり、のそのそと鈍い動きで端へと移動していく。そのまま進み続ければ落下する⋯そんなレヴィの予想を裏切らない泥酔者は、案の定ベッドから転落した。
「何をやっているのだ、お前は⋯」
じっとしていてくれと願っても、酔ったルティウスの理性は消し飛んでいる。床に激突する寸前でどうにか抱き留められたが、ルティウスはにやにやと笑みを浮かべていた。
「ほらぁ~!レヴィがさ、俺を放ってなんておけないんだよ~」
「⋯⋯⋯⋯」
「レヴィは~、めちゃくちゃやっさし~からぁ~」
酒のせいかその声は普段よりも大きく、はっきりと耳に届く。
「あのさぁ~、俺ね~、レヴィがいてくれて~、ほんっとぅに、うれしいんだぁ~」
「⋯⋯この酔っ払いめ」
受け止めた小柄な身体を抱き上げて、再びベッドの上へと戻す。今度こそ落下しないように、寝付くまで傍で押さえ付けておこうと決めていた。
「さっさと寝ろ、ルティ」
別の意味で何をしでかすか分からない泥酔者を、このまま放置しては戻れない。明日の朝になって、謎の打ち身や痣を作って現れる姿が目に浮かぶ。
「ねむくないんだよね~」
「⋯⋯ならば気絶させてやろうか」
魔力を借りる事にはなるが、意識を奪うだけならいくらでもやりようがある。
苛烈な警告をされても尚、楽しそうに笑っているルティウスは直後、レヴィの手を掴んで心に浮かんだ望みを躊躇なく口にした。
「そばに、いてくれよ」
「居るだろう、こうして」
「甘えろって、いつもいってるの、レヴィじゃん」
「これは、甘えているつもりか?」
「そう、だよ…あんたが、いると……安心して、寝れるん…だ…」
眠くないと言ったはずのルティウスはそのまま気を失うように瞼を閉じていき、普段よりも少しだけ荒い寝息を立てている。
「ようやく力尽きたか…」
溜め息と共に呟きながら、視線を明かりが灯されたままの室内へと向ける。手を翳し指先へと魔力を込めて、天井や壁に点在する照明用の魔石へと放った。送られた魔力に反応して消灯された部屋を、窓から差し込む月明かりだけが照らしている。
「最初はあれだけ抵抗していたくせに、今度はそばに居ろとはな…」
素面では絶対に言わないだろう台詞に驚かされたが、あれがルティウスの本心なのだろう。酒の力を借りれば素直になるのだと分かれば、多少は許容してやってもいいかとすら思う。
望まれた通りにするべく、広いベッドの上でレヴィも身体を横たえていく。密着する必要など無いが、腕を伸ばし眠りこけるルティウスの髪を撫でた。
柔らかく艶のある緋色の髪。以前にもこうして、同じような色をした髪を撫でながら眠った事がある。あまりにも遠い昔の、しかし色褪せる事の無い記憶。
「オストラ⋯お前が手を出すという事は、やはりルティは⋯⋯⋯」
確信は持てていない。けれど『そう』なのだと思わせられる機会は幾度もあった。ただの偶然では済ませられないほど、頻繁に。
「アリア⋯お前は、何をこの世界に遺した⋯?」
隣で眠るルティウスから感じる、彼女の面影と名残。
あの時は守り切れなかった⋯。けれど今こうして、守ると決めた少年は安らかに眠っている。
失いそうになっても尚、手の届く場所へと戻ってきてくれた。それが孤独を知る竜にどれほどの安堵を与えたか。
「そばに居る事で安心出来るのは、私の方だ⋯」
今度こそ、二度と手放さない。
他愛のない出来事から抱いた決意こそ、一人の少年と一柱の竜神との運命を、大きく変えていく。




